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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode6 運命という名の偶然2


 説明は、長いようで、短かった。

 「……そうか。ヒースクリフの旦那が、ね……」

 ソードアート・オンライン。かの天才茅場晶彦が作り上げ、『神聖剣』……いや、『魔王』ヒースクリフが育て、ソラが愛し、そしてソラを奪ったあの世界は、あの場にいた数人の手によって俺の意識の無かったほんの数分の間で、全てを終えたのだそうだ。

 まあ、俺がそこに関わりたかった…とは思わない。

 それは『勇者』であるキリト達の役目で、俺は『勇者』では無かったのだから。
 ただ一つ、思う所があるとすれば。

 「……恨んでいる、か? ……キリトの、ことを、よ」
 「……なぜ、そう思う?」

 エギルが、重々しく、口を開いた。聞きたくない……けれども、どうしても聞いておかなければならないことだと判断したのだろう。その困ったようなハの字に眉を寄せた顔は、かつても見た記憶がある。忘れもしない、七十五層でソラが生きている可能性を検討していた時と同じ顔だ。

 「キリトがあそこで、終わらせた……終わらせて()()()()からな。……あの世界を、途中で、だ。もしかしたら……」

 その先を、エギルは飲み込む。まあ、言われるまでも無い。

 ―――もしかしたら、ソラの生き返るクエストがあったかもしれないあの世界を。

 「……そこまでは、ねーよ。だいたい、あったかもしれない、ってだけのクエストのことで恨まれたら、キリトだって堪んねえだろうよ。そこまで理不尽なことを言いはしないさ。……ただ」
 「……ただ?」
 「…あいつには、もう会えないなあ。会ったら多分、ぶん殴っちまう。理不尽だ不条理だ……なんの意味もねえって頭じゃ分かってても、抑えられるとは思えねえよ」

 笑っては、いない。エギルも、笑っていない。悲しげな眼をしているだけだ。

 全く、ここは笑ってくれよ。

 仕方なく、俺が笑顔をつくる。ああ、自分でもわかる。無理矢理笑っているのが、バレバレだ。
 エギルが、再び俺の前にコーヒーを置く。

 「……せっかくだから、まとめて言っておくか……シド。俺は、キリトと連絡が付く。そして、キリトは何故かまでは詳しくは知らんが、SAOのプレイヤー達の個人情報を知れる位置にいるらしい。……もし、お前さんが望むのなら、」
 「それはいいや。知りたくねえ」

 エギルの言葉を、俺は遮った。その言葉に、エギルの顔が再び悲しげに顰められる。
 そんな顔すんなって、お前が悪いわけでもないのに。

 ソラの、こちらの世界での情報。

 エギルの言うことが本当ならば、キリトに聞いて問い合わせて貰えばすぐにでも彼女の本名、住所が
分かるのだろう。そしてそれと同時に、言うまでも無く……その生死のほども。俺に、それを聞く勇気は無かった。こちらの世界に帰ってきてすぐの時も、今この時も。ははは。何を言っているのか、俺は。知らなければ、それは現実にならないとでも思っているのか。そんなことはないと、嫌ってほど分かっているのに。

 深い溜め息。降りた沈黙を続けない為、とりあえず口を開き、

 「……悪かったな。聞きにくいこと、いろいろ教えて貰って、な」
 「いや、それは構わんが……」
 「でもまあ、俺が………っとちょっと待て、お前今なんつった?」
 「構わん、が、だが?」
 「そんな直前じゃねえ。……キリトと連絡が付くのか!?」

 あることに思い至って、思わず身を乗り出した。

 『黒の剣士』、キリト。あいつなら、俺の映像データ集の中にある()()が本物か、分かるかもしれない。慌てて鞄の中から端末を取り出し、電源を入れる。いつもは喫茶店でのんびり一服しながら記事を書くために使っているが、別に映像が見れないわけではない。進歩した端末は流石の速度で起動し、俺がALO世界で写し取ったスクリーンショットをそのウィンドウに並べていく。

 そのうちの一枚をクリック、問題のスクリーンショットが広がり。

 「なんだオイ……って、こ、コイツはっ!?」

 カウンターのエギルに見せた瞬間、いかつい顔がアホみたいな驚き顔に変わった。





 写真を前に、二人で検証をする。そう言えば、《リヴァイブ・リング》の値段を検討する時もこんな感じだったな。あーでもないこーでもないといいながら、画面をいじり回す。俺も一応そういう業界に努める者として画像加工は苦手じゃないが、エギルの知識もなかなかのものだ。 

