トーゴの異世界無双
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第四十三話 ヒナ……君のママは怖いね……
ヒナことヒナリリス・イクス・ヴァウスは、貴族であるヴァウス公爵のれっきとした一人娘だった。
また、ヴァウス公爵は、ギルバニア王とも懇意(こんい)の中であり、家同士も古くからの付き合いがあった。
特にヴァウス公爵の妻は、あのニアノエル王妃と親友の間柄だという。
その話を聞いた時、闘悟は嫌な予感を感じた。
ニアは、闘悟が苦手としている人物の一人でもある。
そんな人と親しくしている人だとしたら、闘悟が警戒してしまうのも無理は無かった。
闘悟はあの時、ニコの制止を振り切ってでも逃げ帰ればよかったと後悔していた。
今闘悟は、椅子に座り、目の前に次々に出されていく料理を眺めながら、ヴァウス公爵とその妻の視線に耐えていた。
だが、ここに来て意外な事実も知り得た。
公爵というくらいだから、厳格な人かと思っていたが、外見はぽっちゃりしていて、酷く穏やかな印象を受ける。
その表情も優しそうな瞳を持って、興味深そうに闘悟を見つめている。
「まずは自己紹介からいこうかな。私はオルトロ・イクス・ヴァウス。よろしく頼むね」
「あ、はい」
「それで、こっちは私の妻、フレンシアだ」
紹介された女性は穏やかに笑顔を向けてくる。
フレンシアはそのままお辞儀をする。
凄く綺麗な人だった。
ヒナの容姿は間違いなくこの女性から受け継がれていると理解させられる。
整った顔立ちをしているが、どことなく幼い部分も感じる。
足元まで伸ばしているヒナとは違うが、肩まである銀髪の輝きは美しい。
そんな彼女に闘悟もお辞儀を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします。オレはトーゴ・アカジと言います。ヒナリリスさんとは……」
「はは、そんな畏(かしこ)まらなくていいよトーゴくん。いつも通りの呼び方で呼んでやってほしい。その方がヒナも喜ぶ」
「そ、そうですか? 分かりました」
「ところで、にわかには信じられないんだが、君は本当に異世界からやって来たのかな?」
オルトロの目がキラリと光る。
恐らくヒナから闘悟のことを前もって聞いていたのだろう。
「はい、証拠みたいなものは……この髪と目の色くらいですけど」
「うんうん、やはりそうか! ヒナには聞いていたが、実際に目にすると、綺麗なものだね!」
この世界では、黒髪と黒目は珍しい。
異世界人特有だからだ。
だが、綺麗だと言われたのはこれが初めてだった。
「それに、とても強いんだとか」
「ん……トーゴは……かっこいい……よ」
ヒナが闘悟の顔を見て言ってくるが、どうも気恥ずかしい。
「何でも、あのシュールベル卿の子息を、原型が無くなるまで踏みつぶしたとか」
おいおい、ヒナはどんな伝え方をしたんだよ!
というか原型が無くなるって、そんなミンチじゃねえんだからそこまでするかよ!
「い、いえ! 確かに勝ちましたがそこまで痛めつけてはいません!」
ここはさすがに否定しておくことにした。
このままじゃ、ただの鬼畜(きちく)野郎になってしまう。
「だが、勝ったんだね?」
「はい」
「プライドを……ズタズタにした……よ」
いやしたけどさ!
ここで言わなくてもいいんじゃないのかな!?
