シモン=ボッカネグラ
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第二幕その三
第二幕その三
「僕の父を殺し今度は僕の愛しい人まで汚すというのか」
次第にその声がうわずってきた。
「許さん、有さんぞ悪党め!」
叫んだ。夜のジェノヴァに響く。
「天に座す神に誓おう、たとえ僕がどうなろうとも構わない、貴様だけはこの手で殺す、一撃では楽にはしない、そのおぞましく卑しい所業に相応しい罰を与えてやる」
その時テーブルに置いてある短刀に気付いた。
「これはさっきの・・・・・・」
パオロがわざと置いていったものだ。だがそれはどうでもよかった。これで憎い男に報いを与える武器が手に入ったのだから。
「そしてあの愛しい人をこの手に奪い返す。あの天使の様に清らかな人を。しかし」
彼はそう言うと表情を暗くさせた。
「もし心まで穢れているのならば・・・・・・。最早僕は彼女を愛することは出来ない」
そう言うと椅子に崩れ落ちた。
「こんなことをしている場合じゃないな」
彼はふと気付いた。
「行くか。あの男に神の裁きを与えに」
その時テラスの入口に誰かがやって来た。ガブリエレは短刀を咄嗟に懐へ隠した。
「ガブリエレ」
それはアメーリアだった。
「誰に牢屋から出してもらったの!?」
彼女は彼の姿を認めると尋ねてきた。
「それは・・・・・・」
ガブリエレは口ごもった。
「それよりも貴女が何故ここに!?」
疑念が現実味を帯びてきたように感じた。
「えっ、私は・・・・・・」
だが彼女が言うより早くガブリエレは言った。
「まさかあの男に・・・・・・」
「あの男って?」
アメーリアには話が読めない。
「決まっている。総督だ。君はあいつの寝室に行っていたんじゃないのか!?」
「私が!?」
彼女はその言葉に驚愕した。
「そんな・・・・・・有り得ないわ」
彼女はそれを必死に否定した。
「しかし今こうやってこの官邸にいるじゃないか」
「それはわけがあって」
「誤魔化すつもりかい!?自分の淫らな行いを!」
ガブリエレは激昂して叫んだ。
「ガブリエレ、落ち着いて私の話を聞いて!」
彼女はそんな恋人を必死に宥めようとする。
「そうして僕に嘘を言うつもりかい!?今までのように」
だが彼は気が昂ぶっていてどうにもならない。アメーリアはそれでも落ち着かせようと必死だ。
「とにかく落ち着いて!」
「これが落ち着かずにいられるものか!」
彼は拳を振り回して叫ぶ。そこに誰かがやって来る気配がした。
「誰か来たわ」
アメーリアはその気配にハッとした。ガブリエレも急激に落ち着いてきた。
「お父・・・・・・いえ総督よ」
「なら好都合だ」
ガブリエレはニヤリ、と笑った。
「馬鹿な事は止めて」
アメーリアはそんな彼を窘めた。
「馬鹿な事!?何を言ってるんだ、あいつに神の裁きを与える時が来たんだよ」
彼は聞き入れようとしない。
「いいからこちらへ」
彼女はそんな彼を必死に宥める。そしてテラスの上へ隠れさせた。
そこへ入れ替わる様にシモンが入って来た。
「娘よ、そこにいたのか」
彼はアメーリアの姿を認めると微笑んだ。
(娘!?)
テラスの上にいたガブリエレはその声が聞こえた。そして驚いた。
「御父様」
アメーリアは彼を笑顔で出迎えた。
(それでは総督の消えた娘というのは)
彼に娘がいたという話はガブリエレも聞いていた。
(アメーリアのことだったのか)
彼はこの不思議な巡り合わせに驚愕した。
(何という事だ。僕の父を殺した男の娘が僕の愛しい人だったとは)
だがこれはアメーリアも同じである。またそうだとしても二人の愛の炎は衰えることはなかった。
「どうした、何やら口論していたようだが」
「いえ、何でもありませんわ」
彼女は先程のガブリエレとのやり取りを誤魔化した。
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