禁句
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第三章
いつもと同じ、そうしようと言うと彼もだった。
大人の夜の微笑を浮かべこう返してきた。
「じゃあそういうことで」
「最初は何を飲むの?」
「強い酒がいいな」
「ウォッカ?」
「カクテルもいいと思うけれどどうする?」
「じゃあ刺激的なのがいいわね」
「スティンガーにするか?」
スティンガーカクテル。ブランデーのカクテルだった。確かに飲んでいてくるものがある中々面白いカクテルだ。
彼はそれを言ってそうしてだった。
「それにするか」
「そうね。いいわね」
「最初はそれを飲んで」
「それからね」
「ビリヤードもいいな。それで後は」
「ええ、いつも通りね」
私達はこの日も夜を楽しんだ。そして朝になるともう彼は横にはいなかった。それで何もかも終わりだった。
お互いに大切なことは言わないまま終わった。私達の関係はそうしたものだった。
たしかにそれで終わった。けれどそれでもだった。
私は次の日もあのバーに来た。それでいつものカウンターの席に座ってそうしてカクテルを飲んでいるとバーテンダーが尋ねてきた。
「次は何を飲まれますか?」
「そうね。ここはね」
彼が私に言うのはこれだけだった。そして。
私もその問いに応えてカクテル、今はローズマリーを頼んだ。彼と何度か一緒に飲んだものを。
それを飲んでそうして思い出に浸る。何も言わないままだったけれど心は残っていた。その心の思い出を浸りながらこの店にいた。語り合わない束の間の関係を思い出しながら。
禁句 完
2012・9・4
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