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少年と雷神

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第三章

「神々の酒を我等に注ぐのだ」
「宴会の時やお食事の時にですか」
「そう。そしてもう一つある」
 ここからが本題だった。ゼウスの顔がだ。
 急ににやけだした。そのことを隠さずにだ。そのうえでガニュメデスに告げたのである。
「そなたはその時以外はわしの傍にいよ」
「ゼウス様のお傍にですか」
「そうだ。常にだ」
 こう言うのだった。下心と共に。
「わかったな。常にだからな」
「わかりました」
 オリンポスの主に言われては断ることはできなかった。それでだ。
 ガニュメデスは一も二もなくゼウスの命に頷いた。そのうえでだ。
 彼は神々の給仕、そしてゼウスの愛人となった。それを見てだ。
 女神達の中でだ。大きく美しい目を持つ豊かな肢体を七色に輝く服で包んだ美女、黄金の豊かな髪を奇麗に整えた彼女がだ。こう周囲に漏らしていた。
「全く。あの人と来たら」
「はい、何と申しますか」
「美少年を攫って来てですね」
「今度は」
「確かに私は浮気には釘を刺したわ」
 この女神の名をヘラという。他ならぬゼウスの妻であり女性のこと、とりわけ出産と結婚のことを司っている。常にゼウスの浮気に悩まされていることで知られている。
 その浮気に釘を刺したのが他ならぬ彼女だ。しかしだ。
「それは女に対してだけだったわ」
「はい、あくまで私達にですね」
「それとニンフや人間達」
「あらゆる女達でしたが」
「女との浮気は絶対に許さないわ」
 これは妻としての嫉妬の他に彼女が司る女のことにも関わっていた。結婚の幸せは夫婦二人が愛し合うことであり浮気はそれを破壊するものだからだ。
 それに貞節だ。彼女が司っているものにはそれもある。神々の主自らが浮気をしてそれを汚しては話にならない。もっともこれはオリンポスの神々全般に言えることだ。
 だからこそ彼女は浮気を許さないのだ。しかしだった。
「けれどね」
「はい、浮気といいますか」
「その相手が男だと」
「何といいますか」
「ヘラ様もですね」
「私が司っているのは女のことよ」
 ヘラは難しい顔で言う。見れば非常に微妙な表情である。
 怒りたいが怒れない、言いたいが言えない、そうした顔だった。
 そしてその顔でだ。彼女は自分に仕える女神達に述べたのである。
「男のことはね」
「そうですね。司るものではありませんし」
「男同士のことになると」
「その。まあ」
「何といいますか」
「私はあの人が女に浮気をするのは許せないわ」
 このことは絶対だった。ヘラにとっては。
 しかしだ。その相手が女でないとなるとだ。これがどうにもだったのだ。
「何と言っていいのかしら」
「対処に困りますね」
「どうにも」
「お手上げね」
 遂にはこう言うヘラだった。
「この状況はね」
「では今回はですか」
「ヘラ様は何もですか」
「何をしていいのかわからないし」
 困惑が露わになっていた。
「それに何もできないわ」
「何もですね」
「結局のところは」
「ええ。本当に今回だけはね」
 相手が男なら。女性を司るヘラならばだ。
「何もできないわ。それに私にしても」
「ヘラ様にしてもですか」
「御自身のお気持ちとしても」
「浮気なのでしょうけれど。何かそうでもないと思えて」
 相手が女でないからだ。そう考えてしまうのだ。 
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