ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Episode2 新聞
最前線でもかなり有名なショップだ。それこそラインナップは、実用的な武器から補助的なグローブまで。そして、前線であるからかなり値段も割高である…。
「えーと、シスイ…さん?」
俺との関係(年功序列的な意味で)がハッキリしない彼女に、俺は控え目に声をかけた。シスイが今物色しているブーツは、革製で簡素に見える割に値が張っている。
「ん、なにー?あと、呼び捨てにしてくれて構わへんよ」
「…高くないですかね、その靴」
「そんなことないよ。…君ってスピードファイターやんな?」
「はぁ…まぁ一応は」
「なんや、他人行儀やね?タメ口でええよ。はいこれ」
グイッと黒のスニーカーが差し出される。無言の微笑みに屈して即購入。こんな感じで既にTシャツ以外の装備が一新されている。
…コルの残高は、さっきキリトに助けてもらう前よりも少なくなっていた。
「じゃ、最後にグローブ!」
「え?…グローブなんているか?」
以前、グローブをした際にゴワゴワした感触が嫌で、それ以来俺は手に装備品を付けたことがない。そのため、シスイに講義の声をあげた。…本音はこれ以上の出費を避けたかったからであるが。
「いるよ。防御力はちょっとでも上げとくに越したことないやろ?」
「そりゃそうだけどさ…」
歯切れの悪い返事をする俺に、なんだかガチャガチャピカピカしたグローブが差し出された。
「どーかな!」
「いや、そのデザインはない…って高ッ!?ムリムリ、買えないよ!」
残金がほぼ無くなるそのグローブを受け取らず、押し返した。
「というのは冗談で、こっちでどないよ?」
「まぁ、これくらいならいいけどさ」
次に渡されたそれは、紺の指貫きグローブの甲に白い糸で刺繍が施されたものだ。
非常に薄っぺらいそれに手を通してみる。手に吸い付くようにフィットするそれは、防具としてはかなり頼りなさげではあるが、逆に手の動きを阻害することもない。
ついでに値段もすっごい安い。
「いいな、これ」
「やろっ!トータルコーデ的にもバッチリや」
笑顔のシスイに鏡の前に押し出され、改めて全身の装備の変わり様を見た。
まず、全体の色目が大きく変容している。さっきまで、茶色で全体にボサッとしたイメージのあった装備は深い蒼を基調にしたものに代わっている。さらに、グローブに施されている刺繍が上半身を包むハーフコートにもされていることが統一感を強くする。ズボンもキツすぎず、ゆったりめ。靴もこの世界に来てからずっと履いていたブーツより、《向こう》で履いていたスニーカーの方がしっくりくる。
全身が一色だとあれだが、コートから覗くシャツは白だし、スニーカーは黒だし、グローブは紺だしで全体にいい感じにまとまっている。
「うん、いいと思う」
「せやろ!じゃあ店出よっか」
先行して店を出るシスイに、支払いを済ませた俺も続いた。
手持ちのコルは少なくなっていたが、いい買い物をしたという感覚が強かった。それに、俺自身今の恰好を気に入っている。
「どう?いい感じ?」
「あぁ、ありがと」
「カイトの髪の毛見たときにな、濃い蒼で合わしたらいいなって思てんよ!」
興奮気味に語るシスイを見ながら、自分の髪を触ってみた。癖もなくペタッとした襟足長めの髪を、現実の黒から今の紺に変えたのはそれなりに前だ。自分の意志で変えたにもかかわらず、妙に慣れられずにいた髪色だが、今なら素直に受け入れられそうだ。鏡を見たときになんとも思わなかったのがその証拠。
ただ、ここまでバッチリ仕上げてくれた相手が、今日会ったばかりだということに疑問が残らないわけはなかった。
「ま、色々助かった。けど、なんで助けてくれたんだ?」
素直な俺の疑問に、前を歩いていたシスイが踵を軸にクルッと振り返る。
「人助けが好きやから…ってのはどう?」
「いや、似合わない」
俺の答えにシスイの顔に苦笑が浮かんだ。シスイが小さく舌を出す。
「バレたか。…うちな、新聞書こうって思うてるんよ」
飛躍した答えに首を傾げながら、視線で話の先を促す。
「この世界って、娯楽とかあんまりないやんか?だからな、ちょっとでも普通に生活出来るように、新聞作ってみようかなって」
「…新聞って普通の生活に必要か?」
「他の人は分からへんけど、うちは《こっち》と《あっち》が何が違うって聞かれたら、真っ先に『新聞がないです』って答えるから」
そういって屈託なく笑う。なんだか見た目と中身が一致しなくて、頭が混乱してくる。
大人っぽい外見の割に、発想の単純さや行動の安直さが子供っぽい。
「だからな、前線とかこの世界をよく知ってる人に知り合いが欲しいんよ」
「なるほど、新聞を書くにあたって情報源が欲しいと」
「…なんやその言い方やと、うちがカイトを利用してるみたいや。そんなつもりないんよ?」
困ったような顔をするシスイに、手を左右に振って否定の意を示す。
「俺なんかで良かったら手伝うよ」
「ホンマか!良かったぁ」
シスイの顔に笑顔が戻る。少し大袈裟なくらいホッとしたような表情をする。
「そんな大袈裟な」
「そんなことないよ!だって君が協力者第一号やし」
これは意外だった。こんなグイグイ来るシスイのことだから、他にももっと協力者がいるものだと思った。
「《攻略組》の人達って、なんかピリピリしとるよね。だから声、掛けにくうてな」
「そっか。…あれ、俺は?」
「カイトはなぁ…人畜無害な感じ」
「それって褒められてるのか?」
女性に人畜無害などと言われていては、我ながら男としてどうかと思う。悔しくは全くないが。
実際その通りなのだと思う。俺が大体どんな人とでも知り合えるのは、その人にとって俺は利益にならなくとも不利益にもなりえないからなのだろう。
若干卑屈な考えに頭を支配されかけていた俺の顔をシスイが覗き込む様にした。
「気ぃ悪くさせたか?」
「いや、大丈夫」
「さよか。なぁ、カイトは今から迷宮区に行くん?」
問われ時間を確認する。ちょうど三時を回った頃だ。朝からサラマンダーを狩りに行っていたことを考えると妥当な時間だし、このまま宿に帰っても良さそうな時間。だが、
「あぁ、せっかくだからこの装備を試してみたいしな」
そう答えた。嘘偽りはない。普通、新調した装備はいきなり実践投入してはいけないが、剣自体は変わっていないし、この装備ならなぜか行けそうな気がする。
「無理したらアカンで?」
「母さんみたいなこと言うなよ」
「ちょ、母さんはヒドない!?せめてお姉さん!」
「はいはい。じゃあ、またな」
シスイに手を振り歩き出した。新しくなった装備のおかげか、迷宮区に向かう足取りは軽かった。
ページ上へ戻る