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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第二十八話 少年期⑪



 俺がミッドチルダと呼ばれるこの次元世界に転生して6年が過ぎた。そして6年も経つと、人間それなりに慣れてくるものである。地球というか、日本の文化に20年以上も浸かっていた俺。それでも思い返すと異世界に染まったなぁー、と感じることが多々ある。

 たとえば髪の色。黒色や茶色の髪以外は違和感を覚えていた昔と違い、今では相手がピンクの髪をしていても動じなくなった。世界規模の交流がなされているため、色とりどりの頭髪が次元世界では見られる。母さんやアリシアは黒髪と金髪だったから馴染むのは早かったが、同僚さんの薄緑の髪には最初の頃なかなか慣れなかった。

 その後もクラナガンに出れば、赤や青や銀とか日本では目立つことこの上ない頭髪の人が普通に街を歩いている。それが当たり前。そして母さんから教えられたことだけど、他者の見た目や文化、そして出身世界を落とすことは最もしてはならない行為の1つだと教えられた。

 日本にも相手を侮辱してはならないという決まりはあったが、このミッドチルダではそれがかなりきつく言い渡されているのだ。それは多世界との交流を円滑に回すためでもあり、この次元世界で一番の影響力を持つ時空管理局が信条としているからでもある。

 確かに次元世界を守っている組織が、世界のことを差別したらそりゃ非難来るわ。1つの国を守るための組織ではなく、次元世界の平和維持を務める組織だし。お姉さんから聞いた話だと、給料とかも色々な世界から集められたお金らしい。民が支える組織だからこそ、組織も民を守るために頑張る。そんな感じなのかな。


 なんか難しい話になったが、要は俺もそれなりにミッドチルダの文化に親しみを持てるようになってきたのだ。なのはさんたちも移住できていたことだし、そこまで奇抜なものもなかったおかげもある。もちろん未だに困惑するものもあるが、それも次第に慣れていくと思う。

 なんというか、ここの文化って日本に比べて大らかな感じなんだよね。受容的な要素が強いからか、心が広い人が多い印象がある。あと魔法やら戦闘技術も慣習としてあるからか、結構強かな性格の人も多いのだ。ミッドのスポーツで戦闘系のものが多いのもそれだと思う。

 俺もこの世界で生きていくのならば、頑張ってなじむ努力をしようと思っている。昔の文化と食い違うところがあったのなら、考えて自分なりに納得できるようにしていた。この世界で骨を埋めると決めて、生きていくのだから当然だろう。

 ……なんだけど、どうしてもある1つだけはいまだに慣れない。というか慣れてしまってよいのか悩む文化があったりする。

 次元世界は大らかで、強かな人物が多い。そして戦闘に関しては真剣そのもの。それ事態は別に問題はない。問題はないんだけど、それがこと俺にとってはものすごいカルチャーショックだったのだ。次元世界の人たち猛者過ぎるだろ。……特に男性諸君はいったい何者なのか、と本当に悩んでしまったことがある。


「わぁ、すごーい! お母さん、今あのお姉さんの手がピカッて光ったよ」
「あれは拳に魔力を収束して放ったのね。打ち込むときに集めた魔力も一緒に押し出したから、光が走ったように見えたのよ」
「へぇー。わ、わっ。相手のお姉さんもいっぱいシューターを出してきた!」
「にゃにゃっ」

 現在、テスタロッサ家は家でまったりしている。そろそろ冬に入るだろう時期なため、家の中も少々寒くなってきている。アリシアはリニスを膝に乗せ、母さんにくっつきながらソファでテレビ観戦をしていた。空中に映し出されるパネルは普段よりも大画面で設定されており、すごいハイビジョンである。

 みんなが見ているのは、最近のミッドで高視聴率を叩きだしているDSAA主催の公式魔法戦競技会だ。これは全管理世界の10歳~19歳までの若い魔導師たちが集まり、力を競い合う競技らしい。男性の部と女性の部で分かれており、今見ているのは女性の部のようだ。

