魔王の友を持つ魔王
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§34 撃墜されても死亡フラグになりはしない
「さっすが甘粕さん。まさか発信直前の飛行機に僕らを割り込ませるとは」
出発まで十分を切った飛行機に予約していない人間を捩じ込むなどといった荒業をこなしてしまう会社員の力量に黎斗は脱帽することしかできない。ウルスラグナの”風”みたいに権能のムダ遣いはしたくないから飛行機で帰る予定だったのだけれど、まさか空港について即出発できるとは。
「僕の代わりに降りた人、ごめんなさい」
穏便な方法で納得させて降りてもらったのだろう、きっと。そう思うことにしてさっさと飛行機に乗る。もう出発まで五分弱しかない。
「ホント、無理が通れば道理が引っ込むよなぁ」
「マスター、口動かす暇があったら急いでください。人様の迷惑になってます」
御尤も。のんびり話していると他の乗員の迷惑になってしまう。こんなことで他の人たちに文句を言われるのは真っ平ごめんだ。
「おっと、りょーかいりょーかい」
座席は簡単に見つかった。座って一息つく。ふと渇きを覚え道中で購入した飲料で喉を潤す。
「……ふひぃ。やっぱり小岩井はコーヒーだねぇ」
知人に勧められたのだが、確かにコレはいける。今まで飲んだ中で一番かもしれない。
「りんごもなかなか、良いですよ?」
苦笑いをしながらエルが答える。恐ろしい勢いでペットボトルの中身を空にしていく光景を目の当たりにすれば当然かもしれない。もっと味わって飲めばよいのにという思いと、そんなに好きなのかという呆れにも似た感情が交差する。ちびちび飲んでいるから、エルのペットボトルはまだ一割弱しか減ってはいない。
「飲み物のよくまぁそんなもたせられるねぇ……っと、絶景絶景」
微妙にふと、窓の外に目をやれば、次第に離れていく。徐々に上昇していく機体。さて、しばらくは優雅に空の旅行と洒落込もう。ビルの灯りを遥かな高みから見るのは、何やら自分がとても偉い存在に変貌した気がして嫌いではない。
「気のせい、か?」
「どうされました?」
ふと感じた、妙な気配。前にもこんなことがあった気がする。
「ん、なんか変なカンジがして」
「疲れているんじゃないですか? いくらなんでも旅客機内で喧嘩吹っかけてくる人はいませんよ」
エルの指摘は至極正論だ。テロでもない限り飛行機内部で事件など発生しないだろうし、その程度の相手なら大事になる前に瞬殺することだって黎斗ならば余裕である。心配する要素など皆無ではないか。
「怪我人や病人が発生したら少名毘古那神の権能で作った飲み物を飲ませれば一時的な誤魔化しは効くしねぇ。杞憂か」
妊婦に陣痛が来た場合はどうしようもないが、そんなものだろう。あとの事態なら”一応”対処は可能だ。もっともその後の記憶操作が非常に手間になりそうだが。全員の記憶を矛盾なく、自然に修正するというのは非常に難度が高く面倒くさい。
「そうですよ。そろそろ深夜なんですから周囲の迷惑にならないようにしてくださいね」
しっかりエルに釘を刺され、黎斗は軽く謝りつつ目を閉じようとして―――
「やっぱ違う!! この気配は――!?」
「マスターうるさ……!?」
悲鳴を上げる黎斗に迷惑そうな目を向けたエルや乗客は、直後異常な事態に気付く。機内の電源が一斉に落ちた。次いで、振動。カンピオーネの野生の勘とかそれ以前の問題でヤバいことがわかる。
「―――!!」
連鎖的に挙がるのは悲鳴にすらならない悲鳴の数々。空中を落ちていく牢獄は、一瞬にして阿鼻叫喚の渦に叩きこまれた。
「まずいか!?」
地表まで何mかはわからないが、乗客全員を救出しようとすると普通にやっては一人では十中八九無理だろう。見捨てるのは目覚めが悪いし、権能は温存しておきたかったのだけれどしょうがない。非常事態だ。
「歪め。我が名の下に刻を示さん」
