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オリ主達の禁則事項

作者:夢一夜
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英雄の暗躍

 自然と言う言葉を聞いて、イメージするのはどういった風景だろうか?
 周囲の全てが緑に覆われた森の中だろうか?
 それとも心をいやすような水の流れる音が聞こえる川だろうか?
 地平線を望む大海や雄大な姿の山もありだろう。

 ただし、我々の想像する自然と言うやつは大抵の場合“人間にやさしい”自然と言う但し書きがつく。
 誰だって虎視眈々と獲物の隙を狙う肉食獣や足場もないほど密集した身の丈ほどもある草の中に突っ込んで行きたいというモノ好きはあまりいないだろう。
 たとえそれが正しく“自然”の姿だとしても…人間と言うのは自分勝手なものだ。

 昼間でもそんな有様な自然は、日が落ちると共にその驚異、危険性が跳ね上がる。
 蔵闇はその先にいる牙の白さを隠し、危険の察知を困難にする。
 具体的には、油断が即、夜行性の獣の餌に直結する。
 何が言いたいのかと言えば、夜の自然の中に飛び込んで行くような奴は自殺志願者か救いようのない愚か者か、あるいは…。

――――――――――――――――――――――

 夜の闇に深さを増した森の中を走る影がある。
 動物よりも速い動きだが、地面を蹴る足は二本だ。
 性別は男、誰が見ても身なりの良いと評するであろう恰好は身分の高さを表している。
 少なくともこんな場所を走り抜けるための服ではないが、枝に引っ掛かる事もなく、寝に足をかける事もない。
 単純な熟練以上の“ナニカ”を感じさせる動きと、西洋風に整った金髪と碧眼の顔に浮かぶうっすらとした笑いがうすら寒い何かを見る者に抱かせる。

「…あん?」

 そのまま森を駆け抜ける勢いだった男の足が止まる。
 男がいきなり止まった理由は、視線をたどれば文字通り一目瞭然で知れる。
 進行方向にある木の下に、自分以外のモノ好きの姿を見つけたからだ。

「手前…何もんだ?」
「…秋晴」

 誰何の問いかけは短く返された。
 秋晴は何時も通りのラフな格好で木にもたれかかり、軽く瞼を閉じている。

「お前“も”転生者か?」

 彼が現れる理由は転生者、トリップした人間の前だけだ。
 故に、男もまたそのどちらかである証明である。

持古中(じこあたる)、お前こそこんな所で何をしているんだ?」
「転生前の名前で呼ぶなよ」

 どうやらアタルと呼ばれたこの男は転生者のようだ。
 前世の名前が気に入らないのか、それとも修正を同じ転生者と思って気を抜いているのか、どちらにしても昔の名前で呼ばれる事に抵抗があるらしい。
 分かりやすい不満顔だ。

「今の俺はウインド・ド・ラ・ウィンドウズだ!!」
「そんな事はどうでもいい」

 その名前の何所に自信を持っているのか知れないが、自信満々に自己紹介をした中の言葉を秋晴が一刀両断にする。
 本気で興味が無いのだろう。
 あまりにも冷たく、にべもない態度に中がむっとしたようだがそれすらどうでもいいようだ。

「俺がききたいのはお前が何をしようとしているかだ」
「馬鹿を止めに行くんだよ」

 今…この森を抜けた先を数人の人間が目的を持って移動しているはずだ。
 彼等の目的は一人の少女の救出、国の為、民の為に戦い抜いた彼女は今、敵に捕らわれている。
 それを救出しようとしているのだが…。

「王様の命令を無視した反逆者を庇うつもりかよ?」

 この話の何処に笑うポイントがあったのか、秋晴には全く分からない。
 中の言うとおり、国は英雄であった少女を国家間の紛争の落とし所として利用し、見捨てた。
 敵国にとっては自分達に甚大な被害をもたらした少女だ。
 憎んでも憎み切れない者もいるだろう。
 このままでは少女は処刑される…少女の仲間達はそれを回避する為に、王の命令さえ無視して救出に向かっている所なのだ。

