IS<インフィニット・ストラトス> ‐Blessed Wings‐
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第一章 『交差』 ‐暴風の竜騎兵と紅の姫君‐
第2話 『紅の姫君』
――『時は来た、さあ始めよう 天を駆ける不屈の竜と紅の心優しき姫君の物語を』
――役者は揃った。歯車も回りだした。もう運命は進むしかない。
『再び翼を得た少年は、その力と新たな翼を手に何を思うか』
『血に塗れた姫君は、自身が知らぬ暖かさを知り、どう変わるのか』
運命は既に交差した。では――物語を始めよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――正直な話、今の自分の状況が未だに信じられないで居た。
何故男である自分がISを起動できたのか。
それも『軍用』に使用されることを前提とした、規格外のISを。
だが、何故だ――何故、このISに対して俺は懐かしさを感じる?この切なさは、何だ?
考える事は沢山ある、だが分かったこともある――
俺は再び空を飛ぶための、空を駆ける為の力を手にすることが出来たのだと
そして……今この状況をなんとかしなければならないということだ
目の前にウィンドウメッセージが表示される。そこには
『初期最適化を完了――搭乗者登録、生体登録完了』
と表記されていた。
そしてそのウィンドウの後に
『搭乗者の負傷を確認――ダメージの処置と同時に搭乗者の安全を優先、『最適化』を開始します』
と表示される。
正直な話、目の前の少女は生半可な相手ではない。それこそ、エリートという枠組みの中でもトップが勝てるかどうかというレベルだろう。
彼女の『斬撃』という技術に関しては、見ただけではあるが――神域といってもいい。ほぼノータイムでの距離の把握と、間合いにおける最も有効な打撃を瞬時に判断してくる。まさに『殺し』の天才だ
多分『最適化』を完了し、『一次以降』を完了しなければ彼女と対等以上に戦う事は不可能だろう、ならば――
まずは『最適化まで時間を稼ぐ』これが最も重要だ
「自分でも信じられないが――これで条件は五分、お互いISだ。悪いが、負けるつもりはない」
「…男がISを起動させるどころか、軍用IS――それを制御してるなんて――アハハ、本当に面白い!」
ッ――
彼女は、その言葉を放つと同時に本当に楽しそうに笑ったのだ。
そう、純粋な笑み――狂喜とも呼べるほどの笑顔をこちらに向けてきた。
「そうだよね、簡単に死んだら面白くないものね、やっぱりだ――うん、お兄さんは最初見たときからそんな気がしてたんだ――」
「何――?」
俺はウインドウに表示される残り時間を確認すると、そう言い返した
「お兄さんはね、今まで私が殺してきた人たちの中でも――うん、『感じ』が違ったんだ。だからもしかしてと思ったけど、やっぱりそうだったんだ!」
「…なぁ、聞いてもいいか?」
俺はずっと気になっていたことを聞いてみることにした、まあ――答えてくれるかはわからなかったが。
「うん?なぁにお兄さん。私今凄く気分がいいから――大抵の事は答えちゃうよ?あ、私のスリーサイズ?えっとね――」
「違う、ふざけた事じゃないさ。なぁ、どうして君は――『殺し合いをしてるのに笑っているんだ?』あの黒服たちを殺した時もそうだ、ずっとずっと君は――笑っている」
すると少女は首をかしげて不思議そうな顔をすると
「何で?だって――私を殺して(満たして)くれるかもしれないんだよ? 結果的に今までは誰も私をそうしてくれなかった。でも、そう期待すると楽しくならない?でも、今まではダメだったけどお兄さんとその子なら――私を満たしてくれる! 殺してくれる!」
狂っている――ネジが飛んでいるというレベルの話ではない。完全に彼女は、どこか壊れている。
――それは、お前だってそうだろう? 月代 悠。 お前だって壊れている
どこからか聞こえてきた自分を嘲笑うような声を俺は否定する――違う、俺は…間違ってなんか居ないッ!
