真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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黄巾の章
第14話 「こっちもよくわからんが……あっちもどうしたもんか」
前書き
黄巾の三姉妹は、ただ状況に流されました。
劉備の三義姉妹は、互いに諭すことを選びました。
同じ姉妹ですけど、どちらが正しいと思いますか?
―― 盾二 side 宛近郊 ――
洛陽で黄巾を引き渡してから、すでに十日。
洛陽近辺から南へと移動した俺達は、南陽黄巾軍が宛に篭城しているとのことで、宛へと兵を進めている。
正直、俺としては東の波才あたりを討伐するのかと思っていたが……宛周辺で黄巾討伐をしていた袁術が、帝の召集をこのことを理由に断わったらしい。
それならば、義勇軍交じりの軍が代わってこいということで霞率いる董卓軍に討伐の令が下ったということだ。
まあ、態のいい厄介払い、といえなくもない。
張譲に疎まれているとはいえ、この扱いはどうだろうと思う。
案の定、霞は馬の手綱を握り締めて、眉間にしわを寄せている。
時折、ぎりぎりと何かを睨むように怒気を発するから、霞の馬も、周辺の馬もびくびくとして足並みが乱れること、乱れること。
「いい加減、機嫌直せ。行軍が遅れるだろ?」
「せやかて! 思い出すと腹たつっちゅうねん! うちらは月の軍や! 張譲のアホの私兵やない! やのに……」
そういってまたギリギリと……
どうやら出立の際、命令を伝えてきた宦官の対応に相当怒りを覚えたものだったらしい。
十日経つのに、よく怒りが持続できるな。
「どちらにしろ、相手は篭城して数ヶ月籠もるほどの難敵だ。こっちの兵は補充できたとはいえ二万ちょい。相手がどの程度残っているかはわからんが……楽観もできないのだから気を引き締めたほうがいいぞ?」
「わかっとる! 理屈ではわかんねん! でも……腹たつわー!」
そういって、叫ぶ。
いかん、女のヒスは理由がない。
男にはわからん世界だ……
「はあ……ところで、翠」
俺は徒歩で歩いている隣の翠に目を向けた。
「ん? なんだ?」
「いや……なんで馬に乗らないんだ? 俺らは義勇兵だし歩兵だから問題ないが……」
馬超は馬に乗って本領発揮だろ?
昨日あたりから、愛馬を降りてやたら俺の隣にいて話しかけてくるけど……
「え? あ、いや……ほ、ほら、あれだよ。行軍とはいえ、そのままじゃ退屈だろ? だから話相手が欲しかったり……」
「? 別に馬に乗りながらでも話せるだろ? 現にこうして霞とは並んで話しているし」
「いや、その……あ、ああ! き、麒麟! 麒麟を疲れさせちゃ、いざというときにいい働きできないだろ!? だから、あたしは歩いているんだよ!」
「……まあ、いいけど。別に叫ばんでも……」
「くくくくく……」
あ、さっきまで怒り心頭だった霞が、口を押さえて笑っている。
なんだ?
「いやー乙女やねぇ、翠」
「う、うっせっ!」
ニヤニヤとする霞に、顔を紅くしてモジモジと槍を持て余す翠。
……ほんと、女はよくわからん。
「こっちもよくわからんが……あっちもどうしたもんか」
俺は呟きつつ、後方を見やる。
そこには愛紗と鈴々が手綱をとる馬車があった。
その後ろの幌の中には、桃香がいる。
洛陽から出発する頃から、桃香はよく塞ぎこむようになっていた。
理由はよくわからない。
具合が悪いのかと尋ねても、まるで怯えるようにその場を離れてしまう。
(俺、なんか嫌われるようなことしたか?)
