恐怖の重石
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第1部
プロローグ
第1話、0079、No.1
宇宙要塞ア・バオア・クーに背を向けて、漆黒の宇宙を機動するジオン公国軍のMS-06R1が、右手に持つマシンガンを構えた。
ザクのコックピットにある照準機がジムのコックピットの脇を捉えた瞬間、パイロットのケネス・オドネルは、当たれと祈るような気持ちで引き金を引く。
ザクのマシンガンが正確に作動して次々と弾丸を放ったが、それより一瞬だけ速く、地球連邦軍のジムは回避行動を取り始めていた。
弾丸の大半は遮るものなく宇宙の彼方に消えてしまう。ジムを捉えた数少ない命中弾も致命傷を与えるには至っていない。
ケネスは逸る気持ちを抑えながら、無茶苦茶な機動を取るジムを後ろから追撃する。
再びザクの照準がジムを捉えたが、ケネスはジムの動きを予想出来る機会を待つことにして、すぐには引き金を引かない。
ジムのパイロットはケネスに行動パターンを読まれないよう努力をしていたが、どんなに優秀なパイロットでも背後に敵を抱えた状況ではミスをし易くなるものだ。
案の定、我慢比べに挑んでいたケネスの前で、ジムの方向転換が一瞬だけ遅れた。
無論、ケネスはすかさずザクのマシンガンを発射して、ジムに複数の命中弾を連続して与えた。
被弾したジムはのたうちまわりながら部品を撒き散らし、コックピット付近からは炎を吹き出している。
敵パイロットの命を奪ったと確信したケネスは、引き金から指を離すと油断なく周囲を警戒しつつ、ゆっくりと深呼吸をする。
集中することによって研ぎ澄まされていたケネスの精神は、少しづつ緊張を解き、代わりに疲れを感じるようになっていた。
乱れた呼吸を落ち着けながら、ケネスは敵パイロットの腕を思い出していた。状況が少しでも違えば撃破されていたのは自分だったと心底思った。
あのジムは、ケネス率いるモビルスーツ中隊と地球連邦軍のモビルスーツ隊が交戦した際、真っ先に突進してきてケネスの中隊の06Fを一発で撃破して見せた。
ケネスの中隊の隊員の度肝を抜くような素晴らしいパイロットの手並みだったが、パフォーマンスに動じなかったケネスに先手を許すことにもなる。
とはいえ、ジムのパイロットもさるもの。ケネスの最初の一撃を避けただけでなく、機体の体勢を崩しながらも長時間にわたって抵抗してケネスを拘束した。
敵の部隊で最大の脅威を打ち取って一息ついたケネスだったが、ゆっくりと休息出来る状況ではないと思っていた。
ミノフスキー粒子の妨害により戦況は分かり難いが、それでもケネスの中隊に所属するモビルスーツが、地球連邦軍のモビルスーツ隊とミノフスキー粒子下の接近戦を繰り広げていることだけは明らかだった。
ケネスは休息を求める体からの欲求を振り払い、コクピットのモニターで近くにいるはずの僚機を探した。
一騎討ちの邪魔を排除する任務をきちんと果たしていた2機の僚機は健在であり、ケネスは安堵する。
すぐにケネスは僚機の06F2と06Fと合流しようと機体を動かした。
まず、経験の浅いパイロットの乗る06Fに接近して、同機と交戦しているジムに斜め背後からマシンガンを浴びせて撃破した。
「レント一等兵、良く頑張った」
「少佐、助かりました」
接触回線で真っ先に誉め言葉を掛けたケネスに対して、学徒兵という分類の新兵であるレント一等兵は、荒い息づかいをしながら礼を述べた。
「いや、私はアシストをしただけに過ぎん。あのジムは君の獲物だ。初陣で戦果とはついているなレント一等兵」
ケネスにしてみれば、レント一等兵のような新兵は戦力と期待していなかった。それが、長く敵モビルスーツを拘束して生き延び、ケネスに敵を叩く機会を与えたのである。十分に殊勲を受けるに値するとケネスは考えた。
「少佐、その、ありがとうございます」
「もっと誇って良いぞ……」
ケネスはそう言うと、モニターで別の小隊の危機に気づいて対応を思案した。
「私はラベア中尉の小隊の支援に回る。君は急いでモウル少尉に合流して欲しい。だが、決して無理はせず、少尉の敵の牽制に努めよ」
「了解です」
「その後は自分で判断するように少尉に伝てくれ」
ケネスはレント一等兵にそう命じるとラベア小隊の交戦区域に向かった。
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