ファイアーエムブレム~ユグドラル動乱時代に転生~
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第五十二話
傷の手当てを受けながら、要領を得ないシルヴィアからでは無くベオウルフやブリギッドに話を聞いた。
……まさか、あのレイミアがやられたってことは無いよな……
「……まず、言っておく、知っている限り、姐さんは生きている」
「……あたしのせいでごめんなさい、ごめんなさい......」
「シルヴィ、落ち着いて。 ベオ、続きを頼む」
それぞれの話を聞いたところ、シルヴィアが野戦病院で次々に負傷者を癒して行ったので、治してもらった者達が彼女に、前線で死にかけてる仲間を救って欲しいと口を揃えて詰め寄った。
断り切れなかった彼女は、治療を済ませて動けるようになった守備兵達に連れられて行ったのだが、孤立した守備隊の救援にレイミア達は向かっており、城門で彼女を止める者は居なかった。
護衛についていた扇動者とも言うべき守備隊はやられてしまい、彼女は捕らえられてしまった。
一方、レイミア達は血路を切り開いて孤立した部隊の救助に成功したが、再び城門まで戻ろうとしたところ腕利きの敵に阻まれた。
なんとかその敵を打ち倒して、とどめを差そうとしたところシルヴィアの命が惜しければ剣を捨てろと脅されて、駆け引きの末レイミアは捕虜となり、シルヴィアを取り戻せたそうだ。
それもヴォルツの内応と輜重隊を燃やして敵を引き上げさせたから出来たのであって、場合によっては彼女ら二人ともが捕虜となっていたかもしれない。
「あたしが、ミュアハの言う通りに詰所で大人しくしてたらこんなことならなかったのに………」
彼女を責めたところでレイミアが戻るわけじゃない……
それに、なんだかんだで彼女を帰国させなかった俺たち全員の責任……いや、ダーナを守ってイザーク遠征を起こさせないようにと皆を巻き込んだ俺が一番悪いのかも知れない……
「……殺されたんじゃなくて、捕虜とされたならまだ望みはある。 すぐに隊をまとめて向かいたい。 こっちにも捕虜とした奴らの兵は居るはずだから案内させよう」
「オレは動けるが、みんなくったくただ、それに砂漠を渡ることになるからそれ相応の準備が要るぞ」
俺はすぐにでも駆けだしたいほどだが、ヴォルツの言うことはもっともだ。
「王子、攻め込む戦んなるからな、言っておくがうちらだけで向かってどうこうなると思うか? 姐さんだって無駄に斬り込んでこっちが全滅したら嘆くと思うぜ……」
「……捕虜を連れてイザークに乗り込み、マナナン王にケジメをつけさせる」
「言うだけなら簡単だけど、どうするんだよ?」
俺はブリギッドのほうを見て問いかけた
「ブリギッドさんと部下の方々のお力を貸していただけませんか? ここからしばらく東には海がある。漁村なんていくらでもあるだろうから……」
「なるほどね、そう来たか………あんた、船の上は苦手なのにその覚悟。 今まではあんたへの恩と思ってたけど、これからは気に行ったから手伝わせてもらうよ。 ……ヴェルリー! 生き残ったうちの者集めな! ぶっ倒れてたら地獄から引きずっておいで!」
再び敵が取って返すかも知れないので比較的軽傷な者には見張りを頼み、俺は戦場跡に再び戻った。
まだ息がある者は伴ったシルヴィアが杖で癒し、ごく僅かだが救えた命があった。
既に陽は沈んでいたので松明を照らし、息のある者は居ないかと探し回っていると……輝くものがあった。
レイミアが手放していった……刀身は見なれぬものだが、柄は見覚えがよくあるものだった。
"答える者"に手を伸ばし、握りしめると……俺にはそんなつもりが無く、むしろ止めようと思ったのに勝手に腕が動き、鞘に納まった………
味方として救えた命、捕虜として救えた命、どちらも伴い城門へと戻った。
ここでも彼女が遺棄した愛用の大剣が地面に突き刺さっていたので回収し、早急に拵えを修復するよう、もう店仕舞いしていた鍛冶屋に無理を承知で頼み込んだ。
なんの気無しに大剣の茎を見ると、トラキア前王の名があり、我が子に贈ると刻まれていた……
レイミア隊は一度全員集まり、臨時の指導者を選ぶことになった。
以前からこういう時のまとめ役と決まっていたのでヴォルツを推したが、どういう訳か多くの者が俺に就くよう言ってくれたが心中複雑である……