周囲がスローモーションになる。否、黎斗の時間軸のみが超加速する。加速する時間の中で自分の影を倉庫と繋ぐ。まずは、エルを押し込んで入れた。
「ちょっと入っててな」
加速している黎斗の言を、もちろんその言葉をエルが理解することは無い。今の黎斗を認識できるものなどこの機内には存在しない。
「よっ」
強引に影内部にエルを投入する。まず、倉庫番を入手だ。民間人を逐次投入していくことにするのだが、時間加速が解除された時に一般人を上手にエルが誤魔化してくれることを期待する。
「次は、民間人ズだね」
旅客機内を、駆ける。一人一人に手刀を叩き込み、あるいは道術で意識を落とし。それらを影に投げ入れ続ける。個人荷物も同時に入れることを忘れない。幽世に送り込むことは一般人にとって致命傷なので、一人一人の身体に守りの呪法も刻み込む。耳なし芳一のように、全身に呪力のルーン文字を書き込むのだ。仕上げに四大天使の結界を張ってワイヤーで縛る。これを乗客回数分繰り返すのは流石の黎斗も時間がかかった。時間加速していなければ、まず墜落前に終わらせることは出来なかっただろう。
「時間外労働に残業手当欲しいわあぁもう」
一人でぶつくさと文句を言いながら作業を続ける。もっとも「好きでコレやってるんでしょ?」と言われたらハイその通りですとしか答えられないのだけれど。自分(とエル)だけなら権能なくても問題なく逃げられた訳だし。第一残念なことに、残業手当を請求しようにも請求先はどこにもない。黎斗が所属している組織は学校と福祉施設くらいだ。どちらにしてもこんなことを請求するのはお門違いと言うほかは無い。
「甘粕さんに掛けあうのは……悪いよなぁ」
くたびれかけた男に請求しようものなら彼の心労を更に増やすことになりかねない。なんかとっても申し訳ない。残業代は最悪レアメタルを大量生産して密輸なりなんなりでカバーしよう、と考えてこれではお金が手に入るだけで残業代とは全く関係が無いことに気が付いて愕然とする。
「っと、終わり!! あとは機長だけ……!!」
取り留めもないことを思いつつ手を動かした結果、スチュワーデス(今はFAというべきか)を含む職員全ても影に入れ、残るは機長室のみ。現実時間は十秒超えたかどうか、といったところか。
「ドア邪魔!!」
瞬間的にドアを粉砕し、その奥へ。機長も同様にして幽世へ送る。
「結界と縄で二重の防壁、更にルーン守護で大丈夫だと思うんだけど……」
一般人を幽世に放置など経験がないからどれだけ保つのかわからない。出来れば即解放してあげたい。いくら防御策を揃えても人間がどうなるかなど、試したことが無いからわからない。
「あぁ!! 大荷物忘れてた!」
トランクを始めとする別室に送られた大量の荷物。アレを探さねば。何処だ。
「ダウンジングマシン何処だっけ!?」
虱潰しに探すだけの時間はおそらくもう無いので、ダウンジングマシンを慌てて影から取り出す。さっき大量の人と荷物を入れたせいで倉庫が滅茶苦茶で取り出すのにとても時間がかかる。
「あぁ、もう!時間がないのに!!」
苛立つ黎斗の周囲にはアムリタにエリクサに栄光の手に賢者の石、ヒヒイロカネの塊に仙丹と、魔術師垂涎の品が並ぶ。オハンや村雨、レイピアなどの武具も転がり黎斗の蒐集品の公開会場と化している。その巨悪っぷりは、床に転がる武具の数々を適当な騎士に装備させるだけで世界最強クラスの騎士団が完成するほどだ。
「くっそ、某青タヌキが映画で秘密道具即出せない理由が良くわかる……!!」
あわや床が見えなくなる、という所でようやく目当ての物――オリハルコンのダウジング――を見つけ出す。
「よし!」
黎斗の影が突如広がり、蒐集品の数々をひとつ残らず呑み込んでいく。強引な仕舞い方だから十中八九倉庫は荒れているだろうが片づけはまた今度。今は荷物の回収が優先だ。
「こっちか」
ダウジングを片手に走り出す。目指す先は、すぐに辿り着く。壁は全て力技で強引に突破した。呪力強化万々歳。蹴るだけでドデカい穴が開く光景はもはやギャグにしか思えない。