「全く、安易に行動した結果も考えねえバカの尻拭いなんて面倒だと思わねえか?」
「…お前は“その結果”を知っているだろう?」

 確かに無謀だ。
 下手をすると国家間の問題がまた再燃しかねない。
 だが、今回に限って言えばその心配はないのだ。
 何故なら、救出隊は知恵と勇気と実力を持ってやり遂げる。
 |少女(ヒロイン)を救出し、首尾よく逃げ出すのがこの世界の運命であり、流れ…ここは原作の存在する世界なのだ。
 成功は確定しているし、この一件に置いて彼等“主人公達”は経験と絆を手に入れて成長する事になっている…“余計な邪魔”が入らなければ…。

「それを知っていて、何をしに行くつもりだ?」
「このままだと俺に旨みがないだろう」
「…旨み?」

 伏せていた秋晴の瞼が、感情の揺らぎで軽く痙攣する。
 
「“反逆者”を捕らえて国に連れ帰れば恩を売れるからな」

 中がニヤリと笑う。
 確かに、結果を知らなければ彼等の行動は無謀で無茶だろう。
 しかし仲間を助けたいと思う思いは間違いではないはずだ。
 このままでは少女は見せしめに殺されてしまう。

「それでも、女の子を見殺しにしてまで自分の利益を優先させるのか?」
「何真面目な事を言ってるんだ?」

 訳が分からないと肩をすくめた中は…。

「当然だろ?」
「……」

 平然と言いきった。
 他人がどうなろうと知ったことではないと言ったのだ。

「あいつが生きてると俺の出世の邪魔なんだよ。それとも正義感を発揮して邪魔しようってか?」
「ハッピーエンドになるのが分かっていて、それを邪魔すれば誰かが不幸になる事も知っていて、それでもやるのか?本気でそう思っているのなら…お前は人間じゃない。…ただの外道の所業だぞ?」
未来(それ)を知る奴がいなければかんけーねえだろ!!」

 自分の我を通す事に歪んだ誇りでも抱いているのだろうか?
 それとも元々の性格によるものなのかは判断がつかないが、一つだけ確かに分かった事がある。

「ああ…これはもう…」

 手おくれだなと呟きながら、秋晴は寄りかかっていた木から身を起こす。
 口で言って分かれば良しだったのだが…この男はだめだ。
 この先に行かせれば間違いなくこの世界に悪影響を及ぼす。
 穏便に事を収める方法はいくらでもあるはずなのに、そうならない事の方が多過ぎる現実はいつもままならない。

「仕方がない…」

溜息をつきつつ、瞼を上げるのに合わせて色々な物を切り替える。
 説得が無理なら、秋晴に出来る事は一つしかない。
 何時も通り、物理的な力で持って事を収めるだけだ。

「…ひょっとしてお前、大母神のオリ主って奴か?」
「そう言う事だ」

 おそらくこの男を送り込んだ髪が助言したのだろう。
 後で大母神にチクってお仕置きのレベルを上げてもらおうと心にメモった瞬間、中の目が光ったと思ったら秋晴のいた辺りの地面がまとめて吹っ飛ぶ。
 予備動作も何もなく放たれたそれは完全な不意打ち、誰であっても避けられる物では無かっただろう。

「けっ、勝手に裁こうとしてんじゃねえよ説教なんかめんどくせーんだよ」

 中の顔は何処までも歪んでいた。
 元の造形は悪くないのに、どう利用もなく醜悪な笑みの形になっている。

「俺は俺のやりたいようにやるだけ、っと…余計な時間を…」
「目からビームか…」
「な!!」

 破壊力によほどの自信があったのか、秋晴の静止を確かめもせずに先を急ごうとした中の足が止まる。
 信じられない思いで見れば、破壊の爆煙が腫れ、無傷の秋晴が姿を現した。
 右手のひらを前に突き出している事以外は何も変わらない。

「な、何だお前、なんであれを食らって無傷なんだよ!?」

 五体満足なのはこの際置いておく、そう言う能力を持ったオリ主と考えれば説明がつくが、服にも焦げ目どころか汚れ一つついてないのが理解できない。

「いや…違う」

 中は秋晴の突き出した右手の先を中心に、空間が微妙に歪んでいるのを見てとった。
 おそらくは壁…あるいはそれに似た何かの能力だ。

「目から怪光線を出すのにはいくつか該当作品があるんで断言できないな…取り合えず保留…流石に今の不意打ちはやばかった。…俺以外なら今ので終わっていたかもしれないな」

