おいでませ魍魎盒飯店
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エピローグ:見よ、魔女が帰る
「なぁ、そこの姿の見えないやつ。 一つ聞いていいか?」
「だが断る」
クリストハルトの申し出を、キシリアはたった一言で拒絶した。
あまりにも取り付く島の無い断り方に、クリストハルトの顔が見事に強張る。
周囲の妖精たちもあまりの非情な対応に、思わずドン引きだ。
「……冗談ですよ。 一度言ってみたかっただけです。 ネタは理解できないでしょうし、説明する気もありません」
「おいっ!」
思わず立場を忘れて突っ込んだ彼をいったい誰が責められようか。
元の世界ではネタですむ話であるが、礼儀としては最低以前の常識無しである。
その点についてはキシリアも心の隅っこのほうで密かに反省していたりするのだが、染み付いた文化や習慣というものはそう簡単に変えられるものではない。
「いいツッコミですね」
「くっ、まったく褒められた気がしねぇ」
ケッと横を向いて毒づくクリストハルトにフォローをいれたつもりなのだが、『突っ込みは愛である』と言う尊い教えはまだこの世界に生まれていないらしい。
「ちゃんと褒めてますよ? 心外ですね。で、何を聞きたいんです?」
「なんで俺らの命を助けてくれたんだ? 正直、理解できねぇ」
そう、まずそこからしておかしすぎる。
正直、人類は魔族の天敵だ。
台所の怪奇生物Gを寝室で飼育するよりありえない。
というより、お互いがお互いを恐怖して理解しようとする前に殺しあっている状態だ。
……こいつは人間が恐ろしくないのだろうか?
いや、本当に恐ろしくないのだろう。
人間とこんなに冷静に語り合う魔物というものを、クリストハルトは未だ聞いた事がない。
「そうですね。 あえて言うならば、人間の理解者と協力者が欲しかったといったところでしょうか。 詳しく説明する気は無いのであしからず」
「アーそうですか、ハイハイ」
全くもってありえない理由だ。
だが、その言葉を真実として受け入れている自分にクリストハルトはあきれ返り、肩をすくめる。
「本当ですよ? 私には人間の世界にしかないモノで、欲しいものがありますから」
この世界に理力が存在しているとはいえ、やはり使い慣れた調理器具が欲しくなるのは人としての性だろう。
特に男と言う生き物は道具をそろえてニヤニヤしたい生き物であるし、かつてのキシリアも同じタイプの人間であった。
だが、この魔界には調理器具を扱う店も職人も存在しない。
故に、キシリアの求める調理器具を手に入れるためには人間界とのパイプとなるような人材が必須であり、人間界に買出しを頼めるような人間という存在は、彼女にとって喉から手が出るほど欲しい代物だったのである。
「まぁ、それはもうどうでもいいや」
「いや、大事なことなので流さないでください。 聞いてくれないと滅殺しますよ?」
「はいはい。 簡単に滅殺できるほど弱っちくてすいませんでしたねぇ」
「拗ねないでください。 ついでに思いっきり可愛いく無いので拗ねると気持ち悪いです」
「ほっとけ! で、単刀直入に用件を言う。 人間界に去る前にカリーナの無事を確認したい」
「ふむ……別に会わせてあげてもいいけど、無事かどうかは保証しかねるからそのつもりでいてください」
「なん……だと……!?」
クリストハルトの隣からカリーナが連れ去られて約1時間少々。
たったそれだけの間にいったい何があったと言うのか!?
この悪魔め!
たった一言でここまで人の心を弄ぶとは!
そして心の準備をしようとクリストハルトが呼吸を整えるより早く、いきなり彼の目の前に天井からカリーナが落ちてきた。
「カリーナ!!」
思わず駆け出して空中で優しく抱きとめたが、戻ってきたカリーナは、目も空ろ。
口を半開きにし、衣服を剥ぎ取られた下着姿というあられもない状態だった。
さらに口元には白濁した粘液がベトベトとこびりついている。
「ハルト……私……もうダメ」
呟く言葉はかすれるように力無く、その頬は上気して桃色に染まっている。
「どうしたカリーナ! 何があった?」
考えたくないが、クリストハルトの脳裏に最悪のシナリオがいくつもよぎる。
魔界には、淫魔と呼ばれる生き物がおり、カリーナの状態は人間界に侵入してきた淫魔の被害者にそっくりだった。
「テメェ……カリーナにいったい何をしたか言ってみろ! 場合によっては刺し違えてでも……」
「勘違いしては困る。 私はただ彼女を迎えてもてなしただけだ。 ただ、ちょっと彼女にはなじみの無い内容だったかもしれないが、悪意は全く無いよ。 ほら、テリア。 彼女に"アレ"を差し上げなさい」
「わかったニャ。 ちょっと待つニャ」
キシリアの言葉に従い、テリアは懐をまさぐると、太くて硬い棒状のモノを取り出した。
「ふふふ……すっかり気にいったようだね。 そして卑しい子だ。 "これ"がそんなに欲しいのか?」
「……頂戴。 もっと……もっと頂戴」
カリーナが目を潤ませてマルの手にしたものに熱い視線を向ける。
「ほら、そんなに慌てて貪るものじゃない」
「あうっ……」
「馬鹿だな。 歯を立てるからそんな目にあうんだ。 もっと優しく、溶かすようにしゃぶりつくといい」
