カンピオーネ!5人”の”神殺し
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急変
【サルデーニャ島に住む老魔術師の報告書より~日本に生まれた五人目のカンピオーネ草薙護堂について~から抜粋】
例えば。
友達と楽しく談笑している昼下がりのレストラン。その場所で、突然ウェイトレスが皿を落として、思わず叫び声を上げてしまった時。
例えば。
横断歩道の信号が青になったのを確認し、意気揚々と渡り始めたその瞬間。まるでカーチェイスでもしているかのような、明らかに暴走気味の速度で交差点を曲がってきた超大型トラックが目の前に現れた時。
貴方は、一体どんな反応をするだろうか?
大抵の人たちは、その音の発生源を驚いて見つめ、数秒は動くことが出来ないはずだ。
これは、別に恥ずかしがることでは無い。そもそも、生物は脳みそで考えるように出来ているのだから。その構造上、数秒という時間は、脳がその後の行動を思考するのに必要な時間なのだ。特別な訓練もしていない一般人が、その状況に即座に対応出来る訳が無いのだ。・・・・・・ただ、後者の例では、モタモタしているといつの間にか転生しているかもしれないが。
勿論、この数秒の時間を極力短くすることは可能だ。突発的な行動に対して、どういう反応をするかを予め体に覚え込ませる。所謂脊髄反射と言うものだ。それを、確実に起こせるまでに訓練すればいい。他の動物でも、人間が訓練すれば可能なのかもしれない。
だが、この方法でも、肉体の構造上、どれほどの訓練を重ねたとしても、コンマ数秒という時間が取られてしまう。これは仕方のない事だが、戦闘では、このコンマ数秒が生死を分けることも少なくないのだ。特に、まつろわぬ神などという規格外の化物相手では、この刹那の時が致命傷に繋がることもよくある話だ。
だが、この時間を狭める事は、肉体の構造上不可能。・・・ならば、まつろわぬ神などという、ありとあらゆる生物を超越した存在と戦うカンピオーネという生物は、一体どんな手段を用いて毎回生き残っているのか?
強力無比な権能?
地上のどんな生物よりもタフな肉体?
確かにそれもあるだろう。・・・が、それはあくまで、カンピオーネという魔王に新生した後の話。ならばその前。人の身で神を殺した彼らは?クリーンヒットを受ければその瞬間勝負が決まるほどに脆い存在なのだ。タフネスを武器に、強引に迫っていく事は出来なかった頃の彼らは、一体どうやって神との死闘に勝利してきたのか?
よく、『カンピオーネとなったからあの性格なのか、それとも、そういう性格だからカンピオーネとなれたのか』という疑問を裏の人間は話すが、私は後者だと考えている。
一種の、『王者の資質』を持つ人間だからこそ、神を殺すという奇跡を引き起こす事が出来るのだ、と。
私が考えるその『王者の資質』とは、未来予知にも等しい、生物の限界を超越した超直感。一説には、『カンピオーネとなったから超直感を得たのだ』、という説もあるが、私は『元々その人物が持っていた直感が、カンピオーネとなったことで強化された』のだと思っている。幾つか残っている、過去のカンピオーネについての資料にも、この推論を裏付ける記述がある。
・・・・・・【魔界】に生まれた五人目のカンピオーネ草薙護堂は、その王者の資質を、確かに兼ね備えていたのだ。だからこそ、草薙護堂様という新しい魔王によって私たちは生かされた。私は、あの奇跡を一生忘れることはないだろう。
✩✩✩
「伏せろ!!!」
今考えてみても、絶対に前兆はなかった、と後にエリカは語る。私たちが見逃した訳ではなく、その騒ぎの前兆は確かに無かったのだ、と。物音がしたわけでも無かった。殺気がしたわけでも無かった。単に、エリカ達には感じ取れなかった『何か』を、護堂が感じ取ったというだけの話。・・・ただ、それによって彼女たちの命は救われた訳なのだが。
ゾワリ、と、まるで背筋を大量の蟲が這いずり回っているかのような感覚がしたと、護堂は後に語っている。まつろわぬ神という災害を目の前にしても感じ得なかった、濃密な気配。凝縮された殺気のような物を感じたのだ、と。
彼の行動は素早かった。
ソレを感じ取ったその瞬間、彼の体はベットから飛び出していた。右手にはエリカ、左手には血だらけの黒猫を抱きかかえて。
ゾバッッッッッッッッッッ!!!