 困惑する中に関係なく、秋晴は一歩前に踏み出していた。
 二歩めで加速した秋晴が一気に距離を詰めてくる。

「ひっ!!」

 反応出来たのは恐怖心と本能の賜物だっただろう。
 とっさに発動させた能力が迫りくる秋晴と中の間に六角形の透明な壁を作り出す。
 絶対領域の名を冠する拒絶の壁は、物理的な硬度さえ持ち、長重量の激突さえ耐える。
ましてや生身の人間の拳など論外、コンクリートの壁を素手で殴るに等しい。
 勢いのまま突進してきた秋晴は壁に阻まれ、拳の骨が砕けてるだろう。
壁面に叩きつけられた蛙の様な無様な姿を想像し、中の顔が笑みの形に歪む。
 いくらなんでもそれで死ぬ所まではいかないだろうが、壁に阻まれたそこに改めて光線を叩き込めばいい。
今度は全力で…本気でやれば森に一直線の道が出来るだろう威力をもってすれば、この世に消滅しない者はない。
それでこのアクシデントは終わり、自分の未来予想図は揺るがない…そう思っていた。
 それがあっさり覆される事など考えもしていなかったのだ。

「げぶ!!あ、あれ?」

 中が疑問符を吐く、同時に口から出て来た液体は妙にどす黒い赤だった。
 そうなると…なるはずだと信じて疑わなかった中の思考は目の前の現実について来れていなかった。
 ゆっくり、拳に抉られている自分の脇腹を見て、目の前で赤い壁に肩口まで赤い壁を割り砕いて入って来た腕を見る。

「ぎ、ぎゃぁぁぁ!!」

 枯れ枝の折れるような音が自分のあばら骨が砕かれた音だと理解した所で、中は悲鳴を上げた。
 体の内部から来る、逃げる事の出来ない痛みが中の妄想を撃ち砕き、これが夢でも何でもない現実だと伝えてくる。
 激痛を耐える事は不可能、体に力の入らない中が転がるようにしてその場から離れる。

「赤い六角形の壁…エヴァンゲリオンの使徒の能力か?っと言う事はさっきのはゼルエルかサキエルの光線…どうりで少し押し込まれそうになったわけだ」

 冷静に自分の能力を分析する秋晴の声が這いつくばった頭の上から降ってくる。
 痛みにのたうちまわりながら中も秋晴の能力を考える事が出来たのは使徒としての耐久力があってこそだ。
 オリ主同士の戦いの場合、相手の能力の把握は相当なアドバンテージになる。
 自分の能力はあっさり見抜かれてしまったので、そう急に秋晴の能力を見抜かねばならないのだが…全く分からない。
 絶対領域と呼ばれるATフィールドはおなじATフィールドでの中和か超高出力での一点突破しかないはずなのに、秋晴はその拳一つで破壊した。
 確かにあばらを砕く威力はあったが、そんな程度で破れるはずがない。
 ならば何らかの能力だろう。
 某異能を無効化する右腕なら可能かもしれないが、それでは最初のあの透明な壁の説明が出来ない。
 秋晴の能力は別の何かだ。

「ち、っくしょおが!!」

 結論がでない疑問は思考停止と変わらない。
 痛みが退いてきたのを感じた中が立ち上がる。
 あばらを全損させたはずの相手がまだ粘るのが意外だったのか、秋晴も軽く目を丸くしていた。

「ああ…使徒の自己修復と能力増加?」
「あたりだよくそったれ!!」

 中の右手から光の槍が、左手から光の鞭が放たれた。
 共に音速をこえた速度で迫るそれを、秋晴は軽く見を捻る事でかわした。
 中の様なとっさの避けではない、きちんと認識した上での余裕をもった回避だ。

「おいおい、ここが異世界だからって自然破壊は良くないと思うぞ?」
「黙れ!!」

 避けた槍と鞭が背後に在った木を貫き、切り裂くのを気にする余裕さえある。
 あからさまな挑発だが、余裕をなくしかけている中にはそれを聞き流す事が出来ない。
 連続してやりが付きこまれ、鞭が空間を薙ぐがそれ一つとして秋晴にかする事さえない。

