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ヴァレンタインから一週間

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第20話 有希の任務とは?

 
前書き
 第20話を更新します。

 次の更新は、
 6月9日。 『蒼き夢の果てに』第63話。
 タイトルは、『龍の巫女』です。

 その次の更新は、
 6月13日。『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』第6話。
 タイトルは、『顕われたのは黄泉津大神の眷属ですよ?』です。
 

 
 見慣れたコタツと、昨夜より外からの視線を遮るように配置された有り触れたレースのカーテン。その外側には厚手のシンプルな花柄のカーテンがその存在を強く主張している。
 そして其処から視線を転じると、以前の彼女の部屋には存在して居なかった薄型の液晶テレビが、俺の背後の大き目のテレビ台の上に存在していた。

 しかし、それだけ。この部屋はその主に相応しく、余計な装飾品の類が存在しない……。その主人の如く未だ何色にも染まってはいない、真新しい白を基調とした空間がただ広がって居るだけの部屋で有った。

 今夜で三回目の夜。いや、この部屋で過ごすのは初めてなのですが、何故か、外出から帰って来た時に、本当の我が家に帰って来たような気分に成るのは、俺が彼女の雰囲気に慣れたのか、それとも、彼女の部屋が俺の()に染まったのか。
 いや、これは間違いなく、有希の部屋が俺の気に染まっていると言う事でしょうね。

 何故ならば、この部屋の主は有希。そして、一時的とは言え、その彼女の主人格と成って居るのは俺。
 更に、この部屋の精霊はすべて俺が支配下に置いて居ます。

 つまり、法的、人間レベルではこの部屋の主人は有希ですが、
 霊的存在の目線から言うと、この部屋の主は俺。
 そして、気分と言う物は雰囲気。雰囲気と言うのは霊的な部分に支配される物ですから、外から帰って来た時に、この部屋が自らの家のような気分に成ったとしても不思議では有りませんから。

 微かに洗い髪の香りを周囲に漂わせながら、少女は、本日、図書館から借りて来た重厚な装丁の書籍に視線を送って居る。
 室内は炎の精霊に因り心地良い気温が保たれ、静かな真冬の夜と合いまって、この部屋は非常に落ち着いた雰囲気に包まれる世界と成っていた。

「なぁ、有希」

 必要最小限の家具しか設えられていない部屋故に、妙にエコーが掛かった声でこの部屋の主人に声を掛ける俺。
 時刻はそろそろ今日と明日の境界線を示す時刻。尚、今晩から俺は彼女と同じ寝室で眠る必要などなく、客間として使用される和室に布団を敷いて眠る事と成る予定と成って居ます。

 普段通り、俺を真っ直ぐに見つめる事に因って答えと為す有希。これは、俺の話を聞く準備は出来ている、……と言う彼女の言葉に成らない答えの形。
 それならば、

「オマエさんの造物主。情報統合思念体について話して貰っても構わないか?」

 一番聞きたかった内容について問い掛ける俺。
 当然、高次元意識体らしい存在と言うモノにも興味が有りますし、更に、彼女の造物主と言う存在についても非常に興味が有ります。

 それに……。

 確かに、三年前の事件を見逃した事については、地球の人類に取っては問題が有りますが、それは地球人から見た時の評価で有って、思念体の側から見た場合は、地球人の理由や倫理観など意味を持たない物のはずです。
 つまり、最悪、我々の世界が滅ぼうとも彼らには関係がない、……と言う事ですから。
 それならば、その情報統合思念体が何故、長門有希と言う名前の人工生命体。和田さんが言うには対有機生命体接触用人型端末と言う存在を送り込んで来たのかを知らなければ、彼女の未来に掛かった暗雲を払い除ける事は非常に難しいと思いましたから。

 ほんの一瞬の空白。

 そう、これは明らかな動揺。そして、少なくない拒絶。本来なら、この手の雰囲気を発する相手には、それ以上の問い掛けを行わないのが俺の流儀。
 理由は簡単。これ以上、俺がその相手の内面に踏み込んで良いとは思えないから。