 アリシア達の声で目を向けてみると、バリアジャケットを着た女性2人がお互いに牽制し合っているところだった。さっきの攻防で技を相殺し合ったようだが、余波を2人とも受けていたらしくライフポイントが削れている。俺はすぐに画面から視線を外し、作業に戻る。

「それにしても、10代であれだけ戦闘ができるって凄すぎるよなぁ」
『そうですね。ベルカ時代から続く技術や流派が、まだ結構残っていますからね。幼いころから修練を積む子もいらっしゃると思います』
「魔法の技術を学ぶことは推奨されているし。競技会もできたおかげで、これからも増えていくんだろうな」

 クラナガンを探索していて気づいたことだが、魔法道場みたいなのがそれなりの数あるのだ。射撃の訓練や魔力操作の訓練といった魔法技術養成所や、身体のつくりから格闘技術を育ててくれる民間道場もある。塾に通わせる感覚でそういうところに行く子もいるらしい。

 一応聞いた話では、魔法が使えることはそれなりにアドバンテージにはなるようだ。就職するときも、目に留まる要素の1つにはなるみたい。もちろん魔法は技術の1つとして数えられているだけなので、出来なくても深刻なことにはならない。前世でいうところの車の免許を持っていると就職が有利になる、ぐらいのものだそうだ。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。さっきからなんでテレビ見ないの? 今すごく盛り上がっているところなのに」
「今お兄ちゃんは、お引っ越しの準備をしているので」
「アルヴィン、別にテレビが終わった後でもいいのよ? 準備は急ぐ必要もないんだから」

 作業、もとい引っ越しの準備をしていた俺は手を止める。アリシアと母さんから無理はしなくていいと言われたが、今やりたいからとやんわり断った。そして段ボールの中に折りたたんだ洋服を詰めていく作業にまた戻る。

 実は俺、梱包作業がかなりのレベルになっているだろうと自負している。詰め込みの手つきもだいぶ速くなった。書籍とかかさばる物は小さいダンボールに入れるようにして、食器などの割れ物はプチプチで遊びながら万遍なく包む。今生では引っ越しの回数も多かったため、何回もやったしな。特技にしてもいいかもしれない。


「むー。そういえば、お兄ちゃんっていつも格闘スポーツとかは見ないよね」
「え、見てはいるぞ」
「うーん、見てるけど。こう今みたいに激しく戦っているときとかは、いつも目を逸らしているから」
「にゃう」

 アリシアの言葉に気づかれていたのか、と俺は内心焦る。リニスも妹の言葉に肯定し、こちらを観察するように見ていた。確かに俺は意図してそういう場面を見ないようにしていたが、やはり不自然だったのだろうか。

 激しく競い合う選手たち。その攻防はとても勉強になるし、俺だって男なのだから戦う姿ってかっこいいと思う。殴り合いは好きではないが、相手を倒すことが目的の競技なのだからと、ある程度は俺も割り切れる。それに魔法のおかげで流血沙汰にもならないし、スポーツマンシップも則っていた。お互いに真剣に高みを目指している気持ちも伝わってくる。

 だけど、やはり現実はきつかったのだ。原作ではそこまで気にしなかった、流せていた要素だったが……これが現実になった時、初めて戦闘を見た時の衝撃は今でも俺は思い出せる。

 荒々しく、壮烈な戦い。誰もが魅入られる接戦の中、俺だけは異端だった。観客の老若男女も、厳格に判定する男性審判も、コーチやセコンドも、家族さえも、誰も気にしない常識。だけど、俺はそれを許容できなかった。だから、熱戦を繰り広げる選手たちと観客に背を向け、顔の下半分を手で押さえながら洗面所に駆け込むしかなかった。


 それが今から半年も前の出来事。家でテレビを見ていて、たまたま家族の誰も近くにいなかったから事なきを得たが、もし見られていたらと思うと居た堪れない。文化の違い。あまり意識していなかったものを、あの時俺はようやく認識したのだ。