 「やっぱ、似てる、か……」
 「確信は無い、がな。お前さんの言う通り、キリトならすぐに判別するだろう。ちょっとまだ画像の引き延ばしが雑だから、俺が自前のソフトで手を加えて終わり次第送る。遅くても明日の朝には出来る、はずだ」

 開かれた画像は、世界樹根元の街アルンから俺が撮影した写真の一枚。

 五人がかりでシステムの抜け穴を突いて撮った写真は手伝ってくれた四人に報酬がわりに配った(いくらかはネットに既に上がっていた)のだが、その一枚だけは配らなかった。俺の鍛えあげられた《索敵(サーチング)》スキル、そしてあの世界で培われたゲーム勘が、「これは何かヤバいものだ」と叫んでいたからだ。

 確認した結果、俺の勘は間違ってなかった。

 撮影して、原画は小さな欠片の様な人工物があるようにしか見えなかったが、それを家の端末で引き延ばしてみると、映っていたのは俺の予想通り……いや、予想以上にヤバいものだった。映っている……ように見えるのは、金色の鳥籠の中に囚われた、美しい妖精の姫君。その物憂げな、悲しげな横顔は。

 「『閃光』っぽいよな……。SAOと違って、羽とかついてて妖精っぽいが」
 「確かに、な…」

 SAO世界で俺が見た最も美しい女性の一人にして、紛れもない『勇者一行』の一人。いや、『勇者』キリトのお相手たる『ヒロイン』の少女……『閃光』アスナに、そっくりだったのだ。

 「もう一度飛んで行って確認は出来んのか?」
 「無理だ。俺が上にいって枝につかまろうとしたら、もうシステム妨害が入った。二回目は一人分も飛べなかったから、もう外から確かめる方法は無い。となると後は、」
 「中から、か……。お前さんの口ぶりからして、そいつは簡単じゃないんだな?」
 「ああ。何せそれこそ、一年以上未クリアのグランドクエストだからな。俺も何度かやってみたが、全然全く突破力が足りなかったよ」

 残る手段は、中……世界樹を守るガーディアンを突破して、噂の空中都市へと行くしかない。

 撮影後、試しに何度かモモカ、ブロッサムと三人でちょっかいを出してみたものの、突破できる気配すらなかった。モモカなんかは「相手の演奏妨害音波(ジャミングウェーブ)、黒板引っ掻く音みたいできらいですー!」と悲鳴を上げていたものだ。

 先へ進むのに必要なのは、力。
 俺なんか及びもつかないような、『勇者』の力。

 あの世界の、数々の戦場を思い出す。そこを駆ける、漆黒の影。二本の大剣を圧倒的な速度で振い、あらゆる敵を薙ぎ払い、切り裂き、最後には六千の命を助け出した、『勇者』の姿。

 アイツなら、あるいは。

 「……分かった。キリトに連絡を取ろう。シドは……」
 「中で、もう少し情報を集めてみる。そう言えば、パッケージはあるか? 結構値段が、」
 「若造に奢ってもらうほど、この店は苦しくは無いぞ。俺がすぐ買っておく。キリトなら、写真見せた瞬間に突っ込んでいきそうだからな。ハードは……」
 「ナーヴギアで動くぜ?」

 俺は何気なく言ったが、エギルは露骨に顔をしかめた。どうも俺がナーヴギアを被っているのが気に入らないのか……ああ、そうか、あれは、普通のSAO生還者には、『死の機械』だったな。……俺
にとっては、思い出の機械だが。思わず苦笑が口元に浮かぶ。

 店主は俺の浮かべた笑みに何か言おうとしたが、それは飲み込んだようだった。
 よし。一区切りを感じて、立ち上がる。

 そして。

 「……そうだ、俺の名前は、出さないでくれよ。アイツは、『彼女』について俺達が話しあったクエストのこと、知らないだろ? 知ったらまたウジウジ悩みそうだしな。『勇者』は、前を見るのが仕事だから、俺のことを知らせる必要はないさ」
 「……そうか。……分かった。お前さんが、それでいいならな」
 「おう。じゃ、コーヒー、御馳走様」

 それだけ告げて、俺は店を後にした。

 あの世界の残り火が、再び動き出すのを、胸のどこかで微かに……しかし確実に、感じながら。

 
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