水の国の王は転生者
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第九十五話 戦禍は広がる
ポラン地方で起こったポラン系スラヴ人の反乱を鎮圧する為に、選帝候の一人、ザクソン大公に指揮された鎮圧軍10万の大軍は、ヒポグリフを駆るポラン騎兵のゲリラ戦によって消耗しながら、ポラン地方の奥へ奥へと誘いこまれてしまった。
このゲリラ戦法は、トリステインの参謀本部がスラヴ人の軍事教練の為極秘に派遣したジェミニ兄弟によってもたらされた。
さらにジェミニ兄弟ポラン軍の軍師としてポラン貴族軍に留まり、大軍による会戦にこだわるザクソン大公を翻弄し続けた。
これはかなりの大問題なのだが、諜報部の防諜部隊によって守られたお陰でばれる事は無く、後に生きた戦訓も持って帰国しトリステイン軍のソフト面での増強に大いに役立つ事になった。
さて、ポラン騎兵によって翻弄されたザクソン大公と鎮圧軍10万は、無駄に物資と時間を消耗し、ついに食糧不足に陥ってしまった。
ザクソン大公はヴィンドボナのアルブレヒト宛に、緊急の補給要請の手紙を書きヴィンドボナに送ったものの、ポラン地方とヴィンドボナを往復するには必ずボヘニア地方を横断しなければならず、ヤン・ヂシュカらチェック人によって、補給を催促する早馬も討ち取られ、さらにヴィンドボナからザクソン大公宛の使者も討ち取られ、ザクソン大公には何の情報も得られない状態となり完全に孤立してしまった。
ポラン地方に入っておよそ半年。
ザクソン大公は何度も補給要請の手紙をヴィンドボナに向かって送り続けたが、その全てはボヘニア地方で消息を絶ち、鎮圧軍は攻撃か撤退かの二択を迫られるほどに追い詰められた。
鎮圧軍の諸将は撤退の方向に傾いていたが、総大将であるザクソン大公は撤退を決して許さず、攻撃にこだわり続けた。
とある作戦会議にて数人の武将が撤退を進言したが、ザクソン大公は、
『決戦に持ち込めば、あのような雑兵ども物の数ではないわ!』
と、聞く耳を持たない。
仕方なく将軍達はザクソン大公に従い続けたが、兵士達にとってはたまった物ではない。延々と敵の姿を求めて行軍に次ぐ行軍に日に日に少なくなる食事。
一人また一人と兵士達は軍から脱走し、遂に鎮圧軍は戦わずして、5万人まで兵力を減らし、いつ壊走してもおかしくない状態にまで陥った。
遠巻きに鎮圧軍の様子を観察していたポラン軍は、止めを刺すために決戦を決意し、かくしてタンネンベルヒと呼ばれる土地にて、ゲルマニア軍5万とポラン軍2万とが決戦と行った。
ザクソン大公にとっては念願の会戦だったが、鎮圧軍の士気は最悪で、戦闘開始から僅か三時間で鎮圧軍は全面壊走を始め、ザクソン大公も這う這うの体でヴィンドボナに逃げ帰った。
全面壊走した鎮圧軍に対し、ポラン騎兵の追撃は執拗を極め、ザクソン大公と共に逃げ帰ったのは僅か一万しか無く、その他の兵はポラン騎兵に討ち取られるか道に迷って野垂れ死にするかあるいは恭順するか、辛うじてボヘニア地方まで逃げ帰ってもチェック人に殺されるか等、様々な理由で屍を晒した。
……
「おお、ザクソン大公。よく戻られた」
ヴィンドボナのホークブルク宮殿に命からがら戻ったザクソン大公を、皇帝となったアルブレヒトが労った。
だがザクソン大公はアルブレヒトの労いに表情一つ変えない。
「……閣下。一つ聞きたいことがございます」
労われたザクソン大公は剣呑な態度で、アルブレヒトが座る玉座の前で跪いた。
「なにかな? ザクソン大公」
「我々の再三の補給要請を無視し続けた理由をお聞かせ願いたい」
「補給要請? そんなの知らんぞ。それよりも、この半年、一切の連絡を寄越さなかったのは頂けない」
アルブレヒトの言葉にザクソン大公は驚いた顔で顔を上げた。
「お待ちいただきたい。補給要請と合わせて報告書も何度も送りましたぞ!」
「いや、届いていない。敗戦の責任から逃れるために騙っているのではないか?」
「何ですと!? その様な事を言われるのは心外ですな。ならば勝手にするがよい!」
「ま、待たれよ!」
怒ったザクソン大公は、謁見の間から立ち去ろうとすると、アルブレヒトは自分の失言を反省し、ザクソン大公をなだめた。今は失敗をなじる事よりも反乱を鎮圧す事とが先決だ。