「では看板は不肖、このミュアハが引き受けさせていただくが、実戦指揮はヴォルツ、臨時の副長はベオで行きたいと思う。 レイミアを取り返す為に皆の力を貸して欲しい」
「応!」
皆の応えのありがたさと、レイミアへの想いとで溢れそうな涙を堪えるのは、戦場での命のやりとりよりも酷だったかも知れない。
交代で支援員を中心に起きてもらっていたが、ほとんどの者には寝んでもらい、俺は市長ら、街の有力者と会っていた。
彼らが言うには、敵がまた襲ってくるかわからないので俺たちに滞在していて欲しいということだ。
カネにしろ武具にしろ便宜を計ってくれるとのことだが……
「こちらとしてもご要請、お引き受けしたいところなのですが……」
「金額に不足があるなら、倍、いや三倍出そう。 あなたの部下達が戦塵を乙女の柔肌で落としたいと言うならそちらの手配もすぐにしよう……」
「守備隊が瓦壊されて苦しいところ、察して余り有りますが、こちらとて全ての要を連れ去られてしまいました。……聞くところによると守備隊の方々が野戦病院からうちの癒し手を無理に連れだし、むざむざ敵に捕らえさせたとか。 レイミアは……わたしの大切な人は、その交換として虜囚の憂き目に遭わされているのですぞ!」
思わず声が荒くなってしまったがこれでも抑えたつもりだ。
「いや、それは、そのぉ、亡くなった者のしたこと、そして己の命で償ったようなものですので、どうか穏便に……」
「………わたし達は彼女を取り返しに向かいます。 多少の人員をお預けしますので義勇兵を募り、その士官とでもされてください。……打って出ることさえ無く、城壁に拠り続ければこの街は陥ちません」
「それは、ありがたく……」
翌日、一日いっぱいかけてこちらはリボーへの遠征準備を行っていたが、街の中は敵軍を追い払ったとお祭り騒ぎをやっていた。
……おかげで物資の調達は滞りなく、予定より大幅に安く調達出来たとはいえ内心、忸怩たるものはある。
逸る心を抑え、街の詰所に残るメンバーを選び出すと、残留メンバーは表だって不満の声こそ上げなかったが痛いほどその気持ちはわかる。
もし、俺が残留メンバーに選ばれたらきっと怒り狂うか命令違反を犯しただろう。
そういう意味でもレイミアは配下をしっかり育てていた。
充分な物資を揃えた本隊、こちらはヴォルツに任せ海岸沿いから北上してもらい、リボー近辺で後ほど合流する予定だ。
俺はイザークへ直接船で乗り付け、マナナン王に直談判する。
その為にもダーナ市側にはこちらで捕らえた捕虜の内、そのほとんどを秘匿し、この航海に連れだしていた。
カネでなんとか船を買い上げたが、交渉の材料にブリギッドやシルヴィア、それに幾人か居る女剣士のカラダを求めるという下種の類はもちろん居た。
だが、そんな手合いは相手にしなかった為、必要な船数を揃えるのに幾つもの漁村を訪れる必要があった。
船酔いに苦しむ俺の面倒を見ようとしてくれたシルヴィアを断ったのは大人げない意思からじゃ無い。
ブリギッドの手下を除いては操船に詳しい者が居ないのでそのあたりを説明し、彼女にも出来る役割が多くあるものだから俺にかまける暇があったらそちらをこなしてもらいたかったからだ。
海賊の類にも出くわさず、大きな嵐にも見舞われ無かったおかげで一週間もかからずにイザーク港へと入港した。
イザーク王のマナナンと面会を果たす前に行った重要事項は、自分達は無理やり奴隷にされたなどと捕虜が言い出したりしないように彼らとの交渉を成功させたことだ。
家族を人質に取られ、やむなくダーナ攻めに狩りだされたのだ、マナナン王に直訴してリボー族長のトレントに解放してもらえと説得し肯んじてくれたのでなんとかなった。
レンスターと友好関係にあることもあり、身の証を立てる品をいくつか提示し俺の身分が確認されると、事態の重大さもあってのものか、すぐに会見することが出来た。
「……我が父カルフは陛下と昵懇の間柄と聞き及んでおりますが、このような形でお会いすることになるとは思いませんでした」
「殿下の救い出してくれた我が国の民の証言によれば、まこと、申し開きも出来んことを我が一族がしでかしたようで返す言葉も無い……」
質実剛健を絵に描いたような偉丈夫であるマナナン王は額に皺を入れ、苦渋の表情を見せた。
イザークの重臣会議に参加させてもらい、充分に議論が尽くされたので俺は発言を求めた。
