ソードアート・オンライン 奇妙な壁戦士の物語
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第四話 後・ボス戦攻略
前書き
まず、最初に二言ほど。
コメントをくださったブレイア様、HAL-HAL様、本当にありがとうございます! おかげでとてもモチベーションが上がりました!
そして今回、予告通り自分が執筆した中では神回(自画自賛を否定しきれませんが)の話です!! どうかごゆるりと、お時間の許す限りじっくりと読んでいただければと思います。
それでは、ボス戦はどうなるのか!? 本編をどうぞ!
青髪の青年の声を合図に、ボス部屋への二枚扉が開かれる。
同時に、栗色の髪の少年が真っ先に飛び出してボス部屋の中央辺りにたち、彼特有の深い緑色のレイピアを抜く。
途端、少年の目の前にドシィン! と地響きをさせながらの着地。オオカミを思わせるアギトをいっぱいに開き、そして吼える。
「グルルラアアアアッ!!」
獣人の王《イルファング・ザ・コボルドロード》。青灰色の毛皮をまとった、二メートルを軽く超える逞しい体躯。血に飢えた赤金色に爛々と輝く隻眼。右手に骨を削って作った斧、左手には皮を張り合わせたバックラーを携え、腰の後ろには差し渡し一メートル半はあろうという剣を差している。
コボルド王は右手の骨斧を高々と振りかざすと、目の前に居た少年に思いきり叩き付けようと風を切りながら振り下ろした。いつもであればこれを避けるのだが、今回はレイドによるボス攻略だ。出来るだけボスの隙を作って、仲間をサポートしなければならない。
だからこそ、放った。骨斧を破壊する勢いで、軌跡すら描かない《リニア―》を。
カキィン! と武器がぶつかり合う音。骨斧と切っ先すら見えないレイピア(手は認識可能)との間で大量の火花が散り、重量では完全に勝っている筈のコボルド王が、それにより攻撃を弾かれ、体制を崩す。
同時に、モンスターがポップする。見た目はコボルド王と一緒の外見。しかし、その背丈はコボルド王の約3分の1――間違いなく《ザ・ブラッディマーダー・タイラントコボルドJr》だ。
「スイッチ! 後は任せるで!」
スイッチとは、簡単に言えば攻守切り替えのこと。もう少し詳しく説明するならば、攻撃役を細かく入れ換えることで敵の意識の外から攻撃する機会を増やしたり、回復する間を開ける、というチームならではの戦術である。
栗色の髪の少年はコボルド王を放って、壁からポップした子ボルド王に向かって走り出し、三体それぞれに一瞬にして《リニア―》を放つ。目視する事が不可能な刺突は的確に喉元に刺さり、三体それぞれのHPゲージの一段目を丸々消失させた。
しかし、子ボルド王も黙ってはいない。すぐに反撃するように通常の片手剣くらいの大きさの骨斧による唐竹、左右からの横薙ぎが少年に襲う。
躱すことは――不可能。そう分かった瞬間、少年は確実に子ボルド王を一匹仕留める為に捨て身覚悟で《リニア―》を中央の唐竹で迫る子ボルド王に放つ。
刹那、攻撃が届いた。それは左右から迫る子ボルド王からのそれでもあり、少年が放った《リニア―》でもある。攻撃したのは子ボルド王が早かったが、攻撃が届いたのは全くの同時。
更に同時に、少年のレイピアに黒いライトエフェクトが宿る。同時だったからこそ、モンスターから攻撃を受けた時の行動遅延(つまり仰け反り判定のこと)を、スキルが終わった後の技後硬直を、無効化してしまう。
つまり、スキルを放った後の、攻撃を受けた後の隙がなくなるということだ。
厳密に言えば、そういった硬直などのシステム的に一秒未満の行動不能に陥った時に、それを解除するために連続して次のソードスキルへと繋げ、システムアシストによりシステム硬直を無効化――いや、上書きするという荒業である。
右側に居た子ボルド王の首が細剣ソードスキル《アヴォーヴ》により横一線に黒い軌跡が走り、それは宙に舞う。正面に居た子ボルド王はポリゴン片となって爆散する。左側に居た子ボルド王は、追撃を仕掛けようと剣にライトエフェクトを宿らせる。
左側に居た子ボルド王が放ったのは水平単発の基本片手剣ソードスキルである《ホリゾンタル》。しかし、水平攻撃と分かってしまえば話は簡単だ。