「そんなの、そんなの間違ってるッ!――楽しいもんか!自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも冗談じゃないって思うから、人は戦う。生きるために戦うんだ! そんなの…殺し合いを心から『楽しい』なんて思ってしまったらそれはもう人じゃない! ただの殺戮マシーンだ!」
すると彼女は笑顔をやめて、どこか切なそうな顔をすると
「そう、だよね――お兄さんには理解してもらえない。誰もわかんないよ、私のキモチなんて――でも、今日でおしまい。お兄さんが私を殺してくれるから、私を満たしてくれるから――」
俺は、彼女を見て思った。もし『あの事件』の後、俺も心が壊れていたら――彼女のようになっていたのではないのかと。
だから、彼女はある意味では映し鏡だ――IFの世界の俺自身だ、そう思った。
――そうだよ、それは間違いだ。だから、俺はそれが間違いだと思うから、だから俺はッ!
「だったら――」
「うん?」
「だったら、俺が君を止めてやる!俺だって、人を殺すことしかできない――けど、人の持つ「可能性」って物を信じたいから、だから――君を止めてやる!」
――そうだ、それでいい
――人間だけが神を持つ。「可能性」という名の力を。理不尽な現実と、未来を切り開く「可能性」という名前の力を――!
「――私は、お兄さんを殺すよ?だって――殺す気でいかないと、きっとお兄さんは私を殺してくれないから――そんな殺し合いの状況じゃ、きっと今の言葉は吐けないよ?」
「吐けるさ。俺は現実主義者だけどさ……少なくとも俺は自分を見失わない、『それでも』と言い続けてやるさ」
だから――そんな理不尽な現実(イマ)を、再び俺が空を飛ぶための力を――
そして、ウインドウには『適正化完了』という文字が浮かぶ
「俺は…俺は、あの子を止めたい。止めなきゃならないんだ! テンペスト!! 俺に力を貸せぇ!」
俺は『最適化』完了のボタンを押すと――機体が変化する。
灰銀色のアーマーに、中型のバックブースター。
そして――初期化状態の時よりも大型化された背中の非固定浮遊部位の緑色に輝く『エネルギーウイング』
武装確認――エネルギーバスターライル<インフェルノ>×2 エネルギーウイング<ハイペリオン> エネルギーブーメラン<シュトルム・ハーケン> 可変機構剣<フェイルノート>
「じゃあ、始めよう、お兄さん――最初で最後の、最高の殺し合いを!」
彼女は持っていた大鎌を構えると、こちらに切りかかってくる――だけど、ISを装備した俺には『視えている』
だから――俺はその行動を『視た』上での行動を取った。
彼女の攻撃を俺は、右腕部のエネルギーシールドを展開することで防御する
「エネルギーシールド!? そんなものまで――あははっ、もっと楽しくなってきた!」
「ああ、そうかい!だけど――俺は君をとめさせて貰う!」
彼女の攻撃を弾き、スラスターを噴かせて距離を取ると同時に武器をコールする――呼び出すのは バスターライフル<インフェルノ>
一応威力はリミッターを付けてある――直撃でも即死することなんてないと思うが
「これでッ――!」
右手のバスターライフルのトリガーを引くと、エネルギー収束砲が発射される。
だが、彼女はそれを回避。先程まで彼女が居た地点には巨大なクレーターが出来ていた
「今の、かなりヤバかったよお兄さん――少し掠めたしね。本当洒落にならない威力だね、ソレ」
正直その通りだ。リミッターつけてこの威力。連発は利かないがこの威力は異常すぎる
どうすれば彼女を止められる、そう考えているうちにも彼女は容赦なく攻撃してくる。
「ほらほらぁ! さっきから防戦一方で――そんなんじゃ私は殺せないよ!」
違うんだよ――俺は、君を止めたいんだ
心のどこかで、それを否定する自分に気が付かないフリをして――俺は悪態をつく
「楽しい、楽しいよねお兄さん! 私は今凄く楽しいよ! 今まで――今までこんなに満たされたことなんてなかった、殺すか殺されるかの状況なんてなかった! みんなすぐに死んじゃうから――パパも、ママも、友達も、他人も、簡単に死んじゃったけど、今は最高に楽しいよ!」
「違う――違うんだよ、それは君の心じゃない、心の痛みだよ! そんな事を続けていたら――本当にヒトでは無くなってしまうぞ! そんなの、ただの壊れた人形同然じゃないか!」
「構わない! だってそれで満たされるなら――嬉しいと感じられるなら私はそれでいい!」
いい加減に――しろぉ!
聞いていたように、この"Tempest_Dragoon"のGと加速力は半端じゃない――だけど、それを制御してこそ、従えてこそパイロットだろうが!
