ヱヴァンゲリヲン I can redo.
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第八話 Lovers Returned
第三新東京市から遠く離れた丘。そこに草木は一本も生えておらず、代わりに無数の鉄柱が規則正しく並べられていた。
その鉄柱の森の中に、一人男が立っていた。彼は足元を見つめながら、小さな声で語りかけていた。
「ユイ…私は決めた…」
ゲンドウはそう言って拳を握る。そして大空を見上げた。
「この世界を元に戻そう…そして、エヴァも、使徒もない、平穏の世界を造ろう…。自分自身の為ではなく、シンジ達の為に…」
目を瞑れば、今でも瞼の裏には自分に向けて微笑む愛妻の姿があった。
起動実験の直前かけられた言葉。
『もし私に何かあったら…シンジの事…よろしくお願いします』
「私は全く駄目な父親だな…。今までシンジを苦しめ、今もエヴァに乗せている」
サングラスを外す。夕暮れ前の、紫色の空が鮮やかだった。
その空が映る彼の目には、涙が湛えられていた。
「修羅になろう…」
彼女との別れを哀しむ目、しかしそこには未来を切り開くための決意が、しっかりと表れていた。
戦いは呆気なく終わった。ロシア軍も本気でエヴァに挑もうとはせず、損害が出た時点で退却を始めていた。
クレムリンは即座にEU大統領の身柄引き渡しを決定し、ロシア軍に取り残された大統領親衛隊は投降。今彼らは軍法会議にかけられている。
一方アスカは戦闘終了と共に帰投。建造中のプラハベースにて待機していた。
「ふう…あんまり手ごたえない戦いだったな…」
戦車相手にエヴァでは結果が目に見えている。エヴァを叩き潰そうとした爆撃機群も、EUROの戦闘機によってその大多数が落とされた。もとよりロシアは本気ではなかったのだ。
彼女はベッドに横になる。目を閉じると、あちこちから重機の動く音が聞こえてきた。まだ竣工していないプラハベース。このベースには彼女の滞在している職員用の宿舎と、アンビリカルケーブル、そして大型輸送機の発着が可能な巨大空港だけで、七・八号機建造用のドックなどは建造途中であった。
「この調子じゃ完成には二、三年かかるわね…。ったく、こんな調子でNERVに勝てるのかしら?」
アスカも既に知っていた。EURO支部が、本部との敵対関係に回りつつあると。彼女にとっては支部の中でも最大の勢力を持つEUROが、人類補完計画を企てる本部と対立することは望ましかった。
しかし戦力に問題がある。今EUROには自分の2号機一機しか所属していない。
七・八号機が建造されると言っても竣工はまだ先。
一方本部にはエヴァが二機。これからも使徒迎撃の名目で増やされるだろう。
しかもゆくゆくは初号機が覚醒する。
「初号機には黙ってもらわないと…」
彼女は冷たい声でそう言った。
それがニアサード阻止の為に不可欠だと、彼女は信じ切っていた。
ピピピピピピピ…
目覚まし時計がこの日五回目の仕事を始める。時計は毎朝思う。自分はホントに運が悪いと。何故こんなにも寝起きの悪い人間に買われてしまったのだろうか…。
時計は五分間続けて鳴り、止められなければ十分休んでまた五分鳴る。今朝もその繰り返し。既に設定した時間から、一時間以上も経っている。
「サトミ! 早く起きなさい!」
廊下の先のリビングからは、時計の主人の父親の声が聞こえてくる。今日は休日だから、と多めに見ていた父親も流石にこの時間になると文句を言う。
しかしまだ起きない。時計は五回目の務めを果たし、十分の休み時間に入った。これ以上仕事がありませんように、と念じながら。
「ったく…サトミは…」
「今朝は一段と酷いですね、伯父さん」
「まったくだ…」
父親が呆れるように呟くのを見て、父親とテーブルをはさんで向かい側に座る少年は笑った。
「早起きさえできれば、サトミは申し分ないんですけど…」
「君もそう思うか…私も同感だよ…」
父親は呆れて新聞をめくりだした。今朝の朝刊は、中東で勃発した地域紛争に関する記事で埋め尽くされていた。
「人同士で争いをしている場合じゃないはずだが…個の生命体である以上、仕方ない事か」
「人間は愚かですね…」
「でもそれ故に、人間は愛し合うのだよ。ヨウジ、君も覚えておくといい」
少年はそう言われて一つ頷いた。そして席を立つ。
「いい加減サトミを起こしてきます。これ以上時計が鳴ると、近所迷惑にもなるだろうし」
「申し訳ない…」
少年は一つほほ笑むと、リビングを出てサトミの部屋へと向かった。
「サトミの旦那は決まりだな…」
父親は隅に押しやられたスポーツ欄に目を向けた。
ヨウジ・カヤマ。14歳の日系アメリカ人の少年である。そして、NERV北米第二支部所属、エヴァンゲリオン4号機第一専属パイロットでもある。特徴は男には珍しく、背中まで伸ばした黒髪と、アメリカ人の父親譲りの緑色の虹彩。精悍な顔つきは、学校の女子たちに絶大な人気を誇っていた。
そんな彼がいるのは友人(同僚)の家。しかもその同僚の部屋の戸の前。父親に起きろと言われても起きてこない、その同僚を叩き起こす為に。
「全く変わらないなお前も…寝相がマシになった事は褒められるけど…」