それにアルブレヒトは、謀略と政略は得意だが軍事は余り得意ではない。猛将として鳴らしたザクソン大公が離脱すれば、ゲルマニアの軍事力の低下は計り知れない。
幸い、アルブレヒトの説得でザクソン大公の怒りは収まり、本題は後方かく乱を行った犯人探しへと移った。
「しかし、一切の連絡を絶たれるとは、やはり後ろで糸を引いているのはヴィルヘルムの裏切り者か」
「裏切り者? 閣下、それはどういう事ですかな?」
「それはだな……」
ザクソン大公はアルブレヒトの口からブランデルブルク辺境伯の反乱を聞くと、苦虫を噛み潰したような顔で天井を見上げた。アルブレヒトのライバルだったブランデルブルク辺境伯が公も簡単に反乱を起こした事に、色々な意味で呆れたのだ。
「こうもあっさり反乱を起こすとはヴィルヘルムの奴め。奴には慎みというものが無いのか……いや、そんなものは無かったな」
同じ選帝候という事もあって、ブランデルブルク辺境伯ヴィルヘルムの人となりを知るザクソン大公は、かつての同僚の行動に今回の事件の全て黒幕の可能性を感じ取った。
もっともそれは、ザクソン大公の勘違いなのだが事態は妙な方向へ曲がりだした。
「閣下。此度のポラン地方の反乱は、ブランデルブルク辺境伯が黒幕に相違ありません」
「ザクソン大公はそう言うが、ヴィルヘルムにその様な知恵が回るとは思えん……」
「ですが、余りにもタイミングが良すぎます。ブランデルブルク辺境伯の頭から出た物ではなく、我々の知らない子飼いの知恵者が後ろに居たのでしょう」
「ううむ、ゲルマニア騎士団のフリードリヒは中々の傑物と聞く。奴が手引きしなのならそう考えるのは妥当か……」
アルブレヒトはそう言いながらも納得がいかない様子だった。
以前、ゲルマニア騎士団の使者とヴィルヘルム追放の謀略を練っただけに、フリードリヒが帝政ゲルマニアの内乱を誘発させるまでヴィルヘルムに肩入れするとは思えなかったのだ。
ともかく、次々と起こった反乱を迅速に鎮圧しなければならない。
アルブレヒトは新たな命令をザクソン大公に下した。
「ザクソン大公には、また鎮圧軍の総大将を任せたいのだが……」
アルブレヒトは再びザクソン大公を鎮圧軍の総大将に抜擢しようとした。だが、ザクソン大公は首を縦に振らなかった。
「光栄に思いますが辞退させて頂きます。ポラン地方の反乱鎮圧に失敗して、命からがら戻ってきておいて、その日のうちに再び将を任される等、武門の出として看過できません。敗軍の将として、暫く領地にて謹慎しております」
「ううむ、どうしても駄目か?」
「残念ですが」
ザクソン大公の意思は固く、仕方なくアルブレヒトはザクソン大公の願いを聞き入れる事にした。
「……分かった。三ヶ月間の暇を与える。その間、英気を養っておいてくれ」
「我が侭を聞いていただき、ありがとうございます」
こうして一時の間ザクソン大公はヴィンドボナを去り、代わりに『ハルデンベルグ侯爵』という、角のついた鉄兜を被り、カイゼル髭を揺らした男を総大将にして、ブランデルブルク反乱軍の鎮圧にに当てた。
だが相手はゲルマニア最強の精鋭ゲルマニア騎士団。
決戦を挑むも騎士団になすすべも無く撃退され鎮圧は失敗。ハルデンベルグ侯爵も戦死してしまった。
この敗戦でゲルマニア側は新たな軍勢を編成する為に更なる時間を浪費する事になり、早期の鎮圧に事実上失敗した。
初戦のゲルマニアの敗戦の情報は各地に潜む反政府組織を蜂起させ、本格的な内乱の勃発は大寒波の傷が癒えないゲルマニア国民を地獄の釜へと放り込んだ。
★
……時は経ち。
マクシミリアンが20歳の誕生日を迎えた頃。
前年にゲルマニアの新帝都ヴィンドボナでのアルブレヒト3世戴冠式に出席したマクシミリアンとカトレアだったが、カトレアの実家のラ・ヴァリエール家と因縁のあるツェルプストー家のキュルケがマクシミリアンに言い寄り、とうのマクシミリアンの満更でもない反応をした事で、カトレアの嫉妬が爆発し文字通り『雷』を落とされてしまった。
トリステインに戻ったマクシミリアンは、カトレアの機嫌を取る事に腐心して、毎夜毎夜、カトレアの部屋に入り浸り子作りに励んだ。
