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戦国異伝

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第百二十六話 溝その七

「当家を妬んでもおるのでありましょう」
「ああ、そういうことでありますか」
 羽柴は左手の平を右手の拳を横にしてぽん、と叩いて合点した顔になってそのうえでこう言ったのである。
「当家の急な拡大をでありますか」
「おお猿わかるか」
「いや、それがしもですな」
 羽柴は笑って己の話も出した。
「足軽からとんとんと十万石以上の大身です」
「それでじゃな」
「はい、馬に乗っていたらよくひやかされます」
 どうひやかされるかも言う。
「猿が鰤になったのかと」
「魬からか」
「はい、えらくなったものだと」
「そうじゃ、平家もじゃ」
 通具はここでまた言う。
「清盛入道殿が太政大臣にまでなられたな」
「確かそれは」
「平家物語じゃ」
 この辺りは羽柴は弱いので通具は合わせて言った。
「それにあるわ」
「でしたな、確か」
「そうじゃ。平家も急に偉くなり妬まれた」
 その平家と同じくだというのだ。
「織田家も妬まれるものじゃ」
「武田や上杉はそうではないがな」
 信長もこのことがわかっていて言う。
「見るべき者は素直に見る、しかしじゃ」
「朝倉は、でありますな」
「あの家は同じ斯波氏の家臣だったことからして違う」
 まずそこからだった。
「当家に色々思っておるわ、最初からな」
「そこに加えてでありますから」
 また通具が言う。
「妬みも一塩でありましょう」
「いやはや、妬みはよくないものでありますが」
 羽柴は今度は困った感じの顔で首を捻る。
「それでもでありますな」
「妬みというものは誰にでもあるもの」
 ここで言ったのは雪斎だった、禅僧らしく悟った口調だった。
「それを断ち切ることは容易ではありませぬ」
「妬む位なら前に進めばいいのでは」
「誰も猿みたいに出来ぬわ」
 ここで羽柴に言ったのは前田だった。
「御主はまた別じゃ」
「わしは別か」
「御主は直接の武芸はともかく言われたことは常にそれ以上にやる」
 戦でも政でもだ、それで頭角を現してもいる。
「器用に前に進むな」
「そのわしの様には」
「前に進もうとせん者もおりじゃ」
 前田も不機嫌そうに語る。
「そうした輩程他の者を妬むのじゃ」
「妬む位なら前に進めばいいものを」
「だからそれが出来ぬ者もおるのじゃ」
「それが朝倉だと」
「主の義景殿じゃ」
 彼だというのだ。
「あの御仁は都の遊びにうつつを抜かし政も軍も見られぬという」
「主がそれでよく家が動きますな」
 加藤清正がその話を聞いて目を丸くさせた。
「何とまあ」
「いや、あの家には宗滴殿がおるぞ」
 加藤に福島が言う。
「あの御仁がな」
「あの御仁まだご健在か」
「矍鑠たるものらしいぞ」
「何と、平手の爺様よりも遥かに年上ではなかったか」
 織田家の長老の平手よりも年上である、それも干支が一巡してもまだ足りぬ程にだ。 
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