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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第九十話 嫌な予感が当たっち待ったか

「さあ始まりましたねフレンシア様」


 モアは隣に座っているフレンシアに声を掛ける。


「ええ、今日も面白い闘いが見られることを祈ります」
「そうですね! さて、それでは両陣営についてコメントなどございますか?」


 モアの言葉を受け、フレンシアは少し真剣な表情をして、カイバ達に視線を送る。


「そうですね、この試合の中で、突出して能力が高いのは、やはりヤーヴァスさんでしょう」
「『魔剣』があるからですか?」


 フレンシアは軽く首を横に振る。


「いえ、確かに『魔剣ドール』は強力です。ですが、私は彼自身に特別な力を感じます。あまり情報が無いのが残念ですが」
「特別な力……ですか? どういうことでしょうか?」
「それは分かりません。言えることは、彼はとてつもなく強いということです」


 その言葉を聞いて闘悟はさすがの観察眼だと敬服する。
 何故なら彼女は闘悟と同じ魔力視認ができるのだ。
 ヤーヴァスがエルフだということも見抜いている可能性は高い。
 だが、それを無闇に公言(こうげん)するほど、彼女は不作法(ぶさほう)ではない。
 本人が隠している事実を、自分個人の判断で情報を特定しようとは考えてはいないのだろう。
 さすがは三賢人と呼ばれる御仁(ごじん)だけはある。
 闘いはもう始まっていた。
 ヤーヴァスとコークが剣を合わせる。


(うむ、さすがはここまで勝ち残って来た者だ)


 ヤーヴァスは相手と打ち合いをして、そのような思慮(しりょ)に達した。
 実力者であれば、剣を合わせれば大体の強さが分かる。
 ヤーヴァスは今目の前にいる相手が、かなりの強者だということを確認した。
 だがそれはコークにしてもそうだ。
 コーク自身、それなりの経験を積んできた。
 死線も越えてきたこともある。
 そんな彼が、今では背中に冷たい汗を流している。
 ヤーヴァスの存在の大きさを感じて、ハッキリ言って気圧(けお)されているのだ。
 間違いなく自分よりも強い。
 そう判断したが、誤解ではないだろうと考える。


 ヤーヴァスとコークは互いに視線を交わし、また軽く剣を合わせる。
 その最中、ヤーヴァスは少し違和感を感じる。


(大人しいな……)


 コークに対して感じたことではない。
 コークの後ろに控えているグレイクが、一向に攻撃する気配を感じられないのだ。
 カイバが動かないのは分かる。
 ヤーヴァス自身がそのように指示したからだ。
 だが彼はどうだろう。
 少なくとも、コークと自分の力の差を感じたはずだ。
 グレイクは『黄金の鴉』の中でもトップクラスの実力者と聞く。
 そのような者が、今の打ち合いで状況を判断できないわけがない。
 普通なら二人でヤーヴァスを攻略しようとする。
 コーク一人では荷が重過ぎる。
 それなのに、グレイクは静かに佇(たたず)んでいる。


(そんなにこの男を信頼しているのか?)


 ヤーヴァスは無表情でコークを観察する。


(いや、そんな感じではないな……だったら一体……?)


 未だグレイクが平然としている理由は分からない。
 何かを企んでいるのであれば、少しグレイクを警戒する必要がある。
 そう判断して、ヤーヴァスはコークとグレイク二人により一層気を張る。
 すると、ヤーヴァスはあることが気になった。
 グレイクが軽く笑みを浮かべているのだ。
 だがその笑みは、自分に向けられているものではない。


(あの者は何を考えている……?)


 辿り着けない答えを必死に探す。





 ヤーヴァス達の試合を不可思議に感じているのは闘悟も同様だった。
 そして、隣に陣取っているミラニも首を傾げている。


「変だな」


 ミラニは眉間にしわを寄せながら声を出す。
 それを聞いた闘悟は頷き肯定する。


「ああ、あのおっさん何で動かねえんだろうな」


 カイバが動かない理由は何となく分かる。
 ヤーヴァスに動くなという指示を受けたのだろう。
 その方が闘い易いし、カイバの実力を知っていればこその良い判断だと思う。


「違う」
「え?」


 いきなりミラニが否定したのでつい声を出してしまった。


「私が変だと感じているのは、あの男の視線だ」
「視線?」


 闘悟はグレイクを観察するように見つめる。


「奴の視線はヤーヴァスに向けられてはいない」


 確かにミラニの言う通りだった。
 今注意を向けるべきなのは、間違いなく強者であるヤーヴァスだ。
 自分達よりも強いかもしれない相手から視線を外すような自殺行為を、どうしてグレイクは行っているのか理由が分からない。


