ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode4 悟る真理の一角2
前書き
真理とはこういうものだと、自分は思う。割と本気で。
―――ゆっくりと目を覚まし、頭のそれを外す。
(慣れないな……)
それは、あの無骨でありながらそれでいて何とも言えない感慨を呼び起こすヘルメット型のハードウェア、ナーヴギア……ではない。あれと比較すると随分と華奢で、まるで装飾具のようにさえ見えるそれの名前は、『アミュスフィア』。
ナーヴギアの、後継機だ。
(やっぱりまだ、違和感あるよな……)
力を込めると壊れてしまいそうに思えるそれは、かつてのナーヴギアの『拘束具』の印象こそ弱まったものの、俺にとってはあまりにも貧弱で、命を預けるにはどうにも頼りなさを感じてしまう。まあ、そこには俺のナーヴギアに対しての忌避感の少なさも関係しているのだろうが、それに加えて。
(好みもあるけど、実際問題なぁ……)
ゲームのハードウェア、という点で考えれば、ナーヴギアの方が機能的にアミュスフィアに勝るのだ。それは延髄部で遮断する神経のブロックが強く、その分感じられる感覚が僅かに……しかし確かにクリアになのだ。勿論そのせいでブロッサムに負けた、とまでは言わないが、俺にはどうしてもその僅かの違和感が気になるのだ。きっと感覚の鋭い者……いや、あの世界の死闘を知る者なら、皆気づくだろう。
ちらりと脳裏に浮かぶ、『黒の剣士』や『神聖剣』、『閃光』、そして『彼女』の顔。
それを懐かしく思いながら目を細める。
いかんいかん。
「っと、こんな暇は無いな、メシ作んねーと……」
頭を振って買い置きのインスタントを見た、ちょうどその瞬間。
「……ん?」
ピンポーン、といういい音をたてて玄関口のチャイムが鳴った。時刻は、昼の一時をもう回っている。昼食には、やや遅い時間……なのだが。まさかと思いながらドアを開けた先にいたのは、やはりあの人だった。
「ぼ、牡丹さん、……こんにちは……」
「お待たせいたしました、御主人様。昼食を作りに参りました」
「……い、いつもいつもスミマセン……」
後ろに緩く結ばれた、やや茶色味がかった長髪。軽く一礼して、ぴしゃりと揃った前髪の下から切れ長の目を半眼に開いてこちらを見つめる女性…言うまでも無く、あの屋敷での俺のお手伝いを務めていた、牡丹さんだった。彼女は(或いは四神守の家は)どういう心境か、俺があの家を追放になった後も俺の元を毎日訪れてくる。
(……というか、なぜ俺がフルダイブから帰ってくる時間が分かるんだよ……?)
どうやら俺は一度真剣にこの部屋に監視カメラが隠されていないかを確認する必要がありそうだ。ここを紹介したのがあの伯父さんだということを考えると、もっと早めにそうしておくべきだったかもしれん。
「では、失礼致します」
行儀よく一礼して玄関をくぐった牡丹さんが、靴を脱いで家へと上がる。と同時に、両手に大事そうに抱えている可愛らしい丸型のヘルメットを靴箱の上に置く。ということは。
「……その格好のまま、電スクで来たんですか?」
「何か問題がございますでしょうか?」
大有りです、と言いたい。
というのも、彼女は四神守の屋敷にいたときと一切変わらない着物にエプロン姿。それでも大分アウトだろうが、これが某東京の一地域をはじめ全国で一部のお友達共に大人気の例のあの服装だったなら、ここらがちょっとした騒ぎになりかねんぞ。牡丹さん凛々しい系の美人だし。
「……では、昼食を御作り致します。十分ほどで出来ますのでコーヒーでもお飲みになりながら少々お待ちください。朱春様が淹れて、私に持たせてくださいました。あと、「体調に気をつけて」と、言伝を頼まれました」
「……ありがとうございます」
すらすらと口にした後、ちらりと部屋を見やって、勝手知ったる様子で台所へと向かう。
ちなみに俺が家を追い出されて以来、殆ど毎日牡丹さんが昼に食事を作りに来る……いや、来ていただいている……いやいや、来られているせいで、もうそこは完全に彼女使用にカスタマイズされており、とても一人暮らしの男の家とは思えないものになってしまっていた。
そう、一人暮らし。
俺としては母さんと二人で家を出たかったのだが、それは爺さんの命令で罷り通らず。
その代わりというかなんというか、俺の家には牡丹さんが来るようになったのだった。
◆
(なーに考えてんだろうなあ……)
コーヒーに口を付けながら、エプロン着の後ろ姿を見やる。一言も発さずに黙々と作業をこなし、台所……そしてさして広くは無いこの部屋まで響く包丁の音は、軽やかで美しいリズムを刻んでいる。流石は『お手伝いさん』なる職業人だけあり、家事スキルは一通り抑えてあるらしい。
毎日のようにやってきて作ってくれる料理はレパートリーも豊富で栄養面も見栄えも申し分なく、世の一人暮らしの男性諸君からしたらこの上ない贅沢だろう。通い妻、という単語が脳裏をよぎるが、無視を決め込んでおくとこに、俺は初日から決めていた。
深く考えてはいけない。
というか、考えなければならないことはもっと他にある。
(誰に命令されてんのやら……)
彼女の行動。
