神々の黄昏
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第三幕その十
第三幕その十
そうしてだった。ブリュンヒルテはそれをさらに見ながらだった。
「このうえなき貞節を尽くした信頼すべき妻を剣で隔てた人。貴方以上に誓いを重んじた者はなく忠実に約束を守った者はなく」
紛れもなくジークフリートのことだった。
「貴方以上に純真に愛した人もなかった。ですが」
薪の山の中のジークフリートを見ながらさらに言っていく。
「貴方以上に全ての誓い、約束、誠ある愛を偽った人もいない」
だがそれは今は愛しみと共の言葉だった。
「どうしてそうなったのか。神聖な誓いを守るべき神々よ」
今度は上を見上げての言葉だった。ヴァルハラをだ。
「貴方達のまなざしを私の限りなき苦しみに注ぎその永劫の罪を悟って下さい」
彼等を責める言葉である。
「ヴォータン、我が嘆きを聞いて下さい」
「ヴォータンに」
「それを」
「貴方が切に望んだ彼の最も勇敢な行いを彼が行ったというのに」
ヴォータンを見上げながら言っていく。
「貴方は自身の陥るべき呪いに彼を陥れたのです」
次の言葉は。
「一人の女が知を得る為に無二の清き人は裏切りを行わなければなrなあかった、貴方が何を欲しているのか私が何を知っているのかとお尋ねですか」
ヴォータンを責め続ける。
「私は全てを知っています。私は全ての束縛から放たれたのです、そして貴方の烏の羽ばたきも聞こえました」
ヴォータンの僕であるその烏だ。
「貴方達が待ち焦がれている便りを彼等に託します。神々よ」
ジークフリートを覆うその薪に手をかざすとであった。その中から指輪が出て来た。それを自身の手に持ってまた言った。
「さあ私の相続すべきものを私自身のものとした」
そうしてである。
「この呪わしく恐ろしい指輪を手にしたがすぐに手放しましょう」
「馬鹿な。その指輪は」
ハーゲンはそれを聞いて顔を青くさせた。
「私の」
「ラインの乙女達よ、貴女達が熱望しているそれを返しましょう。私の灰の中からそれを持って行くのです、私を燃やす火、ローゲが」
その神が遂に出て来た。
「彼が指輪の呪いを解いてくれます。貴女達はその指輪を溶かし輝かしい黄金に戻し清らかに守るのです」
そうせよと。彼女達にも告げた。
「奪われた故に災いをもたらしたその指輪を」
夜の空に烏を見た。その彼等にも言うのであった。
「烏達よ、全て伝えるのです。全てを」
さらに言っていく。
「今全てが終わると。炎の神ローゲ、私の古い友人よ」
ローゲが長い間己を守っており実質的にジークフリートを導いてくれたことへの感謝への言葉だ。それを話しながらだった。
「私は今誇らかなるヴァルハラを貴方に任せます。そして私自身も」
彼女はその手に火を持っていた。そのうえで薪の前に進み出てそこにそれを放ち。烏達を見ながら火が自らを赤く照らすのを感じていた。
そこにグラーネが連れられてきた。彼女をいとしげに撫でてからであった。
「グラーネ、今から私達は私達の行くべき場所に行きます」
こう告げるのである。
「これから永遠に。貴女も愛したあの人の場所へ」
ジークフリートは最早炎の中に包まれている。その炎を見てである。
「ローゲが私達を導いてくれます。私達を永遠の契りに」
最早それまでだった。グラーネに乗り彼女をいななかせて。
「グラーネ、最後の挨拶を」
そして彼女もまた。
「ジークフリート、見て下さい。貴方の妻が歓喜に溢れて今挨拶をするのです!」
そのままグラーネを炎の中に飛び込ませた。彼女もその中に消えてしまった。炎は天に伸びていく。
そこに洪水が来て人々はそれから逃げる。その中にあの乙女達がいた。
そしてその手に指輪が渡ろうとする。ハーゲンはそれを見て咄嗟に動き叫んだ。
「指輪に近付くな!」
しかしだった。彼は乙女達に水の奥に引き込まれて消えてしまった。青い世界の中で今乙女達はその指輪を手にし永遠の喜びを味わう。指輪は輝き続け静かにラインの中へと消えていく。誰も辿り着くことのできないその中にだ。
炎はさらにあがっていく。そしてまずはヴァルハラに向かわんと天を駆けるアルベリヒの軍勢に襲い掛かり彼等を全て焼き尽くしてしまった。
それからヴァルハラも包み込んだ。神々はそこから逃げようとするがヴォータンは己の玉座から立ち上がり両手を掲げそれを受けた。ヴァルハラもまた炎の中に消え去った。
ローゲは全てを焼き尽くすとそのまま何処かに去ってしまった。指輪をその手に戻した乙女達は青い水の中で輪舞を舞いながらその奥へ消えていく。残ったのは人間達だった。神々は去り彼等の時代がはじまろうとしていた。その彼等の時代がだ。
神々の黄昏 完
舞台祝典劇ニーベルングの指輪 完
2010・2・3
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