まったく覚えがない。
移動中はいつもの笑顔もなく、馬車の幌の中で俯いている。
桃香も出発した頃は、皆と同じで普通に歩いていたのだが……時折考えては立ち止まり、歩いては遅れていく。
さすがに心配になって声をかければ、なんでもないと言うだけ。
行軍が遅れるので、輜重隊の馬車を一台仕立てて乗せたのだが……
「なんや……ああ、桃香かいな。あんさん、なんぞしよったんか?」
俺の様子に、霞が振り返って声をかけてくる。
「するわけないだろ。俺にもよくわかんないんだ。洛陽を出た頃から様子が変で……一昨日辺りからは食事もほとんどとってない。病気じゃなきゃいいんだが……」
「あたしもそれとなく話しかけているんだけど……話してくれないんだよ。なんかに悩んでいるらしいんだけどな」
「んー……一応副官扱いやし、あんまり仕事しないのも困るんやけど……愛紗や鈴々はなんか知っとらへんの?」
「いや……愛紗は『今はそっとしておいてください』としか言わないんだ。鈴々は『お姉ちゃんは考え事をしているのだ』って言うだけだし……三人で何かあったのは間違いないみたいだけどなあ」
そう、二人が桃香のことを心配してないわけがない。
にもかかわらず放置している、ということは……なにか大切なことなんだろう。
「あんさんにも言えへんことか……あっ、まさか月のモノ――」
「下ネタはやめぃ」
「ちぇー」
霞は口を尖らす。
俺に言えない事、か……
まあ、俺は劉備の臣でない。
義兄弟でもない。
あくまで力を貸す立場だ……そして恩を返すために彼女に力を貸しているに過ぎない。
家族ではない……一刀とは違う。
だが……一刀の命の恩人であり、仲間でもある。
(そう思えば、変な関係だよな。俺の周囲は……)
桃香たち三人に『ご主人様』と呼ばれているが、実質は恩人に力を貸しているに過ぎない。
朱里や雛里、そして馬正は、分不相応だが俺を”主”として、忠誠を誓ってくれている。
だが、桃香や愛紗、鈴々にとって俺は、理想を実現するための”仲間”でしかない。
桃香たちと朱里たちでは立場が違うのだ。
ゆえに、人の上に立つ俺としては……恩人も大事だが、自分を主とする存在のほうが大事だ。
もちろん、一番は家族である一刀なのだが……
(それとも桃香は……俺を家族と思ってくれているのだろうか?)
ご主人様と呼び始めたあの日。
あれはそういう意味なのか?
だが、俺は彼女から告白を受けたわけでも、義兄弟になりたいといわれたわけでもない。
だからあくまで俺の立場は、”恩人に力を貸している”に過ぎない。
(個人的には嫌いなわけじゃないけどな……彼女の立身出世の為に動いているのだって、彼女の為だ)
今後のこともある。
いろんな将の所に何年も放浪するのまで付き合うわけにはいかない。
俺と一刀は、歴史の部外者なのだ。
いつ元の世界に戻ることになるかもわからない。
だからこそ俺がいる間に、彼女にはしっかりとした基盤を持って、主として自国を統治してもらいたい。
そのときが――
(恩を返し終えて……彼女達と別れるときなのかもな)
そう思いながら再度、彼女の籠もる馬車を見る。
俺と一刀という異邦人を救ってくれた女性は――顔を見せることはなかった。
―― 劉備 side ――
(お姉ちゃんは考えていることをやめているのだ)
鈴々ちゃんの言葉。
ずっとずっと、私の中に木霊する言葉。
(お姉ちゃんは何をしているのだ?)
私は……なにをしているの?
(お兄ちゃんはお姉ちゃんをできるだけ立てるようにしているけど、お姉ちゃんはお兄ちゃんになにかしてあげられているのか?)
私は……盾二さんの言うとおりにして……して……
なにを、してあげられたの?
(貴方の恩義に報いることを誓う!)
私の恩義?
私はただ……あの時、倒れていた一刀さんを医者に見せようとしただけ。
治したわけでも、盾二さんの命を救ったわけでもない。
それなのに、たったそれだけのことをしただけなのに。
盾二さんは、『恩義』と言って私に尽くしてくれている。
(今のお姉ちゃんはおかしいのだ)
鈴々ちゃんの言葉が、私の胸をえぐる。
桃園で誓った頃、私は二人の信頼に応えるために、どうしたらこの国が良くなるか、必死に考えた。
だから例え偽善であろうとも、私の思うことをしようと心に決めた。
だけど……今はどうだろう。
私は、この国が良くなる方法を考え続けていただろうか?
偽善とわかっていることを、自分の責任でやろうとしていたあの頃と今の私はどうだろうか?
(お姉ちゃんを甘やかしちゃだめなのだ)
鈴々ちゃんの言葉は正しい。
正しすぎる。
私は……盾二さんに全てを委ねて……甘えていた。
(心の底で、私は盾二さんを認めていなかった……ううん。ちがう)
盾二さんを……ご主人様と呼んだその人を、心の中では名前で呼び続けている私。
(私は、彼を……利用していた?)
うまくいけば、彼の力で立身できると、全部任せていた?
考えず、ただ身を任せていれば、いずれはこの国を救えると思っていた?
