ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode6 彼女の想い
―――はーっはっは! 見事! まぁーけたぁー!!!
大柄な槍戦士の土妖精が、楽しそうな声を上げて爆散。
それと同時に、割れんばかりの歓声が鳴り響いた。
怒涛の大規模戦闘から、五分。
数にモノを言わせた音楽妖精の軍勢が、ついに『狩人』を押し切ったのだ。
数の優位、そして優秀な指揮官の両方を失った敵の『狩人』はしかし、最後の一人まで果敢に戦い抜いた。流石は名うてのPKギルド、こちらの援軍も大多数がエンドフレイムとなって領地に返されたようでその数は既に三十は割り込んでいる。いくら《呪歌》によって強化されているとはいっても所詮素人だったのだから仕方ないが。
とりあえず、俺は生き残った。
《天牛車》も無事だ。
それもこれも、今この馬車の中で二人になっている、
「……や、やっぱり、驚いた、ですよね……ごめんなさい、シドさん……ずっと黙ってて……」
桜色の天使……「サクラ・ヨシノ」のネームを持った少女のおかげだった。
完璧な卵型の輪郭に、驚くほどに整った顔のパーツ。ペールピンクの流れる様な美しい長髪はまるで光と纏ったかのようで、同色の大きくて円らな瞳と揃って困ったように揺れる。作られたものであるとはいえ、間違いなく俺の人生でも五指に入る美女で……初めて見る容貌。
だが、姿形は知らなくても、俺はその声には聞き覚えがあった。
その歌も、忘れられるはずもなく強く俺の耳に焼き付いていた。
間違えるはずもなかった。
「その声……やっぱり、モモカ、なんだな?」
「……はい。そう、なんです……」
「……そっか」
鈴の鳴る様な綺麗な声。この世界で声はランダムパラメータの一つだが、音楽妖精にはその種族的な特徴として、声質を弄ることができるのだ。もちろん狙った声を作り出すのは容易なことではないが、音楽関係の知識も十分にあれば「同じ声」を作ることは決して不可能ではない。
そして、アバターが同じ声をもつのであれば、彼女が「モモカ」だった時に、プーカの首都であまり喋りたがらなかったことも説明がつく。
「これだけ人気者なら、いろいろ難しいことも、あるんだろうな」
「……」
桜色の天使は、俯いて唇をかみ……一瞬の後、サクラがその身を翻した。
これ以上、俺の顔を見ていられない、とでも言うかのように。
向こうのほうを向いたまま、声を返す。その声は、ひどく幼く、弱弱しかった。
「……い、今まで黙ってて、ごめんなさい……」
「いいさ。言いたくないことだったんだろ? それに、モモカはモモカだ。そうだろ?」
「は、はい……ああ、あの、ですね」
振りかえらず、続ける。
「あ、あの、ですね。私、これから、行かなきゃいけないことがあって、ですね、」
「そっか。そう、なんだな」
「ご、ごめんなさい! 一緒に行けなくて、ご、ごめんなさ、」
「モモカ」
必死に言葉を紡ぐ……泣きそうな声を、遮る。後ろから、その頭に手を置……こうとして身長差を思いだして、小突くに留める。「アイたっ!?」の声を無視して、さらに小突く。全くこいつは、何をこんなにビビってるんだよ。
まさかとは思うが、こいつは。
「おいモモカ! てめー、俺達がこんなことで、モモカのこと嫌いになるとでも思ってるのか? モモカは、モモカだ。俺は一緒にアルヴヘイム中を旅して、一緒に笑いあったモモカのことをよく知ってる。よく知っている……が、俺はモモカの全てを知っているとは、思ってない」
「……!」
「友達だろうと仲間だろうと、話せないことだってあるさ。モモカもそうだったんだろ? ……俺だって、話していないことなんて山ほどあるからな。だから、そんなこと気にするな。俺は、モモカが一緒にいると楽しい奴だって知ってる。それで、十分だ」
「……っ……」
「だから、頑張って行って来い。俺は、俺で何とかするさ」
「……うん……う゛んっ……!」
モモカの、涙声。そのまま何度も頷く頭を、もう一発小突……こうとしたところで、いきなり振り向かれた。驚いて固まる俺の体が、いきなり抱き締められる。桜色の天使の……いや、モモカの、嗚咽を耳元に感じながら、俺はその体をそっと支えた。
ほんのわずかに、胸の疼きを感じながら。
◆
―――帰ってきたら、話しますね。全部、話したいですから。
それだけ言い残して、桜色の天使は去って行った。その顔はまるでアイドルのように凛としたもので、思わず見とれてしまうだけの美しさがあった。そして、人を笑顔にする、強烈な魔力も。そういえば「彼女」にもそんな力があったな、とふと思う。
「あの子、ここしばらくはログインしてなくってね。トラウマ、なってたのかな、やっぱり」
