ジークフリート
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第三幕その一
第三幕その一
第三幕 恐れ
「エルダよ」
さすらい人は岩山の上で誰かを呼んでいた。
辺りは漆黒の幕に覆われていて何も見えない。その暗闇の中で彼は槍をかざしそのうえでその名を呼んでいたのである。
「ここに来るのだ。長い眠りからまどろむ御前を今起こそう」
こう言うのだ。
「霧の洞穴から、夜の底から現れるのだ」
言葉をさらに続ける。
「御前の住処の深みから高みに出るのだ。根源の世界の女よ」
それが彼女だというのだ。
「全てを知る女よ。今ここに」
「声がした」
するとだった。彼の前の岩山の上から頭が出て来た。
「力強い歌声が呼ぶ」
「来たか」
「強い魔法の力が働く。私は知の眠りから目覚めた」
それは紛れも無くエルダだった。だがその顔にはもう美しさはない。やつれ髪も乱れている。顔の至るところに深い皺が刻まれている。あの深い美貌は何処にもなこあった。
「私を目覚めさせたのは」
「私だ」
さすらい人は己の前に全身を出してきた彼女に告げた。
「私なのだ」
「貴方が」
「そうだ。私の歌はあらゆる者を起こす」
こう彼女に告げるのだった。
「様々な知識を得る為にだ」
「その為に」
「そう、そして」
エルダを見ての言葉であった。
「この世を彷徨い探したが御前より賢い者はいなかった」
「私よりも」
「深みが隠すものよりも」
彼はエルダに告げる。
「山や谷、地上や水の中のことも全て知っている」
「ただそれだけ」
「あらゆる生きる者に御前の息が通っていて」
このことも言うのだった。
「誰かが考えていることにも御前はいつも通じている。その御前にだ」
「私に」
「教えてもらう為に今目覚めさせたのだ」
「私の眠りは夢見ること」
こう返すエルダだった。
「私の夢は考えること」
「そうだったな」
「私が考えることは知を支配すること」
エルダの言葉は続く。
「しかし私が起きている時に」
「その時に?」
「私のあの三人の娘達は起きていて」
「ノルン達か」
「そう」
エルダはここでその己の三人の娘達の名を呼んだ。
「ウルズ」
まずは彼女だった。
「ヴェルザンティ」
そして彼女を。
「スクルズ」
最後に彼女を。その娘達の名を呼んだのだ。
「あの娘達は起きている」
「それはわかっている」
「なら何故彼女に問わないのか」
エルダはこう彼に問い返した。
「運命の糸を紡いでいる彼女達に対して」
「ノルン達は世界の圧迫に従っている」
「世界の」
「そう、この世界のだ」
さすらい人は答えた。
「この世界の圧迫に従いそれを紡いでいる」
「運命の糸を」
「運命に対することはできない」
「それはできないと」
「回る運命の車を止める為に」
彼はエルダを見ながら言った。
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