少年はギリギリまで膝を曲げて腰を落とし、リンボーダンスをするときの体勢になると、少年の目の前にライトエフェクトの軌跡が過ぎ去った。そしてそれとほぼ同時に、右側に居た子ボルド王がポリゴン片と化して爆散した。
相手は残り一匹。その上、技後硬直状態である。この体勢で倒すのには流石に無理があるが、この硬直状態中に体勢を立て直さない手はない。
リンボーダンスのような体勢になった時の勢いはまだ残っている。少年は床に手をつき、筋力値と現実から引き継いだ身体能力の二つのアシストを受けて無理矢理バク転をして子ボルド王の背後を取り、着地した瞬間に《リニア―》でバックアタックをし、狂うことなく喉元に命中。見事に子ボルド王のHPゲージは空になり、そしてポリゴン片となって砕け散った。
ポリゴン片が砕け散る爽快感を感じる音は、いつ聞いても耳に心地いい。
しかし、そんな余韻に浸っている場合ではない。コボルド王を見てみるが、どうやらもうすぐ一段目のHPゲージを空にする勢い。そうすれば、すぐにまたあの三体が壁からポップする。
自信のHPを確認してみると、7451/7966と小さく表示されているどうやら先ほど甘んじて受けた横薙ぎ二回で、HPを約500も削られたようだ。――いや、少年の装備している《ドレインレイピア》にはHP吸収付加という特殊能力が付いている。どれだけ回復するのか分からないが、二体の子ボルド王のHPを半分ずつは削ったのだ。実質、無傷の子ボルド王一体をそのまま倒したと同義。防具を初期装備から変えていないとはいえ、通常の者が攻撃を受ければまず間違いなくHPを5割以上削られる計算になる。
「――これ、取り巻きを近づけたらアカンな」
三体居る分、ある意味ボスであるコボルド王よりも厄介である。それが全てあちらのボス討伐組の方にいけば――少々、危ない状況になってしまうかもしれない。
だからこそ、何としても子ボルド王のタゲ(モンスターが標的にすることの略)を自分が受け持たなければならない。戦線を安定させるには、それが一番安全なのだから。
アイテムストレージ(自分の手持ち品の武器、アイテムなどを保管する倉庫)を確認すると、得体の知れない装備が三つも新しく入っていた――が、今は戦闘中だ。ゆっくりと性能や名前を見ている暇などはない。その中から回復ポーションを取出し、手に持って開封し、一気にポーションを飲み尽くす。
すると、ジワジワとHPゲージが溜まっていく。SAOのポーションは普通のゲームのように飲んだら即回復というわけではなく、一定時間に一定量の回復、というタイプの回復薬なのだ。これがあるからこそ、レイドを組んでスイッチなどをしてボスに挑まなければならないという訳だ。また、回復ポーションを飲むのにも時間が掛かるため、それも理由に含まれる。
――コボルド王のHPゲージの一段目が消失し、再び取り巻きである子ボルド王が壁からポップしてくる。
「――ここからが、本番やなぁ!」
少年はすぐさま《リニア―》で三体のHPを先ほどと同様にHPゲージ一つ丸々削り取り、再び三体と相手をするのだった――
「よし、最後のポップもこれで終了やな」
《リニア―》により最後の一体になった子ボルド王のHPを削り切り、少年はふぅ、と溜息を吐いてボスの方を見る。
コボルド王はちょうど最後のゲージが赤になり、右手に持っていた骨斧、左手に構えていた革盾を同時に投げ捨てたところだった。そして一度高らかに吼え、右手を腰の後ろに持っていく。ぼろ布が粗雑に巻かれた柄を握り、凶悪なまでに長い、曲刀なのかそれともカタナなのか見分けのつかない、そんな武器をぞろりと引き抜く。
「――何や、この嫌な感じ」
レイドの方を見てみると、レイドのリーダーである青髪の青年がコボルド王のタゲを取っている模様。動きは何処か手慣れている様に見えたが――何かが違う。まるで、パズルのピースが合わないような、そんな感じだ。
「・・・・・・って、いつの間に――何でこれを・・・・・・」
無意識の内に取り出した《マンイーター》からのドロップ品である回復結晶。しかしそれを再びアイテムストレージに戻すことなく、少年はただジッとコボルド王と青髪の青年を見詰めていた。
「だ・・・・・・だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ――――ッ!!」
