IS<インフィニット・ストラトス> ‐Blessed Wings‐
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第一章 『学園』 ‐欠片‐
第20話 『正体不明 < Unknown >』 後編
――『少年』が求めたのは未来だった。 そして未来を求めるために『真実』を求めた。
――だが、真実というものは決して1つしか存在しないわけではない。真実の『欠片』という情報、そしてまた、その『真実』こそが『嘘』であり『欠片』こそが真実かもしれないのだ
『足掻き続ける少年達は、そんな欠片を見つけることができるのか そしてそれを見つけたとして、何を思うのか』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
とある場所に存在する薄暗い部屋、機械仕掛けの部屋と言っても過言ではない部屋の中、部屋の中に置いてある椅子に座り、正面のテーブルの上に置かれている湯飲みをぼーっと眺める存在が居た。
『篠ノ之束』、自称天才科学者でありIS<インフィニット・ストラトス>の生みの親である。そしていつも自分勝手に、周りの事など一切気にせずただ楽しそうに振舞う彼女の姿は、今そこには無かった。
「……束さんのせい、かなあ」
柄にも無く、今の篠ノ之束という人物は険しい顔をしながら、自身の目の前に表示されるウインドウを見ながらそう言った。
そのウインドウに表示されるのは1つの映像、IS学園で起きた一連の騒動をアリーナのカメラで録画したものだった。そしてその映像を見ながら、篠ノ之束は普段の姿からは考えられないようなため息を吐く。
何故彼女がこの映像を持っているのか、それには理由がある。元々ISというのは篠ノ之束が生み出した存在であり、そしてコア・ネットワークを介していつどこで何が起こっているのかは彼女の任意で知ることができるからだ。
そして、今の彼女の最も大きな興味はIS学園――というより、『織斑一夏』と『月代悠』へと向けられていた。だからこそ彼女は監視した、IS学園に存在するコアから2人の行動などを可能な限り見ていたのだ。
一種のストーカーまがい、と疑われても仕方ないような彼女の行動だが彼女はそんな事知ったことではない。何故ならば、自身の興味の為なら他の有象無象などどうでもいいと考えていたからだ。
「くーちゃんは……今出かけてるよね」
そう呟くと、篠ノ之束は自身の前で流れる映像を止めてウインドウを閉じると、立ち上がり、部屋の中にある紙束や書類、色々な器具が散乱する机に隠すように置いてあったフォトフレームを手に取る。
普段誰にも、共に居るクロエ・クロニクルにすら見せたことの無いその写真を見ると彼女はただ呟いた。こんな姿は誰にも見せたくなかったから、クロエにすらこんな自分を見せたくなかったから。
少なくとも自分はクロエを『娘』として大切にしている、だからこそ自分を慕ってくれるクロエにこんな姿を見せてしまえばあの子は必ず心配するし、『これは誰にも見せてはいけない』のだ。
手に取ったその写真を見ると彼女はそれを抱きしめて一言だけ呟いた。
「――ごめんなさい」
その言葉にどんな意味が、どんな想いが込められていたのかはわからない。だが少なくともその時の篠ノ之束という人物は辛そうにして、泣いていたのだ。
そう、第三者から見たらきっとその光景は『有り得ない』と思う光景なのだ。天才で、ISの生みの親で、いつも自分勝手で周りなど気にしない、そしてそう振舞いながら周囲を振り回し、いつもヘラヘラと笑っている。
そんな彼女から、世間の目から見た彼女から考えて、誰がこんな辛い表情をしてただ泣いている、まるで『ごく普通の女性』だと思うだろうか。
「『博士』、私が貴女から全てを奪ったから――私が、貴女の大切なものを全て持っていったから、だから、だから今こうなってるの……!?だったら、そうだとしたら全部悪いのはこの私、天才科学者の束さんじゃないか!――私は、束さんは……」
