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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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五十二 警告

森とはなにか。

自生または植えられた高木から成る所。密生した樹木、或いは林木と林地の成立によって形成される場所。
だが此処は地上ではない。地面でもない。

大地から遠く離れた櫓。屋根上の紫の匣に押し込められた木々はその生命力をもてあましていた。太陽の光すら遮るほどの樹木が匣内部を覆い尽くしている。
紫の結界に封じられた森は幾重にもうねり、絡み、そして彼の人を捕らえていた。

里の長―――三代目火影・猿飛ヒルゼンを。



「忍法【口寄せ】……」
奥からくぐもった声がする。森に囚われていた彼は自らを縛る大木に己の血を擦りつけた。

「いでよ…っ! ――――猿猴王・猿魔!!」

弱々しくも力強き声が高らかに響く。刹那、ヒルゼンの身を締め付けていた樹木が一斉に砕けた。白煙と同時にヒルゼンの戒めを解いた彼は、大蛇丸の姿を認めると目を細める。

猿猴王・猿魔。呼び出したヒルゼンと共に数々の戦をくぐり抜けてきた歴戦の猛者。三代目火影の片腕に相応しい彼は燦々たる戦歴を持ち合わせている一方、主同様老けていた。
自由となったヒルゼンを横目に、猿魔は開口一番苦情を言い立てる。

〈憐れだのう、猿飛。あの時に殺しておかぬからだ〉
「今がその時だ」
〈へっ、もうおせえよ…〉

頭を振りつつもヒルゼンに従い、猿魔の姿が煙に捲かれる。金剛の硬度及び伸縮自在の如意棒へと変化した彼を、ヒルゼンは容易く振り回した。襲い掛かる初代火影・二代目火影を一蹴し、大蛇丸が佇む土俵へ降り立つ。

金剛如意棒を構える師に対し、元弟子は薄く笑みを浮かべた。「やっと面白くなってきたわねぇ…」と冷笑すると、息を大きく吸い込む。


「【万蛇羅の陣】!!」

ぱかりと開いた大蛇丸の口から、おぞましい数の蛇が這い出でる。無数の蛇は空を架す虹のように弧を描き、ヒルゼンの許へ押し寄せた。何万という蛇の大群がヒルゼン一人を埋め尽くす。通常の人間ならば鳥肌が立ち、そして成すすべなく生き埋めになるに違いない。
圧倒的な数で織り成された蛇の荒波は標的を呑み込まんと大きく口を開いた。


だがそれは、金剛如意棒の前では意味を成さない。



やぐら上を覆うほどの蛇山。しかし次の瞬間、山は切り崩された。

嵐の如き風が蛇を浚い、そして空高く舞い上がらせる。台風の中心にてヒルゼンが如意棒を振り回したのだ。金剛如意棒にて吹き飛ばされ、大半の蛇が掻き消える。


一瞬で蹴散らされる蛇の大群。その大部分が瞬く間に跡形も無くなった事に、大蛇丸はチッと舌打ちした。初代・二代目火影に目で合図を送る。

大蛇丸に従い、初代が背後から襲い掛かった。だがそれを見越して、ヒルゼンは軽く跳躍する。かわし様に起爆札を初代の足に仕掛けたと同時に、今度は二代目の蹴りがヒルゼンの身を襲う。
なんとか身体を捻り、二代目の片腕を掴む。その際、さりげなく起爆札を貼り付けると、大蛇丸目掛けてヒルゼンは二代目を放り投げた。不意を突かれた大蛇丸が危うくかわしたその瞬間、金剛如意棒から手が伸びる。ぎょろりと光る猿魔の眼。
頬を掠める。大蛇丸の顔面を狙った猿魔が眼を細めた。自らの鋭い爪を訝しげに見下ろす。


反撃に出ようとした大蛇丸の傍らで爆発が起こった。先ほど避けた二代目の腕が起爆札により吹き飛んだのだ。再び爆発音がし、大蛇丸の視線が初代に向く。足を吹き飛ばされた初代の傍で起爆札の切れ端と塵芥がチリチリと宙を舞っていた。

