魔法科高校の神童生
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Episode15:二つ目の誓い
風が刃と化して吹き荒れ、コンクリートの壁を粉々に斬り刻んでいく。
「…チィッ!」
舌打ちを漏らして手に持ったダガーを横薙ぎに振るう。魔法式が展開され、再び風の刃が空を舞った。だが、それでもその刃が標的の肉を断ち切ることはない。すべて、躱されてしまっていた。
「相変わらず雑な戦い方だな…五十嵐よ」
修哉の魔法の連続攻撃をものともせずに、躱し、更に短所の指摘までをもしてくる男。無頭竜執行人、ロドリゲスに舌打ちをしながらも、修哉は魔法を放つのをやめなかった。
「へっ、標的相手に指摘とか…随分余裕だなぁ!執行人さんよぉ!」
空を裂く風の刃。ロドリゲスの行動の先を読み、一撃目を躱した刹那の二撃目。普通の魔法師ならば体をバラバラに切り裂かれてもおかしくはないタイミングと威力。
だが、
「雑な魔法もそうだが、貴様と私では相性が悪すぎる」
ロドリゲスに起こった変化は、微かな風がその黒い短髪を揺らしただけだった。
「貴様が使う魔法は情報強化のもの。それに対して私はその逆。情報弱体化の魔法を主としている」
「……チッ…」
風を強化した刃は、弱体化されればただの風に戻ってしまう。修哉にとって、ロドリゲスは天敵と言うべき存在であった。
「退路は塞がれ、お得意の強化魔法も無効果される。それでも、貴様はまだ諦めないのか?」
隠された顔から覗く、無機質で無感情な瞳。死刑執行人の名に恥じない冷徹な態度だった。
「っく……くはははははははは!」
それを、修哉は笑い飛ばした。
(……マズいかな…)
自己加速魔法と減重魔法を並行使用した隼人は、ビルの屋上から屋上へ飛び移りながら目的地を目指していた。
瞳が写しているのは、暗殺対象の男。そして、それと交戦しているであろうもう一人の人物だった。戦況は今日、隼人を襲撃した五十嵐修哉が圧倒的不利。
(もしもう一人も無頭竜の人間だったら、俺の情報が伝わってしまうかもしれない……そうなれば、二人も殺すことになるのか)
歯噛みして、速度を速める。目的地は、すぐそこまで迫っていた。
(……一体なんだというのだコイツは…)
突如笑い声をあげ始めた修哉を見て、ロドリゲスはたじろいだ。極限の精神状態でおかしくなったか、それともまだ隠し球を持っているのか。考えられる可能性は多々ある。
どんな状況になっても対応できるように、ロドリゲスは手首のブレスレットに触れた。
「くはははは!諦めるぅ?んなわけねえだろうがよ!!人間死んだらそこで終わり!こんなせめぇ場所で終わるのなんか真っ平ごめんだぜ!」
そう叫んで、修哉は風の刃でロドリゲスの足元のコンクリートを砕いた。瓦礫が舞い、足場が不安定になる。
「くっ…」
不安定な足場での戦闘は厳しい。そう判断したロドリゲスは、自己加速魔法を発動させて後方へと飛び移った。
そして、ふと何者かの気配を感じた。直後に、衝撃。
「ガッ!?」
顔を右側面から蹴られたロドリゲスは、仮面を砕かれながら錐揉みして吹き飛んでいった。
「フン…ナメンなよ」
土埃で見えなくなった執行人に呟いて、修哉は片膝をついた。
自分の体が耐えられる限界までの加速。そしてその勢いのままにロドリゲスへ飛び蹴りしたため、修哉の脚は衝撃に耐えることができずに完全に折れていた。
だが、脱落者を排除する執行人は倒した。あの威力を頭に喰らえば、脳震盪やらなにやらで確実に死ぬはずだ。
