Dies irae~Apocalypsis serpens~(旧:影は黄金の腹心で水銀の親友)
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第三十八話 思想と目的
前書き
二話連続投稿だから気を付けてね。あとこのサイトってヘブライ語表記出来てるのかな…
最初に動いたのは、先も語ったようにアグレドだった。振り下ろした腕は衝撃をもって三者に向かう。だが、これはあくまでも開戦の号砲に過ぎない。地面は砕かれ、世界は波打ち、揺れる。だが、誰もそんなことに頓着などしない。物理法則など今の彼らに意味をなさない。何故なら彼らは全員がそれを定める側の者なのだから。
だから攻撃という、そういった意味で本当の初撃を繰り出したのは、やはりというべきか時間の理を制する藤井蓮だった。
彼の刃は真っ向に立っているラインハルトただ一人に向けられる。お互いに争うことが定められていたかのように最も最初に決着をつけることを望んでいた。ラインハルトもまた同様だったのだろう。聖槍を構え、その一撃に全力を尽くす。そして、
******
「なるほど、そういう意図があったというわけかね?」
「元々、君もそうするつもりだったのだろう水銀」
彼らはお互いに相対し、しかし一撃も交わさぬままに立ちすくしていた。初撃は互いの目標を定めさせるため。そしてこの状況は二人が共に望んだものである。彼らの決着をつけさせることも、望みの一つではあるが本題はそれではない。
「元々、他力本願な君のことだ。俺が動くこと位は予想していただろう」
一方の戦いの幕が開ける中でどちらもまだ動く気はない。彼らは互いに友である以上、いやそういったこと関係なく、すぐに手を出そうなどと思わない。
「道は作ったんだ。後はもう流れるがままだろうに」
つまり彼はそういう存在だと。元々、彼は座の僕に過ぎないと。故に誰が座に至ろうとも、その意思に従い頭を下げるのみであるとそう告げる。だからこそ、それを証明する言葉を彼は言った。
「地を行きめぐり、さまよい歩いた (יקור ללכת כדור הארץ, ואנחנו כבר צועדים פה ובשם )」
「―――大儀だ。君は私を友と言ったが、私もまた君を友だと思っているよ」
故にメルクリウスも認め、共に己の望んだ新たなる新世界の幕開けを見るためだけに、ここにたたずんでいた。
「―――尤も、君の望む絵画と俺の望む絵画が一致するとは限らないがな」
よってメルクリウスはここで争うことなどありはしないと、そんな天文学的な確率の事実など起こらないとそう思っていたのだが、その結果は違った。
「さあ、君の言葉だ。最後の恐怖劇を始めるとしよう」
あまりに突然と言えば突然。だが、座をめぐる争いは避けられぬものだ。いや、自害すれば譲ることも出来るし、事実彼ならば自害することに躊躇いなど持たないだろう。にも拘らず、彼は己の腕を振るいメルクリウスに牙を向けた。
「どういうことかね?」
起こる衝撃と轟音。結果は無傷。だがメルクリウスに向かって放たれたその一撃は明らかに殺す意図をもって放たれたものだと理解できる。その不意打ちにも近い攻撃を前に些かばかり、メルクリウスも疑問を持つ。対して、彼は率直だった。
「悪魔とは最後には意思に背く存在となる。そう、だからこそ、これはある意味当然のことなんだよ」
頭を下げるのも、従順に従うのも総ては座に構える者のみに対して。だが今この場においてはそれはここにいる誰もが資格を持ち、そしてだからこそ、それに値するのかを試す。
「あなたが譲るにしろ、維持するにしろ、それは詮無きことだ。俺にとっては誰が引き継ぐかなど本来どうでもいい。誰が成そうとも彼らなら何も変わらん。
しかしだ、一方で確かめておきたい。そう思う意志も存在する。あなたの引き継ぐ、その先が俺にとって認めれる存在であるか否かを。故にあなたを使って測りに掛けよう。継がせたいのならば認めさせるがいい」
でなければ、君の信仰する女神にすら牙を剥くぞと。そう目が語っている。そして、
「己の身の程を知れよ、アグレド。君が友であることは変わりないが、女神か君かと問われれば私は迷いなく女神を選ぶ。故に散れ。私の邪魔をするというのならば女神の地平を生む礎となるがいい」
メルクリウスもまたそれを許しはしない。女神を殺そうとする存在(なまじ殺すことが可能な存在であるが故に)を許しておくわけにはいかない。
そして放たれる流星。しかしアグレドは焦るでもなくそれらを前にして嗤いすらした。
******
さて、突然だが己の起源というものに疑問を抱いたことはないだろうか?ん、お前自身はどうなのだと?ああ、当然俺にもある。俺という存在はいつからだったかここにいた。千年などと言う儚い縛鎖などではない。永劫の時すら超え、まさに永遠に等しい時をこの地獄で虜囚のように捕らえられていた。
「然り、故にアグレドよ。永劫にも等しき時を過ごし、それを享受しながら今更何を望む」
無論、望む物などない。だが、言うだろう。大欲は無欲に似たりと。永遠の世界平和を望む者は結局、何もしはしまい。同様に何も求めない者は求めないが故に何に頓着することもあるまい。要はそれだけの話だ。
「だからまあ、折角機会があるのなら君に挑もうと、そう思っただけだ」
既知の世界から離れた最奥を特異点というのなら、ここはさながら世界の果てすら超えた氷の牢獄だ。既知の世界でもなければ、未知があるわけでもない。ここにおいて、そうここであれば彼は、否、誰であろうとも全身全霊を尽くすことが出来る。