誰かの悲鳴にも似た命令。刹那、コボルド王はその巨体が、地響きを立てながら垂直に跳んだ。空中で体を限界まで捻り、武器に威力を溜める。落下すると同時に、蓄積されたパワーが、真紅の輝きとなって全て解放される。
軌道――水平。攻撃角度――三百六十度。
少年は後になって知ったが、それはカタナ専用ソードスキル、重範囲攻撃《旋車》。
C隊と呼ばれていた青髪の青年率いる部隊は、それをまともに受けてしまった。構えていた青年でさえ、それを相殺することはおろか――防御することすらままなっていなかった。
C隊の平均HPは、見た所既に5割を下回っている。あの一撃で、半分以上のHPが削られてしまったのだ。範囲攻撃であの威力とは――第一層に居ていいようなモンスターと、果たしていえるのだろうか。
しかし、それだけに止まる事はなかった。床に倒れ込んだ六人の頭を、回転するおぼろな黄色い光が取り巻いている。それは一時的行動不能状態――スタンしている時のアイコンである。
この中を動ける者は――誰一人としていなかった。次に気付いた時には、既にコボルド王が大技からの長めの技後硬直より回復した時だった。
「ウグルオッ!」
獣人が吼え、両手で握ったカタナ――いや、少年は見たことがある。あれは野太刀という種類のものだ。大きさこそ違えども、形はまさにそれである。
その野太刀を床すれすれの軌道から高く斬り上げられたのは――正面に倒れるレイドリーダーの青髪の青年だった。薄赤い光の円弧に引っかけられたかのように、銀色の金属鎧を着こんだ体が高く宙に浮く。ダメージはそれほどではないが、残りHPは先ほどの攻撃もあり既に4割を切っている。これも後で知る事になるのだが、この青年を宙高く浮かせたのは、カタナ系ソードスキルの一つの《浮舟》というものだ。
青年は空中で長剣を振りかぶり、反撃の為にソードスキルを撃とうとした。――が、システムはその不安定な空中での動作をスキルの開始モーションと判定しなかった。空しく剣をかざす青年を、巨大な野太刀が正面から襲った。
目にも止まらぬ上下二段の連撃。そこから一拍溜めての突き。これも後で知る事になるのだが、これはカタナの三連撃技である《緋扇》という技だ。
青年の体に刻み込まれた三連続のダメージエフェクトは、その強烈な色彩と衝撃音で、全てがクリティカルヒットだったことを示していた。青年はまるで砲弾の如き勢いで栗色の髪の少年をも巻き込みながら吹っ飛んで行く。
「ディアベルはん!」
サボテン頭がそう叫ぶが、今は全員そのような場合ではない。ボスモンスターは既にそこまで迫っているのだ。すぐにサボテン頭を含む全員がボスに向き直りながらも――顔にわずかながら恐怖と憤怒の両方の表情を浮かべていた。
一方、エリア内にあった柱を次々と破壊しながら吹き飛んだ二人は、最初にコボルド王が座っていた玉座の裏――次の階層へと繋がる二枚扉の前まで吹き飛ばされてようやく止まる事が出来た。
「――ッ! しっかりせい!」
少年がディアベルと呼ばれた青年に呼び掛けるが、かなり弱っている。HPゲージは今も尚減少しており、今にもHPがゼロになろうとしたその瞬間――
「ッ! ヒール!」
ディアベルに触れながら、少年は回復結晶を使用する。まだHPが0になっていなかった為か、回復はギリギリ間に合い何とかそのHPを一瞬で満タンにするのだが――ディアベル本人はあまりのダメージ量のせいか、はたまた先ほどの衝撃のせいか、気絶してしまっている。
前線に戻って今すぐにでも指揮を執りたいのだが――また何処に取り巻きが現れるとも限らない為ここにディアベルを放っておくことは出来ず、かといって連れて行くことも出来ない。
自信のHPを見てみると――4257/7966と表示されている。これはまずいと思い、少年は自分のアイテムストレージからポーションを取り出してそれを呷る。
しかし、一秒ごとに回復する量はたったの600だ。完全回復には、あと5秒は掛かってしまうのが、何ともいえない間である。
先ほど少年は自身のアイテムストレージに、奇妙な装備が計十一種もあることを目撃した。恐らくは《ザ・ブラッディマーダー・タイラントコボルドJr》からのドロップ品なのだろうが、一体どのような装備なのだろうか?