彼に溜息をつかせる同僚の名前は、藤城サトミ。彼と同じ14歳だが、彼とは逆でアメリカ系の日本人の少女である。そして彼と同じく、NERV北米第二支部所属、エヴァンゲリオン4号機第二専属パイロットでもある。特徴は何と言っても14歳とは思えない大人びた体つきと、美しいブロンドの長髪。黄色の美しい瞳と大人びたルックスは、学校の男たちを虜にしていた。つまり、学校のヒロイン。
「藤城、入るぞ」
ヨウジはノックもせずにそんな彼女の部屋に立ち入る。いつものように整理整頓された部屋の風景がそこにあった。本棚には、何やら難しい表題のつけられた他言語の書物が並べられ、天井には世界地図が張り付けられている。そこには何の鮮やかさもなかった。
「無機質な部屋だぜ…もうちょっと鮮やかさを加えたらどうだ?」
先ほどサトミの父親と話していたときからは、完全に変わった口調で何かを思い出しながら語った。しかしベッドにうつぶせに眠るサトミは何の反応もしない。熟睡しているようだ。
ヨウジは次の仕事が来るかと戦々恐々していた目覚まし時計の頭を叩き、時計を恐怖から解放する。
そして、サトミに近づくと、金色の髪に包まれたサトミの頭を小突く。
「おい、藤城。朝だ、いや昼だ。もう起きろ。夕方からはシンクロテストだぞ~」
「う、うん…。カヤマか…。わかったから…もうちょっと…寝かせて…」
サトミは頭を上げてそう答えたかと思うと、首から力を抜いて再び眠りに落ちる。それを見たヨウジは渋い顔をした。
「ああ分かった…そこまで言うなら…」
彼の頭に考えが浮かぶ。ヨウジは、考えに従い、はだけた服の裾辺りに手を伸ばした。色白ですべすべの肌が見えている。
彼は一つ唾を呑みこむと、手をシャツの裾から服の中に滑り込ませ、胸のあたりに手を入れる。
彼の手に柔らかい感触がした。彼はそれを感じた途端、それを握って散々弄くり倒す。学校の同級の男たちが見れば「羨ましい…」と言って卒倒するような行為。
「早く起きろ~。じゃないと食っちまうぞ~」
勿論、サトミは飛び起きた。
「ちょっと!! 何やってんのよ!! さっさと離しなさいよ!! ってそこは! キャア!! 止め…アンッ!」
服の中に伸びる、ヨウジの腕を掴んで暴れる。しかしヨウジは二へ二へ笑いながら続けた。
「起きないお前が悪いんだぞ。今朝はしばらくこのままで…」
そこまで言ったヨウジの頬に、もがくサトミの膝が飛んでくる。
ガツンッ!!!
「アガッ!?」
ヨウジは吹き飛んだ。本棚に背中を叩きつけ、本やら地球儀やらが頭上から降ってくる。普段はクールな長髪の少年は、一瞬で伸びた。
一方、ヨウジをしばらく向こう側の世界に送った張本人は…
「ハァ、ハァ…。早く着替えよう…」
息と鼓動を荒くしつつ、くしゃくしゃになったベッドと自分の服を直していた。伸びている同僚をほったらかしにして。
夕刻─NERV北米第二支部、テストルーム。
04と書かれたエントリープラグが一本、液体に半分ほど使っている。外見こそ二本で使われている物と同じだが、中身は全然違う。
通常は二つしかないインテリアが、上下に二つ連なっている。それぞれに操縦桿があり、上のインテリアにはヨウジ、下のインテリアにはサトミ。二人とも同じ色のプラグスーツを着ている。
ダブルエントリーシステム。これが北米第二支部が秘密裏に進め、二人が被験者である新しいエントリーシステムだ。ダブルエントリーシステムでは、シンクロ率は多少落ちるものの、A.T.フィールドの強度、パワー、俊敏性などが格段にアップする。
また二人の乗るエヴァンゲリオン4号機ではS²機関の搭載実験も進められていた。S²機関を積んだダブルエントリーシステムのエヴァンゲリオン。これが完成すれば、日本が二機のエヴァによって維持していた世界のパワーバランスが、一挙に崩れ去るだろう。
よって、毎回の実験には支部長までもが見学に訪れていた。
「二人とももう上がってOKよ。今回もまぁまぁね」
実験担当の女性の科学者がそう言いつつ、モニターの中のヨウジに向かってウインクをした。
「そうでしたか」
ヨウジがにこやかな表情で返事をする。一方下のインテリアに座るサトミの表情はムカついている。
何故彼女がそんな表情をするのか、ヨウジは気づいている。
「第138定期シンクロテストをこれにて終了。シンクロ切断して」
「はい」
シンクロが切られ、周りの風景は鉄の壁に戻る。それと同時に二人はL.C.Lの中で溜息をついた。小さな気泡がプラグ内を登っていく。
「ったく…俺が他の女に声かけられたぐらいで嫉妬すんなって。藤城。仕事だろう」
ダブルエントリーシステムの他の特徴に、パイロット同士もエヴァを介してシンクロするという事があった。シンクロ中は互いの意識は繋がれ、相手が考えている事、相手の記憶が手に取るように分かる。
あの時、ヨウジはサトミがいじけるのが瞬時に分かった。最近こういう事が多い。
「ねぇ、カヤマ」
サトミは頬杖をついて話し始めた。ヨウジの方を向かずに。
「今日、ちょっと私の部屋に寄って」
サトミの様な美少女にこんな事を言われれば、普通の14歳の男子ならいろいろな事を想像する…。しかし、ヨウジは違った。
「わかった…」
そう答えた口調は、三十代か四十代、いやそれ以上の大人の男の様な物だった。サトミの口調も大人びる。
「ありがとう…」
L.C.Lに光が差す。ハッチが開き、作業員たちがプラグ内を覗き込む。
「早く上がろうぜ、葛城」
最後の漢字二文字は本人にも聞こえないほどの小音量だった。
後書き
見え見えの伏線…ですねwww
ページ上へ戻る