だから耐えろ、制御して見せろ、漢を見せろよ月代悠ッ!
「この――分からず屋がぁ!」
何度目なるのか、彼女の攻撃を回避して、今度は近接武器をコールする――可変機構剣<フェイルノート>
可変機構剣<フェイルノート>、スペック表を確認する限りではこの剣は実体剣で、エネルギーを出力することでエネルギー刃を出力することも出来る。
そして――状況に応じて <バスター>、<ダブル>、<スラッシュ>の3つの形に可変できる。
俺はすかさずバスターに切り替えると、テンペストに言い放った。
―― 一気に決めるぞ、テンペスト。次の攻撃でトップスピードを出す、やれるな!
すると一瞬の間を置いて、それに答えるように緑色のエネルギーウイング、<ハイペリオン>を出力最大で翼を開く
「正面ッ!」
両腕部に装備されているエネルギーブーメラン<シュトルム・ハーケン>を彼女に向かって放つ
それを彼女は切り払いで防ぐが――そこまでは読んでいる
「これで終わりにするッ!」
<ハイペリオン>の出力を全開にして開かれた翼を羽ばたかせて、両手で構えた<フェイルノート>を向けて近接戦闘を仕掛ける
一瞬で彼女との距離を詰めて、俺が<フェイルノート>を振り下ろす
「反応できないッ――流石お兄さん、私の期待通り――ここまでかな」
そう彼女が呟くと同時に、<フェイルノート>は彼女のISを切り裂き絶対防御を貫通――そのまま地面に叩き付けた
「はぁッ…はぁッ…流石に、辛いな――テンペスト、彼女は生きてるよな?」
すると、ウインドメッセージで
『対象ISをスキャニング――生体反応あり、生きていると思われます。ただ、搭乗者に負傷を確認、手当てが必要と判断』
「サンキュ…本当は俺も少し休みたいが――先にあの子、だよな――」
俺はそのまま、彼女を叩き落した地点に向かって降りていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
彼女との戦闘の後、俺はそのまま彼女を撃墜した地点の近くに降り立った。
まずは、彼女を探さなければならない。
「確か、この辺りに――居た、あれだ」
大木の近くに、ISを解除された状態で彼女が倒れていた。
俺はすぐさま彼女に歩み寄ると
「ぅ…ぁ、私…」
「目――覚めたか?」
すると彼女は驚いて身を起こそうとするが、恐らく怪我が原因だろう――痛みで顔をしかめて再び横になる
「ぁはは…私――お兄さんに負けちゃったんですね」
「――ああ、俺の勝ちで、君の負けだ」
先程の殺し合いの結果を伝えると、彼女は笑顔で
「ありがとうございます、お兄さん――お兄さんのおかげで、凄く楽しかったです。殺し合いをしてる瞬間も、お互いに刹那のミスが命取りになるあの瞬間も――凄く、楽しくて、満たされて――だからお兄さん、最後に負けた私を――」
――『殺してください』
その言葉が放たれた瞬間、プチンと俺の中で何かが切れた。
パァンッ!という音が周囲に響き渡る。次の瞬間に俺は右腕のISを部分解除し、思いっきり彼女に平手打ちをしていた
「――ッ…まあ私は敗者だから、お兄さんの好きなようにしてくれてもいいですよ――最終的に殺してさえくれれば、何だって受け入れます」
「いい加減に、しろよ」
「えっ…?」
そう、俺は完全にキレていた。
自分自身に対して、そして――彼女に対しても。
「何が『殺してください』だ、甘えるな! お前がそうやって――そうやって死にたがってんのは、辛い現実から逃げる為だろうが!お前と戦ってて良く分かったよ――お前は『辛い現実を死という事を理由に逃げようとしている』ただそれだけだッ!」
彼女は唖然としたままだったが、俺は言葉を続けた
「そうやって逃げ続けて、辛いことを見ないフリして――それで俺に負けて『殺してください』だ? ふざけんな寝言は寝て言え!」
すると、彼女も何かしら思うことがあったのか突然声を荒げて
「お兄さんに何が分かるって言うんですかッ! 私のことなんて何も知らないお兄さんに!パパも、ママも、友達も他人も――皆すぐに死んだ!残ったのは私だけで、自分で自分がわからなくて――『殺す』事でしか自分を表現できなくて、死にたくても死ねなかった私の辛さが!」
「――分かる訳、ないだろ」
「ッ――」