そこには必ず、誰かの意図が絡んでいるはずなのだ。
―――それについては、お答えできません。
牡丹さんは、最初に来た日、誰の指示かと聞いた俺にそう言った。「体を気遣ってやってくれ」との指示……というか、お願いをしたのは母さんだということは話してくれたが、ここに来た理由を始め肝心なことは「お答えできません」。所謂「禁則事項です」状態だ。
(牡丹さん本人の意思、じゃあねえだろうな……、或いは「神月」、「四神守」の家の理由か。はたまた爺さんや伯父さん個人の指示か……ね)
想像は、いろいろと出来るが、どれも確信は持てない。
そして、そこに何らかの思い……そして策謀が含まれているかどうかも、分からない。
分かるのはただ、「何かをされている」ということくらい。
だが。
―――ぐぐ~。
「……っ!」
「……もう少々お待ちください。もう盛り付けるだけでございます」
大きく鳴った腹の音は、しっかり台所まで響いてしまったらしく。
何の料理も出来ない俺は、最後にはこうして牡丹さんに頼るしかないのだった。
結局俺は、どこに行っても女性の押しには敵わないのである。
(俺は、というか……、男は、かな……)
一人の男を脳裏に浮かべつつ、俺は深々と溜め息をついた。
男というものは、すべからく業の深い生き物だ。そんな阿呆な悟りを開きながら。
◆
「ふぅ……」
ぐったりと椅子にもたれて天井を仰ぐ。家の天井では無いが、俺には家以上に随分と馴染みのある天井になってしまっている。しかしネカフェの天井に馴染みが深いというのも、それはどうなんだと思わなくはないが。
「いちいちここまで来るのも骨なんだがな……」
四神守の家を追放された俺は、移動費も最低限に抑えるために今まで使っていたバスでの移動を控えていた。といっても、流石にリハビリしまくっているだけあってちょっと歩いただけで息が上がる様な事は無い。
無い……のだが。
「向こうに比べると、やっぱ疲れやすくはなってるよな……」
というか、向こうの世界では『疲れる』ということが(全身全霊を込めての全力疾走をしたりしない限りは)システム的になかったように思う。つまりは、もともと生身の肉体にはあって当然のはずの『疲労』というパラメータの存在に戸惑いを感じていたのだ。いくらリハビリをしたところで、俺の体が人間のそれである以上「ゲームの世界のように、疲れを知らない超人の体」なんてものが不可能なことくらいは分かっている。
まあ、それは、今考えることではない。
使いなれたリュックを下ろし、ゆっくりと取り出すのは、……ナーヴギア。
一人暮らしをすることになるのであれば家に持ち帰って使うことが出来たのだが、毎日牡丹さんが訪ねて(しかも俺がフルダイブから帰った時を狙いすましたように)来るのではそれも出来ない。それに加えて。
「監視の可能性も、捨てきれないしな……」
用意された家が、玄路伯父さん……四神守の直系の用意した場所なのだ。あの時代錯誤の家のこと、監視カメラ、最悪見張りの数人は居ても不思議はない。一応その可能性を考慮し、外出時は尾行に気をつけてはいる……が、『索敵』スキルがあるわけでもない今の俺では完全に尾行を撒けている確信は無い。
『悪魔の機械』を未だに使い続けていることも、隠し切れているかどうか定かではないのだ。
「はぁ……」
大きく息を突き、額に手を当てる。
思ったより眉が顰められていた事に驚き、苦笑する。
―――考えても、答えは出ないなら、それでいいじゃないか。
―――見張られている? 上等だ、だからなんだ? 今の俺に、何か失うものがあるのか?
「たとえナーヴギアを取り上げられても、取材費で貰ったアミュスフィアだってある、か……」
無意識のうちにこなしていた接続の準備を終え、ギアをセット。
準備は、整った。
「リンク・スタート」
行こう。見張られることの無い世界へ。
俺の、行くべき世界へと。
◆
俺はこうして、日に二回のダイブをするようにしていた。
一度目は、家からの午前の数時間。これはモモカ・ブロッサムの二人との行商と銘打った観光活動。そして二度目は、午後リハビリを終えた後、喫茶店で一息ついたてからのダイブ。本当の目的……クエストをこなし、微かに感じるSAO世界の気配を探るための旅。
二人は俺が午前中しかダイブしていないと思って昼間はいないため、ついてこられる心配はない。俺は観光用の写真を取るという名目でクエストを受けつつのダンジョン攻略を繰り返して、体の感覚を養うとともに行商用の商品を仕入れていた。
そして、その結果分かったことが、二つほど。
一つは、この世界が……この世界の「クエストストーリーのクセ」とでも言うべきものが、SAOと酷似しているということ。そしてもう一つは、この世界のストーリー……「クエストのスタート地点」を作った奴は、間違いなく相当にあくどい性格をしているということだった。
そのことを知ったのは、ちょうどモモカ達に押し切られて同行を認めさせられた、あの日。
「面白いマント」の効果に、俺が首を傾げたことが切っ掛けだったのだが。
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