「これで敵はお前一人だけじゃのう」
「それはどうかしら?」

使い物にならなくなった二人の手駒。それぞれ片腕と片足を失い、バランスを崩して倒れた初代と二代目火影を前に、大蛇丸は優雅に微笑んだ。

直後、起爆札ではなく、人の手足を象っていた塵芥が今一度人体として形成されてゆく。脆くて柔いが、けれど何度も立ち上がる殺戮人形二体に、ヒルゼンは息をついた。

(やはり【穢土転生】で縛られている魂自体をなんとかせねば…)
そう心中呟いて、ヒルゼンは大蛇丸を見据えた。その眼光には何かを決意したかのような強い輝きがあった。



〈おい、猿飛…〉
傍らで抱える金剛如意棒。猿魔に囁かれたヒルゼンは眉を顰めた。大蛇丸を凝視する。
顔の切り傷。猿魔が傷つけた頬の裂け目から覗き見えるのは、血などではなく新たな肌だった。

人の皮を被った何か。

「また誰かの顔を奪ったのか?」
ヒルゼンの突然の問い掛けに、大蛇丸は怪訝な表情で首を傾げた。長く艶やかな黒髪がさらりと肩に掛かる。
「【消写顔の術】。だがその人相はお前のものだ…―――まさか、」
対象者の顔の人相を奪い、自分の顔にする【消写顔の術】。てっきりその術を用いたのかと思い込んでいたヒルゼンが、ハッと眼を見開いた。

思い出したのだ。己の元弟子が何に執着していたのか。その為にどれだけの犠牲を出したのか。


「……おやおや。バレてしまいましたねぇ…」
自らの頬に手をあて、大蛇丸は困ったように苦笑した。だがその声音は決して困ってなどいない。むしろ気づいてくれた事に歓喜しているかのような風情が感じられた。

大人に褒められた子どもの如きあどけなさで、大蛇丸は顔に手をやった。ペリ…と大蛇丸の面立ちをした人の皮が破られる。


捲られた顔の下には、見知らぬ若者が微笑みを浮かべて立っていた。























掴まれた手は氷のように冷たい。暫し愕然としていた彼は、第三者の口から発せられた言葉で我に返った。

「死にたいのか?」

出会って早々、自身を詰る。我愛羅との戦闘に水をさされ、サスケは眉間に皺を寄せた。
「てめえ…」
掴まれていた腕を振り解く。突如介入してきた彼からサスケは距離を取った。後方の木へ飛び乗る。

「チャクラを無理に引き出しても碌な結果にならないと知っているだろ?それなのにまだ闘おうとするとは…理解に苦しむよ」
涼しげに佇む君麻呂。呆れを滲ませた面立ちでこちらを見据える彼を、サスケは負けじと睨み返した。

だが直後、顔を顰める。チャクラの使い過ぎで呪印が痛み出したのだ。首筋を押さえ、激痛の波に耐える。苦しむサスケを君麻呂はじっと見下ろしていた。

「一体、何しに来た…?」
「邪魔するなぁッ!!」
呻くようなサスケの問いと我愛羅の雄叫びが重なった。異形の手を君麻呂目掛けて振り翳す。いきなり攻撃してきた我愛羅を君麻呂は無表情で仰いだ。
立ち上る白煙と轟音。


寸前まで自身が立っていた大木をサスケは肩越しに振り返った。倒れ伏した木の上で我愛羅が視線を彷徨わせている。我愛羅を警戒しつつサスケもまた君麻呂を探そうと眼を凝らした。

「用があるのは、うちはサスケのほうだ。お前じゃない」
淡々とした声にハッと顔を上げる。何時の間に飛び移ったのか。サスケの瞳に映ったのは、傷一つなく佇む君麻呂の姿。それもすぐ傍の木の枝上だ。


「俺に用だと?………ッ」
ズキズキと増し始めた激しい痛みがサスケの身を襲う。疼き始めた呪印に、彼は堪らず膝をついた。
一方、自分に見向きもしない君麻呂を忌々しげに睨む我愛羅。対照的な二人を交互に見遣って、君麻呂は口を開いた。

