ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode4 魔法の世界の洗礼
前書き
振り仮名の研究中。うまくふれてるといいなー。
「甘いな……」
暗がりの洞窟の中、『隠蔽』スキル……じゃあなかった、こちらでは『隠密行動』だったか、のスキルを発動して出口を覗う。あの世界で既にマスターに達した『索敵』のスキルが、向こう側に待ち伏せする数人の敵の姿を捕えたからだ。
「……四人、か」
この、プーカ領の上級ダンジョンから出てくるパーティを襲う待ち伏せの人数としては随分と少ない、しかし俺一人を襲うための戦力としては十分な数での待ち伏せ。つまり連中は、元から俺一人を襲うだけのつもりでここに来た、と。
やれやれ、暇な奴らだ。まあ、気持ちは分からなくもない。連日たった一人相手に辛酸をなめさせられれば、報復の一つや二つ成功させなくては戦闘系ギルドとしての面目も立つまい。
勿論、俺は巷でブームのチート無双野郎ではない。一体四、そして向こうは俺の予想が正しければ(九十九パーセントの確信を持って言っているが)全員が『随意飛行』の使い手だ。まともに戦えば、明らかに俺の方が不利だろう。ん? あの世界では乱戦が得意だっただろ、って? それは『軽業』と『体術』の多種多様なソードスキルがあったからで、このソードスキルのない世界では夢のまた夢な話だ。
「どうやって逃げたもんかね……」
呟いて、出口の光を見やると、鍛えられたスキルが、茶色く輝く拳大の蜘蛛が数匹岩場の地面の這っていくのを捕えた。土属性の魔法の探索生物だ。いくら隠れていようが、こいつが一定距離まで近づけば一発で見破られてしまう。
残された時間は少ないな。
「んじゃ、いきますかね」
ゆっくりと、膝を曲げる。未だに背中の羽での飛行はてんで駄目だが、現実よりはるかに短い手足には随分と慣れてきた。組み手はまだ難しくても、初動のダッシュなら問題ない。
「ふっ!」
短い気合いをこめて、地面を全力で蹴る。現実でこんな事をすれば結構な音が響くだろうが、『隠密行動』、そして『軽業』、或いは『体術』も関係あるのか殆ど何の音もさせずに俺の体が一気に加速する。土蜘蛛達は他属性のサーチャーに比べれば耐久値に勝るが、スピードはそれほどではない。それに、こいつらはまだ低級の索敵魔法。一気に駆けだせば簡単に置き去りにできる。
案の定、駆け抜けてしまえば奴らはその役目を果たせずに沈黙する。
直後に反応し始めるが、その時にはもう手遅れ。
「おいっ、来たぞっ!」
「なっ、はやいぞ、サーチのアラームは、」
「今鳴った! たぶん走ってやがったんだ!」
準備する暇がなければ、有能な探索生物もただのペットに過ぎない。
疾走して出た先は、ちょうど夕暮れ時だった。眩い光は洞窟出てすぐの目に染みるが、燈赤色に岩場地帯を光らせるその斜光は、俺の同色の髪をいくらかは目立たなくしてくれる。理想を言えば完全に紛れられる夜の闇が最善だが、まあ贅沢は言っていられないか。
「追え追えっ!」
「いや、束縛が先よ!」
「任せろっ!」
俺の飛び出しに一拍遅れて、それぞれの岩場に待ち伏せていたらしい四人が一斉に臨戦態勢に入る……が、陣取り方、囲み方が甘すぎる。恐らくアラームが鳴ってから散開するつもりだったのだろうが、読まれてしまっては無意味だ。かつてならこれならこのまま逃げ切れるたろう。
しかし。
「……っ!?」
足元から感じる、ゾクリとした違和感。
咄嗟に岩場を蹴って、高々と跳ぶ。
「っ、なんだこりゃ!?」
それだけでは終わらないのが、この「魔法の世界」、ALO。
足元から這い寄ってきたのは、水で出来た蛇のような魔法の生物。足を縛りつくように捲き付いてくるその水流は、俺の跳躍が後コンマ数秒遅かったらしっかりと俺を拘束していただろう。全く、毎回毎回あたらしい魔法を披露してくれるぜこいつらは。嬉しくは無いがな。
「くらえっ!!!」
「っ、ぐおっ!?」