恐らく今の彼女を見たら、彼女を知る多くの人々は『有り得ない』と言うだろう。しかし、そんな姿は誰にも知られることはない。知られてはいけない。
自身がどんな存在なのか、少なくとも篠ノ之束という人間はそれを理解している。自分が『空を、宇宙を目指したい、飛んでみたい』と思って作ったものは今や世間から見たらただの『兵器』だ。
そしてその『兵器』をより『兵器』としていいものにするために、世界は自分を探す、狙う、本当は――こんな現実、望んでいなかった。
自身の最愛の妹には嫌われ、親友である織斑千冬からも昔ほどの関係は持ってもらえず、そしてそんな状況をなんとかしたくても、弁解したくても――何も、できなかった。どうしたらいいか、わからなかった。
だから自分勝手に、きっと相手はそうすれば喜んでくれる、見てくれる、信じてくれると思った事を勝手にやる。篠ノ之束とは、そんな不器用な人物だった。
彼女は少しの時間すすり泣くと、再び隠すようにそのフォトフレームを物が散乱した机の中に埋めた。誰にも見られないように、知られないように隠した。
「あはは、そうだね――束さんらしくないね 自分で決めたじゃないか、もう繰り返さないって、その筈なのに、天才の束さんなのに、何してるんだろうね」
そう誰も居ない部屋で彼女は言うと、すぐにいつも通り、周りを振り回すような、いつもの笑っているような表情に戻る。
湯飲みが置かれたテーブルへと戻り、湯飲みの中の液体を少しだけ啜ると、彼女は別のウインドウを自分の前に呼び出しした。
「そうだよ、もう繰り返さない――もう、束さんの大事なものは失わせない。 他の有象無象なんてどうでもいい、だけど、だけど――『博士』、貴女とした約束だけは、束さんは忘れないし絶対に守って見せるから」
そして、そのウインドウを真剣に見ながら、篠ノ之束は部屋の中に木霊する一言を放った。
「『亡国機業』……いっくんやゆーくん、ちーちゃんや箒ちゃんに何かしてみなよ――束さんは全力で、お前らを一人残さず潰してやるから」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
頭がぼーっとする、そんなはっきりしない意識の中で俺は目が覚めた。完全に覚醒しきっていない頭を何とか動かして、横になっている己の上体を起こす、そして周囲の状況と自分の状況を確認――うん、生きてはいるようだ。当たり前だろうけど。
……生きてる? そうだ、待てよ――俺は確か
そして思い出す、アリアとオルコットさんを救出するために救出作戦を提案、そしてそれを織斑先生に受理されて、その後作戦通りに一夏の単一仕様能力『零落白夜』でアリーナへと突入、二人を救出して、一夏を2人と一緒に下がらせて――それで、俺は。
<Unknown>と交戦した。途中まではなんとか戦えていたが、いきなり奴の動きがおかしくなって。
思い出されるのは、一方的にただ攻撃されるだけの俺の姿。途中からまるで『瞬間移動』のような事をされて、奴の行動が変化してからは俺はただ、奴にサンドバックのようにされて、一矢さえ報いる機会も与えられずに俺は――撃墜されたはずだ。そうだ、確かに俺は……最後の一撃を受けて撃墜された筈なのだ。
だが、自分はこうして生きている……どうしてだ?それと、撃墜された時の記憶がはっきりしない、最後の一撃を受けて空中から墜落した所までは覚えている――だけど、その後の記憶がハッキリしないどころか、存在していないのだ。
「俺は、どうして――」
どうして生きているのか、どうしてこうしてベッドに横になっていたのか。どうして、どうして一部の記憶が無いのか。 とにかく、分からない事だらけだった。
自分が寝ていたベッドの周囲を確認する――見覚えがある、そうだ……IS学園の保健室だ。つまり、全員助かった、のだろうか。しかしあの<Unknown>はどうなったんだ?