 今はなんとか耐性もついてきたが、まだミッドチルダの人たちほど強靭な精神力は俺にはない。これが長年に渡り、形成された文化なのか……と諦め気味に納得している。たぶんこの文化に俺が慣れた時、俺は真の意味でミッドチルダ人になれる。そんな気がした。

「……ごめん、でもやっぱりまだ心の準備ができていないんだ」

 俺は2人に今度こそ背を向け、というか画面を見ないように無心になって梱包作業を続けた。アリシアはそんな俺の様子に不思議そうに首をかしげながら、またテレビの画面に視線を戻した。アリシアは家族みんなでスポーツの興奮を共有したかったのだろう。心の中でもう1度俺は謝っておく。

 俺はアリシアの思いに応えたい。だからまずは男性の部を見れるようになって、そこから女性の部を1人で見て耐性をつけていこうと思う。いつか家族でスポーツ観戦をして、わいわいと無邪気に応援できるようになりたい。俺は新たにできた夢を、深く胸に刻んだ。


「というか今ちょっと見えちゃったよ。俺なんでこの世界の女性が強いのかわかった。ポロリしても堂々とブレイカー撃つし、服はじけ飛んでも反撃するし、きわどいしすごいし。バリジャケット自体やばいし。純粋にスポーツ観戦できるミッドチルダ人やべぇよ。男性の部でも堂々と服はじけ飛んでも本人も観客も微動だにしないし。それより、やっぱりミッドの男性は賢者すぎるだろ。それとも実は俺がおかしいのか。おぉアルヴィンよ、この程度のポロリで鼻血噴くとはなさけない。とか実は王様が大賢者か」

『あのますたー。ぼそぼそ何言っているのかわかりませんが、普通に怖いのですけど』



******



「そんなわけで。ちょっと悟り開きかけてやばいと思ったので、ぶらぶら散歩に出かけることにしました」
「…………うん、そっか」
『無言のところに飲み込んだ気持ちがひしひしと伝わってくる』

 お散歩中ばったり会った管理局のお姉さんに挨拶をする。それにしてもお久しぶりです。裁判が終わったと同時に、お姉さんの俺たちへの子守りも終わりになった。お姉さんも管理局の仕事に戻ったため、なかなか顔を合わせる機会がなかった。子守りの最後の日に「ありがとう会」をみんなで開いて、お姉さんやくまのお兄さんたちとパーティーをしたなー。

「そういえば、俺お姉さんの私服姿って初めて見るかも」
「あぁ、アルヴィン君たちには制服姿しか見せたことがなかったかもね」
『とてもよく似合っておりますよ。今日はお仕事がお休みなのですか?』
「あはは、ありがとう。えぇ、今日は非番よ。せっかくだから、久しぶりに手の込んだお料理でも作ろうかなって思って」

 そう言って大きな買い物袋を片手で持ち上げてみせてくれる。どうやらこの袋に入っている材料で料理をするらしい。お買い物や料理が趣味だと前に言っていたしな。

 それにしても、やっぱり女性って姿1つで印象変わるよなぁ。ピシッとした制服姿で社会人って感じだったけど、今は茶色の長い髪を1つに束ねて、白のカーディガンとフレアスカートを着ている。女の人というより女の子という言葉の方が、どちらかというと違和感がないような気がした。

 まぁ十代だって前に言っていたし、おかしなことでもないか。そういえば、お姉さんって俺の身近な人の中で一番普通の女性って感じがする。母さんは天才系で、妹は天然系で、同僚さんは天災系だったからな。買い物や家事が好きで、明るい性格で社交的だ。俺もお付き合いするならこういう女性がいいかも。


「そうだ。テスタロッサさんたちは元気にしてる? お仕事の方ももう復帰されたのかな」
「開発グループのみんな? 元気というか元気すぎるぐらいな感じですかね」
『裁判に勝ったことで賠償金ももらえますからね。僕たちは新しい家の足しに、同僚さんは新たなワインに頬ずりし、強者さんは高級胃薬を買えるなど皆さん喜んでいました』
「そ、そっかぁ」