幸い、ここは玉座の裏だ。モンスターのタゲを受けることもなければ、ポップの心配もまずないだろう。――まぁ、ゼロというわけじゃないからこそ少年もここで待機しているのだが・・・・・・。
しかし、そのような些細な確率、少年の今の好奇心の前には完全に無力だった。思わずアイテムストレージを開いてしまい、その防具の能力を確認してみると――
「ぶっ!?」
思わず吹き出してしまった。しかし、それは仕方のない事だった。今、この場にいる全員が同じ目にあっていれば、誰だってこのような反応をしただろう。
最初に見たのは、初めて子ボルド王と戦って手に入れた《メイル・オブ・ブラッディ》なのだが――部位は名前通り鎧装備。装備条件はレベル80で、性能はDEF120、VIT80、特殊効果としてHP上限値+4500、全被ダメージ緩和5%、の二つが付いており――更に筋力要求値はそれ単一で40必要というアホみたいな・・・・・・どう見てもこの第一層でドロップしていいような代物ではなかった。
鎧以外の全てのドロップ品の名称と装備箇所を言うと、頭防具である《ブラッディヘルメット》、左手防具である《ブラッディガントレット・オブ・レフト》、右手防具である《ブラッディガントレット・オブ・ライト》、足防具である《ブラッディブーツ》、腰装備の《ブラッディベルト》、首装備の《ブラッディペンダント》、指装備である《リング・オブ・ブラッディ》、お守りという他装備にあたる《ブラッディアミュレット》、盾装備である《ガード・オブ・ブラッディタイラント》、背中防具である《コート・オブ・ブラッディマーダー》、の鎧を含めると計十種類の被らず全て違う箇所の装備――防具だけであれば、完璧に揃っていた。
どれも装備条件はレベル80で、右手、左手、足、盾の部分には鎧同様に個別に筋力要求値が必要な模様。これを全部装備しようと思えば、筋力値は最低でも150は必要とする、超重装甲だった。ハッキリ言って、この装備の制作者は頭がおかしいとしか思えない。
『お・・・・・・おおおおおおッ!!』
と、装備を見ている間に雄叫びが聞こえてきた。そして次の瞬間には、パリィン! という硝子が砕け散るような音。きっと、モンスターを倒したときにポリゴン片となって砕け散る、あの効果音だろう。
そして数秒後、周囲の壁に掲げられた松明が、暗いオレンジから明るいイエローへとその炎の色彩を変化させる。それにより、部屋の中から薄暗さが消え、すっかり明るくなってしまった。――コボルド王の座っていた玉座の裏を除いて、だ。
途端、後ろ側から歓声が沸く。きっと、ボスを倒したことによる喜びの声だろう。
「――――――――なんでだよッ!!」
と、歓声の声を止める程の勢いで、誰かの声がボス部屋の中に響き渡った。
「――――なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」
(――いや、ディアベルってこの人のことなら、何とか生きてますけど・・・・・・)
しかし、少年の心の中のツッコミなど聞こえる筈も無く、話は勝手に進んでいく。
「見殺し・・・・・・?」
「俺は見た! ディアベルさんがボスに吹っ飛ばされた時、そのままポリゴン片となって砕け散った姿を! それに――アンタはボスを使う技を知っていたじゃないか!! アンタが最初からあの情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!」
誰に言っているのか知らないが、酷い言いがかりである。ポリゴン片となって砕け散ったのは恐らくボス部屋にあった柱のオブジェクトだろうし、そもそもボスの取り巻きが変更されたのは伝えた筈だ。それを踏まえれば、当然ボスの行動パターンも変化することを考えて攻略するのがこのデスゲームにおいては鉄則だといえる。
少年は今すぐにでも弁明するために立ち上がろうとして両手を床について力を入れるのだが――まるで磔にされたように、その体は動かなかった。
《Weight Over》
不意に、そんな警告表示が目の前に出てきた。これはつまり、重量オーバー。恐らく、あの十一種の装備が重すぎるのだろう。
