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ナカジマ家の起親

作者:タピ
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第一話

「はやてちゃんそれは?」
 茶色の制服──陸士部隊である証の制服を着て、同じく明るい茶色の髪を一本にまとめた女性は、休憩室で一人本を読みふけているはやてに気安く話しかけた。
 本を読んでいた女性は幾ばくかの間を置いてから視線を上げると、「ああ、なのはちゃんか」と言葉を零した。
 なのはは、はやてが反応しない間に販売機で買った飲み物を片手に飲みながら、はやてに何を読んでいたか聞きながら、二つある内の一つを渡した。
 はやては「ありがとな」とやや訛った言葉でお礼を言いながら、なのはの質問に応えるために読んでいた本の表紙を軽く見せた。
「『無能で理想の隊長』? 何かの指導書か何か?」
「指導書というか、ドキュメンタリー本に近い感じやね。私の尊敬する部隊長の一生を描いた本なんよ」
「へぇー。あ、それってもしかして地上本部の」
「正解! 誰よりも無能であることを嘆いた人の話。全く、あの人で無能だったら私はどうなるんやろね」
 そう言ってせせら笑うはやての表情に暗いものはない、どこか達観めいたものがあるのみ。この達観は諦めではなく、途方も無く高い目標(壁)にぶつかってしまっているからなんだ、と長年の付き合いから読み取れた。
 彼女が本当に自嘲する時は、なのはの目からでも感情の色が見えなくなる。それに比べ、今の彼女の表情はとても感情が読み取り安かった。
「ナカジマ陸准将……スバルのおじいちゃんだよね?」
「つまり、私の師匠のお父さん。師匠の師匠に当たる人やね。そら、遠いわなあ」
 はやてはガクッと肩を見るからに落とした。
 壁であると同時に尊敬の対象なのだろう。だからこそ、比べることに意味は無いと分かっていても、現在の自分と推し量りその差に打ちのめされてしまっている。実際に一部隊を指揮する立場になって、余計その差がはっきり見えてしまったであろうことは想像に容易い。
 普段であれば「はやてちゃんなら絶対出来るよ!」と精一杯に応援する所なのだが、自分自身にも身に覚えのあるような事柄だったので、無責任な事は言えなかった。
 最初に感じた壁。
 それはなのはの全ての始まりになった金髪の女の子──フェイトとの戦闘だったかもしれないが、魔導師として尊敬し壁だとはっきりと感じ、敗北を味合わされたのは短期入学した陸士訓練校のあの学校長だったかもしれない。
 フェイトと二人で挑んだ模擬戦。お互いにAAAの魔導師ランクを超え、気のしれた間柄故に連携も駄目ではなかったはずだが、たった一人のAAランクの魔導師に負かされた。
 今の私なら超えられるだろうか、と考えても苦い記憶もあってか勝てるヴィジョンは容易くは構築させてはくれない。
 ならやはり、はやての気持ちは痛いほど理解出来た。
 簡単な問題ではない。
「でも、超えてみせる」
 超えなくちゃあかんのやと言うその目には、灯火ではなく、燃え盛る野心の炎が宿っている。
「うん、私も──私たちも協力するから」
 はやての手になのはは自分の手を重ねる。
 この機動六課は大きな一歩。
「師匠の師匠も支援してくれてるんやから、六課を絶対成功させなあかんしな……」
 再び肩を落とすはやてに、なのはは頼りなさ気に「にゃはは」と苦笑した。


