連隊の娘
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第一幕その七
第一幕その七
「大きな家だしね」
「そうだったの。暮らしはいいの」
「そうなんだ。けれど」
ここまで話したうえでまた言うトニオだった。
「恋人は今までいなくて」
「私じゃ駄目かしら」
今のトニオの言葉にすぐに入った形であった。
「私じゃ。どうかしら」
「それはもう」
返事は決まっていた。彼にとっては。
「喜んで」
「私もよ」
返事が決まっていたのは彼だけではなかった。彼女もであった。二人は笑顔のままで見詰め合い続けている。
「喜んでね」
「そうだね。二人ずっと一緒にいようよ」
「じゃあ連隊に入るの?」
「家族には伝えてね」
それからだというのだった。
「入るよ、君と一緒にいられるのなら」
「ええ。だったら」
「君とずっと一緒に」
「貴方とずっと一緒に」
ここで二人は抱き合った。
「こうしてね」
「何時までも一緒にね」
侯爵夫人達が見ていることには気付いていない。しかし別の人間が来たことには気付いたのだった。
「あっ、いけないわ」
「どうしたんだい?」
「軍曹が来られたわ」
最初に気付いたのはマリーだった。シェルピスの姿を見たのである。
「離れましょう、今はね」
「うん、じゃあ」
二人は何もなかったように離れた。夫人達はそんな二人を今まで見ていたがここでホルテンシウスが主に対して言うのであった。
「それで奥様」
「どうしたの?」
「このフランス軍ですが」
「ええ」
「確か妹様の御主人がおられましたな」
「ええ、そうよ」
物陰から出ながら彼の言葉に頷く。
「それは貴方もよく知ってるじゃない」
「それはその通りです」
彼もまた頷きながら物陰から出る。そうしながら話を続けていく。
「あの娘も何所かで会ったのではと仰っていますし」
「そのこととつながりがあるとでも?」
「まあそんなことはまずないことですが」
このことは頭ではわかっていることであった。
「それでもですね」
「まさか。あの娘は死んだ筈よ」
しかし夫人はここでこう言うのだった。
「だってあの人も妹もあの戦いで」
「そうですか」
「その時にあの娘も」
「御遺体は見つかっていませんが」
「赤ちゃんの亡き骸なんて小さいから何処にでも消えるわ」
夫人は希望を打ち消すようにして返した。
「そんなのは」
「それはそうですが」
「あまり過剰な希望を持っても不幸になるだけよ」
夫人は寂しい顔でホルテンシウスに告げた。
「そんなことをしてもね」
「左様ですか」
「けれど」
ここまで話したうえで話を変えてきた夫人であった。
「旅はもうね」
「止めておくべきですか」
「フランス軍も来ているし何だかキナ臭いわ」
「このフランス軍は別に戦争をしているわけではないようですがな」
「けれどよ」
それはわかってもまだ言うマリーだった。
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