あいらぶらざー!
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回想する姉
昨日は本当に変としか言いようのない夢を見た。変ということはひとまず置いとくとして、夢の中で、カルミナ族の男の姿をしたノエルは言っていた。
僕を、ひとりにしないでと。
「ノエル、起きてる?」
あたしは、ノエルの方を向いて言った。ノエルのやわらかそうな金の髪とほそっこい背中が見える。
「・・・起きてるよ」
「体調はどう?」
「昨日より、大分いい。姉さんのおかげ。ありがとう」
ノエルが寝返りをうってこっちを向いた。確かに、顔色は昨日より良くなっているようだった。でも・・・。
「あんまり眠れなかった?ベット固かった?」
あたしはノエルの下瞼をつんと押した。肌が白いからより目立つのかもしれないけれど、そこには黒々としたクマさんが居座っていた。
「もっといいところで寝させてあげられなくてごめんね・・・。そうだ!姉さんいいこと思いついた」
あたしはにっこりと笑った。これからの事を考えても、正直持ち合わせがそんなにある訳でもなく、宿も食事も節約節約でやりくりしていた。
でも風邪の時ぐらい、背骨が痛くならないふかふかのお布団で寝たいわよね。
「ちょっと姉さん出かけてくる。夕飯前には帰るから・・・とと、その前に!」
あたしはノエルと向き合って、こちんと額を付き合わせた。
「ねっ、ね、姉さん!」
「あらまだ熱いわよ。ゆっくり休んではやく良くなってね。・・・じゃなくて」
ついお姉さんぶってしまったけれど、大事なのはそこじゃない。
「ノエル」
あたしは、ノエルをぎゅっと優しく抱きしめた。わたわたと慌てるノエルを押さえてノエルの髪に頬を押し当てる。
「ノエル、お帰りなさい。これから先、姉さんがずっと一緒にいるから。もう絶対にひとりにしたりしないからね」
「・・・っ」
ノエルの引きつったような声が聞こえて、藻掻いていた動きがぴたりと止まった。
「・・・本当に?」
あら、なんだかいつものノエルより大分低い声。違うか。喉の奥から出るような、静かで暗い海の底のような声だ。
「うん。本当よ」
あたしはにこりと笑った。ノエルが奥さんを見つけるまで。それまではあたしが傍にいる。寂しいなんて思わせないんだから!
夢の中だって、もうあんな悲しい顔はさせない。・・・外見はノエルの顔じゃなくて、カルミナ族の顔だったけど。
「だから、安心して休んでて。いってくるね。あ、そうだノエルメロンも好きだったよね!それもあったら買ってくるね」
「メロン・・・」
「うん、そう。楽しみにしてて!」
あたしはノエルを元気づけるためににこっと笑って、部屋を出た。よーし、今度こそ、絶対に買うぞー!
あたしは宿を出て、ぽかぽかとした陽気の中を、村の中心に向かって歩く。
ノエルが家出をした日。家出って言っても、書き置きも何もなく、本当に家出なのか、それとも浚われたのか定かじゃなかったあの日。
あたしも兄弟達も今でこそけろっとしているように見えるだろうけど、当時はそりゃあもう、大騒ぎだった。あたしもショックで、おろおろして、皆であとを追おうとしたその時だった。
『落ち着くんだよバカタレ共!』
聞き慣れた怒鳴り声が響いて、一番に家を飛び出した筈のジャンが張り飛ばされて家の中に転がり戻ってきた。
『か・・・母さん・・・』
恐怖に戦いた兄弟達の足が知らず逃げをうつ。ふしゅううううと母さんは人間と思えない息をついて、扉の前に仁王と立った。
『木偶の坊どもが、雁首そろえて、一体何遣ってるんだい?暑苦しいったらありゃしない』
『母さん!大変なんだ!ノエルがいなくなった!』
『・・・で?』
『え?』
『あんた達が何を遣ってるのかって、あたしは聞いたんだけど?まさか女々しく、ノエルのケツを追いまわしに行こうとしてるんじゃないだろうねぇ?』
『母さん!こんな悠長な事してる暇じゃないって!ノエルは浚われたのかもしれないんだよ!』
『家出だよ』
『家出!?ノエルが!?なんで!?』
『うわっ!それロタのせいじゃないの!?昨日ノエルのメシ奪ってたじゃん!』
『ロタそんなことしたの!?ただでさえ食の細いノエルのご飯奪うとかサイテー!』
『サラ!?違う!あれはノエルがいらないってくれたんだ!本当!本当だって!いくら俺でもノエルのメシ奪うような事しないよ!』
『どーだか。ロタを軒先に吊せば案外ノエルすぐ戻ってくるかもよ?』
『いいね。ものは試しと言うしやってみよう』
『兄貴!?やめてくれよそれ100%俺吊され損だよ!それにこの前ルース兄貴もノエルのお気に入りの本踏み破ってたじゃん!そのせいじゃないの!』
『なんですって~?兄さん!?』
『サッサラ!違うんだあれはわざとじゃなくて・・・!俺の足でかいだろ?チマチマしたもんをいちいち避けて歩けないだろ!?』
『本はチマチマしてないっ!』
『ついでにノエルも踏んでた』
『おいチクるなよ!バカ!』
『きゃー!なんですって!?兄さん!』
『でもノエルのやつは怪我してなかったし、本もちゃんと新しいモン買って返したんだぜ!?本当だって!』
『へールース兄さんにしちゃ気が利いてるじゃん』
『ノエルはルース兄さんと違って繊細なの!それでショック受けて家出・・・』
『あんたたちぎゃーぎゃーわーわーやかましいんだよ!』
イキナリものすごい轟音がして、家の中なのに砂煙と風が吹き込んできた。咄嗟に瞑った目を開けると・・・な、無い!?入り口のドアが無残に捻り千切り取られてどこにもなかった。その手前に肩をいからせて立っているのが、我が家の法律・最終兵器母さんである。まさに鶴の一声。さっきまでピーチクパーチク騒いでいた兄弟達は即座に口を閉じ、ぴゅっと身を寄せ合ってガタガタと震えた。もちろん、あたしも。
『かわいいこには・・・』
母さんが女とは思えない低いお声で、あたしたちに背を向けたまま、口を開いた。
『・・・かわいいこには、旅をさせろって、諺があってねぇ・・・。ノエルは家出をした。誰も絶対にあとを追っちゃあならない。この話はこれで終わりだ。いいかい?』
『・・・』
いいかいと言われても、誰も恐怖で口を開けない。
『返事ッ!』
『ハイイッ!』
あれから・・・もう五年かぁ・・・。ノエルのことを皆気にしつつも、無事を願うしかできなくて、いつしかノエルのいない風景にも馴染んできて・・・。
でも、こうしてノエルは戻ってきてくれた。5年たっても、あの頃と全く変わっていないノエル。ふふ。やっぱ嬉しいなぁ。家出であれ何であれ、兄弟達が欠けるなんて、よくないもんやっぱり。
そんなことを考えながらてくてく歩いていたあたしは、目的の場所に辿り着いた。
「お、やっぱどこにでもあるのね」
あたしは満足げにひとりで頷くと、立て付けの悪い入り口のドアを押した。
そのドアの上にある、金貨の袋の絵が描かれた看板の下には、こう書かれていた。
『ギルド・ムキムキ』
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