シャンヴリルの黒猫
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48話「第二次予選(1)」
『終――了―――!!!』
ざわめきが消える。今まで各フィールドを映していた画面が消え、ずらりと表が現れた。残った選手と落ちた選手の表のようだ。皆食い入るようにして応援していた人物の名を探していた。
「……あっ、いました! いましたよ、リアさん!」
「当然! 予選敗退なんて無様なこと、アッシュはしないわ!」
なんて言ってみるものの、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。アシュレイの勝利を我が事のように喜んでいた。
『結果を発表します。第1グループ合格者、19名。第2グループ合格者、20名。第3グループ合格者、17名。詳細は画面をご覧の上、ご確認ください。
選手の休憩と会場への移動の為、個人部門第二次予選は16回鐘からとなります』
モナの声に観客達は次々と席を立って出口へと向かっていった。クオリがそれを目で追っていると、横からユーゼリアが説明する。
「選手を迎えに行ったのよ。私達も行ってもいいけど……」
言葉を切ると、周りを見渡した。つられてクオリも視線をなぞると、人がいなくなった席にはすかさず立ち見席の客が入りこみ、どっしりと座っているのを目にする。
「席がとられちゃうのよね」
どうする? ユーゼリアが浅葱髪のエルフに訊くと、ガシッと手を掴まれた。思わず半歩引く。
(あれ、既視感?)
2日前くらいに立場が逆だったのをふっと思い出したユーゼリアだった。
当のクオリは遠い目をしたユーゼリアにお構いなく、キラキラと輝いた瞳を彼女に向けていた。
「わたし、そんな時に凄く役にたつ魔法知ってるんです!」
「誉めて誉めて」という期待に満ちた眼差しを前に、ユーゼリアは続きを促すほかなかった。気のせいかクオリの頭に三角形の獣耳と、尻からブンブンと左右に振れる尻尾が見えるような気がした。
「それはですね…まあ見ててください」
語尾に音符などが付きそうな調子で言うと、手を前に翳して小さく早口で呪文を唱えた。
「【我請う。数多生命支えし大地の君、今人形となりて大地の鉄槌を下さん】」
そして立て続けにもう1つの魔法を唱える。
「光に覆われし子らよ、消えよ。【神隠し】」
光属性上級魔法だ、と認識した時には体中は薄いベールで包まれたような感覚で覆われた。光の屈折率を変えて、他人の目に自分の姿が映らなくなる魔法だ。範囲指定魔法だから食う魔力は多くなるが、そこはかのエルフ。持ちうる強大な魔力の量にもの言わせて、上級魔法をこんなところで惜しげもなく使った。
気がつけばベンチにはクオリともう1人のユーゼリアが仲良く並んで座っていた。思わずぎょっとするが、肩を叩かれ向こう側が透けて見える2人目のクオリが説明すると、ほっと息をついた。
「ゴーレムなんです、あれ。驚かせてすみません。でもこれで席は確保されましたから、安心してアッシュさんを迎えに行きましょう!」
はぐれないように手と手を繋ぎ、人混みに飛び込んだ。
******
やれやれやっと終わったかと、15回鐘が鳴り終えると共に周りへの警戒を解いた。周りも同じらしい。うさぎを抱えている者はほっとして腰を下ろし、捕らえ損なった者はああ、と膝をつく。
あのあとアシュレイは、ずっと兎の首根っこを捕まえたまま木の上で時間を過ごした。途中数名に気づかれたが、一言も喋らせるまもなく用意していた胡桃を脳天に直撃、即行でお休みいただいた。
「お疲れ様でしたー」
どこからともなく現れたスタッフにフェアラビットを渡し、首にくくりつけられていた赤いリボンを手首に巻く。
彼らに先導されて、ぞろぞろとファイザルへ戻り始めた。
町に着くやいなや、待ち構えていた民衆の歓声に迎えられた。たかが第一次予選を終えただけでこの興奮である。本戦や決勝はどうなるのか、想像がつかなかった。ただ1つ分かるのは、アシュレイのその並外れた聴覚にかなりのダメージを与えるだろうということだ。今も頭がキーンと鳴っている。