そして無頭竜の決まりによれば、執行人を倒した脱落者は自由を得られるとなっている。つまり、執行人であるロドリゲスを倒した修哉は、自由を掴んだのだ。
「…ハハハ……オレは、自由だ…もう、誰も殺さねぇで「なにを、言っている?」…なっ……!?」
「オイオイオイ……嘘だろ?」
愕然とした表情で見る修哉の先には、土埃を振り払って立ち上がるロドリゲスの姿があった。
「あんな加速して、威力強めた蹴り喰らったんだぞ……?」
「なに、簡単なことだ。貴様は、情報強化以外は実戦では使い物にならない微弱な情報の改変しかできん。だから、『弱い加速』という情報を強化して『強い加速』にしている。と、なれば。情報弱体化が得意な私にとって、強化された情報などないに等しい。貴様の蹴りが当たる寸前に情報を弱体化し、更に念のために貴様に減重魔法もかけておいたのだよ」
つまり、修哉の一撃は、結果通常の蹴りよりも威力が弱いということになる。
必殺だと確信していたためか、修哉の愕然とした表情は変わらなかった。
「…そういえば貴様、九十九隼人の連行の任務を請け負っていたな…」
なにもすることができなくなった修哉に、取り出した4mm経口の拳銃を突き付けて、ロドリゲスは思い出したかのように喋り始めた。
「…次の作戦のためだ。五十嵐修哉……貴様が知り得る限りの、九十九隼人についての情報を言え」
向けらた銃口。迫る死の感覚。投げかけられた命令。極限の状態の中で、修哉の頭の中に残っていた答えは、たった一つだった。
「………ハッ……断わる…!」
ポツリと呟いた修哉に、ロドリゲスの眉が吊り上った。
「なぜだ…?」
威圧感を増すロドリゲスの低い声に、修哉は、凄惨な笑みを浮かべた。
「……腐れ組織どもよォ…世界手にするとか、ンなことのためにガキ一人の人生奪うとかよォ………いい加減…日本の魔法師ナメんじゃねぇぞ!オレなんかじゃ無理だったけどなァ、九十九隼人、アイツならテメェらの薄汚ねぇ考えなんかブッ壊せるぜ…精々悔しがるんだな!アイツに、目ェつけたことを!そして、つけられたことを!!」
強い意思を湛えた瞳が、無機質な瞳とぶつかる。溢れ出した自分の思いを全て罵倒と共に言葉に出して叫んで、修哉は自らの終わりを悟った。
「そうか……」
俯かれ、隠れる表情。ロドリゲスの親指が、拳銃のハンマーを起こした。
ジャキッ、という小気味良い音が鳴り、照準が修哉の額に合わさる。
「残念だ」
引き金に置かれた指に力が篭った。
言葉と共に引き金が引かれた。
だが、銃声は鳴らなかった。
しかしその代わりに、
激しい雷鳴が光と共に轟いた。
「まったく、困るんだよねぇ……本人のいないところでそんな話……俺の情報が知りたきゃ、直接来いよ」
大して声を張り上げたわけでもないのに、その声は鮮明に響いた。弾けた雷を紙一重で回避していた無頭竜の二人は、同時にその声が聞こえた方向、上空を見上げた。
「やあ無頭竜幹部の御二方……俺が、九十九隼人だ」
そこにいたのは、漆黒のタキシードに身を包み、狐を模した仮面で素顔を隠した、九十九隼人だった。修哉とロドリゲス、二人の緊張が、一気に高まる。
「五十嵐修哉は昼間ぶりかな。よくあの不意打ちを躱せたものだよ……で、そっちのは、無頭竜執行人、ラファエル・ロドリゲスだな」
隼人の言葉に、ロドリゲスは狼狽を表した。
「なぜ、私の名を知っている?」
そのロドリゲスの問いかけに、隼人は溜息をついて肩を竦めた。
「こちとら暗殺者だ。より暗殺をしやすくするために、標的については粗方調べる。今回のターゲットは五十嵐修哉。五十嵐の情報を調べるついでに、無頭竜についても探りを入れていたのさ」
