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シモン=ボッカネグラ

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第一幕その四


第一幕その四

「まあ良いだろう。そのプライドに対する礼はこれだ」
 そう言うと懐から一枚の紙片を取り出した。そしてアメーリアに手渡した。
 アメーリアはそれを読んだ。すると急に顔色を変えた。
「これは・・・・・・赦免状ですか!?」
「そうだ。今この街はヴェネツィアという敵と戦っている。彼等に勝つ為には内で争っていてはいけない、こうした慈悲の心も忘れてはいけないのだ」
「有り難うございます・・・・・・」
 アメーリアは深々と頭を下げた。
「礼を言う必要は無い。私は政治として必要だからこうしただけだからな」
 シモンは彼女を宥める様に言った。
「ところで一つ聞きたいのだが」
「はい」
 アメーリアは答えた。
「貴女は何故いつもこの邸宅にいるのだ?グリマルディ家はここの他にもこのジェノヴァに多くの邸宅を持っているというのに」
「この屋敷が気に入っておりますので」
「そうか、確かにここから見える海は素晴らしいな」
 シモンは海を眺めて言った。
「そしてもうそろそろ身を固めたらどうかね。恋をしてもいい頃だが」
 アメーリアはその言葉に眉をピクリ、と動かした。
「それは・・・・・・」
「丁度パオロが後妻を探しているのだが」
 話を振ってきた。
「それはお断りします」
「何故だ?」
「それは・・・・・・」
 アメーリアは顔を俯けた。
「そんなに悪い話ではないと思うが」
 このままではあの男と結婚させられる、そう思った彼女は咄嗟に言った。
「私は実はこの家の者ではないので」
「えっ!?」
 シモンはそれを聞いて思わず驚いた。
「私はピサの修道院の前で捨てられていたのです。そしてそこをお養父様に拾われたのです」
「何と、そういうことだったのか」
「はい。私は本当の両親の顔を知りません。唯一つの手懸かりはこれだけです」
 そう言って胸のペンダントを見せた。
「それは・・・・・・」 
 シモンはそれを見てハッとした。
「生まれた時から私の首にかけられていたもの。この中にある肖像がお母様だと思うのですけれど」
 ペンダントを開けた。するとその中に美しい女性の肖像があった。
「・・・・・・・・・」
 シモンはその肖像を見て沈黙した。彼は自分の首をまさぐった。
「これを見てくれ」
 そして胸に架けてあるペンダントを見せた。それはアメーリアが着けているのと全く同じものであった。
「あっ・・・・・・」
 中にある肖像も同じであった。アメーリアもそれを見てハッとした。
「私にもかって娘がいた。生き別れのな」
 シモンは静かに語りはじめた。
「二十五年前に生き別れたのだ。八方に手を尽くして探したが遂に見つからなかった」
「・・・・・・・・・」
 アメーリアはそれを黙って聞いていた。
「私は娘にペンダントを与えていた。自分が持っているのと全く同じものをな」
 彼は言葉を続けた。
「そしてそれを持つ者こそ私が長い間捜し求めていた娘なのだ」
「では私は総督の・・・・・・」
 アメーリアはそれを聞いて身体が震えるのを覚えた。
「そうだ、そなたは私の娘なのだ」
 それはシモンも同じであった。長い間捜し求めていた娘が今ここにいるのだ。
「こんなところでお会いするなんて・・・・・・」
「それは私も同じだ。これも神の御導きか・・・・・・」
 二人はヒシ、と抱き合った。涙が零れる。
「マリア、ようやく会えた」
「それが私の本当の名前ですのね」
「そうだ、心優しき聖母の名だ」
 シモンは娘の顔を見て言った。
「私は長い間一人だった。そしてそなたを捜し求めていた。だが今ここにこうして出会えた。もうこれで満足だ。私の願いが遂にかなったのだ」
「出会える筈もないと思っていた本当の親に出会えるなんて・・・・・・。これが奇跡でなくて何なのでしょう」
「私はもう一人ではないのだ」
「これで私は孤児の哀しみから解き放たれる」
 二人は口々に言う。
「場所を変えよう。つもる話がある」
 シモンは娘を屋敷の中へ導いた。
「はい」
 娘はそれに従った。こうして二人は出会いの喜びを二人で確かめ合ったのだ。
 
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