「これならどうだ!!」

 言葉と共に、地面が消えた。
 正確には中の影が広がり、地上に在る者を飲み込み始めたのだ。
 昼間ならその異常に気がついたかもしれないが、現在は真夜中に近い時間である。
 しかも灯りになる者が星と月しかない状況ではそれに気が付くのも困難だろう。

「虚数空間で死ね!!」
「やだね」
「何!?」

 中の見ている前で、秋晴は拳を振りかぶる。
 睨むのは中…ではなく、自分を飲み込も始めた足元の影だ。

「何をするつもりだ!!」
「すぐに分かるだろ!!」

 行動が答えとなった。
足下に振り下ろされた拳は、本当ならそのまま足と同じように呑みこまれてしまうはずだったが…そうはならず、ガラスのように影の表面にひびが入る。

「い、ギヤぁぁ!!」

 いきなり苦しみ出したのは中だ。
 ガラスが割れるような音と共に、まるで地面にたたきつけられた蜘蛛の巣のようなひび割れが中の顔面に走る。
 中がつかった使徒の能力は極小の体積を横いっぱいに広げて相手を飲みこみ、巨数空間に放り出すという物だった。
 この場合、影が本体となり、本体に見える物こそが三次元に投影された影と言う代物だ。
 中が多少冷静さを取り戻していたのは、影と本物が入れ替わっていたからに他ならない。
 影にいくら攻撃を受けようと、中は文字通り痛くも痒くもないのだから…そんな目論見は、足元の影を破壊した秋晴に痛みと共に甘いと叩きつけられた。
 ダメージが大きかったのか、それともこのままでは身が持たないと思ったかしれないが、中が能力をキャンセルする。

「……さて?」

 影が消えて足の自由を確認した秋晴が改めて中を見れば、割れた顔面を抑えながら中が後ずさる。

「お、おま…何で、どうやって虚数空間を!!さっきのATフィールドだって」
「…ああ、それなら多分、俺の能力に“神殺し”の属性がついているからだな」
「なん…だと…?」

 中は戦慄した。
 戦慄せざるを得なかった。
 オリ主の能力は単純な表面的な物だけではない。
 その本来の持ち主の偉業も加味される。
 例えば竜を殺した英雄の能力を付加した場合、竜種との戦いを有利に進める事が出来たりと言った感じだ。
 中の使徒の能力も例外ではない。
 天使の名を持つ使徒たちの能力は大きな神性を持つ、大抵の闇の者や闇の術…つまり魔法に対しては防御力と攻撃力に補正がかかるといった具合にだ。
 だからこそ、秋晴の語った“神殺し”の属性は致命的な物になる。
 神性を持つものにとっては最悪と言ってもいい組み合わせだ。
 ATフィールドは絶対の防御にならず、攻撃も本来の力を出せない。
 絶対に勝てないとは言わないが、それこそ相当な実力差がなければ無理…そして明らかに秋晴は中の能力を超えている。

「おしゃべりは終わりか?」
「ク、ククク…」

 最後通牒に暗い笑いでかえされ、秋晴が眉をひそめる。
 恐怖で気がふれたという感じはないので…。

「最後の悪足掻きか?」
「黙れ!!」

 言うが早いか、中の右手がいきなり二つに裂けた。
 いや、断面の滑らかさを見れば分離したという方が正しいか?
 そんな事を思っている間に、別れた手は再び一つになる。
 ただし元通りの五氏を備えた手ではなく、目や口のような感覚器の無い腕の太さ程度の光る…蛇?
いや…外見だけを見るならミミズの方が近いか?