考えてみれば当たり前のことだ。これくらいのことならば、ロドリゲスは意識するよりも早く考えに至っている。
だが、廃墟の屋根に立つ暗殺者の存在が、放つ殺気の濃度の濃さが、如何な凶悪犯罪者でも正常な思考ができなくなるくらいに、ただただ恐ろしいものだった。
「さて、俺の存在と僅かな情報を知ってしまった貴方ら二人には、この世界からご退場願いたい。まぁただ、黙って死んでいくのも嫌だと思うからさ……」
漆黒のグローブを嵌めた左手を、二人の犯罪者に向けて、
「存分に、抗いなよ」
暗殺者は言った。
崩れて降りかかってくるコンクリートの瓦礫を躱して、左手を前に向ける。意識を周辺のサイオンに向けて、自らの体内保有サイオンを活性化。直後、吹き荒れるドライアイスの奔流がロドリゲスの体を飲み込んだ。
しかし、その白のカーテンは次第に消えていった。それを訝しむより早く、今いた場所から飛び退く。瞬間に落ちてきた鉄骨を横目に見て、俺は再びドライ・ブリザードを発動し一度敵の視界を絶った。
「…使えるかな」
徐々に薄れていく吹雪を余所に、俺は突き刺さった鉄骨を掴んだ。
俺の身長よりも少し高い鉄骨を、雷帝を発動。筋力を底上げして中心から二つに折る。ちょうど良い長さになった鉄骨を掴み上げ、俺はドライ・ブリザードをなんらかの方法で消しているロドリゲスへ向けて投げつけた。だが、避けられ真横の地面に突き刺さった。
「九十九隼人……ここで捕らえる!」
あーあー、ずいぶん気合い入ってるねえ。まったく、俺を捕まえてなにがしたいんだか知らないけど、そうやすやすと捕まってやれるほど俺はお人好しじゃないんでね。全力で潰させてもらうよ。
「フッ!」
離れた距離から、ロドリゲスは投擲用のダガーを取り出して投げつけてくる。俺はそれを、丁度いい長さになった鉄骨ですべて打ち払った。剣術は少し齧っただけだけど、まあ、姉さんの太刀筋を真似るくらいならできるからね。7本のダガーを全部叩き落すのは簡単だよ。
けど、流石は無頭竜の幹部格…ただのダガーを投げつけてくるわけではないか。
俺が打ち払って散らばった7本のダガー、その全てが、突如爆発を起こした。
「くっ…」
風圧に堪えながら、肝心の衝撃波は全て消失で消していく。やがて全てのダガーの爆発が終わり、煙が晴れたころ、俺はまだ無傷だった。
「……噂には聞いていたが、化け物だな…」
流暢な日本語で呟かれた言葉は、少々無視できない単語を含んでいた。
「化け物とは酷いね。俺だって、アンタと同じ人間だぜ?」
苦笑いして首を左右に振る。
「まぁ、でも……」
サイオンを活性化。雷帝を発動し、最大スピードでロドリゲスの背後をとり、
「否定はしない!」
背中に右拳を突き立てる。そして着弾した瞬間に纏っていた雷を、右手から放出。
「ガァァァァァァァァ!?」
俺の右手から、強化されて放たれた雷が、ロドリゲスを焼いた。
叫びを上げて倒れ伏すラテン系アメリカ人の男。既に、息はなかった。
体中に流れた強力な電流が、ロドリゲスのことを中から焼き切ったのだろう。
「……無頭竜執行人、ルシフェル・ロドリゲス。暗殺完了」
死体を見下ろして、小さく呟く。
消すのではなく殺したのは、一体いつ振りだろうか。手に残る不快な感触。肉が焼き切れる音。全部、本当に、本当に不愉快だ。
「フン…自分で殺っといて、なんて顔してやがる」
気づけば、真後ろに五十嵐修哉が立っていた。
「うるさいよ。暗殺業なんかやってるけどね、俺は普通の人間なんだよ……罪悪感は感じなくても、この血の感触は手に残るんだよ…」
グローブに包まれた左手を見る。俺が掲げ、何人も殺して来た忌まわしきこの手。静かな空間に、俺の歯軋りの音が響いた。