だが、マクシミリアンの努力も空しく、カトレアが懐妊をする事は無かった。
深夜のトリステイン王宮。
今日もカトレアの部屋のドアを叩いたマクシミリアンに、カトレアは意を決してある頼み事を切り出した。
「……なに? 子供が出来る秘薬が欲しい?」
「……はい」
半裸で大きなベッドの上であぐらを掻くマクシミリアンに、向かい合って座ったネグリジェ姿のカトレアは申し訳なさそうに頷いた。
「しかしなぁ、僕達、まだ20歳になったばかりだろ。焦る必要ないんじゃないかな?」
元現代人のマクシミリアンは気に留めなかったが、ハルケギニアの常識では20歳は十分年増……カトレアとその周辺は焦りを覚え始めた。
「でも、マクシミリアンさま。結婚して6年、新世界から戻ってきて2年程ですが、そろそろ子供を授かっても良い頃なのですが、その気配はありません。わたし不安で……」
「それで秘薬の力を借りようと? うーん。分からないなぁ」
マクシミリアンはカトレアの焦りが分からない。
マクシミリアンは常々、『子供は授かるもの』と思っていて、革新的な改革をトリステインにもたらしながらも根っこの部分は保守的だった。
その事が彼自身も気付かず、秘薬を使って無理矢理妊娠するような行為を忌避していた。
だからマクシミリアンはカトレアの願いを理解できず、難しい顔をして暗に断った。
「マクシミリアンさま……」
「心配するなって、まだ20歳になったばかりだ。焦る事はない」
そうマクシミリアンはカトレアを説得した。
だが、カトレアは表情を綻ばせながらも心は晴れる事とは無かった
そんなカトレア達の焦りをよそに、マクシミリアンはペリゴールをブランデルブルク辺境伯領に派遣し通商条約を締結させた。
ブランデルブルク辺境伯は強力な軍事力を持つ割には国力は低く、反乱以前は政敵であるオーストリ大公から食料を援助して貰う事で軍を維持してきた経緯があった。
穀倉地帯であるシレージェンを取っても、すぐに食料を得られる訳ではない。
その為、持ち前の備蓄食料では軍を維持できなくなる事は子供でも分かる問題で、そこに目をつけたマクシミリアンは、トリステイン豊富な食料を提供する代わりに辺境伯領内でのトリステイン商人の優遇を約束させた。
具体的には、ブランデルブルク辺境伯領とザクソン大公領との間に流れるエルペ川河口近くにある中洲の都市『ハンマブルク』を自由都市化させ、北東ゲルマニアのトリステイン商人の本拠地とさせた。
マクシミリアンは元商人のアルデベルテを総督として派遣し、ハンマブルクのトリステイン商人達の元締めとして交易と情報収集などその他諸々を一任させた。
その結果、ブランデルブルクのみならずポラン地方のスラヴ貴族と接触に成功し友好関係を結ぶことが出来た。
当然、ゲルマニアは反乱勢力と接触した事を抗議してきたが、マクシミリアンはペリゴールを使ってゲルマニアの追求をいなす(・・・)と、その後ものらりくらりと交渉を引き延ばして、それとなく反乱勢力のアシストをした。
反乱を起こしたポラン地方のスラヴ人たちは、ゲルマニア側がブランデルブルクの反乱で手一杯になり、ポラン地方を侵す事は無くなったと判断し、自分達をポラン人と名乗り、やがてポラン人の国家『ポラン王国』建国した。
当然ながらゲルマニア側はこの独立を認めるわけも無く。
ポラン王国討伐の軍を送り込んだが、ゲルマニア側からポラン地方に行く為には、内乱によって地獄の釜と化したボヘニア地方を通るか、反乱を起こしたブランデルブルク辺境伯領を通らねばならない。
結局、第二次ポラン討伐軍はボヘニア地方でゲルマニア騎士団に補足され、瞬く間に蹴散らされてしまった。
完全に無政府状態となったボヘニア地方の安定化にゲルマニアは掛かり切りになり、ポラン王国に兵を避ける状況ではなくなってしまった。
ポラン側はこれ幸いと、トリステインの秘密の援助の下、牧畜程度しか産業が無かったポランに新たな産業を起こし国力を蓄える事になった。
新興国ポランの登場で、ゲルマニア内乱は次のステップに進む事になる。
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