「うちはサスケ。すぐ傍にお前の仲間が来ている。さっさと此処から離れろ」
「…ちょっと待て!お前、音だろ。なぜうちはサスケに肩入れする!?」
我愛羅とサスケの戦闘を戦々恐々と見守っていたテマリが慌てて口を挟んだ。同盟国である音の忍びが木ノ葉の忍びを助ける。裏切り行為だ、と言葉尻に非難する彼女を君麻呂は冷やかに見遣った。

「ならばそちらはどうなっている?砂瀑の我愛羅を里で暴れさせる手筈ではなかったのか?」
「そ、それは…」
言い淀むテマリを眼の端に追い遣って、君麻呂は今一度サスケを見た。呪印の痛みに耐える彼に一言、「警告だよ」と告げる。


「それ以上闘ったら死ぬ。勝手な真似をするな」
「…てめえには、関係、ない……」
「僕としてはお前が死のうがどうしようが構わない。だが…」
そこで言葉を切って、荒い息を繰り返すサスケを君麻呂は見下ろした。瞳を細める。



「それはナルト様の本意ではない」
その声音には隠しようもない嫉妬の色があった。








「「ナルトだと…ッ!?」」

我愛羅とサスケが同時に叫んだ。両者の驚愕をどうでもよさそうに眺めてから、君麻呂はサスケに疑問を投じた。
「なぜ大蛇丸様が呪印を与えたのか。その意味がお前に解るか?」
怪訝な顔をするサスケに構わず、君麻呂は言葉を続けた。自らが問い掛けた質問に対し、自ら答えてみせる。

「大蛇丸様は術の開発や修得に余念がない。やがてはこの世の忍術全てを知ろうとなさっている。だがそれには永い時が必要であり、人の一生では限界がある。そこで大蛇丸様は老いや寿命を克服する為に、ある術を開発された」
一度言葉を切って、君麻呂はサスケを一瞥した。未だ事情が呑み込めない困惑顔に内心溜息をつく。

「『不老不死』―――自身の精神を他者の肉体に入れ替える術【不屍転生】の術だ」
「……ッ、」
言葉の意味がじわじわと浸透してくる。ようやく大蛇丸の意図を理解し、サスケの眼が大きく見開かれた。


「そして大蛇丸様の新たな身体として選ばれたのが……―――お前だ。うちはサスケ」





沈黙がその場に落ちた。
己の名を呼ばれた彼は愕然と君麻呂を振り仰ぐ。その顔は硬い。まるで雷に打たれたかのような表情で狼狽した後、サスケは疑わしげに君麻呂の顔を窺った。

「…なぜそれを俺に教える?てめえは大蛇丸の部下だろーが」
「違う。僕はナルト様の為だけに動く」
サスケの言葉を即座に否定する。恥ずかしげもなく「ナルト様が僕の全てだ」と君麻呂は言い切ってみせた。


「ナルト様の命により――――うちはサスケ、お前は生きろ」



そう言うや否や、サスケの懐に飛び込む。呪印のせいで動けぬサスケは君麻呂に不意を突かれ、意識を失った。倒れ伏したサスケの首元を押さえる。
サスケを足下に、君麻呂は改めて辺りを見渡した。自らの戦闘相手を奪われた我愛羅が憤怒の形相で叫ぶ。

「貴様ぁッ!どけぇえええぇ!!」

迫る。怒り狂う我愛羅に、君麻呂はやれやれと肩を竦めた。気絶したサスケから我愛羅を遠ざける為、敢えて攻撃体勢に入る振りをする。迎え撃とうと身構えたその時、君麻呂の視界の端に金が映り込んだ。
(来たか…)
新たな来訪者の気配を察しつつ、君麻呂は我愛羅の攻撃を避けた。かわし様に囁く。

「砂瀑の我愛羅。ナルト様から伝言だ」
ピクリと我愛羅の眉が吊り上がった。確かに反応した彼の耳元で君麻呂は猶も言葉を続ける。

「何の為に存在し、生きているのか――その答えが知りたくば、波風ナルと闘え」
「…以前も同じ事を言っていたな。どういう事だ?」
「似た者同士だからだ。波風ナルはお前と同じ――」