「……性急な事を申すようで、そして貴国の統治に関わることを申し上げること、危急のことにて容赦願いたい。 すぐさま軍を発し、リボー族長のトレントにその責任を果たさせていただけはしませぬか? グランベルと事を構える危険を貴国が犯すことになりかねぬのを防ぐ為にも……そして、私にとっても私に協力してくれている皆にとっても大切な者を取り戻す為に。 かまえて、ここは迅速な決断をお願いしたい」
「……殿下の心中、察しはする。 ただ、あやつにも事情あってのことやも知れませぬ、あやつの一族への沙汰についてはお任せ願えないだろうか?」
「はっ………我が許嫁たるレイミアを取り戻すこと叶えば、それ以上の望み、ありませぬ。あぁ、イザーク指折りの、出来れば一番の医師をお引き連れいただきたい」
「その件、我が名に懸けてお引き受けいたそう……誰ぞある! 馬牽けぇ! 出陣じゃ!」
不意の出陣であり、補給の心配は無いのかと思ったが後事を任されたマリクル王子の差配により、輜重隊は準備が出来る度に本国から送られるそうだ。
その護衛も見越して先発隊はもともと数を少なく編成されていた……ただ、俺から見ると大軍にしか見えないのだが。
リボー周辺にこちらの部隊が潜伏しているのでそのあたりも王に配慮を願った。
もちろん情報提供は惜しまないとの申し出は欠かせていない。
リボーの南東でヴォルツ達本隊と合流し、情報を提供してもらった。
二、三日前にほうほうの態で落ちのびて来た一団があり、襲撃をかけたが取り逃がした。
士気も低ければ、ろくに戦える様子では無かったが城門を閉ざされたので深追いはせず俺が合流してくるのを待ったそうだ。
イザーク軍はリボー市街を取り囲み、軍使を送ったが閉ざされた城門の奥へ通されることは無かった。
それならば、ということで矢文を送り付けるということになった。
文面について俺も確認を求められたので概要はわかっており、それは以下の通りだ。
ダーナ襲撃について取り調べを行う為にイザーク軍は訪れた。
明日の日没までに開城し投降すれば誰も罪に問わない。
ダーナ側から連れ去った者を即時解放せよ。
俺は矢文を撃ち込む射手の前に盾をかざして防壁となった。
同じ内容がしたためられたものはリボーの城門、城壁上の置き盾の表面、それに物見やぐらへと突き刺さった。
それを確認すると射手は引き上げて行き、逆に俺は城のほうへただ一人駆けだした。
「城内の者達に告げる、ダーナから連れ去った捕虜の返還を求める! マナナン王は速やかに開城すれば罪に問わないと仰せだ! それは今送った矢文にも間違いなく記されている。速やかに投降せよ!」
声の限り三度そう叫び、俺は陣のほうへ戻ったが籠城側から射かけられることは無かった。
気が遠くなるほど待った後、城門が開くと非戦闘員が逃げ出してきた。
その隙間を狙って突入しようとする俺達にマナナン王は頭を下げて頼み込んできたので、従わざるをえなかった。
夜になり、宿営地でかがり火が焚かれ、脱出してきた者達から事情が伝えられてきたようだ。
なんでも、魔道士が族長の周りに侍り出してから何もかもおかしくなりだし、今回の襲撃事件もやつらに教唆されたに違いないと………
こちらの明かりを目指して武装解除した男達が投降してきた。
俺はイザークの軍人に止められてもひるまず、レイミアの消息を尋ね歩いた。
……止めるイザーク軍人と時には殴り合いになりながらも投降者達を絞め上げ、レイミアの消息をようやく聞き出した。
翌日の早朝、マナナン王は投降者や脱出してきた女子供を連れて城門前に再び赴き、投降を呼びかけた。
「投降すれば罪に問わない。 しかし日没まで留まっている者は……捕虜を除いて皆殺しにする」
王の呼びかけている間に城壁に登った数人の者が弓を構えて王へと狙いをつけはじめた。
供の者を下げて、本隊と合流したのを見届けてから、ただ一人で呼びかけを続けた。
「自らの王を撃つというのか! 愚か者どもよ! 非道を行いしそなたらは、決して太陽の下を歩けぬようになると心得よ!」
全員とまでは行かず、数人がマナナン王に向かって矢を放ったが、ただの一本も掠りはしなかった。
「神剣バルムンクを抜かぬわしを撃ち殺すことすら叶わずして、如何な企てとて為せようか!」
その言葉を皮切りに城門が開け放たれて、籠城する者達が外に溢れ出てきた。
これを利用し城内に突入しようとする俺たちは再度、王に懇願された。