※※※


 目が覚めて、路地裏と思わしき場所から出ればそこには、未知の光景が広がっていた。
 目にするものの全てが新しく見え、近未来的要素がふんだんに詰められたかのような、そんな都市の一部の光景だ。見渡す限りの高層ビルが並び立つその姿を見れば、ここが大都市であることに考える余地を与えさせない。
 これが目新しい光景か? 日本にだって東京や名古屋、大阪のような都市部に行けば高層ビルは所狭しと並んでいるだろう。なら、そう思うのは彼自身がそういった光景を実際に目にしたことがないからだろうか。
(大都市に来るのは初めてじゃないけど、ものすごく違和感を感じる……)
 中島煉夜は高校卒業を機に地元である海鳴市から上京し、晴れて東京の大学へと受かることが叶った。その時には、予習と称して東京の名所を巡り歩き、『都会』というのを地に足をつけて確認したはずなのだが、今の光景はそれとは全く未知の様相だった。
 日本の都市部が劣っているのではなく、ここが``異質``であるのだ。建物の形が、この雰囲気が。
 別段、建物が奇天烈な形をしている訳ではない。現実的かつあり得る造形なのだが、どこか日本のそれとは異になっている。当然、雰囲気も違ったものになる。
 ならばここは日本ではないのだろうか。
 煉夜が知らないだけで、日本にこういう場所があるのかもしれないが、そもそも自分が居た海鳴市にはこんな場所がなかったのだ。つまり、自分がここにいる事自体が異常事態である。
 今度は注意深く周囲を見渡してみると、雰囲気や違和感の正体が判明した。
 それはレストラン風のお店の看板らしきものを見た時に気付いた。
「日本語、じゃない」
 思わずこぼれ出たその声には恐怖と不安が交じり合っていた。
 お店の名前が書かれているだろう場所には、全く見に覚えのない文字が並んでいる。そこだけでなく、そこかしこにある文字の一切が全く解読不能の、見たことすらないものだ。
 ここが日本じゃないのかもしれないという疑問は、ふつふつと湧いてきていたがこれではっきりとする。
 ここは日本ではない。
 とても信じられない、ありえないことだと思いながらも、目の前に突きつけられた事実をため息混じりに受け止めるしかない。
 どうやら煉夜自身驚いたことだが、こういった場面において逆に冷静さを保てる人間らしく、唐突に身に起きた不可思議に、頭は意外にも熱を帯びずにさめていった。
 少しでも不自然を消化するために、自分が何故ここにいるのかという疑問は考えるも、瞬間移動といったような、当たるはずもない仮説しか生まれない。そんな仮説は不自然に不自然を上乗りするだけの、何の意味も持たないものだった。
 海鳴市からここに来るまでの経緯を思い出そうとするものの、どうも頭を打ったのか、記憶が漠然として、目を覚ます前の記憶を思い出せない。
(突発的に、地震みたいな揺れがあったのまでは思い出せるんだけど)
 その記憶を最後に、次の記憶はこの見慣れない景色であった。
 いつまでも突っ立っていても仕方ないと、地面と睨めっこしていた顔を上げ、そこに新たに目にしたは、
「ふぁ、ふぁんたじー……」
 翼も無しに空を飛ぶ人間の姿だった。
 見慣れない光景、見たことのない文字だけなら、ここがまだ自分の知らない土地で、地球のどこかという推測が表に立つ。そもそも、突然そんなところにいる事自体が、おかしな事ではあるが今更そこを考えたところで結論は出ないので、置いておく。
 重要なのはそこからどうやって自分の故郷へと帰るか。
 お金が必要になると何よりも先に思いつくのは、いやらしくとも現代社会に生きる性なのかもしれない。お金により交通手段を手に入れて、素早く元の場所へと帰ることが叶う。時間がかからず、代価は金銭だけで、最も理想的といえる。
 手元にあるのは、ポケットの財布入った一万円札と千円札と小銭が少々。国内なら帰るのに不安はあるものの、十分に間に合うお金だが。
(国外なら、国によっては帰れるかななんて思ってたけど、これはさすがに)
 望みの欠片もない、煉夜はそう思わざるを得なかった。
 煉夜が普段過ごしていた地球では、常識として生身の人間が空を飛ぶことなど夢でしかない。現実では大きな翼を持った箱舟で、空を行き来するのが常識だが、その常識は脆くも砕け散った。
 何かの秘密組織が、秘密裏に開発した平気か何かと言われたほうが、まだ納得のいく光景だった。どっかの宇宙船を開発する某企業なんかは黒い噂が絶えないことでもある。
 無理矢理に価値観を自分の元いた世界と辻褄を合わせようとするものの、感じる違和感は拭えない──ここは元いた世界とは違う場所。そう認めなければいけない決定的な光景であった。



