戦国異伝
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第百二十三話 拝領その十三
「御主達が気に病むものではない」
「確かに。その通りではありますな」
その魏徴である平手も今は信長の言葉に頷いて述べる。
「殿の仰る通りでありますな」
「そうであろう」
「邪なる者は入られぬ場所でありますか」
ここでどうしても松永を見てしまうのだった。見ずにはいられなかった。
そのうえで信長にあらためて言った。
「ですな」
「わかったな」
「はい、では今は」
「このまま巡ろうぞ」
伊勢の中をだというのだ。
「このままな」
「さすれば」
平手も他の家臣達も頷く、そうしてだった。
織田家の面々は伊勢神宮の参拝を終えて岐阜に戻った、そしてその道中においてだった。
平手のところに羽柴が来た、彼はすぐにこう言ってきた。
「あの、宜しいでしょうか」
「何じゃ?」
「伊勢の社の中でのことですが」
「松永めのことじゃな」
「はい、それがしにはわからぬことでしたが」
「あ奴からは何も感じぬか」
「禍々しいものは全く」
そうだというのだ。
「これはそれがしがおかしいのでしょうか」
「おかしくはないわ」
平手もこう答える。
「別にな」
「ではよいのでは」
「御主だけはそう言うのう」
「松永殿は悪い方ではありませぬぞ」
彼と親しい、それは事実だ。
それで羽柴は平手にこう言ったのである。
「よくお話すればわかります」
「話す時に毒を出されるぞ」
「茶にですか」
「共に出される菓子なりにな」
とかく松永を心から信じていない平手だった。
「危ういぞ」
「それがしはそうは思いませぬ」
「信じておるのか、あ奴を」
「そうなりますが」
「わしは猿は知っておる」
平手は羽柴とは付き合いが長くまたそれは深いものだ、それで彼のことは知っていてそして言うのだった。
「御主は学はないが頭の回転は早く人も見る」
「いやいや、それがしは全く」
「まあ聞け、その御主が言うのなら信じるが」
平手は羽柴は信じている、だがだった。
また松永を見てそして言ったのである。
「あ奴はどうしてもな」
「信じられませぬか」
「蠍を信じる者はおらぬ」
毒を持ち密かに忍び寄る危険な虫、それはだというのだ。
「信じて寝ている間に、となるぞ」
「蠍はでございますか」
「信じられぬわ、三好家を見よ」
松永が中から食い潰したその家の名前が平手の口から出た。
「今や残っている者達が当家にいるだけじゃ」
「かつては近畿、四国に覇を唱えましたが」
「最早そうなった」
消え去ったというのだ、勢力としては。
「公方様や東大寺のこともある」
「到底でございますか」
「わしは信じられぬわ。そしてじゃ」
「他の方々も」
「信じられるぬ、とても」
こう言ってそしてだった。
「権六達も同じじゃ」
「権六殿は特にですな」
「あ奴は生真面目でしかも忠義一徹じゃ」
織田家、そして信長への忠義も深く強い。ただ剛勇だけを誇る者ではないのだ。
「その権六、他の者達から見てもな」
「松永殿は信じられませぬか」
「何かおかしなところがあれば言え」
すぐにだというのだ。
「よいな」
「そしてその時は」
「わしが成敗する」
そうするというのだ。
「必ずな」
「殿にお話したうえで」
「無論そうする」
平手もまた忠義の者だ、それ故にだった。
「そして殿からお許しが出ればな」
「その時に」
「あ奴を斬る、必ずな」
「ですが伊勢神宮でも何もありませんでしたが」
この国で最も聖なる場所であるそこでもだったというのだ。
「それを考えますと」
「あ奴に邪なものはないと思うか」
「違うでしょうか」
「どうであろうな」
「津々木とはまた違いまする」
かつて信行を惑わしたあの闇の衣の者とはというのだ。
「明るいと思いますが」
「どうであろうな、しかし伊勢で何もなかったのは事実」
「はい」
「それを考えるとか」
「特に邪な御仁ではないのでは」
「してきたことを考えればとてもそうは思えぬがな」
平手は羽柴の言葉に首を捻った、結論は出なかった。
そのうえで岐阜に戻った、この度の拝領は信長にとって非常に大きなものとなった。彼は満足して岐阜に戻ることが出来た。
第百二十三話 完
2013・1・26
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