 お姉さん、なんでそんなに遠い目をするの。みんないつも通りですよ、本当に。あの劣悪な就業状況でめげなかった方々の集まりです。めっちゃ逞しい方たちです。

「仕事の方はまだ復帰していないけど、来年ぐらいにはまたみんなと一緒に頑張るみたい。職場が変わるから、また1からのスタートになるらしいけど張り切っているよ」

 苦楽をともにした仲間として、これからも一緒に開発を続けていこうと宴会の時に笑っていたしな。みんなものすごいやる気だ。母さんは少し悩んでいたけれど、俺とアリシアで背中を押したのは記憶に新しい。母さんが俺たちのために時間を取ってあげたいと、以前ヒュードラの開発が終わったら管理部門に行きたいと考えていたからだ。

 俺はコーラルと協力して得た情報の中で、母さんがそんな風に思っていることを知る機会があった。だからアリシアと2人で相談した。話し合って、意見を出し合って、俺たちは母さんに開発の道をこれからも進んでいってほしいと結論を出した。

 母さんの夢を俺たちは応援したい。世界のみんなのためになる技術をこれからも作っていってほしい。だから母さんに俺たちの気持ちをまっすぐに伝えた。

『私たちのことは大丈夫だよ。だって私たちはね、えっへんって自慢できちゃう……かっこいいお母さんの子どもなんだから!』

 母さんの迷いを綺麗に打ち消したのは、妹の太陽のような笑顔。こういうところは、アリシアには本当にかなわないなと感心した。


「そう、よかった。今度も民間の企業の方で?」
「うん。でも民間なんだけど、地上本部と連携を取っているところなんだ」
『今回の裁判で勝訴できたのは、地上本部の皆様のおかげです。力になることも兼ね、それにミッドの治安向上に貢献したいからともおっしゃっておりました』
「わぁ、それはすごく心強いわ」

 母さん達は完成させた魔力駆動炉を、多くの人達の助けになれるものとして使っていきたいと言っていた。原作でのヒュードラは『奪ってしまったもの』だったけど、本来は『助けるためのもの』だった。さらなる改良は必要になるだろうけど、きっと実現できる。さすがに大型は難しいかもしれないけれど、少しコンパクトにすれば様々なことに使えるだろう。

 それに母さんたちは、自分たちの技術をミッドの平和のために使っていこうと話し合っていた。これからクラナガンに住む自分たちへの安全にも繋がるという理由もあるが、やっぱり総司令官たちへのお礼の側面が大きいと思う。

「テスタロッサさんたちなら、きっと素敵な物を作ってくれそうね」
「みんなだったら絶対にだよ」
「ふふ、それもそっか。……よし! 私も頑張らないと。まずは今日のお料理で私も最高のものを作ってみよう。テスタロッサさんがお仕事に復帰されたら、お祝いに食べてもらいたいわ。アドバイスもすごく勉強になるしね」

 買い物袋を持っていない方の手をグッと握りしめ、やる気を出すお姉さん。おぉ、それはすごく楽しみだ。子守りをしてくれていた時も、時々お裾分けをしてもらっていた。お昼ご飯を作ってくれたこともあり、妹もおいしいって喜んでいたな。

『いいですねぇ。ちなみに何を作られるのですか?』
「今日は煮つけにするつもりよ。さっきお店に行ったらいい材料が手に入ったから」
「煮つけか、いいなぁ。魚ですか?」

