トゥーランドット
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二幕その三
第二幕その三
「この都が北の敵に攻められた時姫は捕らえられました。そして敵国の王子に辱められ非業の死を遂げたのです。そう、貴方のような異国の王子に」
「そして姫は幼い日にその話をお聞きになり激しい怒りを覚えられたという」
民衆がそれを聞いて言った。
「私は心に決めたのです。敬愛するロウリン姫の仇を討たんと」
カラフを見据えた。
「私に愛を告白する異国の若者達の命を奪いそれを姫に捧げることにしたのです。姫の無念が癒さぬ限り私は異国の者達の命を姫に捧げ続けることでしょう」
「それは永遠に続くであろう・・・・・・」
皇帝は哀しげな声で呟いた。
「姫よ、それは違う」
カラフはトゥーランドットに対して言った。
「貴女は怖れているだけなのだ」
「怖れ?私が?」
トゥーランドットはそれを聞いてカラフの顔を見た。
「そうだ、貴女は愛を知ることを怯えている。だからこそそうして異国の若者達の命を奪っているのだ。ロウリン姫の話は貴女のこじつけに過ぎない」
「・・・・・・・・・」
トゥーランドットはそれを沈黙して聞いていた。
「そしてそれが終わる時が遂に来たのだ。私がその謎を全て解き貴女に愛を教えてあげよう」
「・・・・・・口では何とも言えますね」
彼女はそれを聞いて冷酷な声で言った。
「しかし謎を解いた者は今まで一人もおりませぬ。貴方もまた月が姿を現わすと共に死ぬ運命」
「それは違う」
カラフはトゥーランドットの言葉に対して言った。
「今からそれをお見せしよう」
「全く変わらん。何という愚か者じゃ」
皇帝や大臣達の側にいる三人の宦官達はそれを見て溜息混じりに呟いた。
「では勇気ある異国の若者よ、貴方に問うと致しましょう」
トゥーランドットはカラフを見下ろして言った。
そして大臣の一人から絹の巻物を受け取った。そして読み上げる。
「闇を照らすが幻の様に捕らえる事が出来ず悲しい心に明るい光を注ぐ。人々はこれにすがり、求める。消えようとも必ず再び現われる。夜に生まれ朝に死す。さあ、これは何か」
そう言い終わるとカラフを見下ろした。
「それは・・・・・・」
カラフはトゥーランドットを見据えた。民衆も役人達も固唾を飲んだ。
「答えてくれよ」
ティムールは心の中で祈った。リューは目を閉じ固く祈る。
「それこが我々が常に心に留め己が心を照らしているもの、希望だ!」
彼は叫んだ。
「・・・・・・その通り」
彼女は答えた。民衆がそれを聞き歓声をあげる。役人達も皇帝もホッと胸を撫で下ろす。ティムールとリューは自分達が死の淵から生還したような顔になった。
「静まりなさい」
トゥーランドットは言った。皆その声に静まり返った。
「これはほんの偶然に過ぎません」
そう言うと階段をゆっくりと降りた。皇帝のいる場とカラフの中間のところで止まった。長い衣が階段にまで垂れている。
「今度こそ貴方の命が落ちる時」
そして口を開いた。
「炎の様に燃え盛るが炎ではなくある時には思わず我を忘れて賢き者も愚かな者もそれに悩み心は燃え盛り続ける。それが為に身も打ち振るい紅に燃える。それは何か」
「・・・・・・・・・」
カラフは沈黙してトゥーランドットを見据えた。
「さあ、答えなさい」
トゥーランドットはカラフに対して言った。
「若者よ、答えよ。さもないと命がないぞ!」
民衆は完全にカラフの側に立って言った。
「若者よ、さあ早く」
皇帝も彼に対して言った。他の者も同じであった。
「それは皆が持っている者だ」
カラフはトゥーランドットを見据えたまま毅然として言った。
「どの様な冷たい心の持ち主でもそれは持っている。それは血潮だ、激しい血潮だ!」
トゥーランドットはその言葉に対し大臣達の方を振り返った。彼等のうち一人の巻物がゆっくりと開かれる。
「その通りです」
その大臣は静かに答えた。
「よし、あと一つだ!」
民衆はそれを聞き叫んだ。
「若者よ、もう少しだぞ!」
ティムールもリューも顔を明るくさせた。だがそれは一瞬であった。
トゥーランドットが下を一瞥した。皆その冷たい眼差しの前に沈黙してしまった。
「成程、貴方は知恵も備えておられるようですね」
そう言うとゆっくりと下に降りだした。
「しかしそれも生半可なものでは持っていないのと同じ。そう、そしてそれは結局貴方の命を助けることにはならないのです」
そしてカラフのところに降りてきた。
「それでは最後の謎です。これで貴方の運命が決まります」
カラフの横に来て言った。驚く程整った美貌だ。
しかしそれは氷の美貌であった。冷たく、人が持っている筈の温かみなど何処にもない美貌であった。
カラフはその顔を見た。彼女の顔は丁度自分の顔の位置にあった。
(この顔に人の心が宿ったならば)
彼はふと考えた。
(一体どれ程美しいのだろう)
心の中でそう考えた。そして心を奮い立たせた。
「それでは答えなさい」
彼女は周りを凍らせるような冷たい声で言った。
「炎より生まれ氷より冷たい。それは貴方を助けこの国の主とするのも貴方の命を奪い月に捧げるのも思うまま。見ればそれを聞いただけで貴方の顔は青くなった」
カラフはそれを黙って聞いていた。
「全ての望みが絶たれた貴方にお聞きしましょう。この炎より生まれ氷より冷たいものとは一体何か」
「炎より出て氷より冷たい!?そんなものある筈ないだろう!」
民衆がそれを聞いて言った。
「駄目だ、やっぱり駄目なんだ!」
「静まりなさい、民衆達よ」
彼女は民衆達に対して言った。
「そなた達はただ黙って見ていればいいのです。この若者が命を失うところを」
「・・・・・・・・・」
民衆達はその言葉の前に沈黙した。皇帝や役人、ティムールやリューも同じであった。
「殿下・・・・・・」
リューはカラフが答えてくれることを祈った。目を閉じその場に跪く。
ページ上へ戻る