ドン=カルロ
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第一幕その三
第一幕その三
「王女様とそちらの王太子殿下のご結婚が成れば我等両国の関係は磐石のものとなります。我々はそれを是非とも成功させねばなりません」
「それは心得ています」
カルロは胸に手を当てて頭を垂れた。
「それでは私達は宮殿に戻ります。陛下にお伝えしなければならないことがありますので」
そう言って彼等は退場しようとする。
「殿下も」
そしてエリザベッタにも共に来てもらおうとする。だが彼女はそれに対し首を横に振った。
「もう少しここにいさせて下さい」
「そのような我が儘は・・・・・・」
彼等は困惑した顔で彼女を宥め言い聞かせようとする。だが彼女はそれを聞き入れようとしない。
「心配は無用です。こちらの方がおられますので」
そう言ってカルロを手で指し示した。
「それでしたら」
彼等は折れた。そして王女とカルロを残してその場を後にした。
「さて」
エリザベッタはカルロに顔を向けた。
「スペインの方にお聞きしたいことがあります」
「はい」
カルロはエリザベッタの言葉に対し一礼した。
「貴国の殿下は素晴らしい方とお聞きしておりますが」
「はい」
「一体どのようなお方ですか?」
「それは・・・・・・」
彼はエリザベッタの前に跪いた。そして枯れ枝を拾うふりをした。
「?」
エリザベッタはそれを見て不思議に思った。
「戦場ではこうして焚き木を拾い集め火を起こします。これは普通下々の者がすることです」
「そうなのですか」
「はい、ですが殿下はこれをご自身のぶんはご自身で為されます」
「まあ・・・・・・」
エリザベッタはカルロのその言葉に感銘を覚えた。
「それがスペインの慣わしです。陛下も殿下もご自身の身の周りのことは全てご自身で為されます」
それは事実であった。フェリペ二世は質実剛健を尊ぶ生真面目な人物であり贅沢を好まなかったのだ。
「それにこの炎を御覧下さい」
彼は火打石で火を点けた炎を指差して言った。
「戦場ではこの様によく燃えると勝てるとも新しい恋が得られるとも言われております」
「それはよいことです」
エリザベッタはその言葉に機嫌をよくした。
「もしかすると今夜にもスペインと我がフランスの間に講和が結ばれるかも」
「そうなれば王女様は我が国の殿下と結ばれることになるでしょう」
「はい・・・・・・」
エリザベッタはカルロのその言葉に顔を赤らめさせた。
「あとはあの方が私を愛して下さるかどうか」
「それは御心配なく」
カルロは答えた。
「殿下は貴女様を必ずや気に入られることでしょう」
「それならば」
エリザベッタはその言葉に益々機嫌をよくした。
「私はこの生まれ育った祖国を離れ異国へと嫁ぎます。その時その地に希望がなければどんなに哀しいことか」
「スペインに絶望はありません」
そう、この時まで彼は絶望というものを知らなかったのだ。
「これは私が誓って言います。殿下は貴女様を深く愛されることでしょう」
「何と嬉しいこと」
「はい、そしてこれがその証です」
カルロはそう言うと懐から小さな箱を取り出した。それは宝石箱であった。
「それは・・・・・・」
「殿下からの贈り物です」
彼はそう言うとその宝石箱を手渡した。
「この中に殿下の似顔が入っております」
「この中に・・・・・・」
エリザベッタはそれを恐る恐る手に取った。
「どうぞ」
カルロの言葉に押され手に取った。そしてゆっくりと開いた。
「あ・・・・・・」
エリザベッタはその似顔を見て絶句した。何とそこに映っているのは今目の前にいるその若者であるのだから。
「私がそのカルロです」
カルロはここでようやく名乗りをあげた。
「お慕いもうしております」
そして片膝を折ってエリザベッタの前に跪いた。
「貴方が・・・・・・」
エリザベッタは震える声で言った。
「はい」
カルロは跪いたまま答えた。
「これこそ神の御導き」
エリザベッタは声を震わせたまま言った。
カルロはその前に跪いたままである。一言も語ろうとはしない。
「立って下さい」
彼女はそんなカルロを立たせた。カルロはそれに従い立ち上がった。
「まさかこの様なところで出会うとは。このフォンテブローの森には一つの言い伝えがあります」
「それはどのような?」
「この森ではじめて出会った男女は永遠の愛を結ぶという言い伝えです。そして私達は今ここではじめて出会いました」
「それは・・・・・・」
カルロはその話を聞き顔を明るくさせた。その時大砲の音が聞こえた。
「ムッ」
「あっ」
二人はその音が鳴った方に顔を向けた。
「祝砲ですね」
「はい」
エリザベッタはカルロの言葉に頷いた。見れば宮殿のテラス一面に明かりが灯っていく。闇夜の中にテラスの色とりどりの光が映し出される。
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