 ただ……。
 ただ、この事をちゃんと聞いて、俺なりの判断を下して置かなければ……。

 視線が俺と彼女の丁度中心点で絡み合う。何時もと同じように、俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返しながらも、視線に普段の力を感じさせない有希。
 彼女独特のペシミズムと言う雰囲気を放ちながらも、芯に何か強い物を持ち合わせていた彼女が、その瞬間だけ、何故か見た目通りのとても儚くて、精緻で壊れやすい存在のように感じられた。

 ゆっくりと二人の間に時間だけが過ぎて行く。
 そして、

「わたしの仕事は涼宮ハルヒとキョンと呼称される存在を観察して、入手した情報を統合思念体に報告する事」

 訥々と語り始める有希。メガネ越しのその瞳が放つ色は不安。更に躊躇い。少なくとも、普段の揺るぎない彼女が発して居る雰囲気ではない。

「わたしが、統合思念体の命令により何を為し、何を為さなかったのか、あなたには知られたくはない」

 何か、蟠りが有るのは確実な事が判る言葉を発した後、俺を見つめる有希。
 ただ、本来ならば、その部分も知った上でなければ、正しい判断を下す事が出来ない可能性も有るのですが……。

 もっとも、長門有希と言う名前の人工生命体の少女が自らの造物主に対して、蟠りを抱けるような性能を持った人工生命体だったと言う事で良としましょうか。
 何故ならば、異世界の存在で有る情報統合思念体に、地球世界のロボット三原則などが順守される謂れなどないはずですから……。

 但し、彼女に元々心が存在して居なかった可能性は否定出来ず、俺と式神契約を果たした瞬間に、心が芽生えた可能性もゼロではないのですが。

 何故ならば、伝承に語られる水の精霊には心が存在せず、唯一、人間の男性から愛を与えられた場合にのみ、心が誕生する。いや、相手の男性から愛と言う形の心が与えられると言われて居ますから。
 そして、彼女に刻まれたルーンは、水の精霊の娘を指し示す人魚姫と言う意味のルーン。

 そうして、今、俺が彼女に示して居るのは、

 強盗に襲われて身ぐるみを剥がされ、半死半生となって道端に倒れていた状態から助け起こし、傷口の治療を行い、家畜に乗せて宿屋まで運び、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで差し出したとされる、聖書に記載される人物の伝承。
 羅睺(ラゴウ)星事件が起こり、そのまま経過すれば座して死を待つだけであった長門有希と言う名前の人工生命体に手を差し伸べ、その後、刻まれたルーンの内容を読み、彼女の身柄を思念体から、水晶宮の方に預けてから元の世界に帰ろうとしている俺。
 まして、ハゲンチやノームが集めている貴金属を水晶宮の方に預けて置けば、彼女が生活して行くのに問題はない状態と成るはず。

 そう。俺が、今までに示し続け、そしてこれから先に、この目の前の少女に対して示し続けて行く愛と言うのは、聖書の中に記載されている善きサマリア人が示した『隣人愛』そのもの。

 そうなのですが……。

「細かく何を為したのかについて、話したくなければ、話す必要はない。
 ただ、俺の方は、有希が話したく無くなるようなマネを、情報統合思念体と言う存在が為すように命令して来る存在だと認識するだけ、やからな」

 取り様によっては、かなりキツイ台詞を口にする俺。
 しかし、更に続けて、

「そもそも、生殺与奪の権を完全に握られた相手。更に、自らの造物主からの命令を拒否出来る被創造物は存在しない。
 まして、俺が知りたいのは、その造物主たる情報統合思念体の事」

 俺の式神契約のように、相手の自由意思を尊重する存在ばかりでは有りません。いや、むしろ、それは少数派に属する考え方でしょう。
 その理由は、古来より、下克上。謀反。クーデターなどの所謂、飼い犬に手を噛まれる、と言う事態は、それこそ星の数ほど行われて来た事ですから。
 まして、その反逆を抑え込む為に真名で縛ったり、契約で抑え込んだりするのですから。

 そして、

「今、俺が有希に情報統合思念体の事を聞いている理由は、有希に刻まれた人魚姫のルーンの理由が思念体に有る可能性を考慮しているから。
 せやから、有希が今まで何をやって来たのか。これから先に、思念体からの命令で何をやらされるのか、などに大きな意味はない」