彼女に睨み付けられ、それでも俺は怯む事無く言い放った。
「そんなもん分かるか、知るか――それは君の事情だ。俺は知る余地もない――だけど、君はそうやってずっと『死』という物を追い続けて、そうする事で逃げてたんだろうがッ!家族が死んだ?友人が死んだ?皆死んだ?あぁ、それは辛かったな――だけどそれで逃げるなよ、そうやって否定し続けて死を求めて――その先に何があるんだよ!」
そうだ、彼女はIFの自分だ。もし俺が――両親を失ったあの時、あの時期に下手をすれば彼女のようになっていただろう。だが――俺はそうならなかった。
彼女と俺の最大の差は、環境だ――自分は『ルヴェル・エディ』という人物や、士官学校での人間、周囲の人間に恵まれていた。彼女は――どうだろうか。
「分からない、んですよ――私は『殺す』という事でしか何かを感じられない――人の温かさも、可能性とか言われても私には理解できない、お兄さんが何言ってるのか、私には――わからない」
その時の彼女は――笑っていた。笑っていたが、目からは涙が零れていた。
感情が理解できない、わからない――それがどれだけ辛いことか、逆に俺はそれがわからない。
俺は無言で、スラッシュ状態の<フェイルノート>をコールすると
「手、出して」
「え?は、はい…」
差し出した彼女の手に、<フェイルノート>を握らせて、その手を――自分に向けた
「もし、君が殺すことでしか何も分からないというなら――ここで俺を殺せ。俺は抵抗もしないし、何もしない――それで君が満足するなら、俺を殺せ」
すると、彼女はなんとか起き上がった状態で、こちらを見ると
「お兄さんを、殺してもいいんですか?」
「それで、君が納得するなら――」
少し間をあけて、彼女は両手で<フェイルノート>を振りかぶると
「う、うわぁぁぁああ!!」
それは歓喜とも、悲痛とも呼べる叫び声にも聞こえた。
そして俺に対して――それを振り下ろした
「…殺さないのか?」
だが、その刃は俺を殺すことはなかった。
<フェイルノート>の刃は、後僅かで俺の首を切り裂くという所で止まっていたのだ。
「できま、せん――」
ポロポロと、涙を零しながら彼女は言った
「なんでかはわからないけど、けど――お兄さんを殺したいのに、殺したくなくて――よくわからなくなって、私は――」
カランカラン という音を立てて、彼女の手に持っていた<フェイルノート>が地面に落ち、量子化される。
俺個人としても複雑な気分であった―― 一歩間違えば、俺もこうなっていたのだから。
だから俺は、ISを解除し――灰銀色のネックレスを首にかけると、上体だけを起こしている彼女を抱きしめた
「お兄…さん――?」
「そうやって、泣いたり考えたり、後悔するからこそ『人は生きている』んだと俺は思う――君は、今ここで生きている。それで――いいじゃないか」
彼女にどんな悲惨な過去があったかは知らない。けれど――今ここで、何もかもが分からなくなって足掻いているのは、先程までの『殺人マシーン』ではなく――『一人の女の子』なんだと、そう思った。
彼女は『壊れている』のではない。壊れていたら、今の状況にはならなくて――あの刃は、俺を殺していたと思うから。
単純に不器用で、『自分がよく分からなくなっているだけ』なのだ、彼女は。
「えぐっ…ひぐっ…お兄さん、私は――」
「落ち着くまで、こうしてろ――俺みたいな奴でよければ、だけどさ――」
その後、彼女が落ち着くまで、俺はそうしていた。
暫くして、緊急信号を受けたエディさんが到着――どうやらフランス政府が騒ぎを聞きつけたらしく、すぐに人が来るとの事で俺は彼女を連れてエディさんの車で自宅に戻った。
これが俺と彼女の最初の出会い――最初は殺し合いをしていた奴が、後々ああなるなんて俺はこの時思いもしなかった。
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――こうして、暴風の竜騎士と血濡れの姫君は出会った。
――ISを男性で動かしてしまった月代悠と、謎の多い少女。
二人がIS学園に向かい、織斑一夏達と出会うのはもう少し先のお話である――
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