ドン=カルロ
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第四幕その三
第四幕その三
「陛下」
審問官は痺れを切らしたのであろうか。強い声で言った。
「これは神の判断です。よろしいですな」
「わかりました」
彼は遂にそれを承諾した。これでロドリーゴの運命は決まった。
「よろしい。それでこそこのスペインの王です」
彼は満足した声で言った。そして法衣の中に入れていた鈴を出して鳴らした。すると先程の僧侶達がやって来た。
「それではこれで。吉報をお待ち下さい」
僧侶達に支えられ彼は王室を後にした。王はそれを見届けると力無く王座に座った。
「王の力なぞこんなものか」
彼は疲労に満ちた声で呟いた。
「神の名の前には全くの無力だ」
彼はその時父のことを思い出した。バチカンとルターの対立に巻き込まれた父のことを。
「父上もこのようなお気持ちだったのか」
暫く王座の上で力無く座っていた。だがやがて側にある鈴を鳴らした。
「はい」
小姓が入って来た。
「王妃を呼べ」
彼は小姓に対して言った。
「わかりました」
小姓は頭を垂れると部屋を後にした。そしてエリザベッタを連れて来た。
「ご苦労、下がっておれ」
彼は小姓を下がらせた。そして王妃と二人だけになった。
「妃よ」
王はエリザベッタを見下ろして言った。
「何故ここに呼ばれたかわかっているな」
「王太子のことでしょうか?」
「そうだ。彼との仲が最近いいようだが」
「はい」
彼女は薄氷を踏む思いで答えた。自分とカルロのことに気付かれたのであろうか。
「先日そなたの部屋からあるものが盗まれたそうだな」
「はい」
彼女の顔はそれで益々青くなった。
「それは一体何だ」
「それは・・・・・・」
エリザベッタは息を飲んだ。
「答えられぬか?」
「いえ・・・・・・」
心臓が潰れるようであった。それでも声を振り絞って答えた。
「小箱です」
「それはこれのことか」
王はそう言うと懐から一つの小箱を取り出した。
「!」
エリザベッタはそれを見て思わず気を失いそうになった。だが懸命に己を支えた。
「顔が青いな。大丈夫か?」
「はい」
これは王の誘導であった。彼女はそこに誘い込まれた。
「大丈夫なら問題ないな。これを開けてみよ」
「それは・・・・・・」
彼女は自分が逃れられぬ罠に陥ったことを悟った。
「どうした、出来ぬのか?」
王の言葉は続いた。恐ろしく冷徹な響きであった。
「そうか、出来ぬのか」
王はそこで言葉を収めた。一旦は。
「ならばわしが開けよう」
「えっ!」
エリザベッタはその言葉に顔をさらに青くさせた。最早蝋の様であった。王の手は彼女の目の前で無慈悲にその小箱をこじ開けた。
「これは・・・・・・」
王は小箱の中のものを取り出した。そして見た。
「王子の肖像か」
「はい」
観念したエリザベッタは顔を俯けて答えた。
「これはどういうことだ?」
王はそれを彼女に見せながら問うた。静かだが反論や言い逃れを許さぬ厳しい声である。
「彼は私の婚約者でした」
「だから持っていたというのか?」
「はい」
「今でも愛しいと思って」
「それは・・・・・・」
「違うというのか?」
王の言葉は彼女を捉え離さなかった。鉄の鎖の様にきつい束縛であった。
「陛下」
彼女はそれにあがらおうと決心した。そして顔を上げた。
「私をお疑いになられるのですか?」
「・・・・・・・・・」
王はあえてそれに対して答えなかった。
「百合を司る家に生まれた私を」
ヴァロア家の紋章を出してきた。純潔の証でもあるそれを。
「百合か」
王はそれを聞き静かに言った。
「百合でも穢れることはあろうな」
その声は地獄の奥底から聞こえてくるようであった。
「そんな・・・・・・」
エリザベッタはその言葉と冷酷な口調に絶望した。
「清らかな百合にも虫はつく。否定出来るか?」
「はい・・・・・・」
彼女は死にそうな顔で答えた。
「私の操は神が証明して下さりますから」
「神か」
彼にそれを否定することは出来なかった。エリザベッタはそこまで考えてはいなかったが口に出した。
「ではそなたは地獄の門へ向かうのだな。フランチェスカ=ダ=リミニにように」
王はその冷酷な声を崩さずに言った。フランチェスカとか義弟との不義の恋の末に死した女性である。
「陛下・・・・・・」
彼女はもう完全に血の色を失っていた。
「答えてみよ」
「・・・・・・・・・」
エリザベッタは答えようとしない。
「答えぬのか!?」
王は問い詰めた。
「お答えします・・・・・・」
彼女は顔を上げた。王はその顔に対して言葉を浴びせるように言った。
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