「オレ・・・・・・オレ知ってる!! こいつは、元ベータテスターだ!! だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエ(クエストの略)とか狩場とか、全部知ってるんだ!! 知ってて隠してるんだ!!」
「でもさ、昨日配布された攻略本に、ボスの攻撃パターンはベータ時代の情報だ、って書いてあったろ? 彼が本当に元テスターなら、むしろ知識はあの攻略本と同じなんじゃないのか?」
「そ、それは・・・・・・」
誰かの筋の通った一言。しかし、もう言葉という矛を収める事が出来なくなってしまったのか、それはとんでもない事を言い出した。
「あの攻略本が、ウソだったんだ。アルゴって情報屋がウソを売りつけたんだ。あいつだって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことなんか教えるわけなかったんだ」
馬鹿かこいつは――少年はそれを聞いてその声の主を心の中で侮蔑した。このデスゲームは、今や全プレイヤー共通で命が掛かっているのだ。元の世界に帰りたいのは恐らく皆一緒。帰りたくないなど狂気の沙汰といっても過言じゃない。あるいは、感覚が麻痺しているともいえる。
元の世界に帰りたいのに、元の世界に帰してくれようとしているボス攻略組に、果たしてウソを教えるメリットが何処にあるのだろうか? 否、そんなものは情報屋が狂気に染まっていない限りまず有り得はしない。
それを考えずに情報を提供してくれた情報屋を逆恨みするなど言語道断。ましてや注意書きにベータ時代の情報と書いていれば、先ほどもいったようにそれを踏まえて慎重に行動するのがデスゲームにおいての鉄則である。復活出来ない以上、命は現実と同じ一個だけ。軽い行動をした方が、むしろこの場合には罪になる。そのせいで、一歩間違えればボス攻略組全員が全滅していたのかもしれないのだから。
「おい、お前・・・・・・」「あなたね・・・・・・」
二人の声が聞こえてくる。どうやら、少年と同じ考えの持ち主はこの場にも居るようだった。
しかし、その後の声は続かず、代わりに聞いたことのある声が聞こえてきた。
「元ベータテスター、だって? ・・・・・・俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」
「な・・・・・・なんだと・・・・・・?」
この声は――現在もパーティーメンバーである、黒髪の少年の声だ。少年がそう認識したとき、既に黒髪の少年は次の言葉を口にしていた。
「いいか、よく思い出せよ。SAOのCBT(クローズドベータテスト)はとんでもない倍率の抽選だったんだぜ。受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う。ほとんどはレベリングのやりかたも知らない初心者(ニュービー)だったよ。今のあんたらのほうがまだマシさ」
黒髪の少年の話は、筋が通っている。そもそも条件も無しに抽選などしてしまえば、興味を持った何も知らない者達が大多数になることくらい、誰しも分かる事だ。
この世界のそれに興味を持つ人口と、MMOゲーマーたちの数を比較すれば――きっとどんな馬鹿にでも一目瞭然のことになる。
「――でも、俺はあんな奴らとは違う」
と、自分がまるでこのゲームを極めているかの傲慢な声音。こいつは一体何を考えているんだと少年が訝しんでいると、再び黒髪の少年の言葉が響く。
「俺はベータテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知っていたのは、ずっと上の層でカタナを使うMob(モンスターの略)と散々戦ったからだ。他にも色々知っているぜ、アルゴなんか問題にならないくらいにな」
そこまで聞いて初めて、少年はこの黒髪の少年が何をしようとしているのかが分かった。
――しかし、それは同時に危険な目にあう確率が増える一方だ。大多数のプレイヤーは救われるだろうが、この発言者である黒髪の少年は救われない。
本気でやるのか――?