「食らえよ!!」
「断る!!」

 案の定というか予想通りと言うべきか…変化した右手が襲いかかって来た。
 そして当然だが、わざわざ進んで攻撃を受けてやるほど秋晴はお人好しでもない。
 太さゆえか、左手の速度は先の鞭に比べれば遅い。
 音速以上の速度を避ける事の出来る秋晴にとって、不意さえつかないこの程度の攻撃では焦りさえ生まれない。
 空中を泳ぐ海蛇のような動きで迫って来たそれをギリギリでかわして中に接近する。

 懐に入ってくる秋晴に、中がニヤリと笑ってカウンターの右を放った。
 秋晴の能力は今一不明だが、それでも直接攻撃がメインなのは間違いないようだ。
 こう言った能力は基本インファイトと相場が決まっている。
 それが分かっているのならばやりようがなくもない。
 事前に覚悟を決めていれば、あばらを折られるくらいなら耐えられるだろう。
 動きが止まった所で必殺の一撃を目の前にいる秋晴に食らわせればいい。
 近接戦闘は相手の至近距離にいる必要があり、それは同時に、相手の射程内でもあるという事を意味する。

「もら…」
「やらん」
「え?」

 いきなり目の前にいたはずの秋晴が消えた。
 そこに在るのは夜でさえそれと分かるほどおい茂った木の枝と葉…実は秋晴が消えたのではなく、自分の右手よりはるかに速く動いた秋晴のショートアッパーが中の顎を真下から捉え、頭上に撃ち抜いていたのだと気付くのは大分後になってからだ。
 しかし、たとえ理解が追い付いていたとしても中には何も出来なかっただろう。
 顎は急所の一つだ。
 人体の構造上、ここを打ち抜かれると脳に衝撃が伝わり、まともに動く事が出来なくなる。
しかも下から打ち上げられた衝撃で中の足は地面から離れていた。
秋晴からは空中で大の字に無防備を晒している中がいる。
そして、秋晴はすでに中に対して遠慮や手加減は無用だと判断している…ならば徹底的にやるだけだ。

「フン!!」
「ギガ!!」

 中の口から悲鳴にも似た空気の漏れる音が聞こえた。
 原因は鳩尾にささった秋晴の肘だ。
 駆け込んできた勢いのすべて園せた肘打ちの衝撃が中の体を貫通して背中から抜けた。
 大の字だった中の体がアルファベットのCのように折れる。

「とどめだ」
「ぶ!!」

 肘の威力で中の体が後方に流れ、秋晴との間に空間が開く。
 その隙間を使い、体を一回転させた秋晴の回し蹴りが中の腹に深くめり込んだ。
 隙も容赦もない連続攻撃の結果、口から血を吐きながら中が交付に向かって水平移動を開始した。
 その速さが秋晴の回し蹴りの威力を示し、背中から気に衝突することでようやく水平移動からは解放されたものの、中の姿は燦々たるものだった。
 気にぶつかった時についたのか、全身傷だらけになっている。

「あ、な…」

 目が焦点を結んでいない。
自分に何が起こったのか理解できないでいるようだ。
 あるいはまだ自分の勝利のイメージの中にいるのか?
 
「あまり面倒な手間をかけさせないでくれよ」
「ゴア!!」

 満身創痍の中に近づいた秋晴が躊躇なく中の右手のひじ関節を踏んで破壊する。
 これで神経が繋がっていても、物理的に右手は使い物にならなくなった。
 時間を置けば使徒の再生能力で回復するのかもしれないが、そんな暇を悠長に待ってやる修正ではない。

「俺を手駒にしようなんて10年早い」

 見れば、中の右手からは年度の高い液体が地面にこぼれおちている。
 左手は能力の維持が出来なくなったのか、元の人間の手に戻っていた。
 中が左右に顕現させた使徒の能力には共通点があった。
 触れた大正を侵食する能力と、その相手を自在に操る二つである。
 この二つのどちらかで秋晴を乗っ取り、意のままに操ろうとしたのだ。
 自分より強い相手なら力では無く絡め手、しかも自分より強い奴を奴隷のように使える…っと言うのが中の目論見だったようだが、誤算は秋晴の能力が完全に自分のそれを超えていた事だろう。
 肉を切らせて骨を断つどころか、肉ごと骨を粉砕されるとは想像もしていなかったのだ。
 その目論見の粗さが自分の完全敗北と言う形を取っている

「う…あ…」

 右手は砕かれ、左手は動くものの、両手でさえ軽くあしらわれたのだ。
 すでに反骨精神は折れている。
 両の足を使っての逃亡も無駄だ。
 目の前にいる秋晴の足が自分より遅いなんてとても思えない。