「一体誰を見てんだ?」


 だが遠目に見てもよく分からない。
 分かるのはその視線がヤーヴァスとコークの方に向いていないということだ。
 この状況で誰に注目してるのか……それにここからじゃよく見えねえけど、アイツ……笑ってる……?
 そしてふと思いつくことがある。
 アイツは『黄金の鴉』…………まさか……。
 闘悟がそう感じ、眉を寄せているといきなり背後から声が聞こえる。


「失礼致します」


 振り向くと、そこにはミラニの部下である魔法騎士団の団員がいた。
 VIPルームにいる者全員がそちらに注目する。


「どうした?」


 ミラニが代表して問う。


「はっ! いきなり申し訳ありません! こちらにトーゴ殿はおられますでしょうか?」


 どうやら団員は闘悟を探しに来たみたいだ。


「いるが、どうしたのだ?」


 ミラニがそう答えると、団員が言葉を続ける。


「実は、ある者がトーゴ殿と接見を望んでいまして」
「会いたいって……オレに?」


 闘悟は皆と顔を合わせる。
 皆もいきなりのことで首を傾げている。


「はい」


 団員が頷き答える。


「どんな人?」
「本人はカイバ・バン・ハッセルの母親だと申しております」
「カイバの?」
「はい」


 しばらく沈黙が流れる。
 一体どうしてカイバの母親が闘悟を探しているのか、そこにいる者のほとんどが分からなかった。
 だが闘悟は少し思いついたことがある。
 朝からカイバの様子がおかしいことと無関係ではないような気がしたのだ。


「……その人はどこに?」


 闘悟は考えても仕方が無いので、とりあえず会ってみようと思った。


「待って下さいトーゴ様」


 部屋から出て行こうとするところで、クィルが声を掛けてくる。


「どうした?」
「はいです。良ければそのお方をこちらにご案内してはどうですか?」
「……いいのか?」
「いかがでしょうかお母様?」


 クィルはニアに是非(ぜひ)を問う。
 ニアはさも当然のようにすぐに頷きを返す。


「もっちろんいいわよ!」
「ありがとうございますです」
「ですが危険ではないでしょうか?」
「危険?」


 いきなり団員が声を掛けてきたので、少し眉を寄せてミラニが聞き返す。


「はい。本人がそう言っているだけで、本当に母親なのかどうか判断できません。私がここに参じたのも、一応お耳に入れておかねばと思ったからでして、追い返すという判断も考えておりました」
「おいおい、そりゃねえだろ? せっかくオレに会いに来てくれたのに……」
「ですが……」
「大丈夫だって、ここにはオレもミラニもいるし。もしその人が何かしようとしても、何もできねえって」


 団員が少し焦ったようにミラニを見る。
 すると、彼女は軽く頷き連れてきてもいいという許可を与える。


「……分かりました。では少々お待ち下さい」


 そう言うと団員はその場を後にする。





 その人は間違いなくカイバの母親だった。
 何故なら昨日カイバに教えられた人と姿が同じだったからだ。
 変装などもしてはいない。
 昨日視(み)た魔力と全く同じなので、完全に同一人物だという判断ができた。
 ただ一つ気になったのは、彼女が今日のカイバと同じように暗い表情をしているからだ。
 せっかく若くてネコミミ美女なのにもったいないと闘悟は思う。
 とてもではないが子供がいるとは思えない。


「いきなりこのような所まで押しかけて来て本当に申し訳ありませんでした」


 声を震わせそう答える。
 この場にいる者のほとんどが自分より遥かに身分が高いので委縮(いしゅく)しているのだろう。


「いえ、そのようなことは気になさらないで下さいです、カイバさんのお母様」


 クィルが恐縮している彼女を気遣う。


「ありがたいお言葉ありがとうございますクィル様。私はリールと申します。先にも申したようにカイバの母親です」


 深々と頭を下げてそのままの状態で言う。


「あの、それでオレを探していたんですよね?」


 すると顔を上げたリールは安心したように頬を緩める。


「そうです。会って頂いて本当にありがとうございます」
「いやいや、頭を上げて下さい! オレは平民です、カイバとも友達で……と、とにかく気軽に話して下さい!」


 こんなふうに美女から頭を下げられると、こちらが恐縮してしまう。
 リールは顔を上げると闘悟を見つめる。


「じ、実は……」


 言い難(にく)そうに顔を歪める。
 それを見た闘悟は助けるように言葉を放つ。


「……カイバのことですね?」


 その言葉を聞いて、リールはいきなり手で口元を押さえ、両膝をつく。
 その様子に皆が驚く。


「カイバを……うちの子供達を助けて下さい!」


 涙を流しながら必死に訴える。
 誰もが言葉を失ったかのように硬直する。
 その中で声を発したのはやはり闘悟だった。


「話して下さい。オレの考えが正しかったら急がなきゃならないですから」


 闘悟は安心させるように微笑みながら言う。


「……はい」
 
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