現人神であるが故に既知の世界では身動きが取れず、座の意志を持つ存在であるが故に特異点を穢す事もまた出来ない。即ち、彼は世界の終わりでしか全力を出せない。
だが、ここは違う。しつこい様だが、ここには既知も、未知すらもない。ここには無しか存在しない。可笑しいと嗤うか。無は無いからこそ無なのだと?座の意志は全てを支配していると。嗤いたければ嗤うがいい。無という存在は確かにここに有る。人の測りで概念を測れると思うな。
故に、俺は俺だけが知っている。お前が飽いていることも。そうでありながら続けていることも。そして、お前ですら自覚していないその望みも。無という世界は俺を既知の理から排していた。故にお前の永劫回帰を俺は何度もこの目で見ている。言っただろう、知っているのだと。
自滅因子でも、己の代替品でも不可能だ。ヴィルヘルムやラインハルトは気付いていたようだが、やはり俺たちは同種なんだよ。逆しまではないさ。だが、俺とお前は同じ蛇。永遠を永劫を享受し、それを知り、そして嘆く。それでも総てが同じであったなら、互いが違うものだとわからないほどに似通っていたなら気付かずに進めただろうに。
「やはり、俺はどれだけ時を重ねようとも女神を愛することはない」
「そして、私はどれほどの時を重ねても女神を愛している」
だから、俺たちはどうしようもなく似ていても、決定的にずれている。君の行い、その総てを見てきた。あの子の為に何度も繰り返す君をだ。俺は君を見てもどかしいと思ったよ。
何処までも深い愛を持っていながら、奥手で、そのくせ変なところで頑固者だ。どれだけ時を重ねても叶わない。あと一度、もう一度だけ。そう願って彼女と出会う一本道を選んで進む。どこまでも愚直なその愛。胸打たれたよ。故に君のその恋を叶えたいと願ったし、そのために干渉を行ったんだ。
それを言うつもりはないし、だからこそ俺は友として君を慕っている。
「だからこそ、ここで君の最後の道としてやろう。華々しく散れ」
真実、己の渇望を知れ。そして、彼女に抱かれ次世に託そう。お前はもう十分に働いた。あとは彼女に任せ、お前はひと時の眠りにつくがいい。
「武器も言葉も(人を)傷つける (Et arma et verba vulnerant Et arma )」
幕を降ろそうじゃないか。ここが永劫回帰の終焉だ。彼らは彼らの世界で決着をつける。案ずるな、運命に狂いがなければ女神の騎士が勝つだろう。
「順境は友を与え、欠乏は友を試す (Fortuna amicos conciliat inopia amicos probat Exempla )
運命は、軽薄である 運命は、与えたものをすぐに返すよう求める (Levis est fortuna id cito reposcit quod dedit )」
響く声が静かに、しかし無限の情熱をもって綴られる。
「運命は、それ自身が盲目であるだけでなく、常に助ける者たちを盲目にする (Non solum fortuna ipsa est caeca sed etiam eos caecos facit quos semper adiuvat )」
何も見えないと、何も分からないと、渦巻く情念の色さえも理解していない。
「僅かの愚かさを思慮に混ぜよ、時に理性を失うことも好ましい (Misce stultitiam consiliis brevem dulce est desipere in loc )」
いつまでたってもお前は気付かない。一と全が同一で、まるで尾を喰う蛇のように永遠に続けるから、だから本当は自分が何を求めているのかすら見極められない。
「食べろ、飲め、遊べ、死後に快楽はなし (Ede bibe lude post mortem nulla voluptas )」
因子は取り除いた。■■は消した。後はお前が譲るだけでいいんだ。死にたくない?いいや違う。お前は自分の死に場所を見つけられないだけだ。
「未知の結末を見る (Acta est fabula )」
だから俺なりに全力を尽くそう。正直、勝つ気も負ける気もないんだがな。
「見るがいい、大火の如く朱き竜を その身に七つの世界を、七つの覇道を身に宿し、十の理を示すがいい (מסתכל על אש גדולה, הדרקון האדום. אחד של 7 ראשי זווית הראש, לשים על כתר של שבעה. )」
さあ、これが最後の戦いとなることを君の女神にでも祈ろうじゃないか。
******
爆発が巻き起こる。その一撃はラインハルトを吹き飛ばす。だが、ラインハルトの槍の一撃もまた俺の態勢を崩していた。だが互いに理解している。拮抗しているが故にもうこの戦いは長くは続かないと。
あと数撃、いや或いはあと一撃で決着がつくかもしれない。俺たちは互いにそのことを理解しながら打ち合う。今更他者の創造を使うことはない。そのような隙を見せるような行為はできない。死力を尽くす故に単純な殴り合いにも近い形で決着がつく。
「終わりだ」
「終わるのは、お前のほうだッ!」
再び互いの刃がぶつかり合う。次こそは、次こそはと思っていても、そのたびに互いに武器を打ちつけ合うのみ。互いに弾き、距離を取る。
「くそッ―――!」
「卿は楽しくないのか?私は楽しいぞ。永遠ともいえるようなこの長き戦いに、共に死力を尽くすこの刃に。ああ、私は今満ちている!」
ラインハルトは歓喜に震え続ける。この時が永遠であっても構わないと。むしろ永遠であってほしいと。
「ふ、ざけんなよ……」
俺たちは陽だまりの世界を求めているんだ。こんな戦い楽しくなんてあるものか!
