トゥーランドット
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第三幕その二
第三幕その二
「行ったか」
カラフはそれを見送りながら言った。
「宝石など所詮は見せかけの宝。本当の宝は一つしかない」
彼は月を見上げて言った。
「そしてそれはもうすぐ手に入る」
そう言うとその場を後にしようとした。だがその時だった。
「いたぞ、あそこだ!」
不意に民衆の声がした。
「また来たか」
カラフは先程の宦官達と同じ輩だと思った。そしてそれは当たっていた。
「幾ら何を言われても私には無駄だというのに」
民衆達がやって来た。そしてカラフを取り囲む。
「名を名乗れ!」
「私が勝利を収めた時にな」
カラフは民衆達と対峙して言った。
「ふざけるな、今名乗れ!」
「そうだ、そして宝石は俺達のものだ!」
見れば先程カラフの謎解きに喝采を送っていた者までいる。彼はそれを見て人の浅ましさを見る思いだった。
(だがこれも人の業の一つか)
彼はそれを卑しいと思ったが口には出さなかった。自分がそうでないのならばそれでよかった。
「そんなに宝が好きか」
カラフは彼等に対して言った。
「当たり前だ!」
民衆は彼に対して叫んだ。
「そうか」
彼はそれを聞き頷いた。
「ならば貴方達も愛を知ることだ。それこそが人にとって唯一つの宝だからだ」
そう言い残すと庭園を後にした。
「クソッ、何という奴だ」
民衆は彼を憎しみの目で見ながら言った。
「あくまでああやって我を通すつもりか」
つい先程まで彼が謎を解くのを喜んでいた者達が今は彼を憎しみの目で見ている。最早彼等の目には山のような宝玉しか目に入らなくなってしまっていた。
「おい、もう丑三つ時だぞ。朝まで時間がない」
その中の一人が月を見上げて言った。
「ああ、そうだな。だが月を元に戻すなんて神様でもない限り不可能だ」
彼等はその月を忌々しげに見上げて言った。同じ月を見上げるのでもカラフのそれとは全く違っていた。
「諦めるか?」
「あの宝玉をか?馬鹿を言うな」
そうであった。彼等は宝を諦めるつもりは毛頭なかった。
「ではどうする?」
「どうすると言われても・・・・・・」
彼等は首を突き付け合って相談している。
「あの男の口を開くのは無理だぞ」
「そうだな、例え殺されようとも口を開かんだろう」
彼等は顔を顰めて話し合った。
「待て、あの男にいつもついている二人がいたな」
誰かがティムールとリューのことに気付いた。
「ああ、あの胡服を着た爺様と女の子か」
そのうちの一人がそれに頷いて言った。
「そうだ、あの二人なら知ってるんじゃないか」
彼等はその声にニンマリとした。
「そうだな、何もあの男に聞く必要はない」
彼等は口々にそう言った。
「あの二人から聞き出せばそれでいい話だ」
そして庭園を後にした。
「もう少しですね」
庭園を去ったカラフは先程謎解きが行なわれた階段の前にいた。そしてそこで彼を応援する者達と共にいた。
「そうだな、もうすぐ月が沈む」
彼は月を見上げて言った。
「そして姫はこの私のものとなるのだ」
「はい、そして姫様はその氷の様な心を溶かされるのです」
「貴方の熱い心によって」
彼等は口々にカラフを褒め称える。彼等は宝玉よりもカラフの心を選んだのだ。
「姫よ、もうすぐだ」
カラフは宮城に顔を向けて言った。
「貴女は私のものとなるのだ」
「そう上手くいくかな」
ここで何者かの声がした。
「何っ!?」
それは入口から聞こえてきた。カラフはそちらに顔を向けた。
見れば先程庭園で彼を問い詰めた民衆達が皆手に得物を持っている。
「あんたの名前を今ここで知ることになるんだからな」
見れば宦官達もいる。そしてそこには父と彼女もいた。
ティムールとリューは身体を左右から押さえられていた。そして周囲にこずかれながらこちらに引き立てられて来る。
「貴様等、一体何のつもりだ!?」
カラフはその顔を蒼白にさせて彼等に向かおうとする。彼を支持する者達もそれに従った。
「おっと、動くなよ」
だが彼等は二人に得物を突き付けて彼に対し言った。
「少しでも動けばこの二人がどうなっても知らねえぞ」
「クッ・・・・・・」
カラフはその卑しい笑みと言葉を聞いて歯噛みしたが動くことは出来なかった。やはり父とリューが心配であったからだ。
「さあ言え、あの男の名は何という」
民衆は二人に対して問うた。
「止めろ、その二人は関係ない」
カラフは彼等に対して言った。
「そんなわけないだろう」
彼等はそんな彼を嘲笑して言った。
「そうだ、この二人があんたの名を知らない筈はないからな」
「クッ・・・・・・」
その通りだった。父や側に仕える者がその名を知らないなど考えられないことなのだから。
「ほら言え、言ったら解放してやるぞ」
彼等は二人に対して言った。
「誰がお主等なぞに・・・・・・」
ティムールは彼等を蔑む目で見てそう言った。
「殿下、私達のことにはお構いなく」
リューは弱々しい声でカラフに対し言った。
「しかし・・・・・・」
そんな二人を見捨てられるカラフではなかった。彼は苦悩した面持ちで二人を見た。
「ほう、秘密を知っている者ですか」
そこで上からあの氷の様な声が響いてきた。
「その声はっ!」
一同その声がした階段の頂上を見上げた。
そこに彼女はいた。トゥーランドットは侍女達を従え冷たい眼で皆を見下ろしていた。
「ははーーーーーっ!」
民衆も宦官達もその場に畏まる。ただカラフだけが彼女を見据えていた。
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