次の君麻呂の言葉に我愛羅の眼が大きく見開かれた。同時に体内に潜む存在が微かに蠢く。


「人柱力だ」



その瞬間、我愛羅の瞳が波風ナルを捉えた。








気絶しているサスケを背に、キッと我愛羅を睨み据える。ようやく追いついた彼女達は荒い息を繰り返しつつも戦闘体勢をとった。

ナルと入れ替わるように、秘かに身を潜める。概ね計画通りに事が運んだ為、君麻呂はサスケから離れた。すぐさまサスケの傍へ向かったサクラにも気づかれずにその場を立ち去る。

我愛羅の興味の矛先がナルに移る。あのナルトが何度も口にした彼女の存在は我愛羅の気を引いた。
「そこまで言うなら教えてもらおう」
にやりと口角を吊り上げる。今の我愛羅の視界にはパックンもサクラもサスケも、そして何時の間にか消えた君麻呂ですら入っていなかった。

「…波風ナル、俺と闘え…ッ!!」
生きる理由を、存在の意味を、探し求めていた答えを知る。その為に。























「その身体…何人目じゃ?」
「二人目…ですかねぇ」

大蛇丸から【不屍転生】の術について聞いたヒルゼンは昔の事件を思い出していた。


かつて木ノ葉の里で続出した、下忍から中忍果ては暗部の行方不明者。その犯人が自身の愛弟子である事実を今でもヒルゼンは信じたくはなかった。しかし彼は今ようやく、眼前で佇む彼の変わり様に理解したのだ。

全てを知り尽くす。子どものように純粋であるが故の変化。知りたいという欲求が生み出した現在の状況。
人が踏み越えてはならぬ神の領域。その禁忌に大蛇丸が一歩足を踏み入れてしまったのだと。

真理を追い求めた結果が是か、とヒルゼンは憐憫の眼差しで彼を見据えた。
どこから変わってしまったのか。どうしてこうなってしまったのか。


(…いや。今からでも遅くはない)
心中自分に言い聞かせるようにヒルゼンは呟いた。幾ら姿形が変わっていようとも目の前にいるのは木ノ葉の三忍の一人であり、そして―――。

「でも貴方には……やはりこの顔ですかねぇ」

幼き頃の面影が残る、自分の大事な教え子なのだから。








「もう何をやっても遅い…。木ノ葉は滅びるのよ」
「木ノ葉の里はわしの住む家じゃ。火影とはその家の大黒柱として家を守り続ける存在…。そして里の者は皆、わしの家族。家族がいる限り、木ノ葉は滅びぬ!」

影分身の術で三人に増える。師の突然の奇行に大蛇丸は目を細めた。昔と変わらぬ、切れ長の瞳を。
「やはり貴方は老いた…。残り少ないチャクラで【影分身】とは―――よほど死に急ぎたいらしい」
くいっと顎を動かす。大蛇丸に従い、二代目火影が印を結んだ。

「【幻術・黒暗行の術】!!」

闇に覆われる。結界の匣を喰い尽くしたかの如き暗闇は、ヒルゼンの視覚から光を奪う。
完全な黒に塗り潰された空間で、大蛇丸の囁き声が響き渡った。

「下らぬ戯言を…。貴方は木ノ葉という組織に、歴史の中の一時の柱に過ぎない。でも私は違う。私は未来永劫、この世に留まり続ける」
「憐れなり、大蛇丸。それがどれだけ苦しい道程か、解っておらぬ。それにな、里を抜けていてもお前は―――」
姿の見えぬ相手。だが大蛇丸には見えているのであろう。それを知っているからこそ、ヒルゼンは微笑んだ。暗い夜の中で。


「わしの大切な家族じゃ」



息を呑む声が確かに聞こえた。大蛇丸の動揺を察しつつも、ヒルゼンは印を結ぶ。
「お前は全ての術を知りたいのであったな。ならば教えてやろう」
かつて九尾のチャクラですら封印したとされる禁術。四代目火影が生み出した封印術を披露する。背後でおぼろげに浮かび上がったソレが、じゃりっと数珠を打ち鳴らした。

「師から弟子への、最期の訓えじゃ」


闇の中。何も見えぬ暗黒の世界で、死神が嗤った。
 
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