| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔弾の射手

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二幕その一


第二幕その一

                  第二幕 狼谷の儀式
 クーノの家である。ここはその先祖が領主より褒美として貰い受けた城であり外見は古風であり内装も質素である。壁には鹿の頭や古い壁掛けがあり、カーテンも白い質素なものである。クーノの趣味であろうかその内装は実に穏やかなものであった。椅子もテーブルも樫の木で作られた頑丈なものであった。扉もそれに同じである。
 今その扉の前に一人の少女がいた。小柄で麻色の髪に緑の目を持つ可愛らしい少女である。その頬にはソバカスまである。青い服を着ている。
「よいしょっと」
 彼女は壁に絵を掛けるとそれに釘を打っていた。カンカンと音を立てながら絵を取り付けていう。
「やれやれ。こうも壁が厚いと」
 彼女は打ちつけながらぼやいていた。
「絵を取り付けるのも一苦労だわ」
 ぼやいていると扉が開いた。そしてそこからもう一人少女が入って来た。
「あら、お帰りなさいませ、アガーテお嬢様」
「只今、エンヒェン」
 アガーテはその少女の名を呼んで挨拶を返した。白い服を着た長身の少女である。豊かな金髪に湖の色をした澄んだ瞳、まるで森の妖精の様に清楚で整った顔立ちをしている。この家の主であるクーノの娘でマックスの婚約者でもあるのだ。
「隠者様はお元気でした?」
「ええ」
 アガーテはエンヒェンの問いに答えた。
「いつもとお変わりなかったわ。そして私を祝福して下さったの」
「それはよかったですわね」
 エンヒェンは絵を取り付け終わり下に降りてきてそう言った。
「そして隠者様からこう言われたの」
「何て?」
「銀の後に渡される薔薇が私を守ってくれるだろう、って。そして幸せは少し遅れるかも知れないと。どういう意味でしょう」
「ううん」
 エンヒェンはそれを聞いて少し考え込んだ。
「エンヒェン、貴女にはわかる?私はそれがどういう意味かよくわからないの。悪い意味じゃないでしょうけれど」
「私も悪いことではないと思います」
 エンヒェンもそう答えた。
「悪い意味でないならそんなに心配することではありませんよ。人間ふさぎ込むのが一番駄目ですから」
「ええ」
「ですから努めて明るくしましょう。そうすれば幸せなんて自分からやって来ますよ」
「有り難う」
 アガーテはその言葉を受けて感謝の言葉を述べた。
「いつも貴女にはそうやって励ましてもらってるわね」
「いえいえ」
 だがエンヒェンはそれには手を横に振った。
「私は明るいのだけが取り柄ですから。お気になさらないで下さい」
「けれど」
「けれども何もありませんよ、お嬢様」
 彼女はまた言った。
「もうすぐ結婚、だったら明るくならない筈がありませんよ。ですから明るくなりましょうよ」
「そうね。けれど」
「けれど?」
「やっぱり不安なのよ。あの人のことが心配で」
 アガーテは俯いてそう言った。
「マックス様のことが?」
「ええ」
 彼女は答えた。
「ほら、最近何か調子がよくないらしいし。明日もしものことがあれば」
「あれば?」
「結婚できなくなるかも知れないのよ。そうなったら私」
「またそうやって塞ぎ込まれる」
 エンヒェンはふう、と溜息をついてそう言った。
「あの方に限ってそのようなことはありませんよ」
「けど」
 だがアガーテは不安を禁じえなかった。エンヒェンはそんな彼女に対してこう語った。
「あの方がお好きなのでしょう?」
「ええ」
「でしたら」
 彼女はここで絵を取り付け終わった。
「とりあえずこちらはこれでお終い。御先祖様はやっぱり上におられないと」
「そうね」 
 アガーテもそれに同意した。
「ところで」
 そしてエンヒェンは話を戻しにかかった。
「あの方のことですけれど」
「マックスの」
「そうです。綺麗な金髪に青い瞳に整ったお顔、ご不満はおありで?」
「まさか」
 アガーテはそれに首を横に振った。
「私なんかには勿体ない程だわ」
「そうでしょう。おまけにスラリとしておられる。容姿は問題なし」
 ここで彼女は下に降りて来た。
「それだけでなく猟師としても言うことなし。人柄も素晴らしい、と非の打ち所がありませんわ」
「そうだけれど」
「それなのに何が不安でして?」
「隠者様の御言葉が」
「あら、隠者様の」
「そうなの。エンヒェン、これを見て」
 彼女はここで一輪の花を取り出した。それは白い薔薇であった。
「薔薇」
「そう、薔薇よ。隠者様が下さったの。これを忘れるな、って」
「何故ですの?」
「この薔薇が私を守ってくれるからって。どういう意味かわからないけれど」
「守って下さるのですね」
 暗い顔のアガーテに対してやはりエンヒェンは明るいままであった。
「でしたら問題はありませんわ」
 そしてやはり明るい声でこう言った。
「そうかしら」
「お嬢様」
 エンヒェンはアガーテに微笑みながら話をはじめた。
「私の父が軍人だったのは御存知ですわね」
「ええ」
「その父が言っていましたわ。恐怖を嘲ろと」
「恐怖を」
「そうですわ。そうしたら恐怖は逃げて行くと。わかりましたわね」
「貴女がそう言うのなら」
 それを効いてアガーテの顔色は少しよくなった。それを見たエンヒェンは続けた。
「その薔薇を大切にして下さいね。それがお嬢様を御守りするのでしたら」
「ええ」
「とりあえず今は夜の新鮮な空気に当てておきますね」
 ヘンヒェンはアガーテの手からその薔薇を受け取ろうとする。だがアガーテはそれを止めた。
「待って」
「どうしました?」
「もうちょっと持っていたいの。マックスに会うまでは」
「そうですか。ではわかりました」
 エンヒェンはそれを受けて手を引いた。
「御免なさいね」
「いえいえ」
 エンヒェンは笑顔で引いた。
「では私は隣の部屋に」
 そう言って出て行こうとする。
「何かあるの?」
「あちらにも用事がありまして。それでは」
「はい」
 彼女は出て行きながら心の中でアガーテを見て微笑んでいた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