シモン=ボッカネグラ
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第一幕その一
第一幕その一
第一幕 グリマルディ家庭園
シモンがジェノヴァの総督になり二十五年が過ぎた。一度は貴族達の策謀により職を退いたが再び総督になり今もジェノヴァを統治している。その統治は平民と貴族の対立を宥めながら街の繁栄をもたらしており市民達からの評判は高かった。
だがそれでも彼に反発する者はいた。平民出身である彼を嫌う貴族達であった。
彼等は自分達が街の繁栄をもたらしてきたと自負しており事あるごとにシモンや彼を支持する平民達に反発していた。シモンはそんな彼等を宥める方針だったが中には彼の命を狙う者もいた。彼はそれに対しては容赦なく処断を下していた。
そうして平民と貴族の対立は続いていた。貴族達はシモンを除こうとし平民達は貴族達を追い出すか皆殺しにしようと考えていた。平民達にとって貴族とは憎むべき敵でしかなく事実有力貴族への讒言や暗殺が後を絶たなかった。
これの中心にいたのがパオロであった。シモンの腹心となった彼は街の有力な貴族を根絶やしにしようと考えていたのだ。
だがシモンはそこまで考えてはいなかった。貴族も必要でありまた同じジェノヴァの者であると考える彼はその横暴を抑えながらも権利は保護していたのだ。
そういった状況でこの二十五年は進んでいた。対立は結局一向に収まらなかった。むしろ激化する一方であった。
ここはそのジェノヴァの有力貴族グリマルディ家の邸宅である。かってはシモンと対立していたが今は和解して彼に最も協力的な貴族の門閥の一つとなっている。
その邸宅はジェノヴァの郊外にあった。海を臨むその屋敷は美しくまるで海の神の宮殿のようであった。
その庭園もまた実に美しい。古代ローマの趣きがある建物に緑の草や色とりどりの花が囲まれている。
夜が去り朝が来ようとしている。海に今茜色の太陽が昇ろうとしている。
それを見る一人の女性がいる。薄い青のドレスに身を包んだ小柄な女性だ。
髪は金である。それが太陽の光に照らされ輝いている。
瞳は青い。まるで海の様に深い青をたたえている。
その整った顔立ちは今海から上がって来たニンフのようだ。肌は白く透き通る様である。
彼女の名はアメーリア=グリマルディ。この家の娘である。美しく心優しい女性として知られている。
彼女は今昇って来ようとしている太陽を見ている。そしてうっとりとした眼差しで言った。
「今消えようとする星や月が瞬いてるのね。まるで名残りを惜しむように」
明るくなろうとしている空にはまだ星達があり白い月が世界を照らしていた。
「この屋敷を夜の間照らしてくれた月や星達よさようなら。またお会いしましょう。そしてまたこの美しい屋敷を照らして下さい」
星の光は空に消えようとしている。月もその輝きを失い消え去ろうとしている。
「花には露が落ちている。そしてその露を今度は太陽が照らしてくれるのね」
海の方を見る。暗い闇の中にその波音だけを聞かせる海はその姿を太陽に照らし出されようとしている。
「空が白んできてそして朝がやって来る。それと共に私の愛しいあの人も目覚めるのね」
その時遠くから声がした。
「アメーリア!」
女の名を呼んでいる。高く澄んだ男の声だ。
「あの人ね」
アメーリアはその声を聞いて微笑んだ。
「何処にいるんだい?」
どうやら彼女を探しているらしい。彼女はそれを聞いて微笑んで言った。
「こっちよ。庭園にいるわ」
それを聞いた男の気配がこちらにやって来る。そして彼が姿を現わした。
黒い髪に黒い瞳の若々しい青年である。歳はアメーリアより少し下のようだ。まだ少年の面影が残るその顔立ちはそこに気品や熱さも漂わせていた。
赤と黄色の上着に黒いズボンを身に着けている。細身の引き締まった身体である。背は普通位か。
彼の名をガブリエレ=アドルノという。ジェノヴァの有力貴族の一人である。
「またここにいたのかい?」
ガブリエレは彼女の姿を認めて言った。
「ええ。ここの景色がとても綺麗なので」
彼女は微笑んで答えた。
「うん、確かにここの景色は素晴らしいね。何度見ても飽きないよ」
彼はそれに同意して言った。
「気に入ってもらえて嬉しいわ。出来る事なら貴方とずっと見ていたいわ。ずっとね」
彼女は彼の目を見て言った。
「ずっと、って。何か思わせぶりだね」
ガブリエレはそんな彼女に対して言葉を返した。
「それは・・・・・・」
アメーリアはそれに対し言葉を濁らせた。
「どうしたんだい?」
彼は尋ねた。
「私に何か隠してない?」
アメーリアは彼に逆に問うてきた。
「えっ、それは・・・・・・」
彼はそれを聞いて狼狽した。それが答えだった。
「総督に対してクーデターを考えている・・・・・・。昨日貴方が話しているのを聞いてしまったの」
「そうか、聞いていたのか」
ガブリエレはそれを聞いて表情を暗くした。
「貴方のお父上の事は知っているわ。その気持ちはよくわかるわ。けれど・・・・・・」
アメーリアも話しているうちに表情を暗くさせていく。
「私は貴方が断頭台で無残に死ぬのを見たくはないの。お願い、そんな事は止めて」
「けれど・・・・・・」
ガブリエレは言葉を詰まらせた。
「出来ない、僕は父の仇を討たなくてはいけないんだ」
彼は頭を振って言った。
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