そんな思考の渦に俺は囚われていると、保健室の入り口の自動ドアが音を立てて開かれて、入ってくる人物の姿があった。
「悠……?お前ッ!目が覚めたのか!」
「大丈夫か?痛むところは無いか悠!?」
「おうおう、一夏そんなに俺を揺らすな揺らすな、頼むから落ち着いてくれ、結構キツいからそれ――ふぅ……とりあえず、痛む所もないし一応大丈夫、だと思う」
入り口から入ってきたのは一夏と篠ノ之さんだった。ベッドから起きて上体を起こしている俺を見るといきなり一夏は駆け寄り俺の両肩を掴むと前後にブンブンと揺らしてきた。いや、あれやられると地味に辛いんだ。特に物凄い速度でやられると。
ひとまずそんな一夏に落ち着けと言って、自分の今のコンディションを告げる――すると2人はホッと、安心したようにこちらを見て笑った。
「なあ一夏……訊いていいか?」
「大体予想はつくけど――なんだよ、悠」
「『全員助かった』のか?」
俺が幾つもの疑問の中から答えが欲しいと思ったのはこの問いだった。過程はひとまずいいとして、全員ちゃんと助かったのか――俺は、それが最も気がかりだった。
そんな俺に対して一夏は笑うと、そんな俺が最も答えて欲しい問に対して、理想的とも言える返答を返してくれた。
「ああ、全員無事だよ――ローレンスさんはまだ寝てるらしいけど、命に別状はないし、ISの絶対防御のおかげで怪我もたいしたことなかったらしい。オルコットさんも多少の怪我はあったけど、特に問題はなかったってさ。むしろ、一番心配だったのはお前なんだぞ?悠」
「俺?」
「ああ、お前―― 一度撃墜されて、それでその時ピットに居た俺も箒も、それからオルコットさんも血の気が引いてさ――だけどお前、そこから立ち上がって」
「ま、待て待て!ちょっと待て――確かに撃墜されたのは覚えてる、だけと俺が立ち上がった?それ、どういう事だ?」
俺の言葉に一夏と篠ノ之さんは怪訝そうな顔をしながら顔を見合わせると、一夏が言葉を放った。
「お前、もしかして――覚えてないのか?」
「覚えていない、というよりは知らない、記憶にないんだよ―― 一夏、それから篠ノ之さん、あの時……俺は一度奴に、<Unknown>に撃墜されたのは覚えてる。だけど……その後どうなったんだ?」
「……本当は、千冬姉に口外するの禁じられてるんだが」
「俺は当事者、というか本人だぞ?それでもダメか?――ならついでに昼飯の奢り2回分チャラで」
「はぁ……分かった、分かったよ――俺や箒で答えられることなら話してやる。といっても、俺達はモニター越しに見てただけだからそこから言える位の事しか言えないけどな――あ、昼飯チャラは有難いわ。今月かなりピンチでさ」
ちゃっかりしてる奴め、だが俺が自分で言った事だ――さて、話を聞こうか。
そして俺は、2人から話を聞いた。俺はどうやら、撃墜された後アリーナの地面に叩き付けられる直前に再起動して、体勢を立て直して――そこから一気に<Unknown>に対して反撃に出たらしい。
ただ、二人が見たのはそこまでらしく、再起動した俺が<Unknown>の追撃を防いだ所まではモニターを通して見たらしいのだが、突如としてモニターがダウン、そして自分達が居た部屋がロックされてしまったのだと話した。
そして暫く閉じ込められたかと思うと、いきなりロックとモニターが回復、そしてモニターには倒れている俺が写っていた、という話だった。
だから、二人が知っているのは『俺が再起動して、そして<Unknown>との戦闘を再開した そして暫くしたら<Unknown>は消えていて、倒れている俺の姿だけがあった』という事だけらしい。
わからんことだらけだが、どうやら全員無事だと分かり一安心――もしかしたら『相棒』なら何か知ってるんじゃないか?
そう思い自分の首に下げている相棒に触れようとするが――無い、剣と翼を模った灰銀色のネックレスがないのだ。どういう事だ?俺は『相棒』を肌身離さずいつも持っていたはずなのに、今手元に無いとは――
「どうした? 悠、やっぱりどこか悪いのか?」
「いや、そうじゃないさ――な、なぁ……俺の『相棒』、どこに行ったか知らないか?」
すると一夏と篠ノ之さんは『あー…』と言うと、少し複雑そうな表情をすると口を開いた。
「えっと……悠のIS、"Tempest_Dragoon"だっけか?あれなんだけどさ――千冬姉が回収したみたいで……」
「は……?」
おいおい、マジかよ冗談じゃないぞ。今のアイツを調べられたら下手すればアレが何なのかバレる可能性だってあるんだぞ!?