「ここで全部か?」
影が広がり残すことなく荷物の数々を喰らい尽くす。最後にもう一回ダウジング。忘れ物が無いことを確認する。残りはもう、無い。
「さて、あとは脱出だな」
古代魔術で飛行機破壊も考えたが、痕跡を探られるのは困る。強大な呪力反応&旅客機墜落事件などと報道された日には魔王が関わっていると高確率で看破されるだろう。なにせ魔王密度が恐ろしいことになっているらしいし。霊視能力者がわんさか到来していても不思議ではない。証拠を残さず、破壊する。呪力反応すらも残さずに。
「我は無知なる闇の神。怒りに震えし邪悪の化身……!!」
闇の神の能力を発動。生命を奪いし邪悪な波動が飛行機を多う。無機物であるにもかかわらず、飛行機は一瞬にして侵蝕されて腐敗し破壊された。空中で塵も残さず消滅する機体。ガスの類も残さず全て消滅した。飛行機の消滅と同時に、時間の流れが元に戻る。時間加速も時間切れだ。
「これで二次災害の被害は無いかな」
飛行機の外へ出るだけならば邪気化による転移で済む。だが、飛行機程の質量を持った物体を空に放置は危険すぎだ。下手をすれば死傷者が何百と出るかもしれない。海に落ちて魚達に文句を言われるのも、困る。故に、徹底的に消滅させた。心の中で航空会社に謝罪して、自由落下に身を任せ、しばしスカイダイビングと洒落込もう。
「あー、空が暗い」
仰向けに落下しつつ、夜空を眺める。犯人は目星がついているし、この高度では相手も手出しできはしまい。重力に引かれ、大地に向かって落ちていく。
「転移して逃亡……は不味いか。下手したら都心で災害になる」
諦めてここで決着をつけようか。
「っと、そろそろまったり落ちていくのは拙いかな」
自由落下の最中に呟く。邪気で背中に翼を形成、仰向けから直立へ姿勢を変更、更に落下速度を減衰させる。地表が見えてきた。そろそろ人目を気にしないと拙いかもしれない。こんな時間にこんな辺鄙な所、いる人はいないだろうけど。
「さて、と大方予想はついているけれど襲撃者は―――!?」
言葉は闇の彼方に消える。原因は、無数に飛来する剣。見当違いの方向へ飛んで行ったように見える剣も、空気抵抗が原因か進行方向を黎斗の方へ向ける。気付けば前後左右上下斜め、あらゆる方向から剣がこちらへ向かってくる。時間差をも交えて巧妙に放たれた全方位攻撃を全段回避することは不可能に等しい。
「あぁ、もう。舐めんな!」
回避しきれない部分は両手両足で叩き落とす。受け身ではキリがないので、牽制程度にナイフを投擲。地上より追加で襲いくる剣に真っ向からぶつかったナイフは剣もろとも砕け散る。砕けた破片の数々は、勢いを残したまま四方に飛んでいき、別の剣の軌道を逸らす。勢いが強いものはそのまま剣を破壊している。結果、黎斗の方へ向かってくるのは剣も欠片もありはしない。
「連鎖反応万々歳」
気の抜けた声を出して下に目を向ければ、銀に輝く巨大な剣が迫っている。これは流石にナイフで迎撃出来ない。
「邪気化でスルーしても良いんだけど呪力が勿体ないしねぇ」
嘯いた黎斗の前方空間で細い何かが蠢いた。順調に向かってきていた鈍色の巨剣は、黎斗の眼前数mの所で、その動きを止め―――直後、大量に分割されて落下していく。
「邪眼の前で、飛び権能は無駄だよ」
邪眼で切れ味を鈍らせ、特注ワイヤーで切り刻んだ。
「これで終わりかな?」
地表を睨む。攻撃を仕掛けてきたのは予想通り―――
「にしてもやってくれるなぁ、オイ……!!」
「やぁ、お久しぶり」
好戦的な目で見つめる欧州最強の剣士。不敵な笑みと共に黎斗の前に再び姿を現した彼は、翼を顕現している黎斗を見て、嗤った。
後書き
これで再投稿の分は終わりです
鈍足不定期な更新になるかと思いますがお許しを(汗
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