次の集合時間と場所を言われると、その場で解散した。さてこの人の山からどうやって2人を探そうかと考えていると、どうやらその必要はないと考え直す。
「アッシュー!!」
「アッシュさん! お疲れ様でした!」
「おうおう、お迎えありがとさん」
2人の頭をぽんぽんと撫でつつ、まずはこの場を離れる。はぐれないように、また3人は手を繋いだ。ふと握っているアシュレイの左手首に結んである赤いリボンに気づいたクオリが、つんと彼のコートの袖を引っ張った。
「このリボンは何です?」
「ああ、うさぎの首にくくりつけられてたやつだ。これで二次予選のグループ決めが行われるらしい」
「もっと綺麗に結びなさいよ。あとでやり直してあげる」
アシュレイの反対側の手につかまっていたユーゼリアが、ひょいとその腕にしがみつく。持ち前の膂力で彼女の体を引きずらないよう持ち上げつつ、礼を述べた。
3人で遅い昼食を食べ終えると、再び別れ、アシュレイは1人集合場所へと向かった。
場所はまた屋外、だがそこは森とは違い、身を隠す所もない平野だった。位置で言えば、町を中心に森より西側にあたるところである。
時間は思ったよりもギリギリだったらしい。目印の赤いフラッグの周りには、既に多くの選手が集まっていた。皆体のどこかにアシュレイと同じ赤いリボンが結んである。
着いてまもなく。町から16回鐘が響くと、またスタッフ達が現れる。
「時間になりました。第二次予選を開始します。二次予選は単純、乱戦方式の勝ち抜き戦です! ここにいる選手は28人、うち10名、最後まで残っていた者を勝者とします」
ここまで言った時点で、多くの選手はバッと周りを確認した。強力な選手がいないかどうか、確認したのである。
一方全く動じなかった少数派は、恐らくBやB+ランカーなのだろう。自信に満ちた表情でスタッフの話を聞いている。
アシュレイもこの少数派だが、彼は単純に周りを見ても誰が名のある戦士なのかが分からないからだ。ふむふむとスタッフの言葉に耳を傾けていた。
「一次予選のように、また円形の結界を張らせていただきます。範囲は半径80m、強度は先ほどよりもありますが、上級魔法をなんとか耐えられるかどうかという程度のものです。あまり高位の魔法は乱射せぬよう、お願い申し上げます」
それでも持ち運び可能な小型(あるいは中型)魔道具で上級魔法を防げるというのは、随分高級なものなのだろう、と頭のどこかで考える。
「また、一次予選と同様、命に関わるような攻撃は禁止とします。結界の外には10人のギルドの高位魔道士が待機しています。戦闘続行不可能とみなしたら即結界外へ転移、医療魔道士に治療を施させます」
(つまり殺しちゃ駄目だが本気で行けよと)
「最後に、この戦闘の様子も会場に中継されています。頑張ってください。何か質問は?」
ひとりの槍使いが手をあげた。
「悪いが、その医療魔道士はどんなもんだい? 何人いる?」
「人数は8名、皆ランクB以上の人員です。余程のことが無い限り死に至ることはありません。また、明らかな過剰攻撃の場合、無断で守護結界を張る場合もあります」
槍使いは安心したらしく、片手をあげて頷いた。周りを見回して他に質問者がいないことを確認すると、後ろに待機していた魔道士達が一斉に詠唱を始めた。青白い結界が現れ、再び彼らと選手を分ける。
「開始は1分後です」
選手がバラバラに散っていく。結界を背に戦った方が有利だからだ。少なくとも、後ろからの不意打ちは有り得ないのだから。
この為に配備された“時守り”の少女が、緊張した面持ちで手元のぴかぴかに磨いた懐中時計を見つめていた。あたりは静かだ。そう遠くないところにある町の喧騒が、やけに大きく感じた。
少女が高い声で秒読みを始める。
「20秒! 10秒前……5、4、3、2、1、始め!」
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