鋼殻のレギオス 勝手に24巻 +α
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二話
「そう、ディクセリオよ」
そう告げたのはツェルニの地下にいた少女、ニルフィリア。目を惹きつけて離さない魔性の魅力を持つ夜色の少女。
ニーナが彼女を見たのは三回。
謎の汚染中の大群に襲われグレンダンと接触した戦いの最中、ツェルニの地下でニルフィリアが目覚めた時。
グレンダンでディックと戦った時。この時は姿を見ることなく声を聞いただけだったが。
そしてドゥリンダナとの戦いの際に、ディックと共に空に開いた穴へ消えた時。
そのいずれの際にも姿を見、声を聞くというそこにいる事を認識していなければ、その影響を受けない程度のものだった。
しかし、今はその時の比ではなく、文字通り存在するだけで周囲の空気を変質させている。気付かなくともその存在から滲み出す気配が周囲全てを惹きつけてやまない強烈な磁場を発生させていた。
「ディック先輩だと。どういうことだ、それは」
「そんな事はどうでもいいのではないかしら。やる事は決まっているのだから」
そう言うとニーナから目を外し獣に向けて歩みを進める。
「待て……っ」
ニルフィリアを見送ろうとする心の動きを全力で押さえつけ、止めようと手を伸ばす。
だがその手はニルフィリアの体を捕らえようとする寸前に弾かれる。何か高温の物体に触れたように手のひらに幾らかの赤みが生じていた。
「何の用かしら」
面倒くさそうに振り返るニルフィリア。
「何をする気だ? それにあれが先輩だとはどういうことだ」
「決まってるでしょう、潰すのよ。飼い主に噛み付こうとするような駄犬には誰が御主人様なのか、逆らえば処分されるということを教え込んでやるのよ」
嘲笑と侮蔑に彩られた美しい口から放たれた言葉。
ディックを駄犬、自分を飼い主・御主人様と称するニルフィリアにニーナは怒りを禁じえない。それに下手に怒りを抑えようとすればその魅力に取り込まれてしまうという危機感もあった。
「仕方のない子ね。あなたの中にもいるでしょう、廃貴族が。それがどうして生まれるかは知ってるわね」
都市を動かすために全ての電子精霊は膨大なエネルギーを蓄えており、その身はエネルギーの集合体である。
己の都市を汚染獣によって滅ぼされた電子精霊。大切なものを奪った汚染獣への怒りによって変質した電子精霊は廃貴族と呼ばれ武芸者に憑依し絶大な力を与える。並みの武芸者では扱うことは出来ず増大した剄に剄路を破壊され廃人となったり、廃貴族の憎悪に取り付かれただ汚染獣を狩るだけの者となる。
廃貴族の力を十全に使い切れるような力量を持つ武芸者は少なく、従えるほどの強烈な意志を持つ者は更に少ない。
実際ニーナの前にメルニスクに憑依されたディン・ディーは膨大な剄を扱うことも廃貴族を制御することも出来ず、ただ戦うだけの存在になりかかっていた。
ニーナ自身一度はメルニスクに飲まれ、暴走して汚染獣を屠った事もある。
「ディクセリオにも廃貴族がいるのは知っているでしょう。ヴェルゼンハイム、強欲都市とディクセリオは言っていたけどね」
ディックと初めて会った時、バンアレン・デイの夜に狼面衆と戦う事になり、その際にこう名乗ったのを思い出した。
「さあ、強欲都市のディクセリオ・マスケインが相手してやるぜ」
その時は気のいい先輩という印象しか受けなかったがグレンダンで再会した時、ディックは『強欲』の言葉通りこちらの意思を無視して自分の考えを押し付けてきた。「望むものを差し出せ、さもなくば力ずくで」と。
「普通の廃貴族は都市を滅ぼされたことに苦しみ滅ぼした汚染獣を憎む、だがら武芸者に取り憑いて汚染獣を滅ぼそうとする。でもあれは一歩踏み外したのよ。汚染獣に怒り、自身の苦しみを生み出したこの世界に怒った。この世界があるから苦しむ、だから全てを破壊する、とね」
この世界を守るはずの電子精霊が世界を破壊しようとしている事に唖然とするニーナ、だがその身の内にいる電子精霊たちはニルフィリアの語る内容に『是』の反応を示している。
「もっとも私はこんな世界に興味も無いからそんな事はどうでもいいのだけど。でも私を牙を剥いたあれは処分するわ」
それでもニルフィリアに食い下がろうとするニーナに新たな声が響く。外からではなく中から。
『ニーナ、その者の語るようにあれは滅ぼさねばならぬ物。妾達が備えてきた敵、ジルドレイドが蓄えてきた力はあれらと戦うための物なのです』
電子精霊の生まれる都市にしてニーナの故郷、仙鶯都市シュナイバルの声だ。この時だけのために数多の電子精霊の力を集め、ジルドレイドにそしてニーナに賭けたその姿勢は断固たるものだった。
ニルフィリアはニーナとシュナイバルとの縁による会話を感じ取っているのか口を挟んでこない。
ニルフィリアは元より、シュナイバルやニーナの内にいる電子精霊たちも既に決断を下している。未だ決し切れていないのはニーナだけだった。グレンダンで襲われたとはいえ、雷迅を教えてくれた頼りがいのある先輩である。ニーナは覚えていないが、ディックは狼面集にニーナが襲われた時や廃貴族に飲み込まれ暴走した際に(手荒い手段ではあるが)止めたことがある。