「自棄になってレイミアを殺してしまったらどうする!、それに日没迄待つと言ったのは、王、あなただけです。 それをイザーク軍全体と解釈するのはいいでしょう。 だが俺たちはイザーク軍では無い!」
「待て、王子、マナナン王がすぐに動いてくれたからここまで事態が動いたんだ、俺たちだけで救出に来ていたらこんなふうには進まなかったんだぞ!」
「うるせー! そんなの百も承知だ!」
ベオとヴォルツは二人ががりで俺をはがいじめにし、諭してくれたが……俺の力は上回り、二人を振りほどくと一気に駆けだし始めたが……
「すまぬ、許せ」
俺は首筋辺りに強い衝撃を受けた気がした。
辺りが真っ暗になった。
「おや、気が付かれましたか」
「くっそ、縛りやがったな、ちくしょうめ」
気がつくと両手足を縛られてどこか天幕の中に転がされていた。
目の前には、たぶんイザークで最高の医者が居た。
辺りを見回すとレイミア隊のみんなも居て、俺を覗きこんでいた。
「ミュアハ、落ち着いて。 すこしでも早く助けてあげたい気持ちはみんな同じだよ……」
「そうだぞ、お前らしくもない」
「……まぁ、姐さんを救いだしたら、これを肴にしようや」
「……………」
何も言わない俺に呆れたのか、気を遣ったのか、見限ったのか……皆は天幕を去って行き、俺と医者だけがそこに居た。
打撲の場所に宛がった薬草と包帯を診ていた医者に問いかけた。
「ご医師様とお見受けしたが、相違あるまいか?」
「そうじゃよ」
「いまのうちに聞いておく」
「なんなりと」
天幕から夕日が覗いたあたりで俺は縄を解かれ、一息ついた。
マナナン王が約束した日没まであと僅かだ。
既に城門は開かれた状態であり、約束の刻限を今か今かと待ちわびた。
「……レイミア隊! 突入する!」
皆は俺を見限った訳では無く、日没と共に俺たちは城内に吶喊した。
もし、ワイヤーなりピアノ線なりを張り巡らされていたら簡単にひっかかるほどの勢いで俺は駆けに駆けた。
族長の立て籠る城の最上部などは目もくれず、俺は地下を目指した。
昨夜絞め上げた相手から聞き出していたからだ。
見つけた階段を下りていくと牢がいくつかあったが看守のような者は逃げてしまったのだろうか。
幸い鍵は壁に掛けてあったので手に取る。
「レイミアー! どこだー! 応えてくれー!」
返事は無いので、焦る気持ちで駆けながら声を張り上げ、一つ一つの牢を確認した。
人質にされていた人々を解放したが、考えなしに外に出てはマナナン王に誅されるであろうと説明し、牢だけは開けた状態にした。
そうやって解放していくと、一番奥に、探し求めていた姿とはかけはなれた姿にされた彼女が居た。
あの長く艶やかな髪はバッサリと切り落とされ、しなやかに伸びていた体を丸く縮め、腕は力なく投げ出されていた……
無残に衣服は剥ぎ取られ、彼女の投げ出された腕には痛々しい傷跡があり、包帯に血が滲んでいた。
受けた暴虐はそれにとどまらず、女性としての尊厳を踏みにじられているのは確認するまでもない………
俺は、マントを外すのももどかしく、それで彼女を覆い隠した。
こちらに力無く顔を向けた彼女は、それでも気丈に口角を押し上げ、笑みを浮かべようとした……
「……下手うっちまって、このザマさ、情けないだろ」
「すまなかった。 ごめんよ……」
「なんで……あやまんのさ、来てくれて、ありがとよ……」
俺は彼女を抱きかかえて、地下牢を出た。
皆が追いついてくる前に、城の応接間のような場所に彼女を横たえ、頭や髪を撫でて謝り続けた。
水筒から水を飲ませようとしたが、そんな力も無いようだったので、口移しで含ませる。
やがて、わずかに応える力が強くなったような気がした。
少し様子を見ると唇が少し動いたようだったので、水を飲ませてやり、彼女の力なく垂れ下がった両腕
----色んな場所の筋が切られているのは間違いなさそうな----が嫌でも目に入り、思わず掌を握った。
彼女の目尻から流れたのにつられてなのだろうか、涙が零れおちた。
少しは顔色もマシになってくれるのではないかと水を含ませたり肩や背を撫でたり、他に俺に何が出来るだろうかと自分の心に問いながら " もう大丈夫 " とか " 安心してくれ " と口にした言葉はもしかしたら俺自身がそう思いたかっただけなのかも知れない。
やがて追いついてきた仲間に部屋の見張りを頼むと、彼もショックなようで怒りや悲しみ、いろんな感情に捕らわれたのか、叫び声が俺の耳を打った……。