 何故ならば、この世界の未来は変える事が可能だから。

 そもそも、和田さんの言葉から、俺は水晶宮が情報統合思念体と言う存在を警戒していないと予想しています。そして、その部分を出来る事ならば、和田さんの口から説明される前に、有希からの情報から判断して置きたいのです。
 そうすれば、俺が羅睺(ラゴウ)星との戦いに赴く事を了承して貰い易く成りますし、俺が羅睺(ラゴウ)星と戦い、この西宮に残る伝承通り封印する事に成功した時に……。
 彼女に刻まれたルーンが消える可能性も有りますから。

 あのルーンを身体に刻んだままでは、彼女。長門有希と言う名前の少女には、何時までも光の泡と成って消えて仕舞う。そう言う類の不安が付き纏う事と成って仕舞いますから。

 少しの空白。外界から隔絶されたこの有希の部屋が今、静かにひとつの境界線を越えた。
 古い昨日が過ぎ去り、新しい今日が始まる境界線。

 そうして、

「情報統合思念体とは、銀河系から、全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない、超高度な知性を持つ情報生命体」

 ようやく、意を決したかのように俺が欲しかった情報を語り始める有希。
 そして、その内容は大体、俺の予想通りの内容で有ったのですが。

「それは、最初から情報として生まれ、情報を寄り合せて意識を生み出し、情報を取り込む事によって進化して来た」

 訥々と。ゆっくりとした彼女独特の口調で語られるその言葉は、まるで彼女自身の覚悟を示すかのように聞こえる。
 但し……。

「ちょっと良いか、有希」

 少し気に成った点が出て来たので、一度、彼女の説明にストップを掛ける俺。あまりにも一気に情報を入れ過ぎると、俺の足りない頭では理解するのがやっとで、疑問を浮かべる余裕すら無くなって仕舞いますから。

 俺の言葉に、微かに首肯く有希。これは、肯定。
 成るほど。それならば、

「進化と進歩の違いは当然、判って説明しているな?」

 確認するかのように問い掛ける俺。

 尚、俺の知識では、情報体の場合、進化と表現すべき状況は訪れない、……と思います。訪れるとすると、それは進歩と表現すべき状態。
 進化とは基本的には遺伝情報の種類の変化や、構成の変化を指す言葉。
 そして、進歩とは時間経過に伴い、何かしらの改善や改良が人為的に加えられる事を進歩と呼ぶと思うのですが。

 そして、先ほど有希が語った言葉の内容は、俺が思うに進歩の事。
 まぁ、確かに、最近は技術の進化と表現する場合も有りますから、一概に間違っているとは言い切れないのですが。
 それに、新たに取り入れた情報を、俺たち有機生命体……いや、珪素系生物に遺伝子が存在しないと決まった訳でもないか。生命体の遺伝子と同じ物だと仮定するのなら、情報体の進歩も、生命体の進化と同義語だと取っても問題はないのですが。

「上手く言語化出来ていない。其処に情報伝達の齟齬が発生する可能性も有る」

 有希が少し哀しそうにそう答える。
 いや、そんなに哀しそうな雰囲気を発せられても、俺としては、その情報の齟齬を発生させない為に問い返しただけなのですが。

「成るほど。つまり、その情報統合思念体と言う存在は、宇宙開闢と共に発生して、様々な情報を取り込みながら進歩を続けて来た存在だと、そう言う事なんやな?」

 取り敢えず、先ほどの有希の言葉と、昼間に和田さんが語った言葉を総合して、推測出来る情報統合思念体のイメージを有希に問い掛ける。
 但し、あらゆる情報を収集して来た割には、地球の言語の収集に関しては御座成りだったのですね、と問いたいのが本音なのですが。

 おっと。妙に皮肉屋の部分が表面に出て来て居るな。

 俺の問い掛けに、無言で首肯く有希。銀のフレームに反射する室内灯の蒼白い光も、まして彼女の精緻な麗貌も普段通りのまま。
 ただ、その彼女の発して居る雰囲気は、明らかに哀。

「それで、その情報統合思念体は、何故、有希を地球のような惑星に送り込んで来た。その涼宮ハルヒと、キョンの監視任務の為に」

 何故、水晶宮の代表が情報統合思念体を恐れていないのか。その理由の一端を、今の有希とのやり取りで少し掴めたような気がして来たのですが、それは未だ仮説の域を出て居ない内容なので、彼女に更なる問い掛けを行う俺。