 俺の質問にクスッと笑いながら、お姉さんは首を横に振る。すると片手で持っていた袋の口を開け、もう一方の手を袋の中に入れた。どうやら直接見せてくれるらしい。

 何が出てくるのかと見つめる俺たちに、お姉さんは楽しそうに微笑む。ごそごそと片手で探り、それから「よっ」と掛け声を出しながら、袋の中入っていたものを見せてくれた。


「じゃーん、答えはカボチャでした。お店ですごくお手頃価格で売られていてね。品質も良くてこれは買いだと思ったの。余ったものはケーキやサラダにするつもりよ」

 取り出されたのはお姉さんが言うとおり、おいしそうなカボチャだ。見事なカボチャ。紛うことなきカボチャであった。

「……あ、うん。そっか、かぼちゃでしたか」
「ん? どうかしたの」
「ううん、なんでも! お姉さん、おいしいものを作ってね!」
「えっ。あ、ありがとう」

 俺の反応に不思議そうな顔をされたが、笑顔でしのぎ切る。取り出されたカボチャをまた買い物袋の中に入れ直し、少しばかり会話をしてお姉さんと別れることになった。元気でね、とひらひらと手を振ってくれたお姉さんに、俺も手を振りかえした。


「……なぁ、コーラル」
『なんですか』
「お姉さんがさっき見せてくれたのって、俺もよく知っているカボチャで合っているよな?」
『カボチャでしたね。大きくて形もよいものでした』
「まるごと1こだったよな」
『まるごとでしたね』

「……お姉さん、片手で持ってたよな」
『平然と上から掴んでいましたね』
「……うん」

 俺は深くうなずき、口元に小さく笑みを浮かべる。そして視線は空を向き、遠くの流れる雲を幾ばくか眺めた。

 ――そっか、これがミッドチルダか。



******



「俺さ、自分がまだまだ小さな人間だったんだなぁ、って改めて感じたんだ」
「あっそ」
「エイカさんが冷たい」

 あれからちょくちょく公園で待ち合わせするようになったエイカとぐだぐだ会話をする。以前遊んだ子どもたちと遊ぶこともあるが、こんな風におしゃべりする日もある。それぞれの気分で決まることも多いが、エイカはめんどくさがりなので引っ張り出すことの方が多かったりするけど。

『他のお子様方はまだ来られていないようですね』
「うーん、そうなんだよね。でも黄昏るばっかりもつまらないし……これでもする?」
「そこでなんでポケットからそんなものが出てくる」

 テテテテーン、エアークッション。これは人が無意味だとわかっていても、無意識に手を伸ばしてしまい、時間を忘れさせてしまう魔法のアイテムである。通称プチプチ。引っ越し作業で余ったので持って来た。

「はい、エイカの分」
「いや、何ナチュラルに手渡して来るんだよ」
「それではプチプチ王決定戦、よーいスタート!」
「あ、ちょッ、何勝手に始めてんだよ!」

 なんだかんだで公園の一角で無心にプチプチを潰す子ども2人。傍から見たらかなりシュールな光景だった。


 さて、隣でまだプチプチしているお子様がいるが、疲れてきたので俺は休憩。暇なのでちょっとそのお隣さんを観察してみることにした。俺よりも少し長い髪は、癖が強いのかところどころはねている。だいぶ寒くなってきたからか、エイカはいつものコートにマフラーを首元にしっかり巻いていた。あたたかそうだなー。

 俺がじっと見ていることに気づいたのか、髪と同じ赤茶色の目と視線が合う。なんだよ、というように微妙にたじろがれた。エイカって相手の目を見て話したりするのがちょっと苦手らしい。合ってもスッと外されてしまう。よく見ると黄色も混じって見えるから綺麗なんだけどな。

「って、なんで休んでるんだよ」
「疲れたから」

 ペシッとプチプチが顔面に当たった。

「ところで今気づいたけど、エイカの目の色って髪と同じかと思っていたけど、少し違うんだな」
「は? ……そうなのか?」
「うん。琥珀色って感じ」
「こはく?」

 あ、宝石は知らないんだ。エイカって口悪いけど、年齢の割にかなり頭の回転が速いと思う。俺も普通に会話できるし。でもやっぱり知らない言葉も結構あるようで、俺がそれを知っているとちょっと不機嫌になる。負けず嫌いなところがあるしな。