それを見て取ったニルフィリアが動く。自身は一歩も動いていないが、その身から闇が溢れ出しニーナに向けて殺到する。
「あれはツェルニの敵、そしてあなたはあれと戦うための『運命の子』。それでも戦えないというなら……言った筈よ。やり直しも途中で逃げ出すことも許さない、その時には絶望に絶望を塗り固めて殺すと」
ツェルニが己のエネルギーを使って作った錬金鋼をニルフィリアが渡した際に告げた言葉のままに襲いかかる。
常に浮かべている嘲笑も冷笑も無く、言葉にもからかうような調子や適当にいなそうということは無くただ冷たい怒りのみがあった。
「ただでは殺さないわ。あの子の思いを無駄にしようとしているのだから」
襲い来る闇にニーナが思わず目を閉じるが待っても予想した衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けると予想もしていなかった状況があった。
金色に輝く童女の姿をした電子精霊・ツェルニがニーナを庇うように浮かんでいた。
「ツェル、ニ……」
「どうしたの、あなたが出てくる必要はないの。戻っていた方がいいわ」
呆然とするニーナとは異なり、ニルフィリアを知る者からすると信じられない程優しくツェルニに語りかける。
いつものように口元は冷たい微笑みで飾られているが他に向けるものとは違いどこか優しく、見つめる瞳には暖かいものが宿っている。
ツェルニはいつもと同じ暖かな笑みを浮かべている。話してはいないが意思の疎通は出来ているようでニルフィリアの独り言のような形で会話が進む。
「あなたがこの子に期待してたのはわかるけど、ここまできて止まるような子は許せないのよ。わかるでしょう、ツェルニ」
ニルフィリアが言い聞かせるように語りかけるがツェルニの微笑みは変わらずニーナの前から動くことも無く、若干の膠着状態が生まれる。
折れたのはニルフィリアの方だった。
一度息を吐き出すと、ツェルニを越えてニーナに話しかける。
「仕方ないわね、もう少し教えてあげる。ディクセリオはこの世界の外に出たわ、でも戻って来た。何のためか分かる、殺して貰うためよ。あなたにね」
愕然とするニーナを無視して更に言葉を続ける。
「あれはディクセリオではないわ、この世界を破壊しようとするヴェルゼンハイムよ。ディクセリオもあいつなりにこの世界を守りたいと思ったのだけれど、この世界の外では物質に限界が無いから倒せないのだけど、この世界なら限界がある。だからディクセリオはあれともう一つになって、あれを倒すために運命が用意した者が待ち構えているここに来たのよ」
ニルフィリアが離している間にツェルニは自分の都市に戻っていった。本来自分の都市から離れられるものではないから当然である。
その時ニルフィリアの闇が素早く動くと背後から迫る蝶を撃墜する。
外力系衝剄の化錬変化、焦羽蝶。
化錬剄の炎を蝶の形に圧縮し、目標に向けて飛ばす剄技だ。
蝶の形をした炎の塊が闇に触れるのと同時に爆発する。爆風とそれによって巻き起こる砂塵に視界を奪われるニーナ、その隣に人が降り立つ気配を感じ振り向くとそこにクララが現れた。
「クララ、どうして……。いやスーツもなしで大丈夫なのか」
「いや、だってニーナが攻撃されてるみたいでしたし。それに何いってるんです、ニーナだって着てないでしょうに」
ぐっと言葉に詰まるニーナに呆れた目を向けるクララ。
「それにあの方の力で汚染物質を防いでいます。エア・フィルター内にいるのとそう変わりませんよ」
そんな話をしている間に砂塵が消えそこを見たクララが驚く。
爆発や多量の砂煙が上がったというのにその体や服には一切の汚れが無く、まだ風も強いにも関わらずその影響を全く受けていないように衣服もはためいていない。
それに何より相手がサヤとそっくりだったからだ。慌てて後ろに向き直りそこにサヤがいることを確認する。
ニーナも釣られて後ろを向くとそこにニルフィリアにそっくりな少女の姿を見つけて驚く。
「「ふ、双子!」」
思わず声が合ってしまった二人にサヤは無言、ニルフィリアはただでさえ冷たい笑みと眼差しが一気に絶対零度にまで冷え込む。
「私をあんな偽者と一緒にしないで欲しいものね」
「偽者」の意味は分からないが見ると違いは明らかだった。外見が同じであっても醸し出す雰囲気は全く異なる。
あえて言うならば太陽と月。ただこの太陽は見るもの全てを焼き尽くそうとする業火であるが。
サヤはといえば目の前の状況には何の興味も無いらしく空を見上げ、そして叫んだ。
「アイン!」
後書き
ニルフィリアが解説するのはキャラじゃないが人がいないので。
ディックに関わってるのはニーナだけで、説明できるのもされる必要があるのもこの二人だけだから。
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