「三年前の夏。この地球と呼称される銀河辺境の太陽系第三惑星表面に、他では類を見ない異常な情報フレアを観測した」

 成るほど。それが、一九九九年七月七日の夜に起きたキョンと涼宮ハルヒの邂逅に因る霊的な衝撃と言う事ですか。
 もっとも、我々人類に取っては、ユカタン半島周辺に落ちた巨大な隕石により恐竜を絶滅させるほどの気候変動を起こした災害並みの厄介事なのですが。

 地球上の生命体がすべて奴らに喰い尽くされる可能性も少なく有りませんから。

「その中心に居たのが、涼宮ハルヒで、それを誘発させたのがキョンと呼ばれる存在やった、と言う事なんやな」

 俺の問いに対して、これも首肯く事に因って肯定と為す有希。
 成るほどね。その情報フレアと言う現象が良く判らないけど、巨大な霊気。……と言うか、呪力の渦が発生したと言う事でしょう。

 和田さんが言うには、本来、進むはずの無かった未来に歩み始めているらしいから。これは、世界全体を巻き込んだ異界化。ここまで大がかりな事態は、今から七年前に起きた……。
 …………ん?

「有希。ひとつ質問なんやけど、その情報フレアと言うのは、地球上で過去には起きた事はないのか?」

 何か、重要な部分で情報に齟齬が存在して居る事に気付いた俺が、有希に対してそう問い掛けた。
 いや、其処まで明確な物では有りません。しかし、咽喉に引っ掛かった魚の骨のような感じで、少し気に成るのです。

 俺の問い掛けに、ゆっくりと。しかし、確実に首を縦に振る有希。そして、その時、彼女から発生した雰囲気は、虚偽を示す気配を発生する物では無かった。

 う~む。確かに、一九九九年当時に起きて居た地脈の龍事件の際の徳島は、事件が起きて居る場所すべてを結界に覆い尽くさせ、結界の内側の状況を外から伺い知る術はなかったはずです。
 それでなければ、上空を黄金色の龍や、その眷属の龍たちが飛び交い、呪いを帯びた真冬の嵐が吹き荒れ、霊装が施された自衛隊の最新装備が対八岐大蛇戦闘に投入される、などと言う異常事態を世界中の人間に知らせる事と成ったはずですから。
 そもそも、自衛隊の治安出動など簡単に認められる訳が有りません。

 まして其処には、ネオナチと、CIAの荒事担当の部署。そして、日本の公安の連中も出張って来て居て、収集の付かない大騒動と成って居たのですから。

 しかし、一九九五年に起きた闇の救世主事件の最後に発生した黙示録の再現。
 処女受胎から始まる救世主のクローン体を式神化しようとした連中の企みに因り、一瞬だけ誕生した偽りの救世主が発生させた呪が、世界中の魔物や妖物の封印を一瞬にして破壊して仕舞った事が有ったはずです。
 黙示録の再現。この事件を画策したと思われる存在の這い寄る混沌の目的は、最終的にはその部分。黙示録の世の再現に因り、すべての死者が蘇ると言う部分を目的にしていたのだろう、と言う推測が行われて来ましたから。

 そして、その事に因って後の事件。地脈の龍の封印が緩み、神として祀られていた地脈の龍が、再び荒ぶる龍八岐大蛇と成って、其処に八百年前に地脈の龍より切り離された怨霊安徳帝が関わり、日本全土を巻き込む騒動へと発展したのですから。

 つまり、ハルヒが起こした情報フレアと似たような現象は、十年、二十年に一度ぐらいの頻度ではこの地球上では起きて居ると言う事。そんなに珍しい事では有りませんから。

「有希。有希が情報統合思念体より造り出されたのは一九九九年七月七日の夜の事やな?」

 俺の問い掛けの意図を探るような瞳で見つめた後、それでも、コクリと小さく首肯く有希。
 その彼女が発する雰囲気も、当然、疑問符。

「それ以前。有希が誕生する前に、同じような現象が起きたと言う事を、情報統合思念体からは伝えられていないな?」

 何となく、俺の問い掛けの意図に気付いた風な雰囲気を発した後、有希は小さく。但し、強く首肯いた。
 成るほど。これは、もしかすると……。
 少なくとも、異世界からキョンやその他一名が顕われた事を水晶宮が掴んでいたとは思えません。それに、もし、その時に彼らが異世界からの侵入を掴んでいたのなら、その二人の接触を防ぐ為に動いて居たと思います。