そんな俺に、五十嵐修哉は目を瞑り、溜息を吐き出した。
「それを望んだのはてめえだろうが。それについてゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ……ったく、ほら!さっさとオレを殺しな」
決意を込めた目で睨まれ、俺は嘆息交じりに電流を纏った左手を掲げた。
「そういえば、アンタに家族はいないのかい?」
こいつを殺すには、あとは手でこいつの頭に触れればいいだけだ。だが、俺はただの興味に惹かれて手を止めてしまった。
問いかけた刹那、五十嵐修哉は一瞬悲しげな表情を浮かべ、
「両親は知らねえ。俺がバカやったときからもう会ってねえしな」
「……兄弟は?」
そう問うと、今度は目を伏せた。
「……妹がいたんだけどよ…無頭竜の幹部の一人に、殺された」
それを聞いた瞬間、俺は自分の中でナニカが冷めていくのを感じた。
「オレを従わせるために人質にされたらしいがな……オレの目の前で殺されたよ」
「アンタは…ただそれを見ていただけだったのか?」
そう言った時、五十嵐修哉の瞳に憎悪の炎が宿った。
「バカ言うんじゃねぇぞガキ。目の前で身内が殺されそうになってんだ。抵抗しねえやつがいるかよ」
「だが、その努力は無駄だったと?」
「ああ。最終的にはアンティナイトのジャミング波まで使われて抑え込まれたよ」
再び、俺の歯軋りの音が響いた。
「おいおいおい…なんでお前ぇがキレてるんだよ」
長年暗殺をやってきたが、こんなにキレたのは久しぶりか、もしかしたら初めてかもしれない。別に俺は正義を掲げるつもりなど毛頭ないが、それでも卑劣な行為には最大級の不快感を得る。
暗殺という行為は、卑劣極まりないことだと思われがちだし、実際そうなのだが、俺達、九十九家の暗殺は、正々堂々を基本としている。暗殺をするかは己で見極め、暗殺をする場合には必ず敵の前に姿を現す。不意打ちは、本当に必要なとき以外はしない。
それに……アイツも丁度五十嵐修哉の妹みたいな感じの境遇だった。
「うるさいよ。もうこの話は終わりだ。最後に…なにか言い残したことはあるか?」
電流を纏わせた左手を掲げ、五十嵐修哉に問いかける。するとやつは、こちらを見据えて、
「九十九隼人。無頭竜を、ブッ潰せ」
「……じゃあな」
そして、雷光に包まれた。
焼け焦げた二つの遺体のうち、ロドリゲスは無頭竜への脅しとして放置し、五十嵐修哉の遺体は魔法で燃やし尽くした。
静かに瞳を伏せて、開く。
「ああ。無頭竜は、俺が責任持ってブッ潰すよ。必ずね」
焼け焦げた地面に向かって、俺は二つ目の誓いを立てた。
ーーto be continuedーー
後書き
みなさん、おはこんばんにちは星屑です。えー、この度、私が執筆している『魔法科高校の神童生』が200件のお気に入り登録を突破しました!読んでくださっているみなさん、本当にありがとうございます!そして更新が遅くて本当にすみません。
さて、この度めでたく200件突破したわけですので、なにか記念にアナザーエピソードをやりたいと思います。具体的になにをやるかはまだ決まってないので、みなさんにジャンルを決めてもらいたいなと思ったり、しまして。はい、三択です。
1、ラブコメ
2、バトル
3、日常(ギャグ多め)
えー、自分で言っておきながら、1と3が物凄く苦手です。でもがんばりますので!みなさん、投票よろしくお願いしまーす。
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