その言葉を聞いて俺は血の気が引くとベッドから無理矢理立ち上がろうとするが、力が入らない――
「お、おい無理すんな!落ち着けって!千冬姉は―― 外部にあれを調べられないために、一時的に預かっているだけだって言ってた」
「……そう、か」
最後の言葉だけ俺にしか聞こえないように一夏は言うと、俺はそれを聞いて少しだけ安心した。下手に『相棒』を調べられて欲しくはなかったからだ。そして推測だが、織斑先生に調べる気はないのだろう。
そしてきっと、一夏も篠ノ之さんも、オルコットさんも疑問に思っていることを、俺は一夏に聞くことにした。
「……一夏、篠ノ之さんも、何も訊かないのか?」
「何をだよ」
「何の事だ?」
「俺のISについて。見て分かっただろ?俺のIS、"Tempest_Dragoon"はあの襲撃者<Unknown>と全く一緒だったって事」
「……それを訊いたとして、お前は何か答えられるのかよ?」
「答えられないな――だって俺も奴が何者で、どうして奴は俺の『相棒』と同じ姿をしているのかなんて知らないし見当もつかないからな。 たられば、で言うなら――奴の狙いは俺だったんじゃないかって事くらい」
「悠が狙いだった?」
「ああ、アイツは――オルコットさんを攻撃している時と俺に攻撃しているときじゃ全く動きが違った、それに……なんでかは知らないが俺に対してはちゃんと言葉らしい言葉を吐いていたからな。 だからもしかしたら、だよ」
あの襲撃者が言っていた事が思い出される。あの時俺が聞き取れなかった言葉はなんだったのか、奴の言っていた言葉には何か意味はあるのか。そんなことをひたすら俺は考えた。
「……だったらさ、これからは俺が守ってやる――いや、違うな。 俺も手を貸してやるよ」
「一夏、それは違うぞ――私達、だな」
「一夏?篠ノ之さん?」
2人は俺の話を聞くと、俺に対して笑いかけて手を伸ばす。
「守るなんて大層な事は俺には言えない――そんな実力も力も俺にはない。それに、ISをまだ動かしたばかりの俺にそんな力があるとも思えない、『何かを守る力』、まだそんなものは俺にはないけど――きっと、悠の助けになるだけの力を貸してやる事くらいはできるからさ。だから、今度もし奴が来て、悠を狙うんなら俺も戦うよ。それで、少しくらいお前の力になりたい」
「……馬鹿だろお前、見てたんなら分かるだろうし一夏も奴と対峙したんだ、分かるだろ? 下手したら――死ぬんだぞ? 今回は俺はきっと『たまたま』運がよかっただけなのかもしれない、次そんな幸運が起こらなければ、きっと死ぬぞ?」
「じゃあ、そうならないように――強くなろうぜ、悠」
その一夏の言葉に俺は、すぐに言葉を返すことができなかった。 その通りだ、と思ってしまったから。ISは兵器ではない、だけど『力』ではある。その力をどう使うか――それを決めるのは自分自身だと、俺は前に言ったじゃないか。
そうか、そうだな――忘れかけていたよ。だったら、強くなって、もしまた奴が来るなら今度は、今度こそは俺が奴を倒す――その為に俺は、何かを失わせないために強くなろう。成したい事や知りたいこと、それを目指すために俺は強くなる、もっともっと強くなろう。
「そうだな、一夏――ああ、強くなろう。 俺も、自分の為に強くなるよ。 それと、もしヤバい時は、力貸してくれ」
「おう、任せとけ」
「悠」
「ん?どうしたよ篠ノ之さん」
「その……私は専用機を持っていない。そして私には、一夏やオルコットのように隣に立って、お前の力にはなれない――だが、それでも私にもきっと何かできることがあるんじゃないかと思う。だから、私もそんな何かでお前の力になる」
「……ありがとな、一夏、篠ノ之さん。 んじゃあ、そん時は頼むわ――頼りにさせてくれ」
二人は『任せておけ』と笑顔で言ってくれて、俺にはそれが――凄く嬉しくて、頼もしかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
保健室ではなく、寮のとある一室。アリア・ローレンスという少女の部屋に私、セシリア・オルコットは居ました。
何故私が彼女の部屋に居るのか、それには理由があります。あの一件――アリーナに突如として現れた襲撃者の一件の後、彼……『月代 悠』はすぐに織斑先生と『織斑一夏』そして『篠ノ之箒』に連れれて保健室に搬送されました。