 おそらく、水晶宮が事態に気付いたのは、その二人。ハルヒとキョンと呼称される存在が出会った後に起きた情報フレアと言う現象の方。
 そして、九五年に起きたのはその黙示録の再現だけでは有りません。その事件の始まり。一九九五年の未だ松の内が開けてから間もない時期に起きた時震と言う異常事態を、銀河開闢と同時に情報を収集する事に因って自らを進歩させ続けて来たはずの情報統合思念体が気付いていないと言う事は……。

 水晶宮が簡単に気付く事が出来た現象を、情報を収集する事に因って拡大して来た高次元意識体が気付いていない。
 どうやら、和田さんが情報統合思念体の事をさほど警戒している雰囲気がなかった事情が掴めて来たような気がしますね。

 但し、未だ俺自身が簡単に侮っても良い相手とは思えませんから、矢張り、俺が帰ってからの有希の事は、水晶宮の方へ頼んで置くべきでしょう。

「それなら、情報統合思念体は、一体、どんな目的で涼宮ハルヒとキョンの情報を収集していたんや?」

 それなら、次の問いはこの部分に関して、ですか。
 先ず、ハルヒの能力は、言霊に似た能力を示したと思います。
 そして、キョンの能力が名づけざられし者ならば、飛行能力。但し、情報生命体と言う存在に関しては、そんな能力を必要としている訳は有りませんから……。

「統合思念体は、自分たちが陥っている自律進化の閉塞状態を打開する可能性を、彼らに感じて居る」

 有希がまた不可思議な事を語った。
 自律進化の可能性。そもそも、自称を信じるのならば、ビッグバンと同時に誕生して以降、ずっと宇宙に存在し続けて来た生命体の何処に進化の可能性が有ると言うのです?
 まして、自ら制御を行うような行為を進化とは呼ばないと思うのですが……。

「つまり、情報統合思念体は、自らを進歩させる為の、何らかの新しい情報を必要として、ハルヒやキョンの監視を行ったと言う事やな?」

 どうも、有希の語って居る言葉の意味と、俺の知って居る言葉の意味に齟齬が生じている可能性は有るけど、一応、意味は通じているので今のトコロは問題ないでしょう。

 俺の言葉に小さく首肯く事に因って肯定する有希。
 そうして、

「涼宮ハルヒは自律進化の可能性を秘めている。おそらく彼女には、自分の都合の良いように周囲の環境情報を操作する能力がある」

 ……と答えた。おそらく、これは、俺がハルヒに感じた、『言霊』に似た能力の事を指しているのでしょう。
 但し、俺が思うに、ハルヒの持って居る能力は、言霊に似て非なる能力だと思いますが。

 それでも……。

 成るほどね。情報統合思念体の意図は大体判りました。多分、有希には明確には伝えられていないで有ろう、その目的と言うのは、少なくとも完全に見当違いと言う物ではないと思います。
 表面上はね。

「有希。良い事を教えてやろう」

 俺は、ゆっくりと、一言一句を区切るように話し始めた。
 これから語る内容は重要。そして、相馬さつきが、思念体の事を邪神だと言い切った答えに至る可能性も秘めている内容。

「キョン。次元移動能力を持って居る門にして鍵(ヨグ=ソトース)と言われる邪神は、魔術師や魔法使いの神だと言われる存在。その神性は次元移動能力」

 ここまでは問題がない部分。有希も、普段通りの表情を浮かべたままで、微かに首肯いて答えた。
 そして、

「ヨグ=ソトースとは、あらゆる時間と空間のルールを超越した存在。
 現在・過去・未来すべてに隣接し、あらゆる次元と接触していると言う」

 俺の不吉な言葉が続く。その俺の言葉に、何か思い当たる部分が有ったのか、有希の形の良い眉が、ほんの少し動いた。
 但し、俺が彼女に伝えたかったのはこの部分ではない。