なにもせず、ただ、徳がある、とだけ言われて……ただ、そこにいるだけの人。
まるで――御輿。
(私こそが……盾二さんにとっての御輿だったんだ……)
きっと彼は、そんなことは思っていない。
あくまで彼は、私を主君にするつもりかもしれない。
でも……私がそれを放棄した。
(私は……彼を仲間ではなく、臣と思い始めていた?)
そう考えた自分に、涙が溢れ出す。
私は利用したのだ。
彼の義を。
彼の想いを。
彼の……優しさを。
「うっ……うっ……ひっく……ひっ……」
彼は私に言った。
力を貸す、と。
それに対して、私は何をした?
彼のために何をしたのだろう?
(この世界で右も左もわからない俺を救ってくれた)
違うんです。
私は誰も救ってない。
貴方は、ただ私の前に現れたから……
ただ、ほんのちょっと手助けしただけ。
(一刀を医者に見せるために労を惜しまず奔走してくれた)
私は……なにもしていない。
(俺達のような……戦場で生きるしかなかった子供を、少しでも救えるのなら……俺は手伝いたいと思う)
手伝う……そう言ってくれたのに。
私は、全てを押し付けた。
人の上に立つ重責も、人に命令するつらさも……
そして、考えることすらも。
(君の大志は、未完成だろうけど……間違っちゃいない)
私の……大志。
私は……皆が笑う世の中にしたい、だけ……
(お姉ちゃんは……お兄ちゃんを、まるで神様かなにかと思っているように鈴々には見えるのだ)
!
は、はは……
あはは……
そっか……
かみさま、だったんだ。
私は、盾二さんを……人でない、なにかと思ってたんだ。
……バケモノ、と。
「……っ……っ……あぁぁ……あっく……ぁ……ふぅ……っ……」
私の涙は、止めどなく。
ただ、ただ……嗚咽だけが……
私の口から漏れていた。
ーー 関羽 side ーー
馬車の幌の中から、嗚咽のような声が聞こえる。
また、なにかに負い目を感じて泣いているのだろうか?
桃香様……
「……鈴々、お前は歩いてもいいのだぞ?」
私は隣にいる鈴々に声をかける。
鈴々は、ここ数日続く桃香様の嗚咽を、ただじっと聞いている。
桃香様を慰めるわけでもない。
桃香様を叱咤するわけでもない。
ただ、傍でじっとしている。
「……愛紗こそ、鈴々に任せていいのだ。もう二日も寝てないのだ」
そう言う鈴々も、昨日は寝ていないはずだ。
「…………」
「…………」
私達はお互い、それ以上は何も言わずにいる。
鈴々のこないだの言葉は、私にも重く圧し掛かった。
私は……確かに桃香様を甘やかしていたのかもしれない。
ご主人様が現れ、朱里と雛里が仲間となり……
その智謀に、全てを委ねてしまっていた。
考えることを三人任せにしていたのだ。
そして本来は私がしなければいけない……桃香様の第一の臣として、私がせねばいけないことすらも、ご主人様に任せようとしていたのかもしれない。
ご主人様と、そう呼んでいるが……彼は……桃香様の臣ではないのだから。
(桃香様なら、私達も臣でなく……あくまで仲間として平等だ、とおっしゃるのかもしれない)
桃香様にとって、私も、鈴々も、ご主人様も……大事な仲間なのだ、と。
だが……仲間であるからこそ……頼りすぎてはいけないのだ。
仲間とは……お互いを支えるものなのだから。
(まさかそれを……鈴々に諭される日がくるとはな)
負うた子に教えられ……まさにそんな言葉が似合うのだろう。
我々の中で、この短期間に一番成長していたのは……鈴々だった。
(もう、子供とはいえんな……立派な妹だ)
私には鈴々が眩しく見える。
ただのやんちゃな娘だと思っていたのだが……
その鈴々も、嗚咽する桃香様に声もかけない。
わかっているのだ。
これは、桃香様自身が乗り越えなければならないものだと。
だから……私も。
「っ……くっ……ひっ……ふぅ……」
くっ。
思わず、唇を噛む。
桃香様の嗚咽……本来ならば、すぐにも駆け寄って慰めて差しあげたい。
だが、それでは……
それでは、元の木阿弥だ。
(耐えてください、そして乗り越えてください、桃香様)
私は、心でそう念じて唇を噛む。
その口元から出る血を、そっと鈴々が拭いてくれたのだった。
後書き
13・14話とも、今までより文字数が少なめです。
本来はもっと書いてあるのですが、状況描写のために一旦区切りました。
ちなみに盾二は桃香を『手伝う』としか言っていません。
記述の通り、臣ではないんです。
これは劉備の物語ではありませんから。
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