「ならば―――」
ああ、だったら―――
「「これで終わらせる(としよう)」」
お互いに向かい合い、動きを止める。一瞬にも永遠にも感じられる完全なる停止。生き物は愚か、何もないこの地獄で俺たちは最後の一撃を放つために動きを止めた。誰がこの戦いに勝ち残るべきか。俺の中でその答えはもう出ている。
まず、ラインハルト。奴に世界を握られるわけにはいかない。まずそれは確定だ。
次に、メルクリウス。奴はマリィが勝ち残りさえすればどうなろうと構わないと思っている。さっきの一時だけでもそう確信できた。
そして、アグレド。あれの目は本気で誰が勝とうとも気にしないと語っていた。たとえ俺達が勝とうとも負けようとも変わらない。
最後に、この俺自身。ああ、理解している。俺もまた残ってはいけない人間だ。役者としても不足している。何せ俺のルールは傍迷惑極まりないものだ。今だけが永遠に続けばいい。
もしあのまま戦って、俺がラインハルトを斃せていたら、流れ出していたのはそんな法則。だから、
「ここで俺は死んでもお前を斃す」
俺には総てを受け入れることなんて出来ない。だから総てを受け入れることが出来るマリィこそがこの世界に相応しい。俺がここで討たれても、マリィは死なない。何故かはわからないが、少なくともこの世界はどんな人間だろうとも一人でしか、個人でしかいられないのだ。
つまり、今でこそ俺とマリィは一緒にいるがそれは本来認められないこと。ラインハルトを斃せばマリィはここに現れる。俺が斃れても、マリィには一切傷がつかないまま、また同様にここに現れるだけ。それまでにラインハルトを斃せば必然的に俺の勝ちだ。
「俺は器じゃないんだよ。お前と一緒でな」
神様なんかにはなれない。そして、それを聞きラインハルトは、
「相分かった。文字通り、刺し違える覚悟だと。いいだろう。ならば総てを燃やし、真実の乾坤一擲を放つがいい。強さには二種ある。他者のためのもの、己のためのもの……そこに優劣はなく、差があるとすれば信仰だ。己こそが絶対と自負するか―――」
こいつのように、我こそ全なりと揺るがない在り方か。
「他者こそが絶対と祈るか」
俺みたいに、マリィこそが全の器だと信じるか。
「女神の騎士を気取るなら、その覚悟を貫くがいい。蔑みはせぬし、敬意も払おう。ただし、失望だけはさせるなよ」
俺の内にいるマリィは今だけは声を上げない。いや、本当のところは喚いているのかもしれない。泣いているのかもしれない。だがこの世界ではそれを聞き取ることはできない。けど、ごめんな。もし声が聞こえていたとしても今だけはそれを聞いてやれない。
「信じろッ…」
俺は絶対勝って見せる。だから勝手な言い分かもしれないけど、俺は君なら真実の楽園を生んでくれると。俺はここで散る。ラインハルトを消し去って、君が生む世界の礎になろう。迷いも、疑いもない。ただ一つ、後悔があるとすれば……きっと君は、こんな俺に幻滅するんだろうなって、そう思うことが少しだけ遣る瀬無かった。
「まあ、男ってのは―――」
香純にも言ったことだけど、
「そういうもんなんだよッ!!」
咆哮するとともに、俺は斃すべき敵に駆けていく。
「来い」
輝きを増すばかりの破壊の黄金聖槍を前にして、俺は一切の守勢をかなぐり捨てて、真実の乾坤一擲を放つ。槍は心臓に、ギロチンは首に。全く同じタイミングでその刃は互いを討ち合った。
後書き
四者のそれぞれの戦い。ラインハルトと蓮はシンプルに討ちあってますが、当然一撃で世界が滅びかねないものです。
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