トーゴの異世界無双
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第九十一話 汚ねえ奴らだな
カイバはヤーヴァスに言われた通り不動を保っていた。
だが、ヤーヴァスに言われるまでも無く、この試合で動くつもりなどなかった。
何故なら、そのような命令を受けていたからだ。
カイバは恐る恐る対戦相手であるグレイクを見る。
すると目が合い、彼はこちらに向けて微笑を向けてくる。
そう、グレイクの笑みは、他でもないカイバに向けられていたのだ。
(くっ……ヨッチ……)
カイバは目を強く閉じ、歯を食いしばり苦悶(くもん)の表情を作る。
誰もそんなカイバの思いに気がつかない。
カイバは朝のことを思い出しながら顔を伏せる。
朝の修練が終わり一息ついていた時、いきなり背後から誰かが現れた。
「おに~~~ちゃん!」
そこには笑顔を向けてくる妹の姿があった。
カイバと同じ茶髪だが、低身長の上に、おかっぱで幼い顔立ちなので十三歳には見えない。
下手をすれば十歳くらいに見える。
本人はそんな外見がコンプレックスらしいが、そんなところが可愛いとカイバはシスコン精神全快で思う。
「ヨッチ、どうしたよ?」
「だって、お兄ちゃんがなかなか帰って来ないから、お母さんが呼んで来いって言うんだもん」
「もう帰るとこだったんだけどな」
「む~そこは迎えに来てくれてありがとでしょ~!」
頬を大きく膨らませて不満を言ってくる。
そんな表情も可愛いと思ってしまう。
「はは、ありがとよ」
そう言って頭を撫でてやると、少しは機嫌が良くなることを知っている。
「えへへ、早く行こ!」
カイバの腕を引っ張ってくる様子を見てると思う。
この子の兄で良かったなと。
そしてもう一つ思う。
これはシスコンになっても仕方無いなと。
だって、こんな可愛い妹に頼まれれば、どんな無理難題でも簡単に引き受けてしまうだろう。
カイバは心の中でニヤニヤしながら、帰る準備をする。
その時、ピクッと毛が逆立つ。
動きを止めたカイバを見てヨッチが不思議に思う。
「お兄ちゃん?」
すると、周りからぞろぞろと人が現れる。
十人以上は確実にいる。
誰もかれもが、こちらに意味深な視線を向けてくる。
殺気でも敵意でも無い、まるで品定めをしている感じの視線だ。
さすがに自分達が狙いかと、鈍いカイバでも気がつく。
カイバの真剣な表情を見て、ヨッチが不安顔を作る。
恐る恐るカイバの服を掴み周囲に目をやる。
「お、お兄ちゃん……」
「俺の後ろにいろ」
ヨッチを庇いながら周囲を警戒する。
大人数に囲まれている状況で、どうすればいいか思案する。
すると一人の男が声を出す。
「やあ、カイバくん」
その男には見覚えがあった。
ギルド登録者にとって、知らない者がほとんどいないほどの有名人だ。
「……ガシューさん?」
「ほぅ、私のことを知っているのですか?」
「『黄金の鴉』のナンバーワンのことを知らないなら、それはモグリですよ」
ガシューは、灰色の長い髪の毛を、額を中心に分けて両側に流している。
少し小さめの丸眼鏡を掛けている。
まるで学者のような雰囲気だが、その魔法は強大だと聞いている。
よく見れば、周りにいる人物の服には『黄金の鴉』の紋様が刻まれている。
間違いなく全員が『黄金の鴉』に所属している。
「それで? あなたほどの人が、俺に何か用なんっすか?」
カイバは未だ警戒しながら質問をする。
とてもではないが、友好的な雰囲気ではなさそうだ。
「いやなに、少し君に頼みたいことがありましてね」
眼鏡をクイッと開けて答える。
「頼み……ですか?」
頼みと聞いてさらに警戒を強める。
こんな大勢を引き連れて頼みも無いだろうと感じる。
「ええ、実は今日君が対戦するのはこのグレイクなんですがね」
ガシューの隣にいたグレイクが一歩前に出る。
「対戦相手? まだ分からないんじゃ……」
対戦相手は当日発表されるので、普通は知らない情報のはずだ。
「そんなこと、調べればすぐに分かりますよ。私達の情報網を甘く見ないでほしいですね」
不敵そうに笑みを浮かべる。
「まあ、そんなことはどうでもいいでしょう。私達の頼みというのは、君のパートナーについてなんです」
「パートナー? もしかしてヤーヴァスさんですか?」
「そうです」
「ヤーヴァスさんがどうかしたんですか?」
「簡単なことです。今日の試合の中、奴を退(しりぞ)けたいのです」
「……退けたい? 勝ちたいってことですか?」
「そうです。このグレイクを勝たせたいのです」
カイバは段々と状況を理解し始めた。
ヤーヴァスは生半可な実力者ではない。
それこそ、優勝しても不思議ではないほどの強さを秘めている。
だが不運なことに予選内容はタッグマッチ。
しかもそのパートナーが明らかに実力で見劣りするカイバだ。
ヤーヴァスの足を引っ張って試合に負けろと提案しているのだ。
「どうしてそこまで勝ちたいんっすか?」
すると、キラリと目を光らせてガシューが答える。
「欲しいものがありましてね」
「欲しいもの? 賞金っすか?」
「おや? もしかして君は知らないのですか?」
「え?」
カイバは相手が何を言ってるのか分からなかった。
だけど一つ思い出したことがあった。
チラシにもう一つ賞品が書いてあったのを今思い出したのだ。
「……あ、もしかして王妃様のデコチューが?」
「……ふざけてるんですか?」
ガシューが言葉を放つと、周りの者達が凄みを利かせて視線を送って来た。
(ですよねぇ……なら何だ? 他に何かあるのか……?)