――いや、ここまで言ってしまったのだ。もはや、その役になること以外に選択肢は残されていない。
少年は冷や汗を流した。自分のことではないのに、何故か流れるその水分。
(――いや、これは僕にも当てはまるかもしれへんな・・・・・・)
もともと、自分は正体がバレれば全プレイヤーに命を狙われてもおかしくない立場である。このゲームが終わって前に居た現実に戻っても、警察に事情聴取という名目上ある意味で保護される可能性だってあるのだ。
それくらいに、今の自分の立場は危うい。既に背水の陣を取っているも同然。バレた瞬間に足場が崩れ、活火山の中にドボンと叩き込まれるといえば、きっとこの少年の立たされている危機が幾分か、分かり易いものになるだろう。
ゾクッ、と少年の背中に悪寒が走った。今まで軽視し過ぎていたが、監視役も絶対の存在ではないのだ。あの男に言われたように、他のプレイヤー同様、この世界で死ねば現実に居る自分も死んでしまうことになる。
その考えに至って初めて、少年は自分の浅はかさに気付かされる。自分の危機感のなさに気付かされる。軽視していた――いや、無意識の内に目を逸らしていた事実に気付かされる。
自分はこの世界を今まで楽しいと思っていたが――それは違う。ただ、感覚が麻痺していただけなのだ。
少年の体に震えが走る。気付かされた事実は、今の少年にとってはあまりにも重い。しかし、それも当然だった。彼はまだ歳にして十三の若輩者だ。今まであらゆる通常とは異なったな環境の中で生きてきたが、人間としての感覚が死んだ訳ではない。死に恐怖をすれば、痛みに泣く事だってある。
少年は戦慄を覚えたためか、体の震えが止まらない。しかし、このゲームの監視役を辞めたいとは思わなかった。
あの男にギブアップするのは、絶対に嫌だ――そんな意地が、少年の心を今も尚支えていた。その支えがなければ――きっと少年は、狂気に呑みこまれていたことだろう。
周囲からはまるでBGMのようにチーターだ、ベータのチーターだ、それを二つ合わせて《ビーター》だ、などという声が聞こえてくるが、今の少年にはそれをしっかりと聞く余裕などは存在しなかった。
「・・・・・・《ビーター》、いい呼び方だなそれ」
しかし、あの黒髪の少年の声が聞こえると――何故かそちらに、耳を傾けてしまう。きっと、これから一緒の境遇――形は違えど、それに立たされる者同士で、彼の事が気になってしまったのだろう。
「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスター如きと一緒にしないでくれ」
この言葉により、今この世界に居るベータテスターたちは二種類のカテゴリに分けられた。大多数の《素人上がりの単なるテスター》と、ほんの少しの《情報を独占する汚いビーター》に。
これは、大きな変化だ。新規プレイヤーの敵意は、全て後者のビーターに向けられる。逆に、前者の素人上がりのテスターは、ほとんど恨まれずに済むはずだ。
――まったく、ベータテスターたちの救世主もいいところである。
少年の口端が、不意に吊り上る。体の震えも、止まっていた。きっと、この声の主のその心意気に、少年は突き動かされたのだろう。罪なきプレイヤーが堂々としているのに、自分が怯えていい道理などない。怯えて停滞するぐらいなら、前に突き進め、と。
途端、少年の心の中の暗雲が晴れた気がした。男への負けん気と黒髪の少年の行動と境遇、その二つによって少年は立ち直ることが出来た。
「二層の転移門は、俺が有効化(アクティベート)しといてやる。この上の出口から主街区まで少しフィールドを歩くから、ついてくるなら初見のMobに殺される覚悟しとけよ」
と、不意にすぐ横に黒髪の少年の姿があった。彼は主なき玉座の後ろに設けられた第二層へと繋がる扉を押し開けた。
「・・・・・・同じ境遇に立つ者同士、頑張ろうや」
少年が黒髪の少年に声を掛ける。同時に、少年はフレンド申請を彼に送る。
黒髪の少年は一度こちらを見てから一瞬、驚いたような目をしていたが、すぐに苦笑を浮かべるとフレンド申請を承認する。
「よろしゅうな、キリト」
少年はそのプレイヤーの名前を呼ぶ。屈託の無い笑顔を浮かべると、黒髪の少年は一度頷き、
「あぁ。よろしくな、アキヤ」
二人の間でしか聞こえない小さな声でお互いに挨拶を交わす。それが終わるや、黒髪の少年ことキリトは第二層へと繋がる狭い螺旋階段を上って行った。