「…終わりだな?」
「こ、この位、使徒の再生能力と自己進化で…」
「確かに耐性を持たれると面倒…だが…」

 秋晴は右手の人差し指を立て、天をさす。
 
「え?」

 意味の分からない、あえて言うなら勘違いした示威行為に見燃える行動に、何故か中は戦慄を覚えた。
 正体不明の寒気に、中の体が本人の意思と関係なく震え出す。
 おそらく使徒としての生存本能が秋晴がこれからしようとしている何かの脅威を感じ取っているのだ。

「な、何だそれ?」
「お前のように無駄に頑丈だったり、無駄に不死身だったりする奴の為の“技”だよ」
「げ!!」

 秋晴の言葉を信じるならつまり、本人が言う所の技と言う奴は使徒の防御も耐久力も無視する事が出来るという事だ。

「そ、そんな事が出来るなんて聞いてねえぞ!!」
「何で神の中でも大母神くらいしか知らない事をわざわざ宣言してやなきゃならんのだ?」
「神ですら知らない…だと?」
「ああ、俺の能力が“身体強化”だけだと思ってくれていると、相手が油断してくれるからな…お前の様なオリ主を相手にするのに唯の身体強化だけなわけがないだろう?」
「くっ!!」

 反論の余地がまるでない。
 オリ主が望む能力は、重複もあるかもしれないがその人数分だけ存在する。
 事実、中の能力も物理的な衝撃だけで倒すのは難しい類のものだ。
 中自身、最初に透明な壁を作り出したことで、単純な強化だけではないと察していたはずなのに、いつの間にかその身体能力の高さにばかり目を奪われてしまっていた。
 秋晴に狩られたオリ主たちの中には、きっと最後まで秋晴の能力が身体強化だけだと思っていた奴もいただろう。

「話は終わりだな?」
「っ!!」

 何処までも冷えた声は秋晴の心を表しているようだ。
 機械のように、あるいは氷の冷たさで秋晴はやるべきことをこなそうとしている。
 掲げられた人差し指の先で仄かな明かりが生まれた。
 吹けば消えそうなほど、おぼろげで儚げな光だが、中の生存本能は全力でその危険性を伝えて来た。
 あれはやばい…あれを食らってしまったらその時点でおしまいになると…。

「ま、待ってくれ!!俺はどうなる!!これからどうなるんだ!?」
「どうもしない」

 お約束な台詞に秋晴は溜息をついた。
 これに似た言葉を聞くのは初めてではない。
 悪足掻きをして、それでも勝てないと悟った時のオリ主の反応にはあまり大差がないようだ。
 それでも、これも仕事の一環でもある。

「お前は能力も記憶も無くし、本来の輪廻に戻されるだけの事だ」
「や、やめてくれ!!そ、そんな事をされたら俺が俺じゃなくなる!!」
「何を今さら…」

 どう思おうと関係ない。
 善人も悪人も大人も子供も老人も男も女も…死ぬ時は死ぬ。
 事故だったり病気だったり事件だったりと様々な要因で…惜しむなとは言わないがそれが命の営みなのだ。
 オリ主のように、その循環から外れた者の方が異端なのである。
 世界の為に、そこで生きる命の為にも、間違いは正さなければならない。

「お、お前だって同じオリ主じゃないか!!」
「…言い訳はしない」

 それはどうしようもなく事実だ。
 輪廻から外れた存在であるという一点で、秋晴と中に差はない。
 あるのは法を犯した者と法を守る者と言う線引きだけだ。

「な、何が法だ!!勝手に決めたルールで縛られてたまるか!!」
「別に理解してもらおうとは思わないし必要はない」

 秋晴が中に右手を振り下ろす。
 この手の輩の説得ははなから無理だと割り切っている。
 何時までもダダに付き合っていられるほど暇でもないのだ。

「そしてやる事もかわらな…って何?」

 指先が中を指せば終わる…はずだったが、振り下ろししかけていた手をそのままに、風切り恩に振り返った瞬間、秋晴は目を丸くした。
 蹴りが“飛んで”来ている。
 まっすぐに一直線に…数十メートルの長さに伸びて飛んでくるという常識はずれな光景に、流石の秋晴も一瞬目を奪われる。