そう考えても答えは出ない。
「まあ知らないなら別にいいでしょう。そんなことよりも、今は頼みの方なんですがね?」
カイバはガシューと視線を逸らさず言葉を放つ。
「……それはできませんね」
「ほぅ」
「この大会はみんな必死になって闘ってる。俺みたいな半端者が勝ち残ったのは運が良かったけど、俺だってここまできたら全力で闘いたい」
「お兄ちゃん……」
ヨッチが兄の真剣さを感じ取り、尊敬の声を上げる。
「では、我々の頼みは聞けないと?」
「もちろんだ! ガシューさん、軽蔑したよ! こんなことする人だとは思わなかった!」
しばらく沈黙が周囲を支配する。
すると、静かにガシューが笑い始めた。
「ククク、そうですか。では、こうしましょう」
カイバは最大限に警戒する。
いや、警戒していたはずだった。
特に背後にいるヨッチには気を配っていた。
だが、何故か今目の先にいたガシューがいなくなって、代わりにヨッチがいた。
「え……っ!?」
その時、全身に激痛が走る。
「ぐがっ……ぎ……っ!?」
気づいたら地面に倒れていた。
体が痺れて動かない。
何をされたか分からなかった。
ヨッチも何が起こったのか分からず呆然として、倒れた兄を見つめる。
「お、お、おに~~~ちゃ~~~んっ!!!」
倒れたカイバを心配して声を張り上げる。
「捉えろ」
グレイクがそう言うと、ヨッチの周りにいた者が彼女を押さえる。
「いやっ! 離してっ! 助けてお兄ちゃんっ!」
暴れるが、グレイクが彼女の首に手刀を落とす。
「うっ……お……にい……ちゃ……」
ヨッチは意識を手放した。
「ヨ……ヨ……チ……」
大きな声が出ない。
微かに喉が震える程度だ。
「さて、ここに『毒針』があります。ああいえ、毒といっても別に死ぬわけではありません。その効果は君が今体験しています。ただ数日は動けなくなりますが…………分かりますね?」
つまり、試合の最中、隙を見てヤーヴァスに刺せと言っているわけだ。
『毒針』が入っている革の袋をカイバの目の前に落とす。
「やる時は指示します。見逃さないようにお願いしますよ?」
だから下手に動くなということだ。
「くっ……」
体を必死に動かそうとするが、思い通りにならない。
痛みはもう無いが、その代わりに全身が麻痺したように動かせない。
「ああ、それと仕事をしっかりしてくれれば必ず妹さんは無事に返しますよ? その証拠として……」
ガシューが指をパチンと鳴らす。
すると男達が道を開けるように広がる。
カイバは目を大きく見開く。
そこにいたのは口を塞がれ涙を流している自分の母親であるリールだった。
「か……あ……さ……」
リールは体を抑えられながら、口元のタオルを取られる。
「カイバァァァァッ!!!」
息子の安否(あんぴ)が気になり必死に声を上げる。
「お母様はお返しします。無事にね。妹さんは仕事が終わった後にお返しします」
解放されたリールは急いでカイバのもとへ駆けつける。
彼の上半身を抱え、頬に触れる。
「これを彼に」
リールに一つの袋を渡す。
「それを飲めばすぐに解毒できます。彼には働いてもらわなければならないので、ちゃんと飲ませて下さいね」
ガシューが手を上げると他の者達はその場を離れる。
「ヨッチッ!!!」
リールがぐったりしているリールに向けて声を発するが、その声は届かない。
「大丈夫です。我々の望みが叶えば、彼女は無事にお返しします。まあ、無事かどうかは……彼次第ですがね」
恐怖の色を顔に宿してリールは震える。
「それでは……あ、誰にもこのことを言ってはいけませんよ?」
ガシューはその場から去って行く。
その後は、ガシューに渡された薬を服用した。
少し不安だったが、彼の企みを考えれば、これが偽物ではないと判断して飲んだ。
言う通り、体の痺れが嘘のように消えた。
リールはすぐさま騎士団に報告しようと考えたが、カイバがそれを拒否した。
恐らく誰かに話せばヨッチの命が危ない。
二人で考えに考え、辿り着いた答えは、ガシューの望み通りにするということだった。
それが一番安全で、確かな方法だったからだ。
何も死人が出るわけではない。
ただ少しだけ不正を行うだけだ。
それだけで愛しい妹が戻って来る。
カイバは自分の出した答えを突き進むことを決心した。
妹は絶対に無事に取り戻すと心に決めた。
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