「そして、ヨグ=ソトースとは『知識』を象徴する存在。ヤツに接触すれば、森羅万象。あらゆる知識を授けられると言う」

 情報統合思念体の目的。自らの自律進化に必要な新たな知識(情報)を得る事。この目的に、これほど合致したクトゥルフの邪神は存在していないと思います。
 そして、最後の部分。

「通常、ヤツは時空連続体の外側。すべてに隣接するが、何処にも行けない場所に追いやられていると言う。
 しかし、人間としての現身(うつしみ)を得た場合のみ、安全に交渉が出来る相手だとも、伝承では伝えられて居る」

 有希。そして、和田さんから得た情報から類推出来る情報統合思念体の目的を、俺は有希(彼女)に語った。
 確かに、この目の前の少女は、その情報統合思念体が造り出した存在。しかし、彼女を信用しない、と言う選択肢は今の俺には存在しません。

 もしも、これで俺が何らかの詐術に陥れられているのだとすれば、それはそれまでの事。
 俺の方に、人間の本質を見抜く目や、感性が無かったと言う事ですから、そのツケは自分が払えば良いだけです。

「情報生命体で有る統合思念体は、有機生命体とは直接、コミュニケートする能力を持たない。言語を持たないから。そして、人間は言葉を抜きにして概念を伝達する術を持たない」

 ゆっくりと、彼女は其処まで言葉を発した後、少し俺を見つめた。
 そして、

【あなたを除いて】

 ……と、【念話】で伝えて来る。
 これは、彼女が俺に対して気を使ってくれたと言う事。俺の事を人間だと、彼女が言ってくれたと言う事ですから。

 この言葉の瞬間に、俺の表情に浮かんだ笑みを、彼女の瞳は捉えたはず。
 しかし、その行為に対する反応は見せる事はなく、彼女はそのまま言葉を続けた。
 それまでの彼女と変わらない、抑揚のない彼女独特の口調で。

「故に、情報統合思念体はわたしのような人間用のインターフェイスを作成し、人間。涼宮ハルヒやキョンと呼称される存在とのコンタクトを計ろうとした」

 成るほどね。表面上は取り繕う程度の説明には成るな。

「それが、有希が思念体から聞かされた、自らが産み出された理由と言うヤツか?」

 少し考えた後、小さく首肯く有希。
 尚、その少し考えたような空白の間に彼女が発したのは不安。それは、おそらく俺が発した言葉の中に、苛立ちや怒りに似た部分を感じたから。

「人間と、高次元意識体とのコミュニケート方法は、古来より夢を通じて為される。
 神からのお告げ。夢の託宣。予知夢などと言われる形。アカシック・リーディングなどもここに分類出来る。
 まして、最近は、コンピュータ上の空間を介して接触を持たれる場合も多い。
 考えてもみろ、有希。ウェブ上で繋がっている相手が、確実に、現実の世界に存在している人間だと確かめる手段が、普通の人間に存在しているか?」

 その言葉を聞いた瞬間、有希に軽い動揺のような物が発せられた。
 この反応は素直な驚き。つまり、彼女はこの事実には到達して居なかったと言う事。

「それとな。ヨグ=ソトースとは有機生命体の女性との間に子を為す事が可能な神性だと言われている。この部分に、何か思い当たる事はないか?」

 ゆっくりと流れ落ちる時間。軽く、時計の秒針が二周は出来る時間が経過した後、かなり躊躇いがちに首肯く有希。
 そして、

 この話を開始した当初に俺をみつめていた瞳で、俺を見つめた。

「判った。有希の方に何か思い当たる部分が有るのなら、それが判っただけで充分。その細かい内容に関しては聞く必要はない」

 彼女の反応から推測すると、最初に彼女が語った俺に話をしたくない、と言う部分に繋がる内容だと言う事なのでしょう。
 それに、ひとつ、確実に判った事が有りますね。

「有希を情報統合思念体などと言う存在の元に帰す事は出来ない。それだけは確実と成ったと言う事やな」

 
 

 
後書き
 う~む。少し、キツイ表現が有るような気もしますが。
 それでは、次回タイトルは『真名』です。
 
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