彼が地面に転がったその瞬間、彼らの病室の壁という壁が丸ごと吹き飛んだ。・・・否、切り裂かれた。七階建てであるこの病院の、最高の医療設備が整っている最上階に護堂たちの病室はあったのだが・・・その七階部分が、残さず吹き飛び、小さな破片になるまで切り裂かれていたのだ。
間違いなく、脊髄反射などでは間に合わないタイミングだった。護堂が何かを感知した、その刹那の時間的余裕が無ければ、彼らの体は細切れにされていただろう。『王者の資質』の片鱗が見えた。
護堂のお蔭で床に伏せることが出来たエリカ達は無事だったが、もしこの階に他に人がいたのなら、その人たちの生命は絶望的な状況であった。
そのことに気がついたエリカは、護堂に感謝の気持ちを抱くとともに、この馬鹿げた破壊は一体誰の仕業かと、脳をフル回転させて考え始める。・・・が、それも聴こえてきた言葉によって中断された。
「・・・あれ?避けられたであります?」
(この声・・・!?)
つい最近聴いたことがある声に、彼女の思考は停止した。そう、つい最近、チラシと共に各国の首相や大手魔術結社に送られてきたPVに出てきた、魔王様とよく似た声なのだ。もしも彼女が思い浮かべている人物ならば、間違いなく勝てない。それが分かってしまった。
「くそ!一体何なんだよ!?」
だが、その人物の危険性と自分との実力差を知っているために絶望して行動が止まったエリカとは違い、護堂の行動は素早く、そして的確だった。
「う、おおおおおおおおおおおおおおお!?」
「き、きゃああああああああああ!?」
護堂は、完膚無きまでに破壊された壁から、外へと飛び出したのだ。火事場の馬鹿力で、エリカと黒猫をその両腕に抱いたまま。見える風景から、この場所が相当高い位置にあることは把握していたが、それでもこの場所にこのまま居るよりは、飛び降りたほうが生存確率が高い事を、本能で理解していた。
が、突然の襲撃で混乱していた時に、気がついたら空中にいたエリカの動揺は大きかった。涙目で護堂に抱きつきながら、可愛く叫び声を上げている。
「おい、空を飛ぶとかできないのかよ!?」
だが、護堂の切羽詰った叫びに僅かながら冷静に戻った彼女は、『跳躍』の魔術を発動した。この魔術は、助走なしのジャンプで自分の身長よりもはるかに高く飛べるようになったり、垂直の壁を走って登れたりする便利な術で、香港の格闘映画を愛するエリカが、愛用している術だ。ただ、魔女術の『飛翔』とは違い飛ぶことは出来ず、ただ跳ねるだけなので能力的には落ちるのだが。
それでも、この場所から撤退することくらいは出来る。
「捕まってなさい!」
この混沌とした場所から逃げることが出来る。この考えが、彼女を完全に冷静にさせた。あの相手と戦えば死ぬのは確定している。だが、自分の得意な術ならば、例えお荷物が居ようとも逃げることくらいはしてみせる!
彼女たちは、『跳躍』の魔術により、夜の街へと消えていった。
『何で転移の座標がズレたの!?』
『姉上、アレをご覧下さい!』
『あ?・・・・・・あぁ!?早穂ちゃん何してるの!?』
『錯乱しているようです!止めましょう!』
『そうだね。状況把握は後回し!今は早穂ちゃんを止めることに全力を注ぐよ!』
・・・・・・・・・裸の護堂を連れて。
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