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トゥーランドット

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第一幕その五


第一幕その五

 そこにある銅鑼の前に来た。その前には一人の兵士が立っている。
「それを貸してくれ」
 カラフはその兵士に対し彼が手に持つ棒を指し示して言った。
「えっ、正気ですか!?」
 彼も今までの騒動は端から見ていた。だが本当にやるとは夢にも思っていなかったのだ。
「私は冗談は言わない。さあ、それを早く」
「・・・・・・後悔なさいませんね」
 兵士は彼に対して言った。まるで止めるように。
「当然だ。私の生き様に後悔などというものはない」
「・・・・・・わかりました」
 彼はその言葉に内心呆れ果てながら棒を手渡した。
「殿下・・・・・・」
 そこにリューがようやく追いついてきた。ティムールや宦官達がそれに続く。
「リュー・・・・・・」
 カラフは彼女の顔を見た。見れば必死に哀願する顔である。
「殿下、どうか私の言葉をお聞き下さい」
 そう言って話しはじめた。
「あの姫の氷の様なお姿とお心を思うだけで私の胸はその恐ろしさで引き裂かれそうです。もし殿下が謎を解かれぬ場合にはあの城壁の上に現われた気の毒な方々と同じ運命を歩まれることでしょう。お願いです、どうか思い留まって下さい!」
 そう言うとその場に泣き崩れた。そこにティムールと宦官達がやって来た。
「そうじゃ、その娘の言う通りじゃ」
 宦官達は彼に対して言った。
「さあ、早くその棒を捨てよ。そうすればお主は愚かな夢から覚める」
「そして現実の世界へ帰るのじゃ」
 彼らはカラフを宥めるように言った。
「・・・・・・いや」
 だがカラフはその言葉にも首を横に振った。
「私は現実の世界にいる。今ここに。そして夢をこの世で掴み取るのだ」
 そしてリューに顔を向けた。
「リューよ、泣く必要はない。御前の言葉は私の心に染み入る。しかしな」
 彼はそこで姫のいる宮城の方を見上げた。
「御前が心配することはないのだ。何故なら私はあの姫のその氷の様な心を溶かす炎なのだからな」
「そんな・・・・・・私の言葉を聞き入れて下さらないのですか?」
 リューは顔を見上げてそう言った。カラフはリューに顔を戻した。
「違う。私は勝つ。そのような心配は無用だというのだ」
 そしてまた言った。
「御前はただ父上を助けてくれ。いらぬ心配は無用だ」
「お主は本当に人の話が理解できぬのか!?」
 宦官達はそんな彼をまだ止めようとする。
「その娘の気持ちがわからぬわけではあるまい。一体それ程までに頑なになって何を求めようというのだ!?」
「愛を」
 カラフは答えた。
「命をかけてまでか。まことの意味での愚か者だな」
「いや、それは違う」
 カラフはその言葉に対して反論した。
「愛とは命を懸けて手に入れるもの。それだけのものがなければ本当に手に入れたいとは思わない」
「そして他の者を悲しませてもか!?」
「私は勝つ運命、だからそのような心配は無用だと言っているだろう」
 カラフは昂然と言い返した。
「だからお主は聞く耳は持っておらんのかと言っておるのじゃ」
「そうじゃ、人の話を何故聞こうとせん」
「それは決まっている」
 カラフはまた言った。
「ほう、何がどう決まっているのじゃ!?答えてみよ」
 宦官達は彼に対して問うた。
「私が姫を我が手に入れると決めたあらだ。そうとなれば最早他の者の言葉など何の意味もない」
「我が子よ・・・・・・」
 ティムールは息子に対して言った。
「もういい加減にするがいい。御前に先立たれたならわしはこれから何を心の支えに生きておればよいのじゃ!?」
「父上、ですからそれは単なる杞憂に過ぎないと先程から」
「もういい、誰かこの男を取り押さえよ」
 痺れを切らした宦官達が言った。先程まで銅鑼を持っていた兵士が頷き同僚達を呼びに向かった。
「そのようなことをしても無駄だ」
 カラフは彼等を見据えて言った。
「無駄ではない、愚か者の目を覚ますことが出来るのだからな」
 彼等は言い返した。
「お主は今夢を見ておる。今それを覚ましてやろう」
 先程の兵士が戻ってきた。同僚達を連れている。
 彼等はカラフの周りを囲んだ。そして取り押さえようとする。
「さあ、早くその棒を捨てるがいい」
 宦官達はカラフに詰め寄った。
「否」
 カラフはそれを拒絶した。
「ならば致し方ない。兵士達よ、この愚か者をひっとらえよ!」
「そう、そしてトラ箱で頭を冷やさせよ!」
 兵士達がその言葉に頷きカラフに襲い掛かろうとする。だがカラフはそれより先に動いた。
「無駄だと言っておろう!」
 そう言うと銅鑼を大きく振るった。
「トゥーーランドォーーーーーット!」
 姫の名を叫んで銅鑼を叩いた。その音が夜の街に響いた。
「ああ・・・・・・」
 それを見、銅鑼の音を聞いた一同は絶望の声をあげた。
「トゥーーランドォーーーーーット!」
 もう一度叫んだ。そして銅鑼を叩く。
「遂にやりおったか・・・・・・」
 宦官と兵士達をそれを見て絶望の奥底に落ちた顔で言った。
「自分から地獄に行こうとは・・・・・・」
「早速処刑の準備に取り掛かるとするか」
 彼等は首を横に振ってその場を後にした。後にはカラフとティムール、そしてリューが残った。
「さあ、これで私は名乗りを挙げた」
 彼は銅鑼を見て不敵に笑った。
「今の音は姫も聞いている筈」
 そう言って再び宮城を見上げる。
「その心は私のものに」
「ああ・・・・・・」
 ティムールとリューはその下に泣き崩れていた。だがカラフはそれに一瞥すらせずこれからの自身の勝利に想いを馳せていた。
 
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