 変わらず絶望的な状況下だ。
 何をするにも金が必要であった地球では、とりあえずお金があれば解決することは山ほどある。お金に頼れなければ公安という、最悪の状況では助けにもなってくれるだろう組織だってある。本当に助けてくれるかは怪しいが、泣いて喚いて諦めずに救いを請えば、まあなんとかなるだろうと思う。それこそ砂漠の真ん中で置き去りにされるような、すぐさま命の危機に陥るような場所でなければ助かる算段はつく。
 ならば、この状況は絶望的ではないのか?
 人はいる。ここにずっと突っ立っているせいか、周囲の好奇の目は肌に痛いが、それが直接命を削ることはない。代わりに精神は削られているが、気にしていられない。
 人がいるということは、助けを求める事ができるということだ。
 なるほど、絶望とは程遠いのかもしれない。
 だが、現実には違うのだ。
 自分が故郷に帰る算段がつかない点では、やはり絶望に等しい環境である。
 普通の人間なら、こんな状況に置かれたらどうなるだろう。
 狂ってしまったのかもしれない、と考えるのか。
 目の前の現実が、確かに眼を開けて見ているはずの事実が、どうにも現実離れをし、現実味を帯びていない。
 狂った結果、こんな妄想染みた、無駄に現実感のある世界を自分の脳内に創りだしてしまったのではないか。
 しかし、煉夜は中途半端に強い芯があってしまった。
 『これは夢だ。現実ではない。今、自分はあり得ないほどリアルな夢を見ているのだ』と、逃避できれば心の安静は保てるはずなのに、冷めてしまい、覚めてしまった自分は、これが現実であると冷酷にも告げている。
 いっそ、狂ってしまっていれば楽だったかもしれない。
 見なくていいリアルを、遠く意識の彼方に置き去り、ここでは夢であると信じて、或いは狂じて、第二の人生を送っているかのような、ゲーム感覚でいられたかもしれない。
 なんて楽なことだろうか。
 考えずして、自由気ままに生きて、死んでもきっと元の場所へと帰るだけで、何の不利もないと不安も恐怖も感じずに終われたかもしれないのに。
 しかし、煉夜は中途半端にリアリストだった。
 ここは夢だ夢だと己に嘘を信じこませようとも、心の奥底は、彼の脳はそれを否定し、切に現実だと訴えかけるのだから。
 だからこそ、絶望的な状況下において、煉夜の心は絶望しきれていなかった。
 どこかに帰る方法があるのではないかと甘い願望と期待を賭けずにはいられない。
 つまるところ煉夜は、
(夢も希望もない話は大嫌いだからね)
 簡単に諦めることをせず、状況に屈することも絶対にしない、自分のハッピーエンドがねじ曲げられるのをとにかく嫌う我儘な性格の持ち主であった。



 ここはどこですか、と素直に問うことは常識的には非常におかしい。自分の居場所が分からないなどとは、笑い草ではなく変人か迷子の扱いになる。迷子と勝手に捉えられれば、面倒が嫌いな人であれば、迷子を預けられるような場所を教えてくれるだろうし、世話好きな人なら親切にも行き先へ案内してくれるだろう。
 迷子として預けられた場合は、同じく行き先を問われたりするか、もしくは不審な点があれば身元を疑われたりするかもしれない。煉夜の居た世界の警察なら、まず間違いなく身元確認から始まりそうだ。
 行き先はどこか、と聞かれたらどう答えればいい。
 「日本です」これが通じれば幸い、通じなければ「は?」と疑心を向けられる。この世界に行き先などないのだから、どこに行くかを聞かれれば、その時点で色々と問題発生。不審者と思われれば、この世界の警察的な存在に囚われて、ゲームオーバーだってありえる。
 その時の言い訳はどうすればいい?
 「異世界から来ました」か?
 馬鹿げている。そんなもの一体誰が信じるというのだ。
(待てよ。空を飛ぶ人間がいるんだから、俺の常識が通じないんじゃ)
 魔法だか、超能力だかは分からないが、超常現象が人の身で可能な世界なら、「異世界から来ました」の言い訳も、実はこの世界基準では十分にありえることなのではないだろうか。
 SFなんかでよくある話を思い出す。
 地球以外にも知的生命体は実は存在し、地球側からは認知してなくても、彼らはすでに地球のことを知っている。こんな話は意外とありふれている。
 同じように、地球側からすれば、異世界は存在しないが、異世界側からはすでに地球のことを知っているのかもしれない。
 地球にいる時はこんな戯言、妄想は到底信じられるようなものではなかったが、地球の常識を覆す光景を見た後では、あながちありえないことではないと思えてくる。
 そう考えると行動は早かった。
 道行く人たちに目配りをして、ターゲットを決める。
 大人よりも子供の方がいい。子供は素直だ。聞かれたら、素直に答えを返してくれる。
 調度良く、煉夜の目の前を一人の幼い少女が通った。
 背は非常に低く、煉夜の居た日本であれば小学生低学年の背丈の少女だった。
 煉夜は慌てて、その少女に声を掛けようとして──意識が暗転した。  
 

 
後書き
ハメとの同時お試し&恋愛練習作品です。
批評お待ちしております。 
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