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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第百十三話 オレの勝ちだな!

 その光景を誰もが言葉を失いながら唖然と見つめていた。
 何が起こってそうなったのかを理解できている者はほとんどいない。
 ただ一つ分かっているのは、一歩も動かないはずのバンリドが、その場から動きトーゴの目前で尻餅をついているということだけだ。
 そして、静まり返った闘武場の中で、闘悟は一言だけ言った。


「オレの勝ちだな、この勝負!」


 その瞬間、沈黙を守っていた均衡(きんこう)は脆(もろ)くも崩れ去り、観客達の歓声が大気を震わすように響いた。


「の、残り時間は確かにあと五秒は残っています!」


 何故かモアは嬉しそうな顔をしている。
 もしかしたら、彼女も闘悟のことを応援していたのかもしれない。
 隣に座っているフレンシアに目配せをすると、その視線に気づき、彼女も頷きを返す。


「ええ、バンリドさんが動いてしまった以上、彼の……トーゴくんの勝利です」


 フレンシアの勝利宣言を聞き、観客達はさらに盛り上がる。
 何が起こったのか理解してはいないが、不可能なはずの条件で勝利を得た闘悟を、皆が純粋に称えるように叫んでいる。


「し、しかしフレンシア様? トーゴ選手は一体何をしたのでしょうか? それにあの時聞こえた何かが割れるような音は一体……?」


 それは誰もが疑問に思う質問だった。
 だからこそ、その解説を聞こうとフレンシアに皆が注目をした。


「そうですね……私も何となくは分かるんですが、何分魔力のせいでほとんど確認できませんでした。」


 闘悟の目に見えるほどの魔力の渦が、当の二人を見えにくくさせていたのだ。


「推測をして曲解(きょっかい)を与えるよりも、是非本人に聞いてみてはいかがでしょうか?」


 フレンシアの提案を聞いて、モアも面白そうに笑みを作る。
 そして身を乗り上げて闘悟に言葉を投げかける。


「そういうことなんですが、教えて頂いてもよろしいんでしょうかトーゴ選手?」


 その言葉を聞いてどうしようか考える。
 まあ、教えたところで実害を生むわけでも無し、別にいいかな。
 先程からフレンシア達のやり取りを聞いていた闘悟は、さすがのフレンシアもあの状況では詳しく解説できないだろうと思い、もしかしたら自分に説明を求めてくるかもと考えていたので、別段驚きはなかった。


 闘悟は了承の印として片手を上げる。
 本人から事情を聞けるということだけあって、皆が興味をそそられ視線を集中させる。
 それまで呆然としていたバンリドも、闘悟を見上げる。
 闘悟もバンリドに向かって話すように目線を合わせる。
 そして闘悟はゆっくりと語っていく。


「オレが改変魔法っていう特殊魔法を持ってんのは、知ってると思う」


 フレンシアが解説で言っていたので誰もが知っている。


「その魔法は、魔力次第で、どんなものでも改変することができるんだ」


 どんなものでもと聞いて、皆が唖然としている。
 確かにどんなものでもと聞くと、疑わしく思うが、彼の魔力量を直に感じている分、否定ができず皆の顔が引き攣(つ)っている。


「もう、気づいてるだろ? オレはこの魔法でアンタの『不動魔法』を改変した」
「俺の……じゃと?」


 バンリドがそこで初めて口を開いた。


「アンタの魔法は使用すれば【絶対に傷つかない】っていう事象が決定してる」


 そう、だからこそ、闘悟の理不尽なまでの魔力を込めた拳でも防ぐことができたのだ。


「ならオレの魔法でその事象を変えようと思ったんだ」


 誰もがその告白に言葉を失っている。
 簡単に言っているが、そんなこと普通はできるわけがない。
 言ってみれば世界のルールにも匹敵(ひってき)、いや、ルールそのものと言っても過言ではないのだ。
 そんなルールを変えることなど、それこそ神しか無理だと観客席から口々に聞こえてくる。


「でも最初は苦労したぞ。かなり魔力を解放したのに、何も変わらなかったんだからな」


 十五パーセントを解放し、『不動魔法』を改変しようとしたが、あまり効果が見えなかったのだ。


「焦ったけど、空間にヒビが入ったのを見て、勝機が見えた」
「空間? ヒビ?」


 バンリドは気づいていなかったので、ヒビの意味が分からない。


「多分アンタの『不動魔法』は空間魔法の一種なんだろうな」


 未だにバンリドはポカンとして話を聞いている。
 この反応からして、自分の魔法が空間を使用していることに気づいていなかったみたいだ。


 バンリドの周囲の空間を固定させ、それを侵せないようにすることが、『不動魔法』の真髄(しんずい)なのだろう。
 だからこそ、空間そのものが固定していたからこそ、バンリドは宙に浮くなんていうマネもできた。
 闘悟は改変魔法を使用して、空間にヒビが入るのを確認した時、その空間を破壊できると感じた。
 だがその際、当初は十五パーセントしか使用しないと決めていたが、二十パーセントも使用してしまったのは驚きだった。
 それだけ彼の魔法の効果は強力なものだったということだ。
 そのせいで、周囲にも被害を出してしまったのは反省すべき点である。