「はぁ・・・・・・今日ほど濃密な一日は、ほんま久しぶりや」
はぁ、と潤いに満ちた溜息を吐いて、少年ことアキヤは玉座に背中を預ける。
やはり、この世界の監視役になって良かったかもしれない――アキヤは密かにそう思いながら、胸の内で頑張ろうと決意する。
きっと、これから彼の決意が折れる事はないだろう。
今日の今をもって、彼の《ソードアート・オンライン》チュートリアルは終わり、正式サービスが始まった。
(誰に何を思われようと関係ない。僕は僕のままで胸張って生きてやることをやれば、それで十分なんや)
きっと彼は、いつかその足場が崩壊して誰しもの反感と恨みを買う事になるだろう。
しかし、彼の心は広く晴れ渡っていた。それは単に、キリトの行動と覚悟が後押ししてくれたおかげである。
――覚悟は決まった。後は、行動するだけだ。
いや、その前に休憩させてほしい。今日は濃密過ぎて、少々疲れてしまった。
――それから30分後、ディアベルと呼ばれていた青い髪の青年は目を覚ました。他のレイドメンバーたちは、全員二枚扉から次の街に向かうことなく帰ってしまったようだ。
アキヤはディアベルに状況説明をした後、すぐに仲良くなった。お互いに自己紹介をして、名前を呼びあい、握手をして、フレンド登録し、そしてギルド加入手続きまでもが進んでしまった。
今日からディアベルは、《円卓の重騎士》のギルドメンバーになった。予想外の出来事ではあったが、結果的にアキヤはディアベルの恩人に当たる。ディアベルはその恩を返す為に――いや、恩人に当たるアキヤと行動をしてみたいが為に、ギルドに加入したそうだ。
そして後で聞いた話なのだが――どうやら、ディアベルは吹っ飛ばされた時に手が滑りパーティーから抜けてしまっていたらしい。アレだけの勢いだったので分からないことではないのだが、よくもまぁ、右手を下にスライドする→チームをタップ→脱退を選択→確認、という作業を偶然的に引き起こしてしまった物だとアキヤは苦笑した。
このことは、改めて負い目を感じていたであろうキリトにメールを送った。こちらを見た時に驚いたのは、きっとアキヤの近くにディアベルが居たせいなのだろうが――見間違いという線で否定しまう可能性も有り得なくはない。
ディアベル生存メールに、きっとキリトも喜んでいることだろう。などと考えていると、すぐにキリトからの返信メールがきて、今度静かな場所で三人だけで話したいとのこと。
それをディアベルに伝えると、ディアベルもとても気持ちの良い笑顔で頷き「俺もキリトさんと話をしたい」と言っていた。
その後アキヤは、ディアベルに装備を3分の1だけ持ってもらい次の街へと移動した。
装備を見た時のディアベルの驚いた顔は――今でも忘れられない程、面白い顔だった。当然の反応ではあるのだが、やはり面白いものは面白い。
――こうして、第一層のボス攻略は幕を閉じるのだった――
後書き
さて、今回の回はどうだったでしょうか!? 個人的には執筆した中で一番の出来策だったのですが、読者様のお気に召したようでしたら何よりです!
さてさて、今回はやっとキリトとオリ主――アキヤの絡みを作ることが出来ました。ちなみに、2話で手に入った回復結晶の入手はディアベル生存の伏線です。
ちなみに今回の話に、実はかなり重要かつ色々な伏線を張っていたりします。バレバレの部分もありますでしょうが、恐らく読者様には余程頭が切れる方でない限り分からない部分もあります(実は前の話で回収しきれていない伏線もあったり)。
それらを上手く混ぜ、物語構築を何の変哲も無く行うことが上手く出来たため、今回は自分のなかで最高の回といえました。
さて、後書きもこの辺にして、また次の話でお会いしましょう。
いつも通り、感想、誤字脱字などのご指摘、評価、辛口コメント、一言は随時募集しておりますので、どうかこの回では皆様に正直な評価を頂けたらと思います。
それでは、最後になりましたが、ここまで読んでくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます!! これからも執筆を頑張り、皆様の満足のいく二次創作を書いていきたいと思いますので、これからもこの未熟な二次創作者を、読者の皆様の手によって支えていただければと思います。
では、次回にまた会いましょう!
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