「ちっ」

 とっさに背後に飛んだことで辺りはしなかったが、そのせいで中との距離が開いてしまう。
 指先にともっていた灯も消えてしまったのを見て、思わず舌打ちするが、今は襲撃者の迎撃が先だと構えを取る。
 
「ゴムゴムの~ガトリング!!」
「くっ」

 とりあえず目の前の足を殴ってどうにかしようとしたが、タイミングを合わせた横合いからの不意打ちに足が止まる。
 完全に主導権を取られたため、一端下がって相手を見極めようとしたが、襲撃者は森の木と枝の陰に隠れていて確認できない。
 声からして女か、声変わり前の少年と言うくらいしか分からない。
 それにしたって想像だ。

「舐めるな!!」

 連射に連射で答える。
 打ち出されてくる拳を自らの拳で迎撃した。
 拳同士がぶつかり合い、捌いた事で巻き起こった風の音が連続し、あるいは重なりあう。
 残念な事に、秋晴のそれは伸びるほど便利な代物ではないが、回転数では圧倒的に勝るため、秋晴の周囲に展開された拳の結界は破れない。
 向こうもこの結果は予想範囲内だったが故に、最初の不意打ちで終わらせたかったのだろうが、失敗してしまった以上は秋晴のターンだ。

「顔を見せろ!!」

 気合いと共に一閃、愁島に構えた手を右から左に振り抜けば、障害物の木が同じ長さに切りそろえられ、視界が一気に開ける。

「…逃げたか」

 倒れた木の枝と葉の間からの不意打ちに警戒したが、しばらく待っても何も出てこなかったので秋晴は構えを解く。
 見れば中の姿もない。
 どうやら秋晴をどうにかしようと言う気は最初からなく、中を連れて逃げる事が目的だったようだ。
 あの突拍子もない攻撃とそれに続く連続攻撃は秋晴の意識に隙を作るための奇襲だったのだろう。
 それにまんまとはまってしまった形だが、悔しさよりも別の考えに溜息が洩れる。

「何でここでオリ主が出てくるんだよ…」

 この世界に中以外のオリ主はいない。
 大母神をバックに持つ秋晴の情報網はその点に置いて完璧だ。
 だが、戦闘中だったとはいえ秋晴に気づかれず近づく事や、さっきの掛け声を考えるに他のオリ主がいるとしか考えられない。
 おそらくは世界を移動する能力を持ったオリ主と某海賊王の能力を持ったオリ主の二人以上がこの場に来ていたのだ。
 この短時間で秋晴にも気取られず逃げおおせるなど、世界を渡るくらいの事をしなければ不可能だろう。
 任意の世界渡りは神クラスの能力がなければ難しいはずなのだが…一旦、大母神の元に戻って相談する必要がある。
 後は…。

「…何で他の世界のオリ主がこの世界のオリ主を助けるんだ?」

 その点だけは全く分からないし、想像もつかない。
 これだけ計画的な事をやらかして置いて、秋晴が何者か知らなかった…と言うわけでもないだろう。
 
「…嫌な予感がする」

 具体的な事実も事情も五里霧中、なのに不安要素だけは増えていく。
 何か一筋縄ではいかない事が起こりそうな予感に、秋晴の溜息は深い。

――――――――――――――――――

 その後、この世界に置いてウィンド・ド・ラ・ウィンドウズの姿を見た者はいない。
 様々な革新的な考えや技術を持っていて、未来の栄光を羨望されていた彼の失踪は当然のごとく問題となった。
 捜索隊の編成も考えられた物の、それに関しては勅命が出る前に立ち消えとなる。
 彼の失踪からほどなく起こった諸々の騒動(イベント)の為に、それ所では無くなったためだ。
 その中心に、救出された少女と主人公達がいたのは言うまでもない。
 次々に襲い来る敵や試練を乗り越え、彼等は英雄と呼ばれる事になるが、そのころにはもはや、ウインド・ド・ラ・ウインドウズの事を思い出す者はいなくなり、僅かな記録の中にその名前が残るのみとなっていた。



 
 
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