「最初はふつ~に歌って、ふつ~に踊ってさ~。でもあの外見だからね~」
ネット内歌手。一世を風靡し、全ALOツアーまで行ったことがあるほどの有名プレイヤー。しかしある日、ライブの最中に白熱した異種族ファンたちの乱闘騒ぎより会場で死亡者(勿論、「ゲーム内での」、という意味に過ぎないのだが)が出るほどの騒動を最後に、表舞台から姿を消した、そんな悲劇の歌姫。
それが俺の聞いた、サクラヨシノのというプレイヤーだった。
「吃驚したよ。久しぶりにリアル電話来ていきなり『助けて!』だもん。でも私は嬉しかったよ」
「あたし寝てたけどね~。たたき起こされちゃったよ~ははは~」
モモカのバンド仲間だという一緒に演奏していた二人は、そう言って笑った。なんでもモモカはあの後すぐに二人に連絡、本アカで入りなおしてからプーカ領の真ん中で皆に助けを求めたらしい。あれほどの人気プレイヤーがそんなことしていたのだ、まあファンの連中のあの熱気も分からなくはない。
「あの子が人前に出て歌うの、すごく久しぶりだったよ。ありがとうね」
「うん~! これからも、サっきゅんをよろしくね~」
リアルでも知り合いらしい二人は、そう言い残してモモカの後を追った。なんでもこのシークレットライブで、そのために落としかけの彼女の横笛を取りにきた……という名目でのこの行軍だったらしい。援軍来た連中は特別に最前席なのだそうだ。それであの熱気かよ、全くオタクってのは怖いな。
「彼女、実は以前から外に行くことあったんだぜ? 『冒険とかもしたいんです』って」
「でもやっぱ有名人だしいろいろと大変でナ。俺らも一緒に行けたノ、数回だけだったしナ」
彼女の最終防衛ラインを務めた二人の『戦闘狂』のプーカは、そう言って頭を掻いた。どうやら彼女はオタク連中だけでなくまっとう(?)な『戦闘狂』にもファンがいるらしい。そんな無節操な、とも思ったが、彼女の歌……『風の啼く岬』で聞いたそれを思いだせば、十分に納得できた。あの声は、あらゆる人を惹き付けるだろう。
サクラヨシノ……いや、モモカ。
彼女はいったい、どんな気持ちでこの場所に援軍に来たのだろう。
俺との間の壁を無慈悲に突きつけられ。
信じて旅した、仲間と信じた人に突き放されて。
それでもなお、助けに来た。
自分が過去に負った傷の痛みをおしてまで、ここに来た。
その感情がどんなものか……どれほどのものか、俺には分からない。
過去に負った傷の痛みに怯んで、彼女を突き放している、そんな俺には。
ただひとつ、分かるのは。
―――だから、私も聞きたいです。シドさんのこと、全部。
はにかむような、モモカの泣き笑いの笑顔。
その笑顔に宿る彼女の想い。
俺の心を奥底を締め付ける彼女のその感情は、痛いほどにはっきりと俺に伝わっていた。
◆
「はぁ……やっぱ、話さねえと、だよな……」
皆が去った後、天を駆ける牛車の上で呟く。
返答は、下からウィンドウ画面で返ってきた。
『貴方の思うままにどうぞ。が、彼女の思いを考えればそれ以外の選択肢はチキンどころか人間、いえ男として終わっていると思いますのでそこのところをお忘れなきように』
ブロッサムもぎりぎりのところで生き延びており、下で御者を務めてくれている。それにしてもコイツは相変わらず口が悪いな。俺だってもう全部……少なくとも俺がSAO生還者だってことくらいは話さなければならないだろうってのは分かってるんだから、もうちょっと言い様もあるだろクソ。
それに。
『分かっていると思いますが、別に貴方の身の上話を話せと言っているだけではなく、』
「あーあー、分かってる分かってる! ちゃんと話すっつの!」
モモカの想いに気付けないほどに、俺も鈍感では無い。ああ、俺も巷で流行りのライトノベルの鈍感主人公のように人の好意なんて気付けないほどに馬鹿な男だったら、人生どんなに楽だったろう。それについても話さなければなるまい。
そうなると、場合によっては「彼女」のことも、話さなくてはならない。
「はぁー……」
とりあえずこの先のことに、深い溜め息をつく。
既に現実での時刻は四時を回っている。このまま行けば、夜が明ける前には鍛冶妖精領に到着できるだろう。《天牛車》がその滞空制限時間を迎えてゆっくりと地面に降りる……が、そこはもう雪は積もっていない。長く伸びる道はもう、レプラコーン領である埋め立て地帯へと入ったようだった。
目的地まで、あと少し。
そして、それが終われば。
(俺に出来る、最後の場所に行かなきゃな……)
一つの予想を胸に、俺はまた深く溜め息をついた。
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