「琥珀は宝石の名前だよ。木の汁が固まってできるんだけど、黄褐色に輝くんだ。黄色と橙の間ぐらいの色でさ。確か宝石言葉とかもあったはずだけど……あー、なんだっけ」
「木の汁と同じ色ってあんまり嬉しくねぇんだけど」
「そう? でも綺麗だぞ。俺は好きだけどな」

 透明感もあるし、確かお守りとして有名な石でもあった。俺は結構気に入っている。優しい色って感じがして琥珀色は好きな色でもあったな。そんな風に考えながら、何気なく口にした言葉に無言で頭をはたかれた。そこまで威力はなかったけど、なんで攻撃されたんだ。半眼で見ると向こう側に顔を逸らされる。わけわからん。

「ちょっと色々知っているからって調子にのんな」
「えー、理不尽。というかなんでそっぽ向くんだよ」
「うっさい、いいだろ別に」
「……変なエイカ」

 結局エイカは目を合わせてくれなかった。それに俺は首をかしげる。そんな俺たちの様子を静かに見守っていたコーラルに視線を向けてみると、小さくくすくすと笑っているようだった。こっちもなんで笑っているんだろ。


『いえ、傍から見るとちょっとおかしかっただけです。ますたーの変な雑学知識はいつものことですが、エイカさんは何か詳しいこととかはあるのですか?』
「俺が?」

 コーラルの質問にきょとんとするエイカ。そういえばクラナガンの街並みに詳しいこと以外には、食べ物とかぐらいしかエイカがよく知っているものはわからないな。俺はクイズ番組とか某ボッシュートの番組とかが好きだったから、覚えている程度の雑学知識だったけど。

「……それ答える必要あるのかよ」
「とかめんどくさそうに言いながら、実は雑学で俺に勝てそうなものがないことに焦るエイカであった」
「勝手にねつ造するな!? 俺だってお前が知らないような知識ぐらい、持っているに決まってるだろ!」

 うん、本当に負けず嫌いな性格だねー。見てて面白いけど。言った後、若干やっちまった感漂う表情を見せていたが、気づかないふりをして続きを促す。エイカにかなり嫌そうな顔はされた。言葉には責任を持ちましょう、と言うとしぶしぶという感じで口を開いた。

「……花、とかはそれなりに」
「…………え、まじで?」

 ちょっ、ストップ、ストップ。普通に意外だっただけで、他に他意はないから。だからひっかいてこようとしないで!

「へぇー、そっか。俺、花は全然わからないや」
「…花なんてよく見るんだからわかるだろ」
「そっかぁ? あ、ちなみにあそこに咲いている小さな花は何かわかる?」
「あれは、カランコエって花だ。色鮮やかなものが多くて、寒さに強いから冬の花としては有名だろ」
「うわぁ、初めて名前知った」

 本当にあっているのか俺には判断がつかなかったが、ここまできっぱり言われると本当なんだろうな。コーラルも何も言わないし。その後は、公園の花壇を一緒に眺めながらのんびり過ごすことになった。見たことはあったけど、名前や特徴の知らなかった植物を知れて、なかなか有意義な時間だったな。

 それから時間が経ち、集まった子どもたちにまだまだポケットにあったプチプチを配っていく。大興奮して競争になった。さすがは子ども。それでもプチプチ歴20年以上の俺が本気を出せば勝てる戦い……と思っていたら、エンペラーは少年Eのものになった。ダークホースだった。

 そんな感じで、いつものように俺たちは笑いあって、身体をいっぱいに使って遊びあった。



******



「おぉ、ここがっ!」
「ねんがんの!」
『マイホームですねー』
「にゃー」

 そんなこんなで数日が過ぎ、ついに我らがテスタロッサ家のマイホームが公開された。クラナガンの住宅地の一角に建てられた2階建ての一軒家。塀が家の周りを囲んでおり、庭にはガーデニングもできそうなぐらいの広さがあった。