キシリアの囁きと共に、薄暗いホールにピチャピチャと湿った音が響き渡った
「なぁ、いったい何をしているんだ? 俺にはサッパリ理解できないんだが」
文字だけだとずいぶん卑猥な印象だが、それを見ていたクリストハルトの目はむしろ完全に点になっていた。
「何って、新作のアイスキャンディーの味見をしてもらっているのだが? 君も食べてみるか? モニターは多いほうが嬉しいし」
「辞めとく。 なんか怖えーし。 で、なんでカリーナは下着姿なんだ?」
「さっきオレンジ味のアイスキャンディーを食べたときに服にこぼしてしまってね。 代わりの服を着せようにも、この砦のシルキー達に提供を断られてしまったらしい」
説明されてしまえばなんて事は無い話だ。
「ったく……紛らわしい……ほら、帰るぞ。 街に戻ったら今日は自棄酒だ、クソっ」
恥ずかしい想像をしてしまった後ろめたさからか、クリストハルトの顔に僅かに朱が混じる。
「……嫌」
「はぁっ!?」
さっさと人間界に帰るべく手を差し伸べたクリストハルトだが、カリーナはその手を取ろうとはしなかった。
「このお菓子の作り方を覚えて帰る。 覚えるまで帰らない」
「なっ、何ガキみたいなこと言ってるんだ! とっとと帰るぞ!!」
「帰るならハルト一人で帰ればいい」
「おまえなぁ……元々菓子がすきなのは知っているが、なにをとち狂ってやがる。 お前を一人にするなんて、俺に出来るはずが無いだろ!!」
そんな事が出来るはずも無い。
惚れた弱みもあれば人道的にもありえない。
だが、続いて紡がれたカリーナの台詞に、クリストハルトは冷水を浴びせられたかのような気分になった。
「知ってるでしょ? 私は勇者じゃなくて、本当はお菓子屋さんになりたかった。 ねぇ、私はいつまでこんなことをしてなきゃいけないの? どうして私がお菓子屋さんになっちゃいけないの?」
彼女がまるで人形のように無表情になったのは、勇者として選ばれてからのことである。
魔物を殺戮する日々は、まともな感性を備えた少女には過酷過ぎたのだ。
「……お前には悪かったと思ってるよ。 だが、人生はいつでも一方通行だ。 文句を言っても過去は変わらないし、俺は別の形で責任を取るつもりだ。 それに魔界でどうやって生活するつもりだ!? お前が魔界に残るなら、俺も人間界に帰るつもりは無いぞ」
彼女の中に勇者としての資質を見出し、魔術を仕込んで殺伐とした世界に引き込んだ組織の一員がクリストハルトだった。
それゆえに、クリストハルトには彼女の人生を守る義務がある。
少なくとも本人はそう考えていた。
だから彼女の願いはかなえられない。
絶対にだ。
それに……仮に勇者であることを捨てて魔界に暮らそうにも、その魔界の民が許さないだろう。
我々は多くの血を流しすぎた。
だが、その太陽が東から昇るのと同じぐらいゆるぎない大前提は、横から口を出してきた女妖精によってあっけなく覆される。
「なら、私の店にくるといい。 手を出すなら料理を食わせないといえば、まわりの魔族も文句は言わないだろうし。 お菓子作りの専門家として働いてくれるなら歓迎するよ。 なぁに、いざとなったら人間を魔族に変える方法なんていくらでもあるさ」
*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*
「あぁ、魔女が帰ってゆくよ」
「……気を落すな。 アレは相手がわるかった」
グリフィンの背に乗って飛び去ってゆく姿を見送りながら、ボイツェフ中隊長とシバテン治癒官は疲れ果てた声でそう呟く。
「二度と……二度と関わりあいを持つものか」
「それが懸命だな」
お互いを慰めあう二人だが、彼等は未だ想像もしていなかったであろう。
魔界の一部でありながら魔族がおいそれと寄らぬ場所、彼等の警戒する人間界への門の真横に、一組の夫婦がアトリエ・ガストロノミーの第一支店を開くことになるとは。
そして、その支店の様子を確認するため、キシリアがこの地を何度も訪れるようになるのは、それから数年後のことだった。
後書き
(゚∀゚)ノ[薬膳ちょこっとメモ No.5]
『アイスクリーム』
【性 味】甘、寒
【帰 経】脾、胃、肺、心
【働 き】
1.体内の水分の配給を正常化し、口の中の渇きや喉の渇き、皮膚のかさつきとそれによる痒み、病的でネットリした寝汗が出る症状を癒します。
2.胃の働きを強め、肺の動きを助けます。 それによって体の疲れや虚弱体質を改善し、疲労による微熱を緩和します。
3. 肺を潤し、乾燥による咳を抑えます。
4. 腹痛、特に胃の痛みを緩和します。
【禁 忌】
1.食べすぎると下痢を起こします。
2.日ごろの食べすぎや飲みすぎにより、胃腸がもたれている時にこのようなものを食べると症状を悪化させてしまいます。 体内に老廃物が溜まっているのが原因ですので、美味しくアイスクリームを食べるためにデトックス効果の高い食べ物を摂取しましょう。
3. 一度に食べ過ぎると、ビタミンB群が欠乏して集中力の低下を引き起こし、さらにアレルギーを起こしやすくなります。
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