(そうか……あの時何かが割れるような音がしたのは、空間が割れる音じゃったか……)


 バンリドも、周囲の観客達も一様(いちよう)にして納得した。


(でも……空間って割れるもんなんじゃなぁ……)


 それはこの場にいる皆の思いでもあった。
 だが勘違いしてはいけないのは、そんなことができるのは闘悟だけだということだ。
 空間を魔法で操るのではなく、一方的に破壊できる人間がこの世に何人もいるわけがない。


「オレの魔法で空間を破壊できるように改変した。あ、安心しろよ。あくまでも改変したのは、オレの魔法でのみ空間を破壊できるってことだ。それ以外は変えてねえ」


 つまり闘悟以外の魔法は、今まで通り【絶対に傷つかない】という事象は守られるということだ。


「お前さんには『不動魔法』はもう通じないってことじゃな?」
「まあな。まあ、勝者の条件っつうことで」


 闘悟はニカッと笑いながら言う。
 すると、いきなりバンリドは笑い始めた。


「ははははははは!」


 突然前触れも無く笑い声を上げ始めたバンリドを皆は不審に見つめた。
 それはそうだ、その笑い声からは、自暴自棄(じぼうじき)の感じも、悲哀(ひあい)の感じも伝わってはこない。
 それどころか、心底から晴れ晴れしい楽しそうな感情が流れてきている。


「いや~負けた負けたぁ!」


 そう言いながら立ち上がり、闘悟の肩をポンポンと叩く。


「まさかこんなふうに負けるとは思っとらんかったわ!」
「そうか?」
「おう、しかもお前さん、手加減までしたじゃろ?」
「……何のことだ?」


 惚(とぼ)けるように言ってみる。
 だがバンリドは半目を作りながら見つめてくる。


「惚けても無駄じゃ。お前さんの魔力なら、もっと別のやり方があったじゃろ?」


 へぇ、さすがにバレてたか。
 まあ、こんなに近くでオレの魔力を感じれば察することができるわな。
 闘悟が諦めたように息を吐く様子を見てバンリドはニコッと笑う。


「あの時、物理的に空間を破壊するより、俺の精神を攻撃する方が簡単じゃったろ?」


 その通りだった。
 闘悟の魔力はあまりにも膨大だ。
 幾ら空間を固定させ、肉体的ダメージから身を守っているとはいえ、中身は正真正銘の人間だ。
 その膨大な魔力は、容易にバンリドに感じさせ、魔力酔(よ)いを起こさせてしまう。
 もちろん、常人の魔力では不可能な事例だ。
 闘悟のように、並外れた魔力があって初めて成せることだ。


 もしあの時、闘悟が解放した魔力に攻撃意思、つまり殺気を含んでいたとしたら、バンリドの精神力では耐え切れず彼は卒倒(そっとう)していただろう。
 だが闘悟は、その方法を取らなかった。


「何でわざわざ改変するっちゅう、面倒な方法をとったんじゃ?」


 すると、闘悟は微笑しつつ言葉を出す。


「オレはさ……」
「ふむ……」
「別に『不動』に勝ちたかったんじゃねえ。オレはアンタの『不動魔法』に勝ちたかったんだ」


 確かに条件はどんな攻撃方法でもいいから、バンリドの『不動』を破ること。
 しかし、精神攻撃をしたところで、それは彼の『不動魔法』を破ったとは言えないのではないかと感じた。
 確かに、精神的に追い詰め、バンリドを陥落させようとしたら、闘悟なら難しくは無いだろう。
 その結果、彼は意識を失って、魔法が解け、勝利が確定する。
 だがどうせなら、そんな抜け道のような方法では無く、魔法そのものを覆(くつがえ)したかったのだ。
 だからこその改変魔法だったのだ。


「うむ。空間を破壊して、無防備な俺を手で押して倒した。確かに、これは完全に俺の魔法が破られたと言えるじゃろうな」
「ああ、オレの勝ちだ」


 二人はしばらく見つめ合い。
 どちらも同じように微笑む。
 そしてバンリドはおもむろに闘悟に近づき、彼の手を掴み、高々と上げた。


「この勝負、お前さん達の勝ちじゃ!」

 
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