 ここまでの歩道も綺麗に整備されてあったし、等間隔に植えられた木や草のモニュメントがアクセントになっている。都会なのに緑があふれているし、静かでゆったりとした街並みだ。家も何年か前に建てられていたそうだけど、新築のようにピカピカしている。さすがは母さん、ぬけめがないぜ。

「さぁ2人とも、ここが私たちのお家になるところよ。荷物ももう少ししたら届くから、それまで探検してみたらどうかしら」
「たんけん!」
「冒険家の血が騒ぐぜ。行くぞ、アリシア!」

 元気にうなずき返す妹と一緒に家の中に入る。玄関で靴を並べ、フローリングの廊下を進むと広々としたリビングに出た。カウンター付きキッチンや柔らかそうな大きめのソファ。ソファなんて家族全員が座ってもまだまだ余裕がありそうだ。そこに2人で飛び込んでしまったのはご愛嬌ということで。

 次に再び廊下に出て、2階に続く階段をのぼってみると、いくつもの部屋が続いていた。母さんに説明を聞くと、ここの部屋の1室はそれぞれ俺たちの部屋になる予定らしい。今までは俺たち用の部屋がなかったから、アリシアも目を輝かせている。

 確かに今ぐらいの年齢ならいいけど、妹も女の子なんだし、兄とはいえ異性と同じ部屋のままはまずいよな。俺も自分のマイルームに心が躍った。

「お兄ちゃん、私のお部屋すごいよ! 広くてきれいですごいの」
「はは、お兄ちゃんの部屋もすごいぞー」
「うん。すごくすてき!」
「アリシアの部屋だってすてきだよな」

「ふふ、あんなに喜んでもらえるなんて頑張って探した甲斐があったわ」
『お楽しみということで、家の詳細は内緒にしていましたものね』
「そうね。コーラルもお手伝いありがとう」
『いえいえ、当然のことです。ところでリニスさんは――』
「ふにゃぁーー! ふにゃぁぁーーーーん!!」
「……あっちも喜んでくれて何よりだわ」
『リニスさーん。キャットツリーで暴れないでー、爪とぎ柱登らないでー』


 一通り家の中を探索し終わった俺たちは、リビングに戻って母さんが入れてくれたココアで一服する。出来立てなので火傷しないように、アリシアと一緒にちびちびと飲んでいく。ココアの熱が伝わった手のひらを、妹と合わせてみたりして「あったかいねー」と笑いあった。

 今はがらんとしていて寂しい感じだけど、ここに住むことになるんだよな。家具が入れば、生活感も出てくるだろう。本当に母さんとコーラルには感謝しないとな。こんないい家を見つけてくれたんだから。

「……よし、拠点もできたしこれで落ち着くな。アリシア、これからはこの街を放浪しような。目指せ、クラナガン制覇!」
「うん、制覇しちゃおう!」
「2人とも元気ね」

 俺と妹の声に、母さんは微笑みながら言葉を返す。母さんも入れたココアをゆっくり飲みながら休憩している。たぶんもう少ししたら、引っ越しの業者さんも来るだろう。来たら忙しくなるだろうし、今のうちにのんびりしておかないと。

「でも2人とも。お散歩をするのは、準備ができてからにしないと駄目よ」

 ふと思い出したかのように、ココアを一口飲んだ母さんから告げられる。それに俺たちの頭に疑問が浮かぶ。準備ってお引っ越しの整理のことだろうか。

「準備って引っ越しの?」
「あら、忘れちゃったの。お引っ越しが終わったらお買い物に行って、用具や服を揃えないと駄目でしょう。机や椅子も合わせて買うから忙しいもの」

 母さんは手に持っていたマグカップを置き、俺たちに向けふわりと顔をほころばせた。


「春から2人とも、初等科の1年生になるんだから」


 ……忘れてた。そういえばあったね、義務教育。

 
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