続けて繰り出される強烈な轢弾に、呻く。こっちは土属性の魔法か。見れば土妖精の女が、真直ぐに杖を突きつけて俺を見据えてやがる。おお、女のギルドメンバーもいたのか、あそこ。直線軌道の石つぶての攻撃は普段の俺の機動力なら簡単に避けられるだろうが、なにぶん今は跳躍中だ、羽の使えない俺では避けようがない。咄嗟に両手で急所を庇うが、それでも二割近くHPを持っていかれる。
(なるほど敵さんもそろそろ対策を取ってきてるな……)
羽を使わない、疾走と跳躍での機動力戦闘を旨とする俺に対して、まず機動力を殺ぐための移動阻害系魔法。続けてそれがかわされた場合の保険として、跳躍に対しての遠距離攻撃魔法。
そして、トドメは。
「うおおっ!!!」
「死ねやオラァ!!!」
クロー系の装備を構えた二人の猫妖精が、『随意飛行』で一気に距離を詰めてくる。どちらの顔も、この数日の戦闘で覚えがあるそれだ。確か以前会った時は確か二人とも剣や槍といった武器を装備していたはずだが、俺と戦う際にはそんな長物を振り回す余裕はないと知ったらしい。
しかし。
(正論だが、急造の接近装備じゃあ、な)
動きが、まだまだ甘すぎる。二年間体術戦闘の研鑽を続けてきた俺からすれば、隙だらけだ。振り抜かれた二人分の爪の一撃をかわし、一人の被ったつるりとしたヘルメットを踏みつける。羽の使えない俺は空中戦は絶望的だが、足場があれば別だ。
「ぐあっ!!?」
『体術』、『軽業』複合スキル、《ムーンサルト・フライ》……と、かつて呼ばれていた、片足で対象を踏みつけからのバク宙。一気に距離を稼ぎ、同時に繰り出されていた敵後衛の魔法使いの魔法を回避する。敵さん、俺が空中ではろくに動けないと踏んで追尾系の魔法を使っていなかった。まだまだ甘く見られている。
いや、甘く見てくれている、か。
「逃がすなっ、追え!」
「まずは束縛魔法を、」
「だめだ、距離外だっ!」
「ああ、もう! また逃げられてんじゃん!」
残念。
既に地面に辿り着いた俺は、猛烈なダッシュを再開する。ものの数十秒で岩場地帯を抜け、辿り着くのは枯れ木地帯。ノーム領寄りの針葉樹林に比べれば幹は細くてひ弱だが、『軽業』の足場には十分だし、飛行の妨げとしても十分だ。
相手もそれをこの数日で学んだ……というか、体に教えてやったので、追っては来ない。
今日も、俺の勝ちだ。
「ふぅ……」
一息ついて、中立の村……俺が今日滞在し、NPCから聞きこみをしてクエストを受けた場所へと向かって駆け出す。洞窟でこなしてきた今日のクエスト、その報酬だと説明された、「面白いマント」とやらに思いを馳せながら。
◆
ここ数日は、ずっとこんな日々が続いていた。つまりは、プーカ領内のダンジョンを片端から踏破、攻略して、その過程で件の戦闘ギルドである『空飛ぶ狩人』達との激戦を繰り広げる日々。最初こそ無策に突っ込んできたバカだったものの、ぼちぼち慣れてきたのか対策が練られはじめ、それに合わせて俺も戦闘を殲滅から逃走へと変えて。
それもいつまで続くかというところではあった。俺自身は某二刀流使いの『勇者』様のように超絶な戦闘狂ではないのだ、相手が本当に本気になって対策の上で戦えば当然俺に勝ち目はない以上、いつかは逃げることも覚束なくなる。だが、ありがたいことに今日でプーカ領内の個人で攻略できる主要なダンジョン、クエストは探索し終わった。これでいざ領外、連中ともおさらばだ。
「さーて、今日の戦利品は、いかがかね……」
追っ手を振り切ったところで速度を落とし、今日のクエスト品、「珍しいマント」に思いを馳せる。仕事のためにログインしている俺だが、この辺りに少なくない高揚感を覚えるのはやはりゲーマーの性というやつだろう。
まあ、時間はゆっくりある。のんびりと効果の参照と今日のクエストレポート、とった映像写真を確認して、それから明日からの旅支度でもするか。そこには、なんら問題はなく、万事順調と言えた。
そう、万事順調だった、のに。
そんなもんはいつだって、唐突に崩れていくものだった。
「シードくーんっ!」
……あーあ……。
耳に届いた美しい鈴の音色の様な声は、その崩壊を予感させるには十分だった。
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