トゥーランドット
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第三幕その六
第三幕その六
「私の命は今貴女に預けられたのです」
「私に・・・・・・」
「そう。愛する者に私は命をも預けましょう。そしてその為に例え命を落としても惜しくはありません」
「それが愛なのでしょうか・・・・・・」
トゥーランドットは問うた。
「その通りです」
カラフは力強い声で言った。
「たった今より私の命は貴女に差し上げます。私を愛するのも殺すのも貴女次第です」
「私次第・・・・・・」
「そうです。私は愛により生き愛により死にます。それが私の運命です」
「・・・・・・・・・」
トゥーランドットはそれを聞き沈黙してしまった。
「では私はこれで。リューのところに行きます故」
彼はそう言うとその場を立ち去ろうとした。
「今日の夜に私は貴女のところへ参ります」
そこで踵を返して言った。
「その時こそ私は貴女に全てを預けましょう」
そう言うとその場を立ち去った。
「私に全てを・・・・・・」
トゥーランドットはそれを聞き一人呟いた。
「それが愛・・・・・・」
彼女の心は今大きく揺らいでいた。そしてそれは散り散りに乱れていった。
その心は散り散りになったまま夜を迎えた。皇帝は再びあの玉座に着き民衆は階段の下に集まっていた。
「果たして姫様は謎をお知りになられたのだろうか」
「おい、朝になっただろうが」
皆口々に囁いている。
宦官達の顔は暗い。彼等は自分達の浅ましい欲望の為にリューを死なせてしまったと後悔しているのだ。
「わし等に愛など見る資格もない・・・・・・」
彼等は皇帝の側でうなだれていた。
カラフは階段のすぐ下にいた。その側にはティムールがいる。
「リューがこの場所におれば」
ティムールは悲嘆にくれた顔でそう呟いた。
「・・・・・・・・・」
カラフは一言も発しない。ただ階段の上を見上げている。
彼とてリューのことを気にかけていないわけではない。否、他の誰よりもその死を悲しんでいた。
(私は愚かだった)
彼は心の中で自分を責めた。
(そなたの気持ちに気付いていれば・・・・・・)
彼女を受け入れられただろうに。だがもう彼女はいない。そして彼はただ一つの冷たい氷の花を見ていた。
(その花がまもなくここに現われる)
カラフは階段の上から目を離さない。まるで雲をつくように高く思われた。
やがて音楽が鳴った。トゥーランドットがそこに姿を現わしたのである。そして皇帝の側にやって来た。
「お父様」
彼女は父である皇帝に対して言葉をかけた。その表情はいつもとは少し異なって見える。
「あの若者の名がわかりました」
それを聞いたティムールと民衆の顔が蒼ざめる。上にいる大臣や役人達もだ。
「その名は・・・・・・」
トゥーランドットはゆっくりと話しはじめた。皆次の言葉が発せられるのを絶望した顔で聞いていた。
だがカラフだけは別だった。自信に満ちた顔で姫を見上げていた。
「我が愛!さあ愛よ、我がもとへ!」
彼女は右手をカラフに向けて言った。今までになく力強く明るい声であった。
カラフは階段を駆け登って行った。そしてトゥーランドットを激しく抱き締める。
トゥーランドットも彼を強く抱き締めた。それを見た民衆は叫び声をあげた。
「姫様の心が遂に温もりを覚えられた!」
そして誰かが花を撒いた。
「祝え、祝おう。姫様が愛をお知りになったこの時を!」
彼等もまたトゥーランドットを愛していたのだ。彼等にとって彼女は美しいだけでなく公平で優れた君主であったからだ。
「愛こそこの世を永遠に輝かせる光だ、この世を照らす光を皆で称えるのだ!」
皇帝は玉座から立ち上がり叫んだ。そして役人達がそれに続く。
「皆でこの光を称えよ、愛よ、永遠にこの世に止まるのだ!」
空からリューが降りて来た。彼女は天女の服を着ていた。
「リュー・・・・・・」
カラフは彼女の姿を見て思わず呟いた。
彼女はカラフの前に来ると跪いて微笑んだ。そしてカラフとトゥーランドットの頭上に花びらを撒いた。
それは桃の花であった。天界に永遠に咲くと言われる桃源郷より生まれた桃の花であった。
「祝福してくれるのか、私達を・・・・・・」
彼女は一言も答えない。だが二人の姿を見て微笑むだけであった。
そして天界へ去って行った。後には桃の香りが残っていた。
その香りはその場を包んだ。花が天から舞い降りて来る。それはまるで二人の幸福を彼女が祝福するようであった。
トゥーランドット 完
2004・4・8
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