ワルキューレ
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第一幕その七
第一幕その七
「惨めな運命の女の下に訪れたその人に会えるのなら」
「どうされるのですか」
「最悪の苦痛にも辱めにも悩み耐えたことも心地良い復讐が消してくれます」
ずっと若者を見ていた。話をする間。
「私の失ったものを取り返し悲しみ嘆いたことも償われるのです」
「その時にですね」
「そうです。この聖なる人を見出せたなら、この英雄をこの腕に抱けたなら」
「喜びにあふれたその人を抱くのは」
若者もここでまた言った。
「その剣と妻が与えられる人ですね」
「その通りです」
「貴女と私を会わせてくれる聖なる誓いが我が胸に燃えています」
彼は言うのだった。
「私が常に憧れていたものを私にいつも欠けていたものを私は貴女に見出しました」
「私にですか」
「そうです」
ジークリンデをじっと見ていた。見ながら立ち上がる。
「貴方が恥辱と苦痛に苦しみ悩み」
「そして」
「追われる身であったとしても貴女が名誉を失ったとしても」
語られるものは決して明るいものではない。しかしそれでも彼はそこに明らかな希望を見出している言葉を今出しているのであった。
「今や喜ばしき復讐が我等に微笑んでいるのです。聖なる悦びに身を委ね私も声を立てて笑いましょう」
声は次第に高らかなものになっていた。
「気高きこの女性を抱き貴女の心のときめきを聞きましょう」
「あっ」
ここでジークリンデは何かを感じ取った。
「誰か来たのですか?」
辺りを探す顔で言うのだった。
「それとも出て行ったのですか?」
「誰も出て行ってはいません」
若者はそうではないというのだった。
「ですが入って来たものがあります」
「入って来たものですか」
「春です」
それだというのである。
「春が部屋の中で微笑んでいます」
「春が今ここに」
「冬の嵐は過ぎ去り快い月となりました」
彼は語りはじめた。
「柔らかな光に包まれ春は輝いています」
「春は」
「優しい風に乗り身も軽く愛らしく」
ジークリンデに対して語りはじめた。
「魅惑を生みながら春は揺れています。森や野を越えて春の息吹が拡がり」
言葉は続く。
「その眼差しは全てを輝かしく照らしてくれます」
「春が」
「小鳥の楽しい歌は甘く響き快き香りを大気に満たします。暖かい血潮は美しい花となり生ある力は芽となり蕾となるのです」
「命になると」
「そうです。優しい剣でこの世を征服します」
それこそが春だというのだ。
「我々ち春とを分かとうとする扉お冬の嵐も春には適わず春は妹の下へ飛んで行きました」
「妹ですか」
「そう。愛の下へ」
そこだというのだ。
「愛は春を誘い寄せ私達の胸に深くその身をひそませました」
「私達の中に」
「その通りです。そして愛は楽しく光に笑いかけてくれます」
さらに言葉を続けていく。
「花嫁である妹を兄は自由にしたのです」
「妹をですね」
「兄、即ち春は」
兄と春が同じになっていた。
「彼女と兄とを隔てていたものは今や砕けて横たわっています。そして若い二人は今巡り合ったのです」
「その二人は」
「愛と春とは結び付けられたのです」
「その二つがですか」
「そう、今ここに」
ジークリンデを見詰めて。最後まで言い切ったのだった。
「春がです」
「寒い冬の日々に私が憧れていた春こと貴方でした」
ジークリンデも応えて言った。
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