俺は、この部屋のすぐ近くにあった厨房とおぼしき場所から水が半分ほど入った龜を運びだし、辺りの部屋から役に立ちそうなものは無いかと視線を巡らせた。
応接室のカーテンを引きずりおろし、見張りを頼んでおいた仲間に、応援と医者とシルヴィアを連れてきてくれるよう頼むと、カーテンを毛布換わりにかけてやり、手ぬぐいを何度もゆすいでは絞り、彼女の傷が目立ってない顔や腿などをゆっくりと拭ってやる。
そうしているとシルヴィアと医者が立て続けにやってきた。
彼女には治療の杖を使うよう頼んだが、医者に、まずは傷を見たり汚れを取ってからにしたほうがいいと言われたのでそれに従い、俺はシルヴィアを伴い、厨房で湯を沸かしはじめた。
沸かしている間に桶や、包帯などを探し出し、彼女の元へ戻った。
医者は問診していたので、受け答えできるくらいには落ち着いたんだろう。
体を拭き清めるのは医者かシルヴィアに頼んだけれど、レイミア自身が俺を望んでくれた。
ターラでの一夜を思い出し、その思い出を語りながら出来るだけ優しく彼女に触れ、汚れを落として行った……
その間に、レイミア救助成功の知らせとともに治療中なのでもうすこし待ってほしいと、隊の皆に触れまわり、ついでに族長の家族の生活スペースから衣類や毛布、シーツなどを運んでくれたのは皆シルヴィアの働きだった。
他の皆には牢に捕らわれて居た人々をマナナン王のもとへ送り届けるように頼んだ。
医者が傷を診たり、消毒したりが終わったので彼女に杖を使ってもらうと、レイミアは顔色がだいぶよくなり、礼を言うと眠りに落ちた。
部屋にはシルヴィアに残ってもらい、俺と医者は人目を離れて話し合う。
「あなたの予想通り、酷い目に遭わされたようじゃ……、う~む、その手の病はすぐ発症すると限らないからなんとも言えんが……わしは知識としては知っておるが、診たことは余りないからの、イザークはある意味大陸の他の地域から隔絶されておるから、罹った者は滅多に居らんよ。 診たことがあるのは、余所との行き来が港を介して良くある王都でくらいじゃから、安心してよいぞ」
「はい、ありがとうございます」
「ただ、筋や腱のほうは……すまんのぅ。 施しようが無い。 鍛えて補えばわずかに動くようになるやもしれんが……だが、剣を振るのは無理じゃろう。 すまんな」
「わかりました……ありがとうございます」
眠っているレイミアを隊のみんなに少し遠目から確認してもらい、ひとまず安心してもらった。
マナナン王に会い、非礼を詫び、そして一つの願い事を伝えてその場を後にした。
すっかり冷えた粥をもらった後の俺は、レイミアが寝んでいる部屋に戻り、彼女の傍らに座ると、シルヴィアに交代と礼とを述べた。
それからしばらくして目を覚ましたレイミアは腕に力を入れて起き上がろうとしたが、それを果たせなかったことで浮かべた力ない笑みがいやが応にも俺の心を締め付けた。
彼女の背に腕を回し起こしてやると、目の端に輝くものがあった。
「……ちょっと捕まった間に腕が鈍っちまったよ、明日からはなんとかするから食べさせておくれよ、お腹がすいてしょうがないよ」
「うん、明日も明後日も、ずっとだって構わない……」
木匙で粥を掬い、一口ずつ運んでやると、彼女は味わいながらお腹に納めていった。
食べ終わらせるとおかわりをねだってきたので再びもらいに行ってみると炊事場は片づけた後だったのでワインを一瓶、輜重隊から融通してもらった。
仔細を話すと残念そうだったが、食事もそうだし、杖の治療のおかげだろう、すっかり元気になったようで笑顔も見えた。
飲ませてあげようと背に手を回して起こそうとしたら、腹筋の力だけで上体を起こし、得意そうな顔をしたものだから、沸き起こって来た激情のまま抱きしめ……そのまま唇を塞ぐと彼女もそれに応えてくれた。
だから……無理やり彼女を自分のものにした。
「……もし、お前が子供を宿したら、絶対に俺の子だから」
コトの後そう告げ、だいぶ前に迷いの森で授かった指輪を彼女の左手の薬指に嵌め、肌身離さず持っている母親の形見の櫛を彼女の手に握らせた。
泣きじゃくる彼女を抱きしめ、求めてきた続きに応え、心の中であいつに詫びた……
後書き
最後の方は外伝に書くべきだったかも
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