比較的怪我が酷くなかった私は既に治療を完了しており、後は目を覚ますのを待つだけになったローレンスさんを抱きかかえてひとまず保健室まで行きましたが……彼の治療に手一杯の状況であったため、もう問題はない私は織斑先生に『ローレンスさんを部屋に連れて行きます』と提案し、話し合った結果そうすることになりました。
しかし、ローレンスさんを部屋に連れて行く前に織斑先生からある事をきつく約束されせられました――それは『今日、あの場で見た事全てを口外することを禁ずる』という内容でした。そして、損傷が酷い『ブルー・ティアーズ』を一度預けろ、という話でした。
私としては、それは当然だと思いました。むしろ、あんなものを見せられて、そして代表候補生でもある私の目で見れば――あんなものを口外していい筈がない。
現段階で知る限りでは、襲撃者が私とローレンスさんを攻撃した直後にアリーナのシャッターは全て閉じられたため、あの襲撃者を見た生徒は私達以外には居ませんでした。だからこそ、あれについての情報を外部に漏らす事を織斑先生は禁じたのだと思います。
織斑先生に『セシリア・オルコットの名と代表候補生である立場に誓い決して口外しない』と言うと織斑先生はふっと笑って『そうか、ローレンスを頼んだぞ』と言いました。
そうして、今私はローレンスさんの部屋のベッドに彼女を寝かせると、今は安らかに眠る彼女を見て安心すると、考えに耽りました。
……関係ありませんが、抱きかかえている時も思いましたがローレンスさんはかなりスタイルがいいですわ。身長は少し低いですが、胸も私くらいで――なんというか、そんなモデルのような彼女を見て少しドキドキしてしまいました。
そんな関係ないことをすぐに私は振り払うと、ローレンスさんのあの言葉を思い出していました。
――『嘘なんて、つく必要ないんだよ?無理なんて、する必要もないんだよ?だから教えて、オルコットさん 本当の貴女の気持ちを、貴女の本当の思いを。私に、教えて欲しいんだ――』
あの時、あの時にローレンスさんにその言葉を言って貰えて、どれだけ自分が楽なったことか。どれだけ、自分が救われたことか。
嘘などつく必要もない、無理なんてする必要もなくて、ただ本当の『セシリア・オルッコト』を教えてほしい。 きっと私は、誰かにそう言って貰えるのをずっと望んでいたのだと思います。
ずっと、ずっと無理をしてきました。家族の遺産と家督を守るために必死になって、ただひたすらに誰も頼ってはいけないと思い続けて、『力』だけを私は追い続けて――そしてISという力を手に入れてからは、私は自分こそが他者より遥かに優れている、そう思い込みましたわ。
ですが、そんな今まで自分がやってきたことは――全て『嘘』でした。本当は、辛くて、誰かに頼りたくて、『ひとりぼっち』が嫌で――本当は、笑っていたい。 そう思っていました。
助けてほしい、心のどこかでそう叫ぶ私が居ました。そして――そんな私を助けてくれたのは今自身が座る椅子の前にあるベッドで眠る彼女、『アリア・ローレンス』でした。
彼女は私に臆することなく、正面から『貴女は自分を偽っている、無理してる、間違ってる』と言ってくれました。そして――今まで自分の正面からそう言ってくれる存在など、私には居ませんでした。
本当はそう言って貰えたのが嬉しいのに、私はそれでも自分を偽って、ローレンスさんのその言葉を『否定』しました。
否定しても、拒絶しても彼女は向かってきました。『それなら、正面からぶつかってお互いの気持ち全部吐き出そう』そう言うと共に彼女が言ったのは『貴方は わたしといっしょ』という言葉でした。
彼女と戦いながら聞いたのは、私は昔のローレンスさんに似ているから、過ちを犯した自分に似ていたから、だから止めたいと思った そう言っていた。
普段シャキッとして、真面目そうな彼女からは想像もつかないくらいに声を荒げて、ローレンスさんは私に気持ちをぶつけてきました。そしてそれは……ちゃんと、私に届いていました。
私があの時最後に思ったのは『負けた』という思いでした。拒絶しても否定しても、それでもひたすらに己に対して向かってくる彼女に――私は、負けました。
だからこそ、知りたい、仲良くなりたい、教えてほしいと思いました。彼女、『アリア・ローレンス』に。彼女の強さと覚悟、そして『ひとりぼっちなんかじゃないんだよ』と言ってくれた彼女と、一人の友人として彼女と仲良くなりたいと思ってしまいました。
もし、あの時――襲撃者の砲撃からローレンスさんが私を守ってくれなければ、きっと私も撃墜されていて、どうなっていたかわかりません。彼女が居なければ、きっと私は死んでいました。