「いやはや、大したもんだよ」
オルトロは楽しそうに笑う。
周りの雰囲気が和やかになっていく。
闘悟の緊張も少し削られていった。
最初は、可愛い一人娘に纏わりつく男として、オルトロの鉄拳でも飛んでくるのではないかと覚悟してはいたが、どうやら彼からも歓迎されているみたいだ。
そんな考えをしてホッとしていると、オルトロが隣に座っている妻に目を向けた。
「ところで、どうしたのかな? 今日は随分(ずいぶん)大人しいが何か気分でも悪いのかい?」
心配そうに声を掛けるが、フレンシアは顔を伏せて小刻みに震える。
瞬間、闘悟は嫌な予感が駆け巡る。
「お、おいフレンシ……」
オルトロが声を掛けようとすると、フレンシアはいきなり席を立つ。
「あ~! もう我慢できないわっ!」
そう言いながら闘悟の方へ向かって来る。
物凄いスピードだ。
「はい?」
闘悟はいきなりのことに身体を硬直させる。
そして、フレンシアは闘悟を背後から抱きかかえるように両手を闘悟の胸に回す。
そして、闘悟の頬に自分の頬をくっつけて擦(す)り合わせる。
何が起こってるのか、闘悟は混乱する頭を必死に立て直そうとするが、あまりにも意外的な展開が許してくれない。
「あ~もう~! このスベスベの肌! 煌(きら)めくフワフワな髪! そしてこの優しい匂い! さいこ~!」
うん、この人は紛(まご)うことなきあの王妃様の親友だ。
絶対間違いねえ!
闘悟は王妃様に似たフレンシアを、自分が苦手とする人物だと格付けすることに成功した。
その様子を見てオルトロは呆れたように肩を落とすが、ヒナはムッとしている。
「ママ……ずるい」
為すがままにされる闘悟は、そんなヒナの言葉は聞こえてはいない。
「これこれ、フレンシア、もういいだろう?」
このままでは、いつまでもやっていそうなのでオルトロは制止をかけた。
「は~良かったわぁ~」
ぐったりしている闘悟をよそに、肌がテカテカしているフレンシア。
物凄く上機嫌だ。
「ごめんねぇ、トーゴくん! でも我慢できなかったのよ、許してね?」
ウインクをされるが、闘悟には顔を引き攣(つ)らせることしかできなかった。
「いや~最初に見た時から、お触りしたかったんだけど、娘の手前もあるし、我慢しようと思ったんだけど……できなかったわ!」
そんな明るく言われても。
できれば初志貫徹(しょしかんてつ)を貫いてほしかった。
「だって~こんな触り心地がありそうな男の子。触らないなんて、むしろ失礼よ! ね? トーゴくん?」
いやいや、むしろ触りまくるのが失礼なんじゃ……?
「トーゴ……触って……ほしい……の?」
ヒナがキラキラした目で見てくる。
自分も触りたくてウズウズしている様子だ。
これは危ない流れだ。
この流れを作ったのは誰だ?
こうなったらその元凶を滅ぼして……あ、フレンシア様か。
うん、滅ぼすの無理。
諦めた方が身のためだ。
「ほしくはないけど……別にいいよ……」
とほほって感じだよ全く!
すると、ヒナが席を立ち膝の上に腰を下ろしてきた。
「これで……いい?」
「あ、ああ……」
もう好きにしてくれ。
「うわ! ヒナってばだいた~ん!」
誰のせいだ誰の!
闘悟は叫びたい衝動をかろうじて抑え込んだ。
「す、すまないねトーゴくん。家内と娘が面倒かけて」
どうやら、この家でまともなのは家主のオルトロだけみたいだ。
恐らく彼も普段から大変な思いをしてるんだろうな。
主にフレンシア様のことで。
それからフレンシアは、自分の席に座ったが、ヒナは未だに闘悟の膝の上にいた。
「そうか、図書館の方にね」
オルトロが頷きながら話す。
闘悟はヒナと一緒に図書館に言ったことを話した。
「それで? 知りたいことは学べたのかな?」
「ある程度はですね」
「それは良かった」
ヒナを膝に乗せながら食事をとるという稀有(けう)な体験をして、食事は終わった。
さすがにこれ以上いたらクィルに怒られそうなので、お暇(いとま)することにした。
フレンシアは泊まっていくようなことを言ってきたが、さすがに断った。
若干ヒナが悲しそうな顔をして、メイド達の視線が突き刺さったが、また来ると約束をするといつもの表情をしてくれた。
ニコが言うには、凄く喜んでいる表情をしているらしいが、そこまで判別できるほどヒナとの時間は深くは無かった。
これから接していくうちに、彼女の感情の機微(きび)にも敏感になっていくかもしれない。
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