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同士との邂逅

作者:日月
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六 孤影


水晶玉に映る自身と子どもの姿を、火影は食入るように見ている。
(あの時、このじいさんがあまり動揺しなかったのは、この水晶玉で覗いていたからかい…)
子どもとの初対面後に執務室へ連行されたことを思い出して、横島はつっこみながらも冷静に潮時を見極めていた。

(…ここまでか……)
己が登場してからはこれ以上記憶を探ってもさほど変わらない。そう結論づけた横島は、文珠の制御をようやく解いた。



一瞬にして、今の時を刻む執務室に横島は立っていた。
先ほどの光景と同じく水晶玉を見る火影から離れると、文珠の効果をそっと打ち消す。


気づけば、水晶玉に映っていたはずのベッドの上に座っていた。きちんと精神が元の体へと還ったようである。
慌てて時計を確かめる。時間にしておよそ10分。長い長い記憶旅行は、実際に刻む時の空間では些細な事だったらしい。
しかし、変わらない時の流れにいても、それでも横島はいてもたってもいられなくなってアパートから飛び出した。







走った。とにかく走った。
人目など気にせず、ある一色を目当てに横島は街並みを縦横無尽に走る。
里の地理は、火影の記憶からぼんやりとだが知っている。
しかし複雑な造りの市街地と、中忍本試験を観に来たらしい人々の賑わいに戸惑い、捜索はなかなか円滑には進まなかった。

目の端に金色が映るたび足が止まるが、すべて空振り。
滴る汗を拭いもせず、走りっぱなしで疲労した両脚を叱咤する。しかし人間離れと言われた横島も、朝から全力疾走していれば疲労の色が見え隠れする。
口内を占めるしょっぱい味が、ようやく彼の走る速度を落とした。


息を整えようと、膝に手をついて地を見つめ、ふと空を見上げる。
青空はすでに色を薄め、橙へと移っていた。落ちる夕日に、一瞬心が掻き乱される。
視線が夕焼け空に釘付けとなり。地平へと沈みゆく朱を目で追って、偶然か必然か、彼は見つけた。






(…確か、第三演習場…だったっけ…)
人目につかないだろう茂みに雑じり、僅かに金色が見えた。
駆け足で向かったそこで、当たってほしくない予想が的中し、横島は下唇を噛み締めた。物言わぬ夕焼けが、血の緋色を思わせる。



ぽつんと打ち捨てられたように蹲っている小さな子どもは、血濡れだった。















息は、している。


横たわった小柄な身体が、確かに動悸を繰り返していることに一抹の安堵を覚えた。
そして次に沸き起こったのは、やり場の無い苛立ち。胸に渦巻く、消えない嚇怒。
全身の打撲傷に加え、明らかに刃物で刺された痕。
明るいオレンジの服は汚れて、子どもの顔色と同じ土気色になっていた。

なぜ自分はもっと早くこの場に来なかったかと、横島は無性に腹が立った。
(【癒】か【治】…ッ)
焦燥感ばかりが募り、ストックしていた文珠を出そうとする。そんな彼の腕を、小さな手が押し返した。
「へ…平気……すぐ、治る…ほっと、いて……」
殴られたと一目瞭然の腫れぼった瞼。潰れた喉からは掠れた声。
見えない相手に、途切れ途切れだが言葉を紡いだ子どもの、明確な拒絶に息が詰まる。


(………――――ああ、コイツは、)


唐突に理解した。
周りは全て敵。
如何なる時にも隙を作らず。己の領域への干渉を許さず。
頑なに拒絶を繰り返し、孤独に慣れ過ぎてしまったような。
ただ、壊し方しか知らない脆い硝子玉。


目を細め、横島は憤る。何の苛立ちなのか、どこへ、誰に対しての怒りなのか。
行き場を失った腕は矛盾した腹立ちを抱きながら、子どもの身体を背負い上げようとする。一時の盲目な子どもは、その不可解な動きに抵抗を見せた。

「なに……ッ!!??」
「帰ろう」


ピタリ、と。子どもの動きが止まった。
「お前……」
見えざる相手が同居人だと気づいた子どもに、横島は手を差し伸べる。
思わず手を伸ばそうとし、はっとして子どもは慌てて手を引っ込めた。触るな汚い、と幾度も言われた光景が子どもの脳裏に浮かぶ。
そんな躊躇する子どもの手を、横島は硝子玉を扱う如くやんわりと握った。

「いつまでもこんな原っぱで寝転がっててもしゃーないだろ?手当は、アパートですっから…だから」




一緒に、帰ろう?……―――――――――









朱と橙にいつしか群青色が混ざり、紅の空は何時の間にか蒼へと塗り替えられていた。


静謐な夜の海を、横島は走る。背中へ振動が行き渡らないように気を使いながらも、彼の足は速まっていく。

怪我に響かないようジャンバーを被せ、そのまま子どもを背負い上げた横島はアパートへの帰路を急いでいた。
背負い上げた際、子どもは最初抵抗したが、今はおとなしく背負われている。どちらかと言うと硬直状態に近いが、それでも横島は胸を撫で下ろした。
最終的には強行手段として文珠を使うつもりだったので、使わずに済んでほっとしたのだ。

背中越しに感じる重みは、普通の子どもより遙かに軽い。
あまりの軽さに本当に子どもを背負っているのか、横島は何度も振りむいて確かめた。



ようやく着いたアパートへ転がり込むと、いつも自分が寝ているベッドに子どもを横たわらせる。
何時の間にか寝息を立てていた子どもの寝顔は、普通の子どもと変わらない。しかしながら、あどけない寝顔に反して赤黒く腫れた皮膚が普通とは違う事を証明している。
ストックしていた文珠を出そうとして、ふと横島は気づいた。
あれだけ痛めつけられた子どもの身体の傷が、少なくなっていることに。よく見ると、腫れも子どもを見つけた時に比べてひいている。

(……高い、……治癒能力……)
文字通り、火影老人の記憶を遡り、見た子どもの力。
(便利だと、…思うけど………)

それに見合った子どもの代償は余りに大きい。
自然に癒えるその身体に、それでも横島は文珠を使って怪我を治し、きれいさっぱり消えるとわかっていても包帯を巻いたり消毒するなど、治療の手を休めなかった。
一通り己に出来ることをやり終えた横島は、明け方近くになってようやくベッド脇にて眠りについた。












(不覚だ……………ッ)


窓から溢れた白い光に、うっすらと目を開いた子どもは自身を叱咤する。
如何なる時にも隙を作らず。
いつも生命の危機に恐怖すると、本能が体を動かした。
それが、昨晩得体も知れない監視対象に背負われ、あまつさえその背で寝るだなんて。

(…騙される、かッ……)
真摯な顔の偽善者達に騙されてきた子どもは、その経験から相手の裏を見出そうとする。

だから。

欲望も恨みも憎しみも畏れも欺瞞も打算も同情も、当て嵌まらなかった彼の感情に。

(騙されるもんか………ッ)


……――――子どもは信じない。何も、信じられない。
自身でさえ、信じるといった感情が理解出来ないのだから。





―――――――よって子どもは、己の体の不調にも気づくことが出来なかった。

 
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