私の心を救ってくれた上に命まで救われた、だから私は――必死でした。失いたくない、自分を受け入れてくれて手を伸ばしてくれた彼女だけは死なせたたくはないと思い、襲撃者からの攻撃をひたすらに避けて逃げました。
その時の私に、プライドも尊厳もありませんでした。ただあったのは、『失いたくない』という言葉だけでした。自分はどうなってもいい、だからローレンスさんだけは守りたい、そう思っていました。
そして今、なんとか無事に戻ってこれた私は、今目の前で安らかな寝息を立てながら眠る彼女を見て安心しました。『私は、今度は失わずに済んだ』のだと。
彼女が目を覚ましたら――何と声をかけましょうか。私としてはいろいろ考えてしまいますわね
「……オルコットさん?」
そうですわね、まずは謝罪が重要でしょうか。ローレンスさんには色々酷いことも失礼なこともしてしまいましたから。その後にどんな話をしましょうか、ええと……
「オルコットさんー?」
おかしいですわね、先ほどからローレンスさんの声が聞こえる気がしますわ――ですが、先程まで彼女は寝息を立ててぐっすりと眠っていたはずですわ 疲れているのでしょうか、私は。そうですわね、今日だけで色々な事がありましたから、きっと疲れて――
「……えいっ」
「あいたっ」
私は考えに耽っていると、自身の頬に俗に言う『デコピン』をされて我に返りました。そしてそんな私の視界に居たのは、ベッドから上体を起こしたローレンスさんでした。
「……おはよう?」
「えっと、今はもう夕方ですが……?」
上体を起こして不思議そうにこちらを見ている彼女から放たれた一言目はそんな言葉でした。
「ん……えっと、私――どうしたんだっけ?」
「当然の疑問だと思いますわ……当事者ですしお話しますが、落ち着いて聞いて下さいね?」
そして私は彼女に話しました。あの後、ローレンスさんが気を失った後に何があったのか。襲撃者のこと、『月代 悠』が負傷したこと、そしてなんとか襲撃者を撃退することに成功したことを。
『月代 悠』が撃墜された、という事を聞いて彼女は驚いて私に詰め寄りましたが、ちゃんと事情を話してどうなったか説明すると落ち着いてくれました。本当に……彼のことが大切ですのね。
彼女はその気持ちをどう思っているかは知りませんが、そんな『想い人』にも似た感情を持てる相手が居る彼女に対して、少し羨ましくもありました。
現状について全て説明し、特に損傷が酷かった『ブルー・ティアーズ』、『Tempest_Dragoon』、『ブラッディア』の3機については織斑先生が回収し、修理に当たっていると話し終えると彼女はホッとどこか安心したような表情を見せた。
「ありがとう、オルコットさん――現状についてよくわからなかったから、助かった」
「礼には及びません――それと、ローレンスさん……申し訳ありませんでしたわ」
そうして、私は椅子に座ったままベッドの上の彼女に対して頭を下げました。
ひとまず、私は先程考えていたように謝罪から始めることにしました。そして私も、ちゃんと謝罪したいと思っていましたから、ちゃんと謝罪しないと彼女に礼など言えないと思いましたから。
「……えっと、何が?」
「彼――月代悠を私の言動で侮辱したこと、そして……貴女に対しても、かなり酷いことを言ってしまいましたわ。申し訳ありませんでした」
「ん、いいよ――私は気にしてないけど、ちゃんと織斑君とユウには謝ってね?きっとその謝罪の1つは私じゃなくて二人に言うべきだと思うから」
「勿論ですわ、お二人にもちゃんと謝罪するつもりでいます――それで、ローレンスさん」
「何?オルコットさん」
「『セシリア』、よろしければそう呼んでください――私は、もう自分に嘘をつくことはやめますわ」
そう言うとローレンスさんは、目を見開いて少し驚くと、どことなく嬉しそうな笑顔をこちらに向けた
「ん、じゃあ私のこともアリアって呼んでくれるかな……『セシリア』」
「ええ、わかりましたわアリアさん」
「さん付けもいらないんだけどなぁ……まあいいや、それで――嘘をつくのをやめるって?」
私は一度咳払いをすると、ローレンスさん――いえ、アリアさんの茶色の綺麗な目を正面から見ながら言葉を紡ぎました
「アリアさんが言っていたように、私は――ずっと嘘をついていました。本当は、無理なんてしたくないのに無理して、誰かに助けてほしいのに手を振り払って、『ひとりぼっち』が嫌なのに―― 一人でなければ強くなれないと自分に言い聞かせてきました」
