ジークフリート
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第二幕その十四
第二幕その十四
「全くな。ただ首を斬りたいだけだ」
「御前の考えはよくわかった」
「わかっただろう?」
「ああ、わかった」
「まあ安心しろ」
本人を前にしての言葉もいよいよ終わろうとしていた。ジークフリートが怒りに満ちた燃える目で自身を見ていることもそのノートゥングを振りかざそうとしていることにも気付かない。
「そんなに憎いわけでもがなり立てられたり嫌な苦労をさせられたとはいえだ」
「それはもう聞いた」
「復讐するわけじゃない。御前が宝を譲ってくれればだ」
「嫌だと言えば?」
「だからその時はだ」
彼は言うのであった。
「御前を殺さなければならんのだ。何故なら」
「何故なら?」
「兄貴が狙っている。アルベリヒがな」
全て話してしまった。
「だからヴェルズングよ、狼の子よ」
「僕のことだな」
「そうさ、早くこれを飲んで死ね」
笑いながらその飲み物を彼に差し出す。
「二度と飲むことはできないから堪能しろよ」
「もうこれ以上喋るな」
遂に怒りを爆発させたジークフリートだった。
「いやらしいお喋りめ、これを味わえ!」
「うわっ!」
一撃であった。ミーメはその剣を受けて事切れた。見事に袈裟懸けに斬られ己の血の中に横たわった。それで全ては終わりであった。
「馬鹿な奴だ」
アルベリヒは遠くからそれを見て嘲笑った。
「そんなことを言うからだ」
「これでいい」
斬ったジークフリートはまだ怒っていた。
「そのまま永遠に寝ていろ」
「これで邪魔者がまた一人消えた」
アルベリヒはこのことを喜んでいた。
「さて、後はだ」
「小鳥の声は何処だ?」
それを探しはじめたジークフリートだった。
「それを聞いて気を休めたい。僕には誰もいない」
「人間の世界に寄るか」
アルベリヒは森から去りながら呟く。もうジークフリートの話は聞いていない。
「あいつに会っておくか」
「小鳥は気持ちよさそうに歌う。親も兄弟もいない僕に聴こえるようにして」
彼は今孤独を感じていた。
「たった一人の仲間があいつだった」
「そしてだ」
「あの醜い小人だった」
ミーメのことに他ならない。
「あいつしかいなかった」
「ミーメも死んだしな」
アルベリヒはそのことを純粋に喜んでいた。
「ニーベルングの軍勢の出陣も用意しておこう」
「あいつは僕を殺そうとした。だから殺した」
彼にとってはそれだけであった。
「しかし。それで僕には誰もいなくなった」
「あいつが指輪を奪い」
アルベリヒの声は次第に遠くになっていく。
「そしてヴァルハラを陥落させれば全てが終わる」
「小鳥よ、何か言ってくれ。聞いているから」
アルベリヒは森から完全に去った。そしてジークフリートはその声を聴いたのである。
「ジークフリートは竜も小人も倒したのね」
「この声だ」
ジークフリートにはすぐにわかった。
「そうか、言ってくれるんだな」
「なら次は」
「次は」
「女の人ね」
小鳥はこう言うのだった。
「次は女の人ね」
「女の人!?」
ここでジークフリートはかつてミーメが自分に教えてくれたことを思い出した。
「そういえばあいつは」
「女の人は」
「僕は男でそれ以外にも女がいると言っていたな」
「高い岩の上に眠り」
小鳥の言葉は続く。
「激しい炎が周りを囲んでいる」
「炎が」
「火の神ローゲが彼女を護っている」
ここでこの名前を出す小鳥だった。
「ヴォータンにそこに置かれたローゲが護る中を越えて」
「炎の中を越えて」
「彼女を起こせば彼女は彼のもの」
「僕のものになるのか」
ジークフリートはその言葉の意味を理解した。
「そうか、わかった」
「彼女の名前は」
小鳥の言葉は続く。
「ブリュンヒルテ」
「可愛い歌。甘い囁き」
ジークフリートは小鳥の今の言葉に感謝していた。
「僕の心を駆り立てる。もっと聴きたい」
「私は悲しい時でも朗らかに愛の歌を歌う」
「それが小鳥なのか」
「哀しい時も歓喜を以って歌う。憧れを持つ者だけがわかる歌」
「それが僕なんだ」
憧れを持つ者が誰か、すぐにわかったのだった。
「森を出てその岩の上に。僕は彼女を目覚めさせられるのか」
「花嫁を得ることもブリュンヒルテを目覚めさせることも」
小鳥は歌い続ける。
「臆病者にはできない」
「臆病者には」
「恐れを知らない者だけができる」
「僕はそれを知らない」
あらためて自分のことを思った。
「それなら」
「後は行くだけだな」
「そこでまた学ぶことができる」
「そうだ、そこでなんだ」
小鳥の言葉の意味が今もわかった。
「恐れをそのブリュンヒルテから学ぶんだ。ではそこに行こう」
「さあ、そこに飛びに行こう」
明らかに彼を誘う言葉だった。
「ブリュンヒルテがいるその場に」
「よし、僕も行くぞ」
意を決した顔で言った彼だった。既に多くの財宝は袋に担ぎ指輪も兜も備えている。重い筈の宝も何でもない感じで持ってしまっている。
「そしてブリュンヒルテを」
こう小鳥の飛ぶ方に向かう。彼にとって運命の出会いが迫っていた。
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