「……ん」
「そしてアリアさんがいったように、そうやって自分を傷つけて――力だけを振りかざして、自分こそが他人の上にたちべき存在だと思い込んでいました。ですが……アリアさんに教えられました、私のそんな強がりも、無理も、嘘も、何もかも本当は意味で――ただ一言だけ、『助けてほしい』と言えばよかっただけだと」
「私も、ひとりだったから」
不意に言葉を紡いだ彼女を私を見て、驚きました。その時のアリアさんは、どことなく嬉しそうでしたが、少し辛そうで――何かを過去に後悔したような目をしていました。
「私も、ひとりだったの。ひとりぼっちだった――力を振りかざして、自分に嘘ついて、自分の心が悲鳴を上げてるのにそれを無視して、そして突き進んだ先にあったのはね――『破滅』だったんだ。だけど、そんな私を助けてくれたのは、『可能性』を信じる一人の人、私に暖かさと本当の強さを教えてくれた、一人の人だったんだ」
「…月代 悠」
「うん、ユウが教えてくれたんだ――『破滅』しかけてた、諦めかけてた私の心を救ってくれた。変えてくれた。そして私も、自分に素直になれた――素直になれて、嘘つくのも無理するのもやめて、本当の意味で笑えるようになったんだ。 そして、セシリアは昔の私に、本当に似てたんだ」
「……似たもの同士ですのね、私達」
「そうだね、私とセシリアは似たもの同士だよ――きっと唯一違うのは、在り方と心の持ち方だけ。私には私の考え方があるように、セシリアにはセシリアの考え方がある――まあきっとそれは、一人ひとり違うんだと思うけど」
「ふふっ……そうですわね。 アリアさん、私は――貴女に貴女に酷いことをしました、ですがその上で貴女にお願いがあります」
「ん? 何かな、セシリア?」
「私と――友人になって欲しいのですわ、無論私はアリアさんに酷いこともしましたし、その……そんな資格はないと思いますが――」
私の言葉は最後まで続きませんでした、なぜなら――ベッドの上のアリアさんがいきなり笑い出したからでした。私は何か変なことを言ったのでしょうか、そう思いましたが、その時のアリアさんはとても嬉しそうに笑っていました
「なんだ、そんな事なら――」
「そ、そんな事って、その……わ、私は――」
「もう、私とセリシアは友達だよ?」
その言葉で、私の言葉は最後まで続きませんでした。嬉しくて、すごく――うれしくて。
「友達になるための簡単な方法、それはね――お互いに認め合って、『名前を呼ぶこと』。それだけで分かり合えて、友達になれるんだよ 私も昔それを教えられたから、だからね――セシリアと私は、もう友達だよ。それから何度だって言うよ、『セシリアは一人なんかじゃない』」
その言葉で私は限界でした。ただ、ただ嬉しくて、今まで耐えていたものが全てなくなって、涙が、止まりませんでした。
それでもその涙は辛いとか悲しいとか、そんなものではなくて――涙を流しながら私は、笑顔だったと思います。そして彼女に、アリアさんに言いましたわ
「ありがとう、ございます――アリアさん、これからよろしくお願いします」
「あはは、泣かないでよセシリア――まるで、私が悪いみたいじゃない」
笑いながら、そして嬉しそうにアリアさんは言って、泣いている私をそのまま抱きしめてくれました。そんな彼女を見て、私も嬉しくて。
そして、もう私は無理なんてしなくてもいいし、自分を偽らなくてもいいのだ、何よりも――もう一人ではない、本当は自分の周りには自分を支えてくれる多くの人が居るのだと そう思えました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――ひとつの欠片の中に、少年と少女達はそれぞれ何を見たのか。 少なくとも、きっと彼らの見たものは全て希望であり、光だった。
――だがその欠片が全て希望や光だとは限らない。 その中には必ず絶望や闇、どうしようもない理不尽も存在する
――そんな未来で起こりうる『IF』を乗り越えるために、少年たちは誓う。『強くなる』と、そんな困難を乗り越えるための意思と力、それを持とうと決意する。
『そうして、そんな意思と『それでも』と言